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第二十九話

 宇宙暦(SE)四五二二年八月二日。


 スパルタン星系に待機している三個艦隊にロンバルディア陥落の報が届いた。


 ハースはその報を受け、トリビューン星系側JPに移動することを第四艦隊ブレット・バロウズ大将、第五艦隊のダンスタン・フェルトン大将に提案した。そして、それは即座に了承される。


 八月六日。

 スパルタン星系にキャメロットを発した情報通報艦がジャンプアウトした。

 情報通報艦からは防衛艦隊司令長官名で発せられたヤシマ星系への移動命令が送られる。

 ヤシマ側に当たるトリビューン星系側JPに待機していた三個艦隊は直ちに超光速航行に移行した。


 八月二十九日。

 第四、第五、第九艦隊はヤシマ星系に無事到着した。


挿絵(By みてみん)


 ヤシマ星系唯一の居住惑星タカマガハラ周辺には多くの艦隊が集結していた。


 その数はヤシマ防衛艦隊が約二万、アルビオン王国艦隊が約一万五千、ヒンド共和国艦隊が約一万、更に祖国から脱出してきたロンバルディア連合防衛艦隊約三万隻の計七万五千隻、十五個艦隊という途方もない数だ。


 そこに更に三個艦隊一万五千隻が加わるため、九万隻、十八個艦隊という、ペルセウス腕では空前の数の戦闘艦が集うことになった。


「数字では分かっていても凄いものですね」と戦闘指揮所(CIC)の指揮官シートに座るクリフォードが後方に座るハースに話しかける。


「本当にそうね。でも、この光景に騙されてはいけないわ。実戦で実力を出せるのはアルビオンだけだと思っておくべきよ。そのことを皆が分かってくれていればいいのだけど」


 ハースの懸念は自由星系国家連合(FSU)の司令官たちの反応だった。これだけの艦隊があれば、スヴァローグ帝国を力でねじ伏せられると考えることを恐れたのだ。


 更に後方にある参謀席に座るレオノーラ・リンステッド大佐はハースの言葉に反論する。


「充分過ぎる戦力ではありませんか? 祖国の解放を願うロンバルディアの士気は高いでしょうし、ヤシマも敗戦の屈辱を忘れていないでしょうから」


「そうね。でも、好戦的になったからと言ってそれで強くなれるわけじゃないわ。どの程度集団での機動が可能か確認するまでは、単に数が多いだけと思っていた方がいいということ」


 リンステッドは慎重すぎるハースに呆れるものの、それ以上は何も言わなかった。


 新たに到着した三個艦隊はアルビオンのヤシマ派遣艦隊に合流する。

 すぐに各司令官による会議が行われ、戦略のすり合わせが行われた。


 派遣艦隊の総司令官、第二艦隊司令官ナイジェル・ダウランド大将は五人の提督に現状を説明した後、基本的な戦略について語っていく。


「これまでの協議で決められたことは、ヤシマの防衛とロンバルディアの奪還である。現状ではロンバルディア奪還よりヤシマ防衛を優先すべきであり、ここヤシマにおいて帝国に大きな損害を与えた後、ロンバルディア解放に向かう。そのため、ツクシノJPに可能な限り艦隊を配して敵を迎え撃つ……」


 ロンバルディアにある帝国艦隊は八個。そのすべてが侵攻してきたとしても倍以上の艦隊で迎え撃つことができるため、大きな損害を与えることができる。

 但し、ツクシノJPにはほとんど機雷が敷設されておらず、艦隊数以外に優位性はない。


「……以上が基本戦略だが、疑問や意見があれば伺おう」


 その言葉にハースが挙手をする。ダウランドが発言を認めると、落ち着いた口調で反対意見を言い始めた。


「ヤシマ防衛を優先することは問題ありませんが、ロンバルディア解放のためにツクシノJPに艦隊を配置することには反対します」


「それはなぜかね」と冷厳な瞳でハースを見つめる。


 その視線にハースは全く怯むことなく、説明を始めた。


「ダジボーグ側のチェルノボーグJPは濃密なステルス機雷原があり、戦術的にも有利です。また、チェルノボーグJPには建設中の要塞があり、防衛用の艦隊を置かなかった場合、破壊される恐れがあります」


