第一話
あらすじ:
宇宙暦四五二三年、アルビオン王国は自由星系国家連合(フリースターズユニオン:FSU)の工業国家ヤシマにおいて、宿敵ゾンファ共和国と二度にわたる大規模な会戦に勝利した。
これによって、ゾンファ共和国の独裁政党“国家統一党”は解体され、民主化が進められていく。
クリフォードはイーグンJP会戦、第二次タカマガハラ会戦において、自身の指揮する巡航戦艦インヴィンシブル89で戦果を挙げるだけでなく、多くの奇抜な献策を行い、勝利に貢献した。
その前年である宇宙暦四五二二年には、もう一つの宿敵、スヴァローグ帝国の野望を打ち砕き、帝国艦隊が大きく損なわれただけでなく、内戦の機運も高まっている。
二十年以上続いた戦争がようやく終結し、アルビオン王国に平和が訪れたかに見えた。
一方、戦勝国であるアルビオン王国も多くの艦船、将兵を失い、軍事費の増大による財政難に喘いでいた。これは敗戦国である帝国とゾンファから膨大な軍事費を埋めるだけの賠償金が得られなかったためだ。
アルビオン王国政府は財政健全化のため、大規模な軍縮に着手する。
国民的な英雄であるクリフォードはその軍縮の影響を受けなかった。
彼は本来将官以上が対象である勲章、王国勲章を受勲し、准将に昇進、そして、独立戦隊の司令に就任する。
独立戦隊にはクリフォードのよく知る者たちが多く配属される。これは艦隊司令長官であるエルフィンストーンや第九艦隊司令官ハースらの好意によるもので、盟友サミュエルを筆頭に、最初の指揮艦の副長バートラム、弟のファビアンらが彼の指揮下に入ることになる。
しかし、彼を好意的に見るものだけではなかった。
特に第七艦隊司令官フレッチャーは、指揮権を剥奪されたという不名誉な事実だけでなく、個人的な理由でクリフォードを誹謗したとしてメディアに叩かれ、閑職に回らざるを得なくなった。そのため、彼はクリフォードに対し、強い敵意を持つようになる。
この他にもクリフォードには敵があった。
彼の策によって屈辱的な敗北を喫した者たちだ。
彼らは祖国のため、自らの復讐のため、アルビオン王国とクリフォードに対し、魔の手を延ばそうとしていた……
独立戦隊の司令となったクリフォードの活躍をお楽しみください。
登場人物(年齢は4524年3月時点)
アルビオン王国:
クリフォード・C・コリングウッド:准将、独立特務戦隊司令、30歳
サミュエル・ラングフォード:中佐、軽巡グラスゴー451艦長、31歳
バートラム・オーウェル:中佐、軽巡キャヴァンディッシュ132艦長、39歳
ファビアン・ホレイショ・コリングウッド:少佐、駆逐艦ゼファー328艦長、27歳
クリスティーナ・オハラ:中佐、戦隊参謀、34歳
ヴァレンタイン・ホルボーン:少佐、副官、27歳
ガブリエル・カーンズ:少佐、キャヴァンディッシュ132副長、34歳
レイ・トリンブル:兵曹長、同操舵長、41歳
ダリル・マーレイ:少佐、駆逐艦ゼラス552艦長、32歳
ケビン・ラシュトン:少佐、駆逐艦ジニス745艦長、31歳
アイリーン・チェンバース:少佐、駆逐艦ゾディアック43艦長、30歳
マーカス・ドイル:少佐、スループ艦オークリーフ221艦長、33歳
ライアン・エルウッド:少佐、スループ艦プラムリーフ67艦長、33歳
テオドール・パレンバーグ:伯爵、特使、44歳
グラエム・グリースバック:伯爵、外交官、33歳
ジークフリード・エルフィンストーン:大将、防衛艦隊司令長官、57歳
アデル・ハース:大将、第九艦隊司令官、52歳
ウォーレン・キャニング:中将、総参謀長、51歳
ライアン・レドナップ:少将、作戦部長、42歳
オズワルド・フレッチャー:大将、元第七艦隊司令官、56歳
ルシアンナ・ゴールドスミス:元作戦部長、軍事評論家、44歳
シンシア・マクファーソン:野党民主党の政治家、44歳
ウーサー・ノースブルック:伯爵、首相、55歳
アーサー・ノースブルック:伯爵家の嫡男、政治家、34歳
ヴィヴィアン・コリングウッド:クリフォードの妻、26歳
スヴァローグ帝国:
アレクサンドル二十二世:皇帝、49歳
ニコライ十五世:ストリボーグ藩王、54歳
リューリク・カラエフ:上級大将、スヴァローグ帝国艦隊司令長官、51歳
ティホン・レプス:上級大将、ストリボーグ艦隊司令官、50歳
ディミトリー・アラロフ:補佐官、33歳
レオニード・ガウク:中将、ダジボーグ艦隊ソーン星系哨戒部隊司令官、37歳
