第三十話
宇宙暦四五二三年六月九日。
ゾンファ共和国のジュンツェン星系では第二次ヤシマ攻略部隊が出撃していく。
本隊である十個艦隊五万隻に加え、占領部隊である地上軍百二十万人を運ぶ兵員輸送船六千隻とそれらを支援する補助艦艇二千隻、計五万八千隻という大艦隊だ。
その大艦隊を指揮するのは第一次攻略部隊と同じくシオン・チョン上将だ。
シオンは出撃前に全将兵に向けて演説を行った。
『忠勇なるゾンファ共和国国民解放軍の諸君! 我々は遂に新たな居住可能星系を獲得するという建国以来の悲願を達成することになった! 第一次攻略部隊は敵に痛撃を与え、宿敵アルビオンは補充を受けたとしても精々三個艦隊! 自由星系国家連合の弱兵は言うに及ばず、この程度の数であれば、鎧袖一触で我が軍は勝利を得ることができる!……』
不満を溜めている下士官兵たちだが、シオンの言葉が真実であることは理解していた。
司令部が公表した情報だけでなく、下士官たちが持つ独自のネットワークによる情報でもそれを裏付ける情報が流れていたからだ。
しかし、将兵たちには不安があった。
そのことを察したのか、シオンはそれにも言及する。
『……確かにヤシマの首都星タカマガハラには軍事衛星群がある! 我が軍の分析では五個艦隊に匹敵するそうだ……』
そこで言葉を切り、更に強い口調で続けた。
『それがどうしたというのだ! しょせん自由に動けぬ固定砲台にすぎぬ。攻撃力こそ大型要塞に匹敵するが、その防御力は雲泥の差だ。恐れることは何もない!』
その言葉に士官たちが「そうだ!」と呼応する。
シオンの言う通り、五キロメートル級軍事衛星の防御力は大型戦艦を凌駕するが、三十キロメートル級大型要塞に比ぶべくもなく、戦艦の主砲による集中砲撃で破壊することは難しくない。
更に五百メートル級小型無人衛星の防御力は重巡航艦程度しかない。
『ヤシマを足掛かりにFSUを手に入れ、アルビオンを屈服させるのだ! そして、帝国を滅ぼし、ペルセウス腕を統一する! その偉大なる最初の一歩を我々は踏み出すことになるのだ! 各員の奮闘を期待する!』
司令官の一人、フェイ・ツーロン上将はシオンの演説を冷めた気分で聞いていた。
(確かにシオンの言う通り、通常なら我が軍の勝利は疑いようがない。だが、それは兵たちが命令通りに動いてこそだ。我が艦隊ですら士気は下がり続けている。本国から移動し第一次攻略部隊に参加していたシオン艦隊とシー艦隊などでは更に酷いことになっているだろう……)
第一次攻略部隊の内、ステルス機雷による集中攻撃を受けたクゥ・ダミン上将らの艦隊はジュンツェン星系に残ることになったが、比較的損害が軽かったシオン艦隊とシー・シャオロン上将の艦隊は補給を受けた後、そのまま第二次攻略部隊に加わっている。
特にシオン艦隊とシー艦隊は三月五日に本国ゾンファを出撃してから休むことなく、行動し続けていた。
そのため、准士官以下の乗組員は極度に疲労しており、不服従や反抗的な態度を取る者が続出している。
(問題はこの状況を敵も知っているということだ。タカマガハラの防衛ラインで長期戦を挑まれたら危うい。短期決戦を挑むにしてもあの軍事衛星群と正面からやりあえば大きな被害が出る。そのことをシオンに言ったのだが……)
出撃前、フェイはシオンに個人的に会っていた。そこで懸念を伝えている。しかし、シオンはフェイの言葉を笑顔で否定した。
『長期戦にはせんよ。と言っても強引に艦隊を突っ込ませるつもりもない。きちんと作戦は考えてあるんだ。俺のことを信頼してくれてもいいだろう』
そこでシオンの考えた作戦を聞き、一応納得したが、不安は解消しなかった。
(確かに奴の策なら敵の防衛網を突破できる。こちらが圧倒的に有利なのだが、どうしても不安が消えん。あの時、ターマガント星系でやられた時と同じだ……そう言えば、コリングウッドは旗艦の艦長にまで出世したようだな。まだ三十になるかならないかという年齢だったはずだが……)
情報部がヤシマで手に入れた情報の中にはクリフォードに関するものもあった。もっともゾンファ共和国が国としてクリフォードに警戒して集めさせた情報ではなく、ヤシマ国民に人気があるアルビオン軍人という観点での情報だった。
フェイはクリフォードに関する情報を見つけ、詳細まで読んでいた。
(主君を守った勇敢さだけではなく、旗艦を最前線に置くほど司令官から信頼されている。ジュンツェン星系会戦でも活躍したそうだし、ターマガントで仕留めていれば歴史が変わったのかもしれんな……)
そんなことを考えているが、クリフォードが艦隊の作戦に関与しているとは思っていなかった。
(ターマガントのようだと思うのはコリングウッドの名を見たからかもしれん。今は不安を忘れ、シオンを信頼するしかないな……)
フェイは旗艦の下士官や兵たちに積極的に話しかけ、艦隊の士気を上げることに尽力していった。
■■■
第二次攻略部隊が出発したが、シー・シャオロン艦隊の戦艦ファンシャンでは険悪な空気に包まれていた。
事の発端はチェン・ツォ軍曹が冤罪であるにもかかわらず、政治将校のウー・カイジュン大尉によって降格処分にされたことだった。
チェンは若い下士官や兵士から慕われており、その処分に多くの者が上官に対し抗議を行った。
士官たちの中にもチェンが無実であると考えている者は多く、できる限り表沙汰にならないようにしていたが、その抗議をウーが聞きつけてしまった。
そして、ウーは艦長に対し、対応するよう迫った。
「反乱の兆しがあります。適切に処置しなければ、あなたを政治犯として拘束しなければならなくなります」
薄ら笑いを浮かべて迫るウーに艦長は恐怖を感じたが、作戦前ということで時間を稼ごうとした。
「無論、適切に処置する。関わった者は全員処罰する。だが、調査には時間が掛かる。その点は考慮してもらいたい」
「小官に任せていただければ、時間など掛かりません。シアメン星系に到着するまでに解決してみせましょう。それとも艦長ご自身が小官から告発されたいのですかな」
艦長はその言葉に頷くことしかできなかった。
その結果、約三百名いる下士官と兵士のうち、五十人以上が摘発され、むち打ち刑や超過勤務などの処罰を受けた。
ウーはもちろん、彼の暴走を止められなかった艦長以下の士官たちに対し、准士官以下の乗組員は絶望する。
チェンは主兵装区画で友人であるリャン・シャン軍曹に小声で話しかけた。
「このままじゃ、俺たちはあの野郎に殺される。そうなる前に何とかしなくちゃならん」
当初は穏便に済ませようとしていたチェンだが、この状況を打開するためには非合法なことも致し方ないと考えるようになっていた。
「やるにしても計画を練らなければあっという間に終わっちまう。ここはじっくり考えるべきだ」
二人は、表面上は服従したように見せながらもウーや士官たちへの復讐の方法を考えていった。
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