 チェルノボーグJPには建設中の大型要塞があった。

 これはゾンファ共和国に占領された後、星系防衛を強化するために急遽作られることになったもので、完成までにはまだ二年以上掛かると見られている。


 現状では動力炉が稼動し防御スクリーンは展開できるものの、一個艦隊でも容易に破壊できる状況だった。


「更にダジボーグから来るであろう艦隊はテーバイ星系まで進出したスヴァローグ艦隊か、スヴァローグ星系から移動してきた艦隊です。長期間の移動で疲労している可能性があることから、この点も有利に働き、我が方の損害はそれだけ少なくできます」


「しかし、それでは敵艦隊に損害を与えてもロンバルディアの解放に繋がらないのではないか」


「いいえ。仮にロンバルディア側から来る帝国艦隊に損害を与えてもロンバルディアの解放は難しいと思います。劣勢であれば住民の命を盾に撤退を迫ってくるでしょうから」


 ダウランドの表情が僅かに緩む。


「なるほど。ダジボーグ側の帝国艦隊に損害を与え、そのまま逆侵攻する。そうなればロンバルディアにいる帝国艦隊はダジボーグに引き返さざるを得ない。そういうことかな」


「その通りです。但し、もう一つの効果も考えております」


「もう一つの効果とは?」


「ロンバルディアにいるのはストリボーグ艦隊が主力です。ストリボーグ艦隊ではなく、スヴァローグ、ダジボーグの艦隊にダメージを与えれば、藩王ニコライと皇帝アレクサンドルの間にくさびを打ち込むことが可能となります」


「なるほど。そこまで考えていたとは。さすがは“賢者ドルイダス”殿だ」とダウランドが笑う。


「これは私ではなく、私の艦長が考えたことですけど」とハースも微笑み返す。


「あの“崖っぷち(クリフエッジ)”の坊やが? 豪胆な子だと思っていたけど、そんなことも考えられるのね」と第六艦隊司令官のジャスティーナ・ユーイング大将が独特の鼻に掛かった声で驚く。


「彼は戦略家としても優秀ですよ」というが、すぐに話題を戦略に戻す。


「現在、ゾンファ共和国は艦隊の再建中ですが、いつ牙を剥かないとも限りません。ですので、帝国には再び内戦状態に戻ってもらうのが、我が国にとって最もよい状況なのです」


 その言葉にダウランドが苦言を呈する。


「確かにそうだが、対帝国戦略は国防会議と宙軍委員会が決めることだ。制服組の統合作戦本部が素案を作るとはいえ、現地の軍人が決めていい話ではない」


 アルビオン王国では首相が議長を務める「国防会議」が国防政策を決定する。国防会議の下部組織として軍務卿が委員長となる「宙軍委員会スペースフォース・ボード」がある。統合作戦本部で作られた素案を、宙軍委員会で承認するのが一般的だ。


「もちろん理解しています。ですが、キャメロットはともかく、アルビオンは遠すぎます。帝国に最もダメージを与える方法を採用するべきでしょう」


 ハースの言葉にダウランドは頷き、


「私としてはハース提督の作戦案が合理的だと思う。貴官らの意見を聞きたい」


「ツクシノJPとチェルノボーグJPに敵が現れた場合、どちらか一方のみを迎撃すれば、タカマガハラが攻略されるのではないか」


 バロウズが眠そうな目でそう指摘する。


 チェルノボーグJPとツクシノJPの距離は約百八十光分。第三惑星タカマガハラとチェルノボーグJPとの距離は百五十光分、ツクシノJPとの距離もほぼ同じだ。


 チェルノボーグJPまたはツクシノJPからタカマガハラまでは加減速を含め、最大巡航速度の〇・二光速()で約十三時間掛かる。


 これに情報が届く時間が加味されるため、ツクシノJPに敵艦隊がジャンプアウトしたことを確認し、チェルノボーグJPからタカマガハラに向かうには最短で十六時間掛かることになる。


 これにチェルノボーグJPでジャンプアウトしてきた敵を排除する時間を加えると、首都星タカマガハラが先に陥落するのではないかという指摘だった。


「チェルノボーグJPでの戦いの結果は数時間後に知ることになります。圧倒的に戦力が劣る状況で星系深くに侵攻するとは考えにくいのではないかと。それにタカマガハラ周辺には軍事衛星群があります。これに三個艦隊が加われば、ある程度の抑止力になるのではないかと考えます」


