第二話
母国に戻ったクリフォードはメディアや野党から徹底的に非難された。
しかし、彼は特に反発することなく、軍の方針に従って沈黙を守る。
その状況を憂慮したのは義父であるウーサー・ノースブルック伯爵だった。
彼は現政権において財務を司る財務卿という地位にあり、次期首相の最有力候補と言われている。
軍務次官であるエマニュエル・コパーウィートを使い、大規模兵站衛星プライウェンにほとんど軟禁状態となっているクリフォードと面会する。
その頃、クリフォードは黙々と戦死者の遺族に対する手紙を書いていた。
義父が来た理由が判然としなかったが、クリフォードはそのことを意識することなく、握手を交わす。
「わざわざお越しいただきありがとうございます」
「気にしないでくれ。それよりも災難だったね」と労いの言葉を掛ける。
ソファに座ったところで本題に入った。
ノースブルックは娘婿の現状を打開するとともに、今後のスヴァローグ帝国の動向について、政戦の両面に対し類稀なる才能を持つ彼の意見を聞きたかったのだ。
「しかし、今回のことを軍はどう考えているのだろうか」
ノースブルックの問いにクリフォードは「上層部の考えについて言及する権限を持ちません」とだけ答えた。
「そうだが……まあいい。では、義父として君に聞きたい。スヴァローグ帝国の思惑はどこにあると思うかね?」
個人という立場ならクリフォードも話しやすいだろうと考え、聞き方を変える。
クリフォードは少し考えた後、ゆっくりとした口調で話していく。
「帝国は自由星系国家連合への侵略を考えています。恐らくシャーリア法国には直接手を出さず、ロンバルディアに侵攻してFSU内の分断を図り、その上で復興中のヤシマに軍を差し向けるのではないかと思います」
彼の意見は目新しいものではなかった。
位置的な関係からスヴァローグ帝国が最初に狙うのはヤシマ、ロンバルディア、シャーリアしかない。
防衛システムが充実しているシャーリアに対し謀略をもって当たるのは当然で、それが失敗した今、帝国の目標はロンバルディアかヤシマになる。
しかし、アルビオンやゾンファと国境を接するヤシマに侵攻すれば、その時点で二大国と接することになり、帝国としては戦力を分散する必要が出てくる。
そう考えると必然的にロンバルディアが最初のターゲットになるという結論が導き出せる。
「つまり、武力をもってロンバルディアを占領し、その後ヤシマに向かうと。私の考えていることもほぼ同じだ。しかし、ヤシマはともかく、ロンバルディアまで守ることはできない」
ヤシマは工業国家であり、もしその技術力が帝国に奪われればアルビオンにとって大きな脅威となる。
一方、ロンバルディア連合は農業国だ。二つの豊かな有人惑星を有し、帝国の国力の底上げとなるが、ヤシマに比べれば重要度は格段に低い。
現在の帝国は内戦の影響を受け、技術力はアルビオンに劣っているが、ヤシマの技術が無制限に入れば、十年を待たずしてアルビオンを凌駕するという予測があった。
「私としてはヤシマを武力で守りつつ、ロンバルディアは政略で守る必要があると考えます。ですが、これ以上は私の口から言える話ではありません」
そう言ってクリフォードは口を噤んだ。
予想通りの答えだったが、現場を見た人間の言葉は重要で、ノースブルックは今後の戦略の方向性を心の中で整理した。
「いや、参考になったよ。話は変わるが、今の君の状況を何とかしなければならん。これは君のため、ヴィヴィアンのためということもあるが、私のためでもあるからだ」
ノースブルックにとってクリフォードはよい宣伝材料だった。
二度の殊勲十字勲章受勲者であるだけでなく、何度もメディア受けする功績を上げている。
クリフォード自身は認めたくないが、若き英雄として国民の人気は非常に高い。
ノースブルックはメディアに登場し始めた頃からクリフォードに注目し、愛娘との結婚を許したとして、先見の明があったと世間的には思われている。
そのため、クリフォードが叩かれる今の状況は首相の座を狙うノースブルックにとっても大きな痛手だった。但し、彼自身は情報がどこかで漏れると確信しており、楽観している。
この話を切り出したのは、クリフォードが我慢の限界に達し、メディアや軍、政府に対して反抗することを恐れたからだ。しかし、それは杞憂だった。
「亡くなった戦友たちが非難されていることに忸怩たる思いはありますが、私としては軍の方針に従うだけです」
「そうだね。だが、こんな状況は長くは続かんよ。近いうちに皆分かってくれるはずだ」
そう言ってクリフォードの肩に手を置いて慰めた。
ノースブルックの予想は思ったより早く実現した。
