第一話
お待たせしました!
■■■
宇宙暦四五二二年十一月、アルビオン王国は自由星系国家連合(フリースターズユニオン:FSU)と共にスヴァローグ帝国の野望を打ち砕いた。
クリフォードが指揮する巡航戦艦インヴィンシブル89号は、チェルノボーグJP会戦、ダジボーグ星系会戦で連戦し、艦隊旗艦としては異例ともいえる戦果を挙げた。また、彼個人も艦隊司令官アデル・ハースに多くの献策を行い、勝利に貢献している。
彼の活躍もあり、帝国の野望は打ち砕いたものの、ペルセウス腕にはもう一つの敵国、ゾンファ共和国があった。
四年前の四五一八年、ジュンツェン星系における二度の会戦によって、ゾンファ共和国艦隊は大きな損害を受けた。その結果、当時の指導者が失脚、その後に発生した政変によって鎖国状態になっていた。
その鎖国状態の間に一人の野心家がゾンファの権力を掌握した。
その野心家の名はファ・シュンファ。
まだ四十代前半の彼は民衆の支持を受け、再びヤシマに侵攻することを決意する。
ゾンファ艦隊は先の会戦で大きなダメージを負ったものの、国としての生産能力、人的資源の豊富さから、僅か四年間で戦力を元に戻していたのだ。
クリフォードらは約半年ぶりに故郷キャメロット星系に帰還したが、その直後にゾンファの外交使節団がヤシマに到着したという情報が入った。
再び蠢動し始めたゾンファに不気味なものを感じながらも、クリフォードらは艦隊の再編を進めていく。
アルビオン王国では四年前から続く戦争に市民らは疲れていた。その厭戦気分を受けた野党民主党はヤシマへの艦隊派遣の停止と艦隊増強計画の凍結を提案する。
首相であるノースブルック伯爵はゾンファの脅威を訴え、その提案を拒絶したが、戦死傷者への年金の支払いに財源が圧迫され、市民たちの支持を失いつつあった。
そんな中、第九艦隊が急遽ヤシマに派遣された。ゾンファ共和国の動きに危機感を持った統合作戦本部と艦隊総司令部はヤシマにおける戦力不足を補うため、精鋭である第九艦隊に期待し、送り込んだのだ。
そこへゾンファの大艦隊が迫る……。
宿敵ゾンファとクリフォードの戦いをお楽しみください。
■■■
登場人物(年齢は4523年1月時点)
アルビオン王国:
クリフォード・C・コリングウッド:大佐、インヴィンシブル89艦長、29歳
アンソニー・ブルーイット:中佐、同副長、35歳
サビーナ・ロジャース:中佐、同航法長、34歳
オスカー・ポートマン:中佐、同戦術士、35歳
ジャネット・コーンウェル:少佐、同情報士、34歳
アデル・ハース:大将、第九艦隊司令官、51歳
セオドア・ロックウェル:中将、同参謀長、55歳
オーソン・スプリング:少将、同副参謀長、42歳
ショーン・マクレガー:中将、同分艦隊司令官、47歳
ヒラリー・カートライト:大佐、同首席参謀、36歳
アビゲイル・ジェファーソン:中佐、第九艦隊司令官付き副官、35歳
オズワルド・フレッチャー:大将、第七艦隊司令官、55歳
ノーラ・レイヤード:大将、第八艦隊司令官、51歳
サンドラ・サウスゲート:大将、第十一艦隊司令官、53歳
ジャスティーナ・ユーイング:大将、第六艦隊司令官、53歳
ジョアン・ヘイルウッド:大将、統合作戦本部副本部長、58歳
ジークフリード・エルフィンストーン:大将、防衛艦隊司令長官、56歳
ウォーレン・キャニング:中将、同総参謀長、50歳
ライアン・レドナップ:少将、統合作戦本部作戦部長、41歳
ファビアン・ホレイショ・コリングウッド:大尉、クリフォードの弟、26歳
ウーサー・ノースブルック:伯爵、首相、55歳
ゾンファ共和国:
フェイ・ツーロン:上将、ヤシマ攻略艦隊司令官、50歳
シオン・チョン:上将、ヤシマ攻略艦隊総司令官、50歳
ファ・シュンファ:政治家、国家統一党政治局長、42歳
バイ・リージィ:ファ局長の腹心、軍事委員、35歳
タン・カイ:国家主席、73歳
ヤン・チャオジュン:ファ局長の腹心、外交部長、39歳
チェン・ユンフェイ:政治家、民主派の指導者、45歳
シー・シャオロン:上将、ヤシマ攻略艦隊司令官、47歳
クゥ・ダミン:上将、ヤシマ攻略艦隊司令官、51歳
レイ・リアン:上将、ヤシマ攻略艦隊司令官、51歳
チェン・ツォ:軍曹、戦艦ファンシャン下士官、38歳
リャン・シャン:軍曹、同下士官、36歳
ウー・カイジュン:大尉、同政治将校、32歳
