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第二十七話

 宇宙暦(SE)四五二二年七月二十一日。


 ヴァーチャル会議が終了した後、第九艦隊司令官アデル・ハース大将は総司令官ジークフリート・エルフィンストーン大将と個別に話し合っていた。


 その場には偶然訪れたクリフォードの姿があり、更にヤシマへの増援について意見を求められ、困惑する。


「命令に従うだけです、提督」とクリフォードは簡潔に答え、直立不動で正面を見る。


 旗艦艦長とはいえ、一介の艦長が戦略に関わる意見具申は越権行為だからだ。


 しかし、ハースはそれを許さなかった。


「戦略家としてのあなた個人の意見が聞きたいの。旗艦艦長としての意見ではなくね」


「私も聞きたい。率直に言って君の方が私よりよほど戦略家だからな」とエルフィンストーンも同調する。


 二人の提督にそう言われ、クリフォードは諦める。


「では、私見として述べさせていただきます」と宣言し、


「今からキャメロットJPに向かった場合、五十時間以上掛かります。恐らくキャメロットからの指示が届くタイミングと同じでしょう……」


 現在位置から減速し、再加速することを考えると、五十一時間掛かる。キャメロット星系には四日前に情報が届いており、四十八時間以内に新たな指示が届く可能性が高い。


「でもキャメロットの統合作戦本部は何も言ってこないと思うわ。恐らくだけど、この星系に残っているとも思っていないのではないかしら」


はい、提督(イエスマム)。私も同じ意見です。ですが、統合作戦本部は現在の艦隊を縛るような命令は出さないはずです。恐らく総司令官閣下の命令を追認するという程度の命令が来るだけでしょう……」


 そこでハースは何か閃いたのか、目を大きく見開く。しかし、何も言わずにクリフォードの次の言葉を待った。


「追認されるという前提でヤシマに向かう艦隊をスパルタン星系に移動させてはいかがでしょうか。スパルタンなら燃料の補給も可能ですし、簡単な整備も行えます。キャメロットにジャンプし、更にスパルタンにジャンプするという無駄を省くことができますし、情報通報艦による連絡でも数日程度は縮めることが可能です」


 スパルタン星系は自由星系国家連合(FSU)との連絡線であり、軍事要塞などはないものの、ゾンファ共和国のヤシマ侵攻を機に、補給と整備に関する施設を大幅に増強している。これはスパルタンだけではなく、その先のトリビューン星系でも同様だ。


 クリフォードの考えに「なるほど」とエルフィンストーンが頷く。


「つまり、ヤシマに向かう艦隊を予めスパルタンに送っておけということだな。そうすればジャンプの無駄も省ける」


 エルフィンストーンの言葉にハースは「もっと悪辣なことを考えていますよ」と笑い、


「腰が重い統合作戦本部に艦隊の派遣を認めさせるため、なし崩しで派遣させるのね。総司令官の命令を追認した手前、ギーソン副本部長も反対することはできないと。そういうことでしょ、クリフ?」


 クリフォードは「そう言うわけではありませんが」とあいまいに答えた。


「提督、クリフの案は検討の余地があると思います。全艦隊を送り込むのは無理ですが、三個艦隊程度をスパルタンにジャンプさせておけば、最低でもそれだけは派遣できるでしょう。後はどれだけプラスできるかということです」


「そうだな。私の第一艦隊はキャメロットに向かわねばならん。テーバイ星系の防衛を命じられた私が勝手にヤシマに赴くわけにはいかんからな。君にもキャメロットに戻って統合作戦本部を説得してほしいのだが」


 エルフィンストーンの言葉にハースは即答しなかった。


「クリフ、あなたはどう考えるのかしら? 第九艦隊はキャメロットに戻るべきだと思う?」


いいえ、提督(ノー・マム)」と即答する。


「理由は?」とハースが聞く。その様子をエルフィンストーンは興味深げに眺めている。


「提督がお戻りになられたら、第九艦隊がヤシマに向かうことは難しくなります。恐らく、第一艦隊と共に総司令官閣下が派遣され、スパルタンで待つ三個艦隊と合流してヤシマに向かうことになります」


