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第十三話

 宇宙暦(SE)四五二一年八月二十三日。


 キャメロット星系第三惑星ランスロットの衛星軌道上にある大型要塞アロンダイトの戦略戦術シミュレータ室で第九艦隊の参謀たちによる戦術検討が行われた。


 副参謀長アルフォンス・ビュイック少将とクリフォードが、首席参謀レオノーラ・リンステッド大佐率いる司令部の参謀チームを破るという結果だった。


 シミュレーションが終わったところで、別室に控えていたビュイックとクリフォードはその結果に握手をする。更にその後ろではインヴィンシブルの士官たちが「やった!」と歓声を上げていた。


「君のお陰で勝てたようなものだ」とビュイックはクリフォードを称える。


「いえ、部下たちが見事な作戦を立ててくれたからです。私は初期のアイデアを出したにすぎません」


 今回の作戦の骨子はクリフォードが作成したもので、それを基に戦術士のオスカー・ポートマン中佐や航法長のギルバート・デッカー中佐らがAIのサポートを受けながらまとめていった。


「それでもあれほど大胆な策を考えるとはな。さすがだよ」


 その称賛にポートマンも大きく頷き、


「本当ですよ。私なら見事に首席参謀のチームに負けていたと思いますね」


「私も戦術士(タコー)の意見と同じです。あれほど的確な行動計画を立てられるんですから、艦長が航法を苦手としているというのはただの伝説じゃないかと思ったほどですよ」


 デッカーが笑いながらそう言ってポートマンの肩に手を置く。

 クリフォードはそんな二人を見ながら、これで少しは艦に溶け込めたかなと考えていた。


「ところで君がアルビオン側の指揮を執っていたら、どう戦った?」


「私ならテーバイにはキャメロットにある全艦隊を送り込んで迎え撃った後、そのままダジボーグに向けて進軍させたでしょう」


「大胆な策だが、確かにその方が確実だな。もし、帝国軍がテーバイに向かってこなかったら、無駄足になるどころか自由星系国家連合(FSU)への援軍が間に合わなくなる。しかし、その方法なら帝国も王国の艦隊の情報を掴んだ時点でダジボーグを守る方にシフトしないといけなくなるから、FSUへの侵攻は不可能になるだろう」


「はい。ロンバルディアとヤシマを同時に守ることは非常に難しいですから。それなら帝国本土が危険だと思わせて侵攻の意志を挫く方が簡単です」


「まあ、ダジボーグへの侵攻は政府が認めないだろうから実際には難しいんだろうがな」


 そんな話をしていると、「副参謀長とコリングウッド艦長はシミュレータ室へ」と呼び出しが掛かった。


 第九艦隊司令官アデル・ハース大将が参謀長のセオドア・ロックウェル中将を従えてシミュレータ室に入り、その後、ビュイックとクリフォードも入室する。


「では講評を始めます」と言ったところで、リンステッドが抗議の声を上げる。


「帝国軍の動きが異常でした。前提条件がおかしかったのではないですか?」


 それに対し、ハースは冷たい視線を送る。


「実際の戦いでは情報の誤りなどいくらでもあります。それを考慮して作戦を立てるのが参謀の仕事でしょう」


 リンステッドは返す言葉を失う。


 光速を超える通信手段を持たないため、情報の遅れや誤りは頻繁に起きる。そのリスクを前提に作戦を立てることは常識だ。実際、リンステッドが士官学校で教鞭を取っていた時にも同じことを言ったことがある。


「ですが、今回に限って言えば、情報に誤りはありませんでした。ダジボーグから七個艦隊が侵攻したのですが、輸送艦は十五個艦隊分、使っています。その輸送力を生かして、最大速度で侵攻したため、予想より五十時間以上早くテーバイ星系に到着できました。副参謀長、今回の作戦について説明を」


 ハースの命令を受け、ビュイックが説明を始めた。


「今回の作戦の目的はアルビオン王国に強い危機感を持たせることにより、自由星系国家連合(FSU)への関心を弱めることです。そのために第一目標としてアルビオン艦隊に一定以上のダメージを与えること、第二にテーバイ星系の一時的な支配権を確立すること、第三にFSUに対する援軍の出発を三十日程度遅らせることを考えました。それを達成するため、テーバイへは最速で移動できる最大の艦隊数、すなわち七個艦隊を送り込んだのです……」