ことの始まりはヤシマの外交官、シゲオ・ヨシダの来訪だった。
現在、再建中のヤシマ防衛艦隊を支援するため、アルビオンから三個艦隊が派遣されて おり、艦隊の派遣継続を要請するための外交団を派遣した。
ヨシダはその外交団の責任者であり、首相であるタロウ・サイトウから交渉の全権を委ねられている。
キャメロットに到着したヨシダはスヴァローグ帝国の脅威について政府や軍関係者に訴えるものの、芳しい反応はなかった。
ヤシマ政府は現状ではゾンファ共和国よりスヴァローグ帝国の方が脅威であると考えているが、アルビオン王国にとっては近年直接戦火を交えたゾンファの方が脅威だ。
そのゾンファ艦隊はジュンツェン星系会戦とヤシマ攻略作戦で大きな損害を受け、完全に回復するには最低でも五年は掛かると見ており、楽観的な空気に支配されている。
更にヨシダを焦らせる事態が発生した。
ゾンファの脅威が去ったことと、ヤシマ防衛艦隊の再建が予想より進んでいることから、アルビオン軍及びキャメロット地方政府が艦隊の帰還を検討し始めたという情報が流れてきたのだ。
実際、ヤシマ防衛艦隊は一個艦隊までに減った後、二個艦隊一万隻にまで回復した。また、一年以内に更に一個艦隊が復帰する見通しも立っている。
しかし、元々ヤシマ防衛艦隊の練度が低かったことに加え、数少ない熟練者がゾンファの侵略時に戦死したことから、実力は実戦経験豊富なゾンファ軍や帝国軍に大きく劣る。
アルビオン王国政府及び議会ではヤシマ防衛艦隊が三個艦隊まで回復したところで引き上げるべきという話が持ち上がっており、それがヨシダの耳に入ったのだ。
(これはまずい状況だ。要塞が完成するにはまだ五年は掛かる。しかも帝国とゾンファの両側に設置しなければならんから、完全な防衛体制が敷けるには十年ではきかん。アルビオン艦隊の駐留継続を何としてでも認めさせねば……)
ヨシダは関係者にヤシマ防衛の重要性を訴えていく。
『……ヤシマの技術が帝国に奪われた場合、貴国の存亡にも大きな影を落とすことになるのです。現在の帝国は自由星系国家連合に対する野心を隠そうとすらしておりません。また、皇帝アレクサンドル二十二世は油断ならぬ人物です。何卒、ヤシマ防衛に御力を貸していただきたい』
それに対しアルビオン側の反応は鈍かった。
『そうおっしゃられるが、我が国もジュンツェン星系会戦で多くの将兵を失っておるのですよ。現在艦隊の再編に注力しておりますが、三個艦隊の派遣は費用以外でも大きな負担になっています……』
アルビオン艦隊の駐留費用はヤシマ政府から出ている。しかし、二十二パーセク(約七十二光年)という距離は往復するだけで二ヶ月という時間が必要だ。
アルビオン王国軍としてもヤシマへの駐留期間を可能な限り短くすることで対応していたが、超光速通信という手段がない状況では将兵たちの心理的負担は無視しえないほど大きい。
実際、派遣される兵たちの間では不満が溜まりつつあり、特に家族を持つベテラン下士官たちが軍を辞め、民間の船会社に鞍替えすることが増えていた。
そのことにアルビオン軍も危機感を持ち、艦隊の引き上げという話が持ち上がったのだ。
焦るヨシダはノースブルックがキャメロットを訪問したと聞き、次期首相候補である実力者を説得しなければという悲壮感を漂わせながら面会を申し込んだ。
多忙なノースブルックだったが、比較的短期間で面会は叶い、ヨシダはヤシマ防衛の重要性を強く訴えた。
ノースブルックはその訴えに「そのことは充分理解している」と答えるものの、肯定的な言葉はなかなか出てこない。
「現状では王国政府も強く言えぬのですよ。ゾンファの危機が去った今、我々だけがこれほどの負担を強いられねばならんのかという国民の声を、政治家は無視することができませんのでね」
「ならば、帝国の脅威を訴えればよいのではありませんかな。ちょうど、エドワード殿下が襲撃された事件があったではありませんか。そのことを公表すれば貴国民も納得されるのでは?」
ヨシダの指摘にノースブルックは頷くが、
「私からは言えんのですよ。コリングウッド中佐は私の義理の息子に当たりますからな」
そう言って意味ありげな視線を送る。
その視線を受けたヨシダはノースブルックの考えを理解した。
「おっしゃりたいことは理解いたしました。やはりここは我らヤシマ外交団が貴国の方々にご納得いただくよう根気よく説明するしかないということですな」
その言葉とは裏腹に、面会当初に漂っていた悲壮感はヨシダの顔からきれいに消えていた。
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