 ハースの答えにバロウズは小さく頷く。彼自身同じことを考えており、一応注意喚起を行ったに過ぎない。


「帝国が戦力を集中する可能性はどうかしら? 例えばロンバルディアの戦力をダジボーグに移すとか」とユーイングが発言する。


「その可能性も低いと思います。兵站への負荷が大きすぎますし、第一、一度手に入れた星系をみすみす放棄することになりますから、政治的に難しいと考えます」


「兵站の問題は確かにあると思うけど、君主である皇帝が決めたらやるのでは? ヤシマを抑えてから改めてロンバルディアを占領し直せばいいだけなのだから」


「それでは皇帝自らが自らの戦略が間違っていたことを認めることになります。藩王ニコライがいなければ可能だったかもしれませんが、彼に付け入る隙を与えることを皇帝はしないでしょう」


 ユーイングはなるほどと頷くが、更に疑問点を上げた。


「なら、逆の場合は? ダジボーグではなく、ロンバルディアに戦力を集中させれば放棄しなくてもよいのだから」


「その場合も可能性は低いと思います。皇帝は自らの戦力を藩王ニコライに貸すことはしないでしょう。すり潰されてしまうかもしれませんから。それに我々王国艦隊が増強されているとは予想していないでしょう。常識的に考えれば、ロンバルディア占領の情報を受け取ってから艦隊を派遣するのですから」


 ハースの考えに全員が頷く。


「では、この戦略で問題ないということでよいかな」


 ダウランドがそう言って四人の提督を順に見ていく。

 最初に第三艦隊のヴェロニカ・ドレイク提督が「賛成」といってニヤリと笑い、


「その方が面白そうだからね」と“海賊の女首領(パイレートクイーン)”というあだ名どおりの豪快な笑みを浮かべる。


 次に第四艦隊のブレット・バロウズ提督に視線を送った。

 バロウズは肥満気味の体躯を揺らし、眠そうに見える細い目でダウランドを見た後、「異論はありません」とだけ答えた。


 第五艦隊のダンスタン・フェルトン提督、第六艦隊のユーイングと続くが、二人とも異論はなく、ハースの案は承認された。


「では、次の議題だが、ここにいる艦隊の指揮権についてだ。我がアルビオン王国軍が指揮権を持てればよいのだが、ここは自由星系国家連合フリースターズユニオンの支配宙域だ。我らはあくまで援軍であり、総指揮官はヤシマのオオサワ提督か、ロンバルディアのグリフィーニ提督のいずれかになるだろう。私としてはオオサワ提督が望ましいと思うが、意見を聞かせてもらいたい」


 四ヶ国十八個もの艦隊が集まっており、指揮命令系統の統一が急務であった。

 ダウランドはヤシマ防衛艦隊の司令官サブロウ・オオサワ大将を推したが、最大の艦隊を有するロンバルディアのファヴィオ・グリフィーニ大将を推す声もあった。


「貴官でよいのではないか?」とフェルトンが発言する。


「小官もそう思うね。アルビオンは六個艦隊を派遣しているんだ。最大ってことなら同じだ」とドレイクも賛同する。


 それに対し、ダウランドは小さく首を横に振る。


「確かにそうなのだが、防衛施設の指揮権まで考えればヤシマのオオサワ提督が指揮を執るべきだろう」


「オオサワ提督の能力が分からないので何とも言えないのですが」と断った上で、ハースが発言する。


「オオサワ提督にはタカマガハラ付近で全体指揮を執っていただき、チェルノボーグJPでの前線指揮はダウランド提督が執られてはどうでしょうか? 通信に二時間半もの時間が掛かりますから、実質的には前線指揮官が主導できます。それにロンバルディアのグリフィーニ提督は信頼に値する軍人ですが、他のロンバルディア軍人が同じとは言い切れません。もちろん、ヤシマやヒンドの軍人もですが」


 他の提督たちも他国に指揮権を与えることに不安を感じているようで、ハースの案に賛同する。


「ならば、オオサワ提督に提案してみよう」


 その後、各国艦隊との合同訓練や補給などについても協議を行っていく。すべての議題を終え、ハースは旗艦インヴィンシブル89に戻った。


 その後、全体指揮をオオサワが、前線指揮をダウランドが執ることが正式に決まったという連絡が入る。


 ロンバルディアから反対の意見が出たそうだが、グリフィーニがそれを抑え、更にオオサワらヤシマ側の将官が実戦経験豊かなアルビオン王国軍が前線指揮を執るべきと主張したことから大きな問題とはならなかった。


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