「それはなぜかね?」とエルフィンストーンが聞く。


「統合作戦本部にはハース提督が武勲を上げることを忌避する方がいるのではないかと。これ以上は申し上げられません」


 クリフォードが考えたのは統合作戦本部のゴールドスミスがライバルであるハースにこれ以上武勲を上げさせたくないため、第九艦隊を排除する可能性があるということだ。


「第九艦隊を外すのは戦術の幅を狭くすることになる。その程度のことは理解していると思うのだが」


「これは戦術の話ではありませんよ、提督」とハースがいい、


「政治的な思惑に近いとお考えください。私としては(はなは)だ迷惑なことですけど」


「では、第九艦隊をスパルタンに向かわせるべきだな。しかし、そうなると統合作戦本部との交渉で私の味方がいなくなるのだが、仕方あるまい」


 クリフォードは表情を変えることなく、直立不動で立っている。その姿に違和感を覚えたハースは彼に意見を求めた。


「クリフ、他に懸念があるなら今のうちに言ってほしいのだけど?」


いいえ、提督(ノー・マム)」と答えるものの、ハースはもう一度問う。


「あなたの意見で兵士たちが無為に死ななくても済むかもしれない。それに既に私が考えていることと同じかもしれないでしょ」


「そうだぞ、クリフ。君の意見を採用するかは、私が自らの責任で決めることだ」


 二人の提督の言葉にクリフォードは口を開いた。


「ヤシマ防衛に関する戦略についてです。帝国はダジボーグとロンバルディアの二方向から攻めると考えられますが、帝国の特徴として、スヴァローグ、ストリボーグ、ダジボーグの三つの星系の艦隊が混成艦隊を形成することは稀だと考えます。今回、テーバイ星系にはスヴァローグの艦隊が侵攻してきました。つまり、ストリボーグ艦隊はロンバルディアかヤシマへの侵攻作戦で使用されることになります」


「その通りだが、それが何か」とエルフィンストーンが首を傾げる。


「ストリボーグ藩王はダジボーグ藩王と共に前皇帝に反逆しました。しかし、皇帝になったのはダジボーグ藩王です。私が聞いた情報では、ストリボーグ藩王はそのことに不満を持っているということでした。そこに付け入る隙がありそうな気がします」


「つまり、ストリボーグの藩王ニコライとダジボーグの藩王だった今の皇帝アレクサンドルの間にくさびを打ち込むような戦略を考えれば、帝国は勝手に崩壊するかもしれないということね……」


 ハースは納得したものの、エルフィンストーンは今一つ納得していない。


「ストリボーグの藩王もそこまで愚かではないのではないか? 侵略戦争の途中で味方を攻撃すれば自らの命を縮めることになる。第一、皇帝が前線に立つことはないのだから、反逆を起こす隙はないのではないか」


「それは違いますわ。クリフはそうなるように仕向けてはと言っているのです。つまり、ダジボーグ艦隊を集中的に攻撃し、逆にストリボーグ艦隊には極力手を出さない。そうすれば、皇帝直属の兵力が減り、ニコライが反逆を起こしたくなるように仕向けるのです。そういうことよね、クリフ」


いいえ、提督(ノー・マム)……そこまでは考えていませんでした」


「いずれにせよ、キャメロットに帰るまでに時間はたっぷりあるわ。この戦略について検討してみましょう」


 エルフィンストーンは苦笑しながら肩を竦める。


「私の苦手な分野だ。アデルと君とで考えた策を聞かせてほしい」


いいえ、提督(ノー・サー)」とクリフォードはきっぱりと断った。


「これは参謀本部で検討すべきものです。一介の艦長が戦略にまで口を挟むことは組織の秩序を乱すことになります」


「相変わらず堅いわね」とハースは苦笑するが、クリフォードは表情を変えずに真っ直ぐ見詰める。


「あなたの考えは分かったわ。では、戦略戦術研究の一環としてレポートを出してちょうだい。あなたの戦隊指揮官としての適性を確認するために。これなら昇進後のキャリアを考えているだけの話だから何も問題はないでしょ」


了解しました、提督(アイ・アイ・マム)。五時間以内に提出します」


 そう言って敬礼し、司令官室を退出した。

 残されたハースとエルフィンストーンはドアが閉まった後、クリフォードが上手く撤退したと気づく。


「見事な戦術的な撤退ですね」とハースが笑うと、


「全くだ。私にはこれほど見事な撤退はできんよ」と笑い返すが、すぐに真面目な表情に変わる。


「ヤシマにはナイジェルがいる。彼がいれば何とかなると思うが、よろしく頼む」


 現在ヤシマ星系には第二艦隊のナイジェル・ダウランド大将と第三艦隊のヴェロニカ・ドレイク大将、第六艦隊のジャスティーナ・ユーイング大将の提督がいる。


 ダウランドは知将型の指揮官で、参謀本部時代にハースの上官だったことがあり、気心が知れている。


 また、ドレイクとユーイングも同じ女性将官として面識があり、性格は全く異なるものの意気投合していた。


「分かりました。ダウランド提督にドレイク提督、それにユーイング提督がいらっしゃいますから、心配はいりません。それよりもキャメロットからの増派の方が心配です。最低二個、できれば四個艦隊の派遣を統合作戦本部に認めさせてください。数が少なければ、ロンバルディアの解放が失敗するだけでなく、我が軍に大きな損害が出ます。そうなった場合、後の対帝国戦略、対ゾンファ戦略の大きな見直しが必要になることだけは心置きください」


「了解した。責任の重大さは理解しているつもりだ。何としてでも帝国の野望を打ち砕かねばならん」


 二人の提督は表情を引き締め、会談を終えた。


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