ヤシマ:
ユズル・ヒラタ:造船技師、52歳
タロウ・サイトウ:政治家、首相、50歳
サブロウ・オオサワ:大将、ヤシマ艦隊司令長官兼第一艦隊司令官、56歳
トモエ・ナカハラ:大将、第二艦隊司令官、43歳
レイジ・アベカワ:大将、第三艦隊司令官、42歳
ケイジ・フクイ:技術少将、造船技師、47歳
宇宙暦四五二三年一月十五日。
アルビオン王国艦隊がキャメロット星系に帰還した。
但し、自由星系国家連合(FSU)に所属するヤシマ星系に派遣された七個艦隊のうち、戻ってきたのは四個艦隊のみで、残りの三個艦隊は帝国が停戦協定を反故にする可能性を考え、ヤシマで待機している。
クリフォード・カスバート・コリングウッド大佐が指揮する巡航戦艦インヴィンシブル級インヴィンシブル型89番艦HMS-C0301089も、キャメロット第九艦隊と共に半年ぶりに故郷に帰ってきた。
クリフォードにも休暇が与えられ、愛妻ヴィヴィアンと一人息子のフランシスと再会した。
フランシスは三歳半になり、かわいい盛りだが、久しぶりに会う父を見て、母親の後ろに隠れてしまう。その姿に苦笑しながら、クリフォードは妻を抱き締めた。
「ただいま」
「おかえりなさい、あなた。ご無事で……」とヴィヴィアンは言葉にならない。
もう一度強く抱きしめ、「休暇がもらえるから、ゆっくりできると思う」と囁く。それで少し落ち着いたのか、ヴィヴィアンも笑顔を見せた。
クリフォードが息子を抱き上げると、フランシスもようやく慣れたのか、笑顔を見せる。そして、三人で官舎に向かった。
のんびりとした休暇を過ごしながら、家族との時間を楽しんだ。
しかし、彼がゆっくりできたのは十日ほどだった。
今回も若き英雄であるクリフォードは軍の広報と共に、多くのメディアに担ぎ出されてしまったのだ。
特にヤシマからFSUの軍人として最高の栄誉とされる“自由戦士勲章”を、外国人として初めて授与されたことが報道されてからは、その話題で持ち切りとなる。
その結果、クリフォードに対し、王国としても勲章を与えるべしという声が上がる。
実際、通常の艦であれば、艦長が殊勲十字勲章を受勲してもおかしくないほど、インヴィンシブル89の戦果は大きかった。
しかし、統合作戦本部と艦隊司令官の一部から旗艦が最前線に立ち、大きな損傷を受けたことに対し、批判的な声が上がった。
旗艦は艦隊の頭脳であり、万が一機能を失えば、艦隊全体が大きな影響を受ける、また大きな会戦の場合、一艦隊の命運だけでなく、戦争の行方、ひいては国家の命運すら変えてしまう可能性がある。
そのため、旗艦が損傷したという事実が殊更問題視されたのだ。
これに対し、第九艦隊司令官のアデル・ハース大将は自分の命令で最前線に配置したと主張し、クリフォードの武勲を認めるべきだと主張する。
しかし、クリフォードはこう言って辞退している。
「……旗艦の配置がどこであれ、損傷を受けたことは事実です。その結果、一時的に司令部の機能を低下させています。つまり旗艦艦長としての責務を果たせていないのです。そんな私に勲章を受ける資格はありません……」
事実、ダジボーグ星系会戦において、参謀長のセオドア・ロックウェル中将が意識を失い、司令部の機能が低下した。この事実に、ハースもそれ以上強く言えなかった。
結局、クリフォードの叙勲はうやむやになった。
市民たちの興奮が冷めると、二十万人以上という膨大な数の戦死者を出したという事実に、祝勝ムードは一気に消えた。軍上層部も艦隊の再編や自国の防衛体制の再構築など、頭の痛い問題が山積し、苦悩に満ちた表情の者が多くなる。
今回の一連の戦闘では軽巡航艦以下の小型艦の損害が大きかった。これは有利な状況から一転して不利な状況に陥るケースが多かったためで、防御力の低い小型艦が短時間で沈められている。
そのため、中佐や少佐といった少壮の艦長を多く失い、その穴埋めが喫緊の課題であった。
その影響はインヴィンシブル89にも及び、大規模な補修作業に入ったものの、艦隊の再編により多くの士官が引き抜かれ、クリフォードはその対応に追われることになる。
そして、補修作業の要、副長であるジェーン・キャラハン中佐も大佐に昇進し、艦を去った。これにより補修作業の監督もクリフォードが行う必要があり、多忙を極めることになる。
キャラハンの代わりに着任したのは、第六艦隊の巡航戦艦ネルソン99号の副長であったアンソニー・ブルーイット中佐だ。
