第三十一話
宇宙暦四五二三年六月十日。
キャメロット星系にイーグンジャンプポイント会戦の情報が届いた。
それに先立つ五日前の六月五日に、ゾンファの大艦隊がイーグン星系に現れたという情報が入り、大混乱に陥っていたが、何とか勝利をものにしたという情報で落ち着きを取り戻している。
統合作戦本部と艦隊総司令部は第一報が入った直後から対応を協議していた。
キャメロット方面の統合作戦本部の責任者であるジョアン・ヘイルウッド副本部長は、艦隊総司令官のジークフリート・エルフィンストーン大将や総参謀長ウォーレン・キャニング中将らに当面の方針を説明している。
それは第一報で拙速に動くのではなく、ヤシマでの戦いの帰趨を確認してから、艦隊の派遣数などを決めるというもので、それまでの間にキャメロットにある全艦隊に出撃準備を命じるだけに留めている。
そして、イーグンJP会戦でアルビオン・FSU連合艦隊がゾンファ艦隊を排除したという情報を受け、艦隊総司令部だけでなく、首相であるウーサー・ノースブルック伯爵や軍務卿であるエマニュエル・コパーウィートらと共に協議に入った。
会議の冒頭、統合作戦本部の作戦部長ライアン・レドナップ少将が状況を説明するため、立ち上がった。
レドナップは軍人というには線が細く、銀縁の眼鏡と白皙の肌に、大学の教員や研究所の職員という印象を与える中年男だ。実際、作戦部長になる前は戦略・戦術研究部の部長であり、研究畑が長い。
「資料にある通り、ゾンファ艦隊の損害は軽微であり、逆に我が軍を含む連合艦隊は大きく傷ついています。鹵獲した艦や捕虜から得た情報ではジュンツェン星系には更に七個艦隊があり、当初より第二次攻略作戦が計画されていました……」
その言葉に全員が頷く。それを見たレドナップはヘイルウッドに目で確認した後、作戦案の説明を始めた。
「……作戦部が提案する作戦の概要ですが、ヤシマへはキャメロット防衛艦隊より第二艦隊、第五艦隊、第十二艦隊の三個艦隊を派遣し、アテナ星系には同じくキャメロット防衛艦隊から第一艦隊、第三艦隊、第十艦隊、アルビオン防衛艦隊から第四艦隊、第五艦隊の計五個艦隊を派遣します……」
現在、キャメロット星系にはキャメロット防衛艦隊が六個艦隊、首都アルビオン星系を守るアルビオン防衛艦隊から増援として派遣された二個艦隊の八個艦隊があった。また、ゾンファ共和国側にあるアテナ星系にはキャメロット防衛艦隊とアルビオン防衛艦隊のそれぞれ一個艦隊ずつの二個艦隊が駐留している。
「……ヤシマに派遣する艦隊の目的ですが、現在駐留しているキャメロット防衛第六、第七、第八、第九、第十一の各艦隊が撤退してきた際の支援となります。また、アテナ星系に派遣する艦隊の目的はゾンファが奇襲を掛けてきた際に対応することです」
そこでノースブルックが発言した。
「統合作戦本部はヤシマの陥落は免れ得ぬと考えているということかね?」
その問いにヘイルウッドが答える。
「その通りです。敵は十五個艦隊という膨大な戦力を揃えております。また、距離の関係から今から艦隊を派遣しても間に合いません」
「では、ヤシマの状況が分かる前にアテナ星系に艦隊を派遣する意味は何かね?」
「現在、我々は後手に回り続けております。もしゾンファがヤシマではなく、キャメロットに向かえば、“アテナの盾Ⅱ”があったとしても駐留している二個艦隊では守り切れません。ですが、七個艦隊あれば、確実に防衛できます。また、ヤシマの状況が判明してから艦隊をキャメロットに戻しても充分に間に合いますので、無駄にはなりません」
イージスⅡはアテナ星系にある大型要塞であり、キャメロット星系に向かうジャンプポイントに設置されている。
その実力は五個艦隊に匹敵し、常時駐留する二個艦隊と合わせれば七個艦隊分の戦力と言える。
しかし、ゾンファが十個艦隊以上で攻めてきた場合は、キャメロット星系の喉元を抑えられることになる。
キャメロット星系にはアロンダイトとガラティンという大型要塞があるため、アテナ星系を奪われても防衛自体は難しくないが、緩衝宙域がないとキャメロット星系から艦隊を動かせなくなる。