 ビュイックはFSUへの戦略についても話していく。


「……また、ロンバルディア星系にはロンバルディア連合の防衛艦隊と同数の艦隊を派遣し、艦隊決戦を強要しました。帝国軍が優勢であれば、ロンバルディア軍は決戦を回避し、時間稼ぎを行う可能性があったためです。同数であれば、気位の高いロンバルディア人は決戦という選択肢を採るしかありません」


「それでも敵の支配星系の状況は分からないのですから、賭け(ギャンブル)の要素が強かったということかしら?」


 ハースの質問にビュイックが答える。


「我々としてはギャンブルであったという認識はありません。もちろん、ロンバルディアの支配星系という不利な条件ですが、援軍の可能性はほぼゼロであること、ロンバルディア艦隊の増強は情勢的に難しいことは分かっていますし、例え同数であっても練度や士気を考えれば、二十パーセント以下の損失にしかならないと考えました」


 今回のシミュレータ上でのAIの判定でも、損失は十五パーセント程度と、ロンバルディア艦隊を圧倒していた。


 その後もビュイックの説明が続いたが、終わる頃にはリンステッドも余裕を取り戻していた。


 説明が終わった後、リンステッドがその美しいブルーの瞳に冷たい炎を見せながら質問する。


「副参謀長にお尋ねしますが、本当に可能な作戦だったのでしょうか? スヴァローグ帝国の艦隊がこれほど迅速に移動し、かつ、これほど合理的に戦うとは思えないのですが?」


 その問いにビュイックではなく、ハースが答えた。


「私と参謀長の判定は、副参謀長の作戦は充分にあり得る合理的なものであるというものです。また、AIの判定も同様でした。それでもまだ不服があるようなら、総司令部と作戦部にこの情報を流して確認しても構いませんよ」


 ハースの言葉にリンステッドは表情が硬くなることを自覚する。しかし、それを表面に出さないよう努力し、更に反論した。


「分かりました。ですが、このような作戦を帝国が採るとは思えないのですが。帝国の戦略は場当たり的でこのような緻密な作戦を好みません。実際、五十年前の戦争では力押ししかしなかったと記録に残っています。誤った前提で戦略を立てては方向性を誤るのではないでしょうか。その点はどうお考えですか?」


 ハースは冷ややかな表情で「五十年前の情報を信じるのはあなたの自由です」と答え、


「ですが、今もその状態が続いていると何をもって判断するのか理解に苦しみます。現皇帝アレクサンドル二十二世は狡猾にして大胆な指導者です。断片的な情報しかありませんが、内乱時の戦略は見事なものでした。そう考えれば、この程度のことは充分やってのけると思うのですけど、違うかしら?」


 リンステッドは論破され反論できなかった。

 そして、元凶となったクリフォードに悔しげな視線を送る。


(この男がいなければこのようなことにはならなかった……)


 その視線にクリフォードも気づいていたが、特に何の感情を見せることなく沈黙を守っている。


「では、今回の講評ですが、テーバイ星系で劣勢であるにもかかわらず艦隊を分離したことは大きな減点です。また、戦略目的をキャメロット防衛と考えたのであれば、無理に決戦に持ち込む必要はありませんでした。これは私の個人的な感想ですが、機雷原のあるJP付近で待ち構えればよかったのではないかと思います。これについて何か言いたいことは?」


 リンステッドは「いいえ、提督(ノー・マム)」と答えるしかなかった。実際、自分でもあの判断は誤りだったと思っているからだ。


「コリングウッド艦長、あなたならどうしましたか?」と突然話が振られる。


「私なら本隊を無視して、全艦隊で補助艦艇を追い掛けました」


「テーバイを捨てて? キャメロットは無防備な状態なのよ。そんな危険な賭けに出る必要はないのではなくて?」


 ハースは芝居掛かった口調でそう言った。クリフォードはハースなら自分の言わんとすることを理解していると思ったが、周囲に聞かせるためだろうとそれに反論する。


「侵攻してきた帝国軍の最大の弱点は補給です。燃料ならアルビオンの物を流用することは可能ですが、主力兵器であるミサイルは三連射程度で枯渇してしまいます。燃料についても流用できるといっても設備の規格が異なるため、補給に多大な時間と労力を必要とするでしょう」