ブルーイットは細面に眼鏡が印象的で、クリフォードは最初、怜悧な参謀という印象を持った。実際、出世コースである参謀養成コースを優秀な成績で修了しており、その第一印象に誤りはない。
しかし、戦隊参謀の椅子を蹴って巡航戦艦の副長になった変わり者でもあった。
「よろしくお願いします、艦長」とブルーイットは言って、教本通りのきれいな敬礼を行う。
「歓迎するよ、副長」と言って、クリフォードは右手を差し出し、「そう言えば、弟が世話になったようだね」と付け加える。
ブルーイットのいたネルソン99号にはクリフォードの弟、ファビアンが副戦術士として乗り組んでいた。
その言葉でブルーイットに笑みが浮かぶ。
「こちらの方こそ、ファビアン君には助けられましたよ。彼が来てくれたお陰で“第六艦隊のお荷物”と呼ばれていた汚名を返上できたのですから」
当時、ネルソン99の艦長と戦術士の性格が合わず、演習を含め、なかなか成果が出なかった。そんなところにファビアンが副戦術士として着任し、戦術士に適切なアドバイスをしたことから、演習で優秀な成果を上げ、ネルソンは汚名を返上することができた。
また、ダジボーグ星系会戦の最終盤ではネルソンの主砲の制御系が損傷し、戦闘指揮所から主砲が発射できなくなった。その際、ファビアンが主兵装制御室から主砲を操作し、多くの戦果を挙げた。
その戦果は第六艦隊だけでなく、参加したアルビオン・FSU連合艦隊の全艦艇の中でも追随を許さないほど大きなものだった。
そんな話をするが、すぐに仕事の話に切り替わる。
ブルーイットは巡航戦艦の副長として二年以上のキャリアを持ち、通常の業務に関して不安はなかった。しかし、艦隊旗艦ということで通常の艦より雑務が多い。
特に副長は補給や整備などの細々としたことで、同僚である他の艦の副長から相談されることが多く、また、艦隊司令部からも雑務を依頼されることが多かった。
「航法長も変わるし、他にも多くの士官が引き抜かれている。士官室をできるだけ早く掌握してほしい」
「了解です。それにしても旗艦のシフト長が二人も変わるのは異例ですね」
シフト長は戦闘時以外の交替勤務時の責任者で、副長、航法長、戦術士を指す。当然、艦の重要なポジションであり、旗艦では通常一名ずつしか異動しない。
「提督に教えていただいたのだが、今回の艦隊再編では軍務省の人事局が積極的に動いているらしい。優秀な人材であれば、先任順位に関わらず登用しているそうだ」
「なるほど。旗艦の優秀な士官は引き抜かれやすいということですか。そう言えば、ファビアン君も上級士官養成コースに推薦されましたよ」
上級士官養成コースは別名“艦長コース”とも呼ばれ、少佐または大尉が受講する教育プログラムだ。このコースを修了すると、大尉は少佐に昇進し駆逐艦の艦長に、少佐は中佐に昇進し軽巡航艦の艦長に就任することが通例だ。
「そうらしいな」とクリフォードは言うものの、私事ということでそれ以上言及しなかった。
「話は変わるが、艦隊司令部も大きく入れ替わるそうだ。慣れない者が多くなるから、君には負担が掛かるが、よろしく頼む」
第九艦隊の司令部では司令官と参謀長は留任するものの、副参謀長と首席参謀が変わることになっていた。
副参謀長のアルフォンス・ビュイック少将は参謀本部に異動した。また、当初クリフォードに対し敵対的な態度を取っていた、首席参謀のレオノーラ・リンステッド大佐は准将に昇進し、第九艦隊第二分艦隊の副参謀長に就任している。
「そう言えば、リンステッド准将は作戦部への異動を蹴ったそうですね」とブルーイットが話す。
出世コースである統合作戦本部の作戦部への異動を本人が断り、現場に残ることを希望したのだ。
「そのようだな。だが、准将のような方が同じ艦隊にいてくれることは心強い」
その言葉にブルーイットは内心で驚いていた。クリフォードとリンステッドの確執はシミュレーションでの対決によって艦隊内に広がっており、そのクリフォードがリンステッドを高く評価していることに驚いたのだ。
(やはり兄弟だな。ファビアンもそうだったが、艦長も度量は大きいということか……)
ブルーイットはクリフォードに対する認識を新たにした。
感想、レビュー、ブックマーク及び評価(広告下の【☆☆☆☆☆】)をいただけましたら幸いです。




