第三十九話
宇宙暦四五二二年十月一日 標準時間一二四〇。
アルビオン艦隊とロンバルディア艦隊が主力のダジボーグ進攻艦隊は、スヴァローグ帝国軍の奇襲を受けた。
帝国は第五惑星サタナーの円環内に、大量のステルス機雷を隠していた。
それだけではなく、超空間突入能力を持たない星系内専用の小型艦であるコルベットや脆弱過ぎて艦隊戦には使えない高機動ミサイル艦なども隠していた。
小型艦は岩塊などに張り付くように配置され、ギリギリまで対消滅炉を最小出力に落としていたため、進攻艦隊の索敵では発見できなかった。
それらが一斉にステルスミサイルを発射する。
思わぬところからのミサイル攻撃により、ダジボーグ進攻艦隊は混乱に陥った。
アルビオン艦隊本隊では総司令官ジークフリート・エルフィンストーン大将が旗艦プリンス・オブ・ウェールズ03の戦闘指揮所で麾下の艦隊を叱咤する。
「落ち着け! ミサイル迎撃を優先せよ!」
エルフィンストーンの叱咤も空しく、ステルス機雷と高機動ミサイル艦、コルベットなどからのミサイル攻撃により、僅か十分で一千隻もの艦を撃沈された。
それでも艦隊の秩序は徐々に戻っており、反撃によって帝国艦隊にも少なくない出血を強いている。
ロンバルディア艦隊も初期こそ混乱したものの、すぐに秩序を取り戻し、ミサイル迎撃に集中する。
練度が低いロンバルディア艦隊がアルビオン艦隊より早期に秩序を取り戻せた理由は、敵艦隊からの主砲による攻撃がなかったためだ。
これは帝国にとってロンバルディア艦隊を脅威に感じていないためで、ロンバルディア艦隊の司令官、ファヴィオ・グリフィーニ大将はそのことに屈辱を感じながらも冷静に命令を発した。
「先に小物を血祭りに上げろ! 敵は大きくは動けぬ。前進し、敵の側面に出て半包囲で叩け!」
グリフィーニはアルビオン第九艦隊が側面に向かったため、反対の側面を脅かす策に出た。
帝国艦隊では奇襲に成功した直後、大きな歓声が上がった。
総司令官のリューリク・カラエフ上級大将は自らの策が成功したことに安堵するものの、決定打となりえないことも理解していた。
(ステルス機雷と小型艦による奇襲では精々混乱を与えることしかできん。アルビオンの本隊をいかに叩くかが勝敗のカギを握る……敵の第九艦隊は危険だ。艦隊の一部を振り分けるしかないか……)
カラエフはアルビオン第九艦隊に側面を脅かされれば、ただでさえ数で劣る帝国艦隊は短時間で瓦解すると考えていた。
そのため、アルビオン本隊に集中すべき戦力を第九艦隊に回さざるを得なかった。
この選択はやむを得ないものであったが、一度掴んだ勢いを手放すことになった。
■■■
標準時間一三〇〇
アルビオン第九艦隊は帝国ダジボーグ艦隊の側面に取り付くことに成功した。
帝国艦隊は第九艦隊の存在に危険を感じ、スヴァローグ艦隊の一部を振り向けた。既に距離は十光秒を切り、小型艦の主砲の射程にも入っている。
機動力を生かし、既に〇・〇三Cまで減速しているが、戦闘速度である〇・〇一Cには減速できていない。
ハースは敵に移った主導権を奪うべく、大胆な行動に出る。
「敵艦隊の後方を突っ切ります! 各艦、近接戦闘用意!」
アルビオン王国軍の戦闘艦には“カロネード”と呼ばれるレールキャノンが搭載されている。
カロネードは金属球を加速して放出する、いわゆる質量兵器であり、推進力を持たないため、長距離からの攻撃ではほとんど効果はない。
しかし、迎撃が不可能なこと、防御スクリーンに大きな負荷を掛けることができることから、ごく近距離での戦闘においては絶大な効果がある。
インヴィンシブル89には三百トン級が四基、五十トン級が十基あった。
「カロネード全基発射準備!」というクリフォードの命令に掌砲手たちが各ブロックにある兵装制御盤を操作し、円筒状散弾容器と呼ばれる弾を装填していく。
「一番から四番、キャニスター装填完了!……十一番から十四番、キャニスター、装填完了!」
「左舷スペクターミサイル発射管、発射準備完了!……右舷スペクターミサイル発射管、発射準備完了!」
掌砲手たちの報告がCICのスピーカーから流れ、それに戦術士オスカー・ポートマン中佐が「了解」と答えていく。
すべての準備が完了したことを確認したポートマンはクリフォードに報告を行った。
「スペクターミサイル全基発射準備完了! カロネードも全基装填済み。いつでも使えます!」
クリフォードは「了解」と短く答え、
「カロネードは敵との相対距離が二光秒を割ったら全基一斉発射。スペクターミサイルは加速度を抑えてタイミングを合わせろ」
「了解しました、艦長!」というポートマンのきびきびとした返事が響く。
「ダメージコンロール班、優先順位は防御スクリーン、対消滅炉、通常空間航行機関だ。副長、全員艦外活動用防護服を着けていることを確認しているな」
「はい、艦長。緊急時対策所要員は全員ハードシェル着用済みです」
ダメージコントロール班を指揮する副長ジェーン・キャラハン中佐が落ち着いた声で答える。
ERC要員は損傷した艦の応急保修に当たるため、強い放射線や高温にさらされる可能性が高い。
そのため、頑丈なハードシェルに身を固めるよう指示を出していたのだが、これはERC要員に限った話ではなく、クリフォードを含め、CIC要員もハードシェルを着用していた。
これは万が一の被弾の際に少しでも人的被害を抑えるためで、第九艦隊の巡航戦艦でここまで徹底しているのはインヴィンシブル89だけだ。
この処置については反対が多かった。ERC要員はともかく、CICは最も頑健な場所にあり、CICに被害が出るような状況ではハードシェルを着ていても生き残ることは難しいためだ。
それだけではなく、ハードシェルはその頑丈さから細かな作業には向かず、コンソールの操作一つとっても慣れないと上手く行えない。当初はその煩わしさに多くの反対意見が出されたが、クリフォードは頑として認めなかった。
彼は訓練時からハードシェルを着用させることを徹底し、今では通常の簡易型宇宙服と遜色ない操作が行えるようにまでなっていた。
この成果はその後の戦いでも充分に発揮されることになる。
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