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エピローグ

 宇宙暦(SE)四五二五年六月二十一日。


 クリフォードは要塞アロンダイトにある司令長官室から退出すると、港湾エリアに向かった。半月前にサミュエル・ラングフォード中佐ら第二特務戦隊の一部が帰還しており、彼らに会いに来たのだ。


「お帰りなさい、准将。大変だったようですね」


 盟友のサミュエルが笑顔で出迎える。


「そうでもなかったよ。まあ、面倒はあったがね。戦隊の方は問題なさそうだな。いつでも大佐に昇進できるな」


 サミュエルはクリフォードに代わり、第二特務戦隊の司令代行として指揮を執っていたが、何一つ問題は起きていない。


「キャメロットに戻るだけですから、問題なんて起きようがないですよ。まあ、フレーザー戦隊はゴタゴタしていたようですが」


 第十一艦隊から派遣されたレイモンド・フレーザー少将率いる十七隻の独立戦隊は、フレーザーが報告書の作成に没頭し、指揮を放棄したため、旗艦艦長のファーガス・レヴィ大佐が実質的に指揮を執っていた。


 元々フレーザー戦隊の各艦では反乱計画があったほど士気が低く、今回の任務で大きな失態を見せたこともあって、下士官以下の不服従が多く発生していた。


 前総参謀長ウィルフレッド・フォークナー中将は反乱を起こさせるため、フレーザー戦隊を編成させたが、クリフォードが適切に処置したため、シビル星系では問題が起きなかった。


 しかし、フォークナーの選んだ艦長たちは、シビル星系での失態を部下のせいにし、超過勤務などを命じたため、反乱の機運がなくなった下士官以下が再び反抗的になった。


 フレーザーに代わって指揮を執るレヴィは国王が近くにいるということで、対話の姿勢を見せることなく、厳しく取り締まる。


 レヴィが上に阿り、下を見下すタイプの士官であったことから、下士官兵たちの態度は更に硬化し、キャメロット星系に超光速航行(FTL)で戻るというだけの、最も安全な任務であるにもかかわらず、戦隊全体で十数件の懲罰が行われている。


「フォークナーには人を見る目があったということですな。准将が手を打っていなければ、どうなったことかと思いますよ」


 旗艦艦長のバートラム・オーウェル中佐が皮肉交じりで話す。

 クリフォードが微妙な顔をしていると、サミュエルが話題を変える。


「軍内部のゴタゴタは何とか片が付きそうですね。エルフィンストーン提督もダウランド大将も綱紀粛正に積極的に動かれていますから」


 彼の言う通り、艦隊司令長官のジークフリード・エルフィンストーン大将と統合作戦副本部長のナイジェル・ダウランド大将はフォークナーらの不祥事に対し、厳しく対応することを宣言し、大規模な捜査と綱紀粛正を行っている。


 上級士官、特に将官に対しては軍需産業との癒着などが厳しく調査されている。今のところ、大きな案件となりそうなものは見つかっていないが、軍全体が危機感を持っていた。


「この後、我々はどうなるんですかね。アルビオンに行くことになるんですか?」


 バートラムが質問する。

 Z級駆逐艦ゼブラ626とゼファー328、スループ艦オークリーフ221とプラムリーフ67の四隻は帰還したばかりであり、国王護衛戦隊に同行する場合、補給と休養が問題になるためだ。


「シビル星系の安全は確保されたが、まだ不安がある。そのため、第一艦隊から三百隻の分艦隊が派遣されることが決まった。出港は明後日だ」


「三百隻ですか……まだ不安があるということですか?」


 サミュエルが聞くと、クリフォードは首を横に振る。


「エルフィンストーン提督は不安を感じておられない。ただ、スケジュールがタイトすぎることもあって確実性を重視された。軍と政府の不手際と責められないように完璧を期したということだな」


 キャメロット星系からアルビオン星系までは五十五日程度の行程だ。下院議員選挙が八月三十日に予定されているため、国王エドワード八世、エドウィン・マールバラ首相らがそれに間に合わせるためにはタイトなスケジュールとなっている。


「では当面の間、我々の出番はないということですか?」


 バートラムが安堵の表情を浮かべて聞く。


「エルフィンストーン提督からは特別休暇の話をいただいている。前回の訓練航宙から急遽出港したから、今のところ二週間の休暇を考えている」


 その言葉にサミュエルとバートラムが微笑む。


「助かります。もう一度長期の任務になると考えていましたから、補給と整備を急がせましたので」


「乗組員たちも喜ぶでしょう。戻ってくるのは十月以降だと思っていましたから」


「私もゆっくりしたかったからな。これで家族とのんびり過ごせる」


 クリフォードはそう言って笑った。



 翌日、国王エドワード八世が演説を行った。

 クリフォードはその演説をランスロットの首都チャリスにある官舎で家族と共に聞いている。


『私は明日アルビオン星系に向けて出発する。しかし、私の心はここにある。ゾンファ共和国、スヴァローグ帝国という強国と戦い、勝利を収めた兵士諸君、そして彼らを支えた市民諸君に対し、強い感謝の念を抱いているためだ……』


 エドワードは四五〇一年に始まった第三次ゾンファ戦争の頃からキャメロット星系にいることが多く、兵士や後方支援を行う民間人を鼓舞していた。そのため、兵士やキャメロット市民は彼のことを“戦友”と認識している。


『今回の襲撃事件について、軍に対する憤りの声を私も聞いている。しかし、私は軍に対し、不満を感じていない。今回活躍したコリングウッド准将率いるキャメロット第一艦隊第二特務戦隊の戦いを間近で見たことで、彼らのような精鋭が守ってくれているのだと、今まで以上に心強く思ったほどだ……』


