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アルビオン王国宙軍士官物語~クリフエッジと呼ばれた男~(クリフエッジシリーズ合本版)  作者: 愛山 雄町
第八部「聖王旗に忠誠を」

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第三話

 宇宙暦(SE)四五二五年一月十七日。


 クリフォードは艦隊総司令官ジークフリード・エルフィンストーン大将や第九艦隊司令官アデル・ハースらと今後について協議していた。


 その場には総参謀長のウォーレン・キャニング中将と統合作戦本部の作戦部長ライアン・レドナップ少将という王国軍の頭脳というべき人物も同席している。


 また、第二特務戦隊のサミュエル・ラングフォード中佐、クリスティーナ・オハラ中佐、ヴァレンタイン・ホルボーン少佐も帝国内での情報を直接伝えるということで参加していた。


 彼らの意見を聞き終えたところで、ハースが自らの考えを話し始めた。


「大体のところは分かりました。何かきっかけがなければ、皇帝も藩王も水面下ではともかく、大々的に動く可能性は少ないということですね。そのきっかけに皇帝の家臣を使うということが最も効果的。そのためには皇帝の悪評を流す。それも我々とは関係ないところで。と言ったところかしら」


 エルフィンストーンはハースの言葉に頷く。


「パレンバーグ特使が行った情報操作と同じだな。つまり、特使は理解した上でやっているということか……」


 パレンバーグはクリフォードが暗殺されかけた際、ゾンファ共和国の旧体制派の残党の犯行と公表している。それだけでなく、スヴァローグ帝国の皇帝アレクサンドルが関与している可能性についても匂わせている。但し、今後の外交問題に発展しないよう、固有名詞は一切出していない。


 クリフォードが死亡したという発表を駐ヤシマ大使館が行ったが、その情報がダジボーグに届くと、アレクサンドルは即座に英雄の不慮の死を悼み、談話を発表していた。


『コリングウッド准将は我が帝国にとって憎むべき敵であった。しかし、祖国に対する比類なき忠誠心と高潔な精神は、敵ながら賞賛に値する人物であったと余は断言する。暗殺という卑劣な手段でそのような人物がこの世を去ったことに、余は哀悼の意を捧げたい。我が臣民たちも偉大な敵の魂が安らかに眠られるよう、祈りを捧げてほしい』


 その談話が発表されると、ダジボーグの民衆はアレクサンドルに対し、尊敬の念をさらに強めた。


 それらの情報はクリフォードらが出発する前日にヤシマに届いていた。

 パレンバーグはアレクサンドルにとってあまりに都合がよかったため、彼が暗殺を命じ、その死を悼むことで高潔な人物であるという印象を帝国の民に与えようとしたと考えた。


 そのため、クリフォードの死で一番得をしたのはアレクサンドルだという噂を流すよう、ヤシマの情報部に持ちかけ、現在その噂が各国に広まりつつあった。


「しかし、俺個人としては根も葉もない噂を流すことに抵抗を覚えるな。やらねばならんことは理解しているが……」


 武人であるエルフィンストーンはこのような謀略の必要性は理解しているものの、積極的に行いたいとは考えていない。


「根も葉もないということはないと思いますわ。皇帝が直接命じたかはともかく、少なくともダジボーグ政府の高官は関与しているはずですから」


 ハースがそう言うと、エルフィンストーンは驚いたような表情を浮かべる。


「クリフの暗殺が帝国の仕業だというのか? その根拠は何なのだろうか?」


「皇帝は第二特務戦隊への攻撃に対し、ゾンファの工作員を徹底的に排除すると宣言しました。しかし、彼を襲ったのはダジボーグから乗り込んだゾンファの工作員です。ダジボーグ政府が関与していなければ、都合よく乗り込めるはずはありませんし、知名度は高くとも准将に過ぎない彼を暗殺する優先度は非常に低いはずです。ですから、現地のゾンファの指揮官が命じるとはとても思えません。皇帝とゾンファの工作員の間で何らかの取引があったのでしょう」


