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第六話

『最強の艦種は何かという問いに“戦艦(バトルシップ)”と答える者は多いだろう。全長一千メートルを超える一等級艦、すなわち大型戦艦は“黒鉄(くろがね)の城”と呼ぶに相応しい威容を誇る。


 その戦闘力は二十五テラワットという戦闘艦最強の出力を誇る主砲と、その強力な主砲を跳ね返す二百テラジュール級防御スクリーンを有し、重巡航艦十隻からなる戦隊を粉砕することが可能と言われている。


 それでも私はその問いの答えを迷うだろう。いや、宙軍士官なら多くの者が迷うはずだ。

 最強の艦種、それは“巡航戦艦(バトルクルーザー)”ではないかと。


 巡航戦艦は主砲である二十テラワット級陽電子加速砲に加え、大型対艦ミサイルであるスペクターミサイル発射管を四本持つ。スペクターミサイルは大型戦艦に対しても有効であり、特に艦隊戦においては一等級艦を凌駕する攻撃力を持つと言われている。


(中略)


 巡航戦艦に大きな欠点がいくつもあることは、私も承知している。

 最大の弱点は何と言っても防御力の低さだろう。正面こそ同クラスの艦の主砲に耐えられるものの、僅か二系列(トレイン)しかない防御スクリーンでは連続で砲撃を受けると容易に過負荷に陥ってしまう。


 一等級艦の四系統はもとより二等級艦の三系統にも比ぶべくもなく、重巡航艦の攻撃ですら危機に陥る可能性があるほど脆弱だ。


 また、総質量で二倍近い一等級艦と同じ主機(パワープラント)を持ち、更に大型艇(ランチ)並の大きさを持つスペクターミサイルを保管するため、艦内は非常に窮屈な設計となっている。


 そのため、作戦指揮に必要な探査や通信などの機能は重巡航艦に劣り、戦闘には他の艦種のサポートを必要とする。


 それらの欠点を補って余りあるのはその機動力だ。

 五kGという重巡航艦並の加速力は軽快な艦隊機動を可能とし、鈍重な戦艦たちを翻弄することができる。

 優秀な指揮官にとっては戦術の幅を大きく広げることができる理想的な艦なのだ。


(中略)


 第三次対ゾンファ戦争の初期に発生したゴグマゴグ会戦におけるビーチャム提督の高機動戦術は、巡航戦艦なくしては成立し得なかった。


 螺旋を描くような美しい機動は芸術とまで言われ、今でもアルビオン軍の士官たちを魅了している。


 その主役である巡航戦艦を信奉する者は多い。私もその一人である……(後略)


 ノーリス・ウッドグローイン。

 (ライトマン社発行:マンスリー・サークレット別冊“巡航戦艦”より抜粋)』



■■■


 宇宙暦(SE)四五二一年七月二十二日。


 シャーリア星系から帰還し、一年半の時が流れた。

 キャメロット第一艦隊第一特務戦隊、通称王太子護衛戦隊に新たな強襲揚陸艦と駆逐艦が加わり、クリフォード・コリングウッド中佐は戦隊司令として、またデューク・オブ・エジンバラ5号[DOE5]の艦長として精力的に任務をこなしていた。


 エドワード王太子はシャーリア星系での戦闘後も精力的に慰問を行った。特にヤシマ星系に駐留する艦隊に対しては一年半で二度の慰問を行い、この方面の重要性を暗に国民に訴えている。


 軍も王太子の安全を考え、今まで以上に情報収集と警備強化に努めたが、クリフォードに掛かる重圧が減ることはなかった。


 そんな忙しい日々を過ごしながらも、家族との時間をできる限り取るようにしていた。これはストイックなまでに仕事に打ち込むクリフォードを見かねた王太子が注意したためだ。