ゴラン・チュルキン:大佐、重巡スラヴァ艦長、38歳
ゲオルギー・リヴォフ:少将、戦隊司令官、43歳
イリヤ・クリモワ:大佐、重巡メルクーリヤ艦長、35歳
ゾンファ共和国:
フェイ・ツーロン:上将、ゾンファ防衛艦隊司令長官、51歳
ファ・シュンファ:政治家、元政治局長、43歳
バイ・リージィ:ファ局長の腹心、元軍事委員、36歳
ヤン・チャオジュン:ファ局長の腹心、元外交部長、40歳
チェン・ユンフェイ:政治家、大統領、46歳
リン・デ:諜報部の工作員、42歳
ディン・クー:大佐、スウイジン艦長兼戦隊司令、42歳
リー・バオベイ:中佐、スリュス艦長、41歳
チェン・リオフェイ:中佐、リユソンス艦長、39歳
チャン・シュンカイ:中佐、ホンバオス艦長、39歳
ウェン・ジュンゼ:中佐、マナオ艦長、37歳
ソン・ジルン:中佐、フェイツウイ艦長、37歳
ヤシマ:
タロウ・サイトウ:政治家、首相、51歳
シゲオ・ヨシダ:政治家、外務長官、50歳
宇宙暦四五二三年七月十七日。
キャメロット防衛第七艦隊司令官、オズワルド・フレッチャー大将はヤシマ星系で損傷した艦を指揮し、キャメロット星系の隣、スパルタン星系にあった。
彼はヤシマ星系での二度目の会戦でアルビオン王国軍と自由星系国家連合(FSU)軍が勝利するとは考えていなかった。
(あのような無謀な策に飛びつくとは……賢者などと持ち上げられていたが、知恵の源泉は枯れてしまったようだな……しかし、ヤシマからどれだけの艦が脱出できるのだろうか。早々に撤退を選んでくれればよいが……)
第九艦隊のアデル・ハース大将や第六艦隊のジャスティーナ・ユーイング大将らに指揮権を剥奪されたフレッチャーだが、彼女らに対しては強い怒りを覚えたものの、友軍が全滅するようなことは望んでいなかった。
そこに第二次タカマガハラ会戦の情報を持った情報通報艦がジャンプアウトする。そして、星系内に向けて通信を行った。
『タカマガハラでの戦いで我が軍は大勝利を収めました! ゾンファ艦隊は戦闘艦の七十パーセント以上を失い、脱出できたものは一万隻足らず! 一方、王国及びFSU艦隊の損害は軽微! 我が国の危機は去りました!……』
情報通報艦の艦長は興奮気味に語った。
その情報を受け、スパルタン星系内にいる将兵たちは歓喜に沸くが、ただ一人、フレッチャーだけはその歓喜の輪に加わっていなかった。
(あの策が成功しただと……これでは私の指揮権を剥奪したという恥ずべき行為が正しかったようにしか見えん……しかし、損害は軽微というが信じられんな。あの戦力差なら半数近くが沈められてもおかしくはない……)
フレッチャーは勝利自体を疑うことはなかったが、詳細なデータが届いておらず、アルビオン艦隊に大きな損失が出たと考えていた。
それでも不機嫌さは隠しきれず、臨時の旗艦であるドレッドノート級デヴァステーション107号の戦闘指揮所の司令官シートで腕組みをし、むっつりと黙っている。
艦長を始め、CICにいる者たちはフレッチャーがいるため、他の艦のように歓喜の声を上げることができず、チラチラと司令官席を窺っていた。
更に二日後の七月十九日に第二報が届く。
第二報には詳細なデータが添付されており、フレッチャーはそれを見て目を見開く。
(喪失した艦が僅か千八百隻だと……いや、半数以上が傷ついている。激戦であったことは間違いないか……しかしこれでは、ますます私の判断に誤りがあったとされてしまうではないか! 何か手を考えねば……)
フレッチャーはその後、司令官室に籠るようになった。
司令官が姿を見せないが、安全な超空間を航行するだけであるため問題は起きようもなく、七月二十六日に無事キャメロット星系に帰還した。
ジャンプポイントから二日間かけて第三惑星ランスロットに到着すると、フレッチャーは直ちに要塞衛星アロンダイトにある防衛艦隊総司令部に向かった。
その頃、前日に届いた第二報を受け、ジュンツェン星系に向けて艦隊を派遣することが決定しており、総司令部は蜂の巣をつついたような状態だった。
それでも艦隊司令官を無下に扱うわけにもいかず、総参謀長のウォーレン・キャニング中将が対応する。
キャニングは総参謀本部や戦略・戦術研究部でハースの下にいたことが多く、フレッチャーにとって気に入らない存在であったが、自らのキャリアのため、その感情を押し殺す。
「忙しいところ済まないのだが……」
フレッチャーが愛想笑いを浮かべて話し掛けるが、キャニングは迷惑そうな表情を隠そうともしなかった。
