第二十一話
宇宙暦四五二三年五月十四日、標準時間〇三二〇。
ゾンファ艦隊総司令官シオン・チョン上将は、敵が積極的であることに驚いていた。
(中央突破を狙ってくるとは……あの女狐がこのような強引な策に出るとは思わなかったな……)
シオンは元総参謀長であるハースが、連合艦隊の作戦を立てていると考えていた。
ゾンファ共和国が持つアルビオン艦隊の司令官の情報だが、ジュンツェン星系会戦当時から艦隊司令官であった第七艦隊のオズワルド・フレッチャーの情報はあるものの、他の二人の司令官の情報はほとんどなかった。
フレッチャーも常識的な戦術家という評価でしかない。
また、前回のヤシマ侵攻作戦当時、病床にあったサブロウ・オオサワの情報も少なく、最も知名度のあるハースを警戒することは、ゾンファの将としては自然な成り行きと言える。
中央にあるクゥ・ダミン上将の艦隊が猛将サンドラ・サウスゲートの指揮するアルビオンの第十一艦隊の猛攻を受け、次々と爆発する。
更にその両側の艦隊も押され始め、ゾンファ艦隊は中央が凹んだ変則的な横隊となっている。
このままでは中央戦線が突破され、背面から攻撃を受ける恐れがあった。
「クゥ上将に我が艦隊が救援に向かうまで戦線を維持しろと伝えろ!」
そう命じると、麾下の各艦に前進を命じた。
シオン艦隊はクゥ艦隊の後方に予備として控えており、ここまでほとんど戦闘に参加していなかった。
クゥ艦隊は半数近い二千隻が沈められているが、重巡航艦以上の大型艦は傷つきながらも耐えており、戦線を維持し続けている。
(クゥはよくやっている。経歴から予想はできていたが、この粘り強さは思った以上だ……いい意味で裏切られたな……)
クゥ艦隊が善戦しているのはクゥの指揮能力の高さもあるが、それ以上に艦の防御力が上がったことが大きい。
これはヤシマの造船技師、ユズル・ヒラタによる設計変更の賜物だった。
今までであれば、連続攻撃を受けると一度目の攻撃で防御スクリーンが過負荷となり、二度目の攻撃で沈められることが多かった。
しかし、ヒラタの設計により重巡航艦以上の大型艦では既存の艦もスクリーンの多重化が進められ、これによって連続攻撃に対する耐性が飛躍的に上がった。その結果、ギリギリで撃沈を免れている。
シオン艦隊はクゥ艦隊の後方に展開し、アルビオンの第十一艦隊へ攻撃を開始した。
■■■
第十一艦隊は敵の艦隊に接近したものの、思った以上に堅固なクゥ艦隊とシオン艦隊が戦闘に加わったことで前進速度が急速に落ちる。
「止まるんじゃない! ここで足を止めたら周囲から集中砲火を受けてしまう! 無理にでも敵を突破するんだ!」
司令官のサウスゲートが咆えるが、シオン艦隊の的確な攻撃に、命令通り突出した艦が沈められ、前に出られない。
更に上下左右からも攻撃を受け始め、防御力の低い軽巡航艦や駆逐艦が次々と沈められていく。
サウスゲートもこのままでは危険だと思うが、後ろから第七艦隊と第八艦隊が続いており、下がることもできない。
「前進しか活路は見出せん! ポイントを絞って集中的に攻撃を加え、敵の艦列に穴を開けろ!」
司令部の指示でピンポイント攻撃を加えるが、開いた穴はシオンの指示により、すぐに他の艦が埋め、突破口が開かない。
第七艦隊の司令官フレッチャーは窮地に陥った第十一艦隊を支援するため、前進を命じた。
「全艦前進せよ! 第十一艦隊を救出する! 敵中央艦隊に攻撃を集中するのだ!」
そう命じるが、自身の艦隊にも左右から激しい攻撃が加えられ、思うような機動ができない。
(さすがはゾンファということか。ヒンド、ラメリクはもちろん、ヤシマもかなりやられている。あとは第九艦隊が上手くやってくれればよいのだが……)