「私のために誠心誠意尽くしてくれることはありがたいが、家族との時間を犠牲にすることは君だけでなく、君の部下、そして軍全体、国全体にもよいとは思えない」


「それはどういう意味でしょうか?」


「君はメディアから注目されている。そんな君が家族との絆をないがしろにしていると見られれば、それを正しいと思う者が出てくるだろう。特に君のことを間近で見ている部下たちは強い影響を受けるはずだ。だから君は彼らの模範にならねばならんのだよ。まあ、これは私にも言えることなのだがね」


 クリフォードは自らの考えが足りなかったことを謝罪すると、家族との時間を大切にするようになる。


 愛妻ヴィヴィアンは一児の母となったが、未だに初々しさを残しており、彼の心を癒した。

 一粒種のフランシスは二歳になり、その元気な姿が彼を和ませる。

 そのことに気づけたことに、クリフォードは改めて王太子に感謝した。



 そんな日々を過ごしていたが、彼に一通の封書が届いた。

 それは大佐(キャプテン)親任状(コミッション)と新たな指揮艦への異動命令書だった。


 最初にその命令書を見た時、クリフォードは自らの目を疑った。

 そこには第九艦隊の旗艦、巡航戦艦インヴィンシブル89号の艦長となることが書かれていたのだ。このことをまず信頼する副長であり親友でもあるサミュエル・ラングフォード少佐に話した。


「どういうことなのだろうか。先任順位が最も低い私が旗艦の艦長というのは?」


 サミュエルは昇進の祝福を行った後、


「第九艦隊の司令官はハース提督だからな。君を指名したんだろう」


 アデル・ハースは前年の四五二〇年に大将に昇進し、猛将エルフィンストーン提督から精鋭第九艦隊を引き継いでいる。


「そうかもしれないが……それでもこれは明らかにおかしいと思うのだが……」


「君の実力なら何もおかしくはないさ。この戦隊の指揮官として充分な実績を示していることだしな」


 この議論はハースがクリフォードを指名した時にもあった。

 第九艦隊の旗艦インヴィンシブル89号の艦長が准将に昇進すると決まった際、ハースはクリフォードを旗艦艦長にしたいと艦隊人事部を通じ、軍務省の国防人事局に申請した。


 司令官が自らの旗艦艦長を指名することはそれほど珍しいことではない。正規艦隊の旗艦ともなれば艦の運用を安心して任せられる人物でなければ、司令官が艦隊の指揮に集中できないためだ。


 しかし、クリフォードが自ら言ったように、中佐から昇進して旗艦艦長になるというケースは未だかつてなかった。そのため、保守的な将官から軍の秩序を乱す行為であるという声が上がっている。


 また、大佐が慣例となっていたDOE5の艦長に中佐でなっていることから、あまりに優遇し過ぎるという声があった。


 その声を上げたのはハースの後任である総参謀長のウィルフレッド・フォークナー中将だった。


「いかに功績あるハース提督とはいえ、艦隊には守るべき伝統があります。それを守らずしてはアルビオン艦隊の栄光は地に落ちるでしょう」


 キャメロット防衛艦隊司令長官であり、第一艦隊司令官を兼務するジークフリード・エルフィンストーン大将にそう進言している。

 エルフィンストーンはその考えに対し、否定的だった。


「コリングウッド中佐ならば実績は充分だと思うが? そもそも伝統というが、彼の実力と実績を評価してこそ、我が軍の誇るべき伝統だと思うのだが、違うかね?」


「しかし、それでは他の士官の士気が下がるのではありませんか?」


「本当にそうなのかな? 私も今の旗艦艦長でなければ彼を招きたいと思っているよ。何なら他の司令官や指揮官に聞いてみるといい。恐らく私と同じ考えだ」


 フォークナーが確認したところ、艦隊司令官たちの考えはエルフィンストーンとほぼ同じであった。彼らはクリフォードの不屈の精神と独創的で柔軟な考えを認め、実績は充分であると断言した。


 しかし、参謀が多い統合作戦本部ではフォークナー中将の意見に賛成する者が多かった。


 最終的には司令長官であるエルフィンストーンの意見が通り、クリフォードの第九艦隊旗艦艦長就任が決定した。


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