「どのようなご用件ですか?」
「ヤシマでのことを報告に来たのだが……」
キャニングはフレッチャーの言葉を遮る。
「報告書はジャンプアウトの時にいただいております」
キャニングはハースと気が合うだけあって個性的な性格で、上官であろうと気に入らない相手に気を遣うことはなかった。
「いや、更に詳細に伝えねばならんと……」
フレッチャーが言い募ろうとしたが、その言葉もキャニングは遮った。
「キャメロットの状況はお判りでしょう。我々はジュンツェン星系に向かわねばならんのです。それとも今後の対ゾンファ戦略に関わるような重要なことなのですか?」
「そうではないが……四人の提督の暴挙を許すわけにはいかんのだ!」
「ユーイング提督たちが閣下の指揮権を奪ったことをおっしゃっているのですか?」
キャニングはそう言いながら面倒くさそうな表情を浮かべる。
「その通りだ!」
「その件でしたら、既に艦隊総司令部だけでなく、統合作戦本部でも正しい判断であったとされていますよ。コパーウィート軍務卿もお認めになりましたし、ノースブルック首相も問題なかったと公式に発言しておられます。宙軍委員会に訴えても無駄ですよ」
宙軍委員会は軍務卿を筆頭に、統合作戦本部長、連合艦隊司令長官、宙兵隊司令長官、地上軍司令長官の五名からなるアルビオン王国軍の最高意思決定機関である。
戦略だけでなく、人事や賞罰なども議論される場ではあるが、そのトップである軍務卿が認めている。また、文民統制であるアルビオン王国では首相を長とする“国防会議”が最終的な決定権を有するため、ノースブルックが是としたことを覆すことは不可能だった。
それでもフレッチャーは「しかし……」と言って話を続けようとするが、それをキャニングは強引に断ち切る。
「こう言っては失礼だが、閣下のことにかまけている時間などないのですよ。ジュンツェンへの艦隊の移動は我が国の今後の安全保障に大きく関わってくる重要事項です。それ以前に、総司令部にユーイング提督らの決定に疑問を持つ者はおりません。というより、閣下の判断に誤りがあったと考える者の方が圧倒的に多いのです。では失礼します」
そう言ってキャニングはフレッチャーを残して足早に去っていく。
「……」
フレッチャーは無言でその場に立ち尽くすしかなかった。
その後、フレッチャーはさまざまな伝手を使って自らの正当性を訴えていくが、歴史的な大勝利と宿敵ゾンファ共和国の支配体制崩壊という事実の前に、誰一人彼の話を聞く者はいなかった。
逆に勝利の立役者であるユーイングやハース、更にはクリフォードのことを悪しざまに言う彼は人々から疎まれるようになる。
更に悪いことに、フレッチャーが決戦を回避しようとしたため指揮権を剥奪されたという話がメディアにリークした。
これは彼と共に帰還した負傷兵たちが流したもので、フレッチャーはメディアを避けるため、屋敷に閉じこもるしかなかった。
軍の中にはフレッチャーの責任を問うべきという声もあったが、消極的ではあるものの敵前逃亡のような不名誉なことでもなく、開戦前の判断としては一定の合理性があったため不問に付されている。
しかし、第十一艦隊に一時的に吸収され、実質的に存在しない第七艦隊は一度解体されることが決まる。フレッチャーはそのまま司令官の任を解かれ、統合作戦本部付という無役に近い閑職に追いやれることになった。
鬱々とした日々を過ごすうちに、彼はクリフォードが元凶であると思い込むようになる。
(奴がいなければこのようなことにはならなかった……イライザのことで私に復讐しようとしているのだ……)
イライザ・ラブレースは王太子護衛戦隊の駆逐艦艦長であったが功を焦り、クリフォードの命令を無視して味方に大きな損害を与えた。そのため、軍法会議に掛けられている。
フレッチャーは彼女の父親と親友であることから、何とか穏便に済ませようとクリフォードに告発を取り下げるよう依頼したが、彼は一切妥協しなかった。
軍務省の国防司法局や国防人事局などに手を回し、不名誉除隊だけは回避できたが、降格と予備役編入という厳しい処分を受けている。
そのことがフレッチャーの頭にあり、被害妄想的にクリフォードに対する憎しみが生まれていった。
(奴さえいなければ……必ず報いを受けさせてやる……)
フレッチャーは心の中で昏い炎を燃やし始めていた。
感想、レビュー、ブックマーク及び評価(広告下の【☆☆☆☆☆】)をいただけましたら幸いです。