「だからといってキャメロットを放り出して追撃するのはやり過ぎな気がするわ」


「補助艦艇を潰しておきさえすれば、帝国軍がキャメロット星系に入ったとしても補給の困難さを克服するすべがありません。逆に心理的に追い詰められるだけでしょう。そんな状態では満足な戦闘を行うことは難しいと考えます」


「なるほどね。ミサイルを使い切るわけにはいかないから、要塞を攻撃することもできないということね」


はい、提督(イエス・マム)。アロンダイト、ガラティンという強力な要塞を有するキャメロット星系では精々民間施設への攻撃をちらつかせる程度の脅ししかできません。もちろん、国民感情を考えれば別の選択肢を採らざるを得ませんが、純軍事的に考えるなら補助艦艇を殲滅しに掛かる方が効果的だと考えます」


「確かに国民感情を無視することはできないわね」


「ですが、艦隊決戦で敗れても同じ結果になります。ならば、より確実な方法を選択することが軍人のあるべき姿であると考えます。それによって非難されるのであれば甘んじて受けるしかありません」


 リンステッドはクリフォードの言葉に心の中で反発していた。


(きれいごとを! そんな単純な話じゃないわ。どんな司令官だって無理よ……)


 その内心の言葉が聞こえたかのようにハースが代わって答えた。


「そうね。あなたならそうするでしょう。何度もそんな選択をしてきたのだから」


 そこでリンステッドはクリフォードの経歴を思い出した。


(そう言えば、ジュンツェンでは味方を逃がすために砲艦で駆逐艦に挑んだと聞いたわ。それにシャーリアでは殿下をお守りするために自ら敵艦に斬り込んだとも……)


 しかし、そのことで素直になったわけでもなかった。


(いつか化けの皮をはがしてやるわ。本当は英雄でも何でもないのだと……)


 そんな彼女のことを無視して、ハースは最後にこう締めくくった。


「今回の戦術検討は結果こそ敗北というものでしたが、今後に役立つよい検討だったと言えるでしょう。首席参謀、そして参謀諸君、お疲れさまでした。また、旗艦艦長と士官たちも職務外の仕事に駆りだして申し訳なかったわね。でも、これからもちょくちょく手伝ってもらえるとありがたいわ。では、これで解散します」


 全員が一斉に敬礼し、戦術検討は終了した。


 その様子を観覧席から見ていた統合作戦本部の作戦部長ルシアンナ・ゴールドスミス少将はハースのやり方に感心していた。


(さすがは賢者(ドルイダス)ね。見事な人心掌握術だったわ。リンステッド以外は司令部も旗艦も上手くまとまるはず……)


 更に退出しようとしているクリフォードの後姿を見つめ、


(それにしてもコリングウッド大佐は侮れないわ。提督たちが気に入っているというのがよく分かる。できれば私の部下に欲しいところだけど難しそうね……)


 ゴールドスミスは悔しそうな表情を浮かべているリンステッドを一瞥する。


(これほど使えないとは思っていなかったわ。戦略部分はともかく、戦術部分であれほど無様な指揮を執るとは……士官学校で戦術を教えていたというのが冗談に聞こえるほど。これまでの評価はまぐれだったわけね。もう彼女とは関わらない方がよさそうだわ……)


 他の見学者もリンステッドの指揮に対して批判的な言葉が多かった。特に第九艦隊の士官たちは「あの参謀たちで大丈夫なのか」と本気で心配する者もいたほどだ。


 ゴールドスミスや見学していた士官たちのリンステッドに対する評価は酷な面もある。リンステッドは一定条件下、一個艦隊以下の比較的小規模な単位での戦術であれば充分に能力を発揮できる。


 また、攻勢では能力を発揮できるが、防衛作戦は不得手としており、今回のような条件は本人の自覚はともかく、彼女の最も苦手とするところだった。


 そして致命的な点は今回露見したように、彼女に指揮官としての才能がないことだ。

 もし、優秀な指揮官に助言する立場であれば、もう少し有効な策を考えられたかもしれない。


 同情すべき点はあるが、今回のことでリンステッドの評判は地に堕ちた。

 司令部において部下の参謀を締めつけていたことも暴露され、第九艦隊の司令部内で孤立することになる。


 ゴールドスミスが予見した通り、参謀長と副参謀長が各参謀を掌握することができたため、艦隊として不利益は生じることはなかった。


 クリフォードはシミュレータでの勝利に対し、特に思うところはなかった。

 ただ、旗艦の士官たちとの関係が一気によくなり、その点だけは感謝していた。


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