 自らの名が出たことに、クリフォードは驚いている。国王が戦死者以外で特定の人物の名を出すことは非常に稀だからだ。


『彼は私が王太子時代、私の護衛戦隊を率いてくれた。その時に話をしているのだが、今も心に残っている言葉がある。それは“下士官たちは艦隊の宝だ”という言葉だ。その言葉を聞き、私も専用艦の准士官以下の乗組員たちと交流するようになった。そして、彼の言う意味を理解し、私自身も同じ思いを抱くようになった……』


 コリングウッド家の家訓として有名だが、それに言及したことに驚く者が多かった。


『だから私は全く不安を感じていない。彼らのような優秀な者たちが守ってくれるからだ。これは私だけではない。我がアルビオン王国の国民すべてに当てはまる。しかし、彼らは我が王国の民でもある。彼らも戦場に立つことなく平和に暮らす権利を持っている。もちろん私も必要な戦いがあることは承知している。しかし、彼らを無為に危険に晒す行為は避けるべきだと考えている』


 国王がここまで踏み込んだことに聴衆は驚いていた。

 本来、政治に関して国王及び王家は関与せず、行政府である内閣と立法府である議会の決定を承認するだけだ。


 しかし、今回は民主党が主張する主戦論は危険だと考え、その不文律をあえて破った。これはエドワードが歴代の国王に比べ、政治的なセンスに優れ、更に友人でもあるアデル・ハースらと語り合うことが多かったためである。


『今後、政府及び議会は我が国に安全と繁栄をもたらす選択をしてくれると信じている。キャメロットの皆には我が子、ジェームスを預ける。私に見せてくれたような親愛を彼にも与えてくれるなら、それに優る喜びはない……』


 アルビオン王家の慣習として、国王がアルビオン星系に、王太子がキャメロット星系に常駐する。エドワードの長男、二十一歳になるジェームスはエドワードの即位と共に王太子として立てられ、第三惑星ランスロットの首都チャリスにある離宮に住むことになる。


 演説の後、クリフォードは深く考え込んだ。


(陛下はこのまま世論が出兵に傾くことに、強い危機感を抱いておられる。確かに安易な出兵は軍事費の増大を招くだけではなく、泥沼の戦争に引きずり込まれ、王国の将来に大きな禍根を残すだろう。唯一の救いは軍の上層部に今回の不祥事を勝利という美酒によって有耶無耶にしようと考える方がいないことだ……)


 歴史を紐解けば、軍の威信回復のために無理な出兵を主張する軍人は多い。


(義父上が上手く世論を誘導してくれればいいのだが、私が口を出せることでもない。それに今回の陛下の演説で、選挙が終わるまでノースブルック家に足を踏み入れることも避けなければならない。ヴィヴィアンと結婚する時にはこんなことは考えなかったな……)


 そんなことを考えていると、妻のヴィヴィアンが笑顔で話しかけてきた。


「難しい顔をしていますけど、今回いただけた休暇について考えましょう。フランシスとエリザベスを連れて、お義父様のところに行ってもいいのではありませんか?」


「そうだな。ファビアンたちも誘って、領地に行くのもいいかもしれない。父上も喜んでくれるだろう」


 そう言って笑みを見せながら、彼女を抱き寄せた。


第八部完


 アルビオン王国士官物語第八部「聖王旗に忠誠を」はいかがだったでしょうか。

 今回は戦闘シーンも少なく、謀略と政治が多いため、主人公の活躍の場がほとんどありませんでした。


 この第八部ですが、第九部以降に繋ぐための布石が多く、このような形になってしまいました。私としてももう少し主人公に活躍してほしかったのですが、准将ではなかなか難しく、理解ある上司たちに寄生しないと出番すらなかった感じでした。


 物語中でも語っていますが、アルビオン王国は戦争で勝ちすぎました。成功体験が必ずしも次の成功に繋がらないというのは現代でもよくある話です。

 特に苦労せずにその果実を得た人は、成功することが当たり前と考え、無謀な計画を押し付けがちです。これには個人的な強い思いが入っていますので、一般論ではないかもしれませんが(笑)。


 今後、王国の政治がどうなるのか、ゾンファの体制が旧来のものに完全に戻るのか、そして、クリフォードやハースが懸念している帝国に何が起こっているのか……

 第九部ではこれらの話が主となります。


 今回一番苦労したのは距離の関係です。

 作中にもありますが、皇帝がいるスヴァローグ星系やゾンファ星系から、キャメロットに情報が届くには三ヶ月も掛かりますから、ものすごく先が見える天才でも、完璧な謀略は難しいと思います。

 ファンタジー作品であるグライフトゥルム戦記の方が長距離通信の魔導具がある分、謀略は楽です。超光速通信システムがこれほどほしいと思ったことはありませんでした(笑)


 第九部では、クリフォードは少将に昇進し、戦艦戦隊を率いる予定です。少将に昇進することはほぼ確定ですが、まだ悩んでおり、変更になる可能性もあります。

 第八部より戦闘シーンは増やす予定ですので、今回よりいつものクリフエッジシリーズっぽくなると思います。これも確定ではありませんが。


 第九部は、来年中には投稿したいと考えています。これもあくまで予定ですけど。

 では、第九部でお会いしましょう!


 愛山雄町

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― 新着の感想 ―
政治の話なのに、キレのある展開で面白かったです! 第9部も楽しみです!
今回も楽しく読みました、ありがとうございます
8部完走お疲れ様です! かなりの難産の様でしたが愛山先生らしさが出てて面白かったです。 次はマティアスの活躍を楽しみにしてます。
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