そのため、ゾンファがアテナ星系に艦隊を派遣し、占領した後にヤシマに侵攻するというシナリオも充分にあり得ると考えていた。
「ヤシマ奪還についてはどう考えているのか。それを聞かせてほしい」
そこで再びレドナップが発言を始める。
「ゾンファの動きが見えない状況では明確な方針を示すことはできませんが、帝国に協力を求めることを含め、ゾンファ共和国に大規模な攻撃を加えることになります」
「帝国を巻き込むというのかね? 虎を追い払うのに狼を家に入れるようなものではないかな」
ノースブルックの言葉にレドナップは「ご懸念は理解いたします」と言うが、
「選択肢としてはあり得るという認識です。現状では選択肢が多すぎて明確な方針が出せません」
「なるほど。では、ヤシマの占領は避け得ないという前提で戦略を立てるということか。現在ヤシマに駐留している艦隊が戻って来られる可能性はどの程度だろうか」
「最先任のフレッチャー大将の考え次第ですが、恐らく戦わずして撤退してくるのではないかと」
ヘイルウッドがそう答えると、コパーウィートも同調する。
「他の司令官であれば、ハース提督の知謀を活用した可能性はありますが、彼ならば戦うことなく撤退する可能性が高いでしょうな。個人を貶めるつもりはありませんが、我が国にとって最も悪いタイミングにゾンファの侵攻が当たったと言わざるを得ません」
コパーウィートはフレッチャーがハースを個人的に嫌っていることを知っており、また、能力的にも性格的にも冒険ができない人物だと示唆する。
「戦力を集中するという意味ではよかったのかもしれんが、ヤシマが占領されたら奪還することは非常に困難だ。何とかしてもらいたいが、希望的観測で国家の戦略を考えるわけにはいかない。私としてはこの方針で問題ないと思うが、艦隊側の意見はどうであろうか?」
ノースブルックが水を向けると、エルフィンストーンが立ち上がる。
「艦隊としましては充分に準備ができております。ただ、友軍がいるヤシマに充分な援軍を派遣できないことは忸怩たる思いではありますが」
エルフィンストーンは、感情的には自らが指揮する大艦隊をヤシマに派遣したかった。アデル・ハースやジャスティーナ・ユーイングと言った名将が無為に撤退してくるとは思えなかったからだ。
しかし、即座に艦隊を派遣したとしても、ゾンファの再侵攻に対して一ヶ月近い遅れがあり、間に合わないことは充分に理解していた。そのため、作戦部の提示した作戦が最も現実的だと認めたのだ。
「提督の思いは分かった。私としてもゾンファの行動を無制限に認めるつもりはない。情報が集まり、艦隊が動かせるようになったら相応の報いを与えてやる。それまで待ってもらいたい」
エルフィンストーンは一礼すると腰を下ろした。
その後、すぐにヤシマへの再侵攻の可能性が高いことを含め、今後の方針が発表された。
野党民主党はヤシマの駐留艦隊を削減すべきと主張していたことを忘れたかのように、与党保守党とノースブルックを糾弾する。
「ゾンファの野心は分かっていたことである! それに対し、政府および与党は準備を怠った! 王国を危機に陥れた責任は免れないと断言する! 直ちに内閣は総辞職すべきである!」
ノースブルックはそれに対し、冷静に対応する。
「ゾンファ共和国の暴挙は予期し得るものではなかった。休戦協定を無視していきなり艦隊を差し向けるなど、文明国家の行いではないのだから……民主党は現状を正しく理解していないように思える。これほど差し迫った状況で内閣が総辞職すれば対応は後手に回ってしまう。今は挙国一致で国難に当たるべきであろう」
キャメロット市民は元々保守党寄りであり、民主党の主張を一蹴した。また、ゾンファの暴挙に対し、挙国一致で対応すべきというノースブルックの主張を支持する。
これにより、ノースブルックの政治基盤は強化され、首都であるアルビオン星系の議会に諮ることなく、決定ができるようになった。
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