「そう言われると確かに不自然だな」


「皇帝としては自分に頭を下げさせたクリフに対し、意趣返しをするとともに、彼の能力を危険視したと考えています。また、直接会った後に敵とはいえ英雄が死んだのですから、それに哀悼の意を表することで、自身の評判を上げるくらいのことは十分にやりかねない人物ですから」


「なるほど。先ほどのクリフの印象の通りということか……」


 その会話を聞いていたホルボーンはハースが“賢者(ドルイダス)”と呼ばれている意味を改めて理解した。


(やはり賢者(ドルイダス)の洞察力は凄い。これまでそんなことは全然思いつかなかった……准将は気づいておられたのだろうか?)


 クリフォードの顔を盗み見るが、特に表情は変わっていなかった。


「いずれにしても、帝国に対しては当面抗議と情報操作だけを行う方が無難だな。外務卿との協議ではその方向で進めることにしたい。アデル、それでいいか?」


「私はそれで構いません。下手に藪を突くのはこのタイミングではよい手だと思えませんから。クリフ、あなたの考えを聞かせてくれるかしら?」


「私もそれで構いませんが、気になることがあります」


「それは何かしら?」


 ハースは興味深げに微笑んでいる。


「国王陛下がお倒れになったことです。現在の状況がよく分かっていませんが、万が一のことがあれば、各国から多くの者がここキャメロット星系だけでなく、アルビオン星系に向かうはずです。その中に帝国やゾンファの旧体制派の工作員が紛れ込む可能性は充分にあります。私ならその混乱に付け込んで、何らかの謀略を仕掛けるでしょう」


「具体的には何をするのだ?」


 エルフィンストーンが質問すると、クリフォードは言いづらそうな表情を浮かべる。


「懸念があるなら共有すべきよ。この場限りということなら話せるのではなくて?」


はい、提督(イエスマム)


 そう答えてからも少し時間を掛け、ゆっくりと話し始めた。


「今年は下院議員選挙の年でもあります。また、軍縮の話で多くの将兵が不満を持っていますし、それに乗じようとする方たちもいます。帝国もゾンファの旧体制派もノースブルック首相を排除したいと考えているでしょう。現状でも首相は支持率が下がり、政治的に窮地に陥っていますが、更にそれを増長させる何かを考えているのではないかと思います」


「選挙ね……盲点だったわ。確かに政治的な混乱を起こすために何かを仕掛けてくる可能性は高いわ。特に民主党の議員を動かすような……だから口篭ったのね」


 クリフォードは、野党である民主党を非難するような発言は義父であるノースブルックを支援しているように見え、政治に中立な軍人として発言すべきでないと考えている。そのため、積極的に発言しなかったのだ。


「その辺りは艦隊司令本部で対応することは無理だな。統合作戦本部の諜報部に任せるしかない」


「外務卿にお伝えして、公安ラインにも情報を流すようにしていただきましょう。マールバラ卿でしたら、政治的な思惑とは別に国家の安全のためと割り切ってくださると思いますから」


 ハースの言葉に全員が頷いていた。


(しかし准将は凄いな。皇帝やアラロフ補佐官との交渉でも感じたが、視野の広さは軍人という枠を大きく超えている。ノースブルック首相が長男の右腕にしたいと考えていたという噂は強ち間違いじゃなさそうだ……副官にしていただいてよかった。駆逐艦艦長になっていたら、こんな話を聞くことはできなかっただろうから……)


 ホルボーンは艦長になるための上級士官コースを修了したものの、そのタイミングで艦隊縮小の話が出たため、艦を与えられなかった。当初は不満に思っていたが、クリフォードの副官となり、得難い経験ができたことに満足している。


 その後、ゾンファの旧体制派についても話し合われた。


「クリフたちも多少は聞いているだろうが、ゾンファでは政治的に大きな混乱が起きている。今回のこともそれが影響しているのではないかと外務省や諜報部は考えているようだ」


 エルフィンストーンは重々しくそういうと、ハースに視線を向けた。


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