ゾンファは徹底してアルビオン艦隊に攻撃を集中させている。それでも戦線が横に伸びていることから、ヤシマやヒンド、ラメリクの各艦隊にも一定上の攻撃が加えられており、それらの艦隊では少なくない数の艦が沈められていた。
標準時間〇三二〇現在、ゾンファ側の損害は喪失約二千、大破約五百、中破約三千、小破約五千と全体の三十パーセント近い艦が何らかのダメージを受けていた。そのほとんどが中央の三艦隊で、五個艦隊はほぼ無傷だ。
一方の連合艦隊側は、アルビオン艦隊が喪失約千五百、大破約千、中破約二千、小破約三千と、戦闘に加わっている三個艦隊の半数近くがダメージを負っている。特に最前線にある第十一艦隊は無傷の艦が三割程度しか残っていないほど傷ついていた。
この他にヤシマ艦隊でも一万三千五百隻中、二千隻近くが沈められ、大破約五百、中破約二千、小破約三千と五割を超える損害を受けている。
ゾンファから積極的な攻撃を受けていないはずのヒンド、ラメリクの両艦隊も、一万八千隻中、喪失約一千、大破約五百、中破約二千、小破約四千と、四割以上が傷ついており、低い士気と相まって壊滅の一歩手前と言っていいほどであった。
「今少し耐えるのだ! アルビオンの賢者殿が何とかしてくれる! それまで戦列を維持し続けるのだ!」
総司令官のオオサワは崩れそうになるヤシマ艦隊を叱咤しながら、メインスクリーンの端に映る第九艦隊のアイコンを目で追っていた。
(あと一分。タイミングを合わせるしかないが、味方にその余力があるかが問題だ。ハース提督の手腕に賭けるしかない……)
そう考えながらも麾下の司令官である第二艦隊のトモエ・ナカハラ大将と第三艦隊のレイジ・アベカワ大将に命令を伝える。
「ナカハラ艦隊は第九艦隊の攻勢に合わせて前進せよ! アベカワ艦隊は敵右翼からの攻撃を凌ぎ、戦線の崩壊を防げ! ここが正念場だ! 五年前の借りを返すのだ!」
その言葉にナカハラが「了解しました!」と力強く答える。
ナカハラはヤシマ防衛艦隊では珍しい女性将官だ。凛とした佇まいの剣士のような雰囲気を持ち、四十三歳と若いながらも兵たちの信頼が厚い将だ。
彼女は五年前のゾンファ侵攻の際に重傷を負ったものの生き残ったが、その際、多くの部下を失い、ゾンファに対して強い敵愾心を持ち、戦意は旺盛だ。
アベカワはナカハラより更に若い四十二歳。
チェルノボーグJP会戦ではロンバルディア艦隊の暴走によって混乱した艦隊を落ち着かせ、被害を最小限にしているなど、アルビオン艦隊の上層部からも攻守のバランスが取れた良将と評価されている。
オオサワは二人の司令官に命じた後、麾下の艦隊を鼓舞するため、マイクを取った。
「アルビオン第九艦隊の攻勢に合わせて、全力で敵に攻撃する! この一戦で敗れれば後はない! 祖国を守るため、一層の奮闘を期待する!」
その言葉にヤシマ将兵たちが奮い立つ。
二度の侵略に対し、アルビオン王国の助けを受けて何とか独立を保っていることに、将兵たちも忸怩たる思いがあった。
そのため、帝国との戦いが終わった後、多くの若者が軍に志願し、以前とは見違えるほど士気が高い。
士気は高いものの、前回のゾンファの侵攻時に多くの将兵が戦死しており、三年以下の経験しか持たないという者がほとんどであった。そのため、奮い立つというより舞い上がっているという感じの者が多かった。
そのことを危惧したナカハラが冷静な声で落ち着かせる。
「落ち着いて命令に従いなさい。闇雲に攻撃を仕掛けても敵には通じません」
ヤシマ艦隊の士気が高まったところで、第九艦隊が敵右翼に攻撃を開始した。
感想、レビュー、ブックマーク及び評価(広告下の【☆☆☆☆☆】)をいただけましたら幸いです。




