第一話
宇宙暦四五二〇年三月。
クリフォードは軽巡航艦デューク・オブ・エジンバラ5号(DOE5)と共にキャメロット星系に帰還した。自由星系国家連合(FSU)のシャーリア法国における戦闘で勝利を得たものの、彼を待っていたのは次期国王、王太子エドワードを危険に曝したという非難の嵐だった。
二正面作戦を嫌った軍はスヴァローグ帝国への国民感情悪化を懸念し、DOE5が国籍不明の敵、すなわち海賊に襲撃されたと報道したのだ。この報道にはクリフォードの義父、ノースブルック伯の首相就任を妨害する意図が含まれていた。
クリフォードは一切言い訳することなく、その批判を甘んじて受ける。そんな彼を救う手が現れた……。
一年半後、彼は大佐に昇進し、艦隊士官の憧れ、巡航戦艦の艦長となった。その艦はただの戦闘艦ではなかった……。
巡航戦艦の艦長となったクリフォードの活躍をお楽しみください。
クリフォード・C・コリングウッド:大佐、28歳 巡航戦艦インヴィンシブル89艦長
ジェーン・キャラハン:中佐、36歳 同副長
ギルバート・デッカー:中佐、35歳 同航法長
オスカー・ポートマン:中佐、34歳 同戦術士
アデル・ハース:大将、50歳 キャメロット第九艦隊司令官
セオドア・ロックウェル:中将、53歳 同参謀長
レオノーラ・リンステッド:大佐、37歳 同首席参謀
ナイジェル・ダウランド:大将、53歳 キャメロット第二艦隊司令官
ヴェロニカ・ドレイク:大将、54歳 キャメロット第三艦隊司令官
ジャスティーナ・ユーイング:大将、53歳 キャメロット第六艦隊司令官
ジークフリード・エルフィンストーン:大将、55歳 キャメロット防衛艦隊総司令官
ウィルフレッド・フォークナー:中将、52歳、総参謀長
マクシミリアン・ギーソン:大将、57歳、統合作戦副本部長
ルシアンナ・ゴールドスミス:少将、41歳、作戦部長
ウーサー・ノースブルック:伯爵、54歳、財務卿
ファビアン・コリングウッド:中尉、24歳、重巡航艦ノーフォーク332戦術士官
アレクサンドル二十二世:47歳 スヴァローグ帝国皇帝
ニコライ十五世:52歳 ストリボーグ藩王
リューリク・カラエフ:上級大将、49歳 帝国テーバイ方面艦隊の総司令官
ユーリ・メトネル:上級大将、45歳 帝国ヤシマ侵攻艦隊のダジボーグ艦隊司令官
ファヴィオ・グリフィーニ:大将、55歳 ロンバルディア連合艦隊司令長官
サブロウ・オオサワ:大将、55歳 ヤシマ艦隊司令長官
宇宙暦四五二〇年二月二十七日。
アルビオン王国軍キャメロット第一艦隊第一特務戦隊C01XF001、通称“王太子護衛戦隊”は自由星系国家連合のシャーリア星系からキャメロット星系に帰還した。
軽巡航艦デューク・オブ・エジンバラ5号、略称“DOE5”は、流線型の艦体に純白の塗装が施された美しい艦だ。
しかし、その自慢の塗装が剥げ落ち、無残な姿を曝している。
特に最下層であるJデッキの損傷は酷く、応急補修で取り換えられた格納庫用のハッチが艦隊標準色であるダークグレーであったため、そのチグハグさが損傷の大きさを更に強調していた。
キャメロット星系の報道機関はDOE5の無残な姿をカメラに収め、様々なメディアを通じて何度も流していく。それに付随するコメントは戦隊司令であるクリフォード・カスバート・コリングウッド中佐を非難するもので、辛辣なものが多かった。
『あの美しかったDOE5がこのような無残な姿に……殿下は、エドワード王太子殿下はご無事なのでしょうか……未だに軍の公式発表はありませんが、王太子殿下のお命を預かるという自覚を軍は、そして指揮官であるコリングウッド中佐は持っているのでしょうか!……』
女性キャスターがヒステリックな口調と時代掛かった大袈裟な仕草で視聴者を煽る。
このような報道がなされる中、アルビオン王国軍キャメロット防衛艦隊が発した公式発表は以下のようなものだった。
『キャメロット第一艦隊第一特務戦隊は自由星系国家連合の支配星系において、国籍不明の小艦隊と遭遇した。その後、攻撃を受けたものの国籍不明艦の排除に成功。本戦闘により六等級艦スウィフト276号及び強襲揚陸艦ロセスベイ1号を喪失し、デューク・オブ・エジンバラ5号及び六等級艦二隻が損傷を受けた……戦死傷者については個人情報であるため、近親者にのみ文書により伝達される。以上』
キャメロット星系の民衆たちは公式発表の内容の少なさに困惑する。
王国軍内でも正確な情報、すなわちスヴァローグ帝国による卑劣な攻撃であると発表すべきという声は上がっていた。
しかし、戦略を統括する統合作戦本部から情報統制の指示が出たことと、セルゲイ・アルダーノフ少将率いるスヴァローグ帝国艦隊が最後まで公式に国籍を明確にしなかったことから、“国籍不明艦”という表現に留めている。
統合作戦本部が懸念したのは国民の反スヴァローグ感情の暴発だった。
王太子エドワードはその飾らない人柄から多くの国民に愛されている。特に“プリンス・オブ・キャメロット”の称号を有することから、キャメロット市民の人気は絶大で、崇拝の域に達していた。
もし、その王太子が拉致されようとしたという事実を公表すれば、国民がスヴァローグ帝国を強く非難することは確実だ。その声を受けた政治家やマスメディアがスヴァローグ帝国への報復を口にすることは想像に難くない。
その世論に従うと、現在戦争状態のゾンファ共和国に加え、帝国とも戦端を開くことになる。
自国とほぼ同等の国力を持つ二ヶ国と、同時に戦争に突入することは自殺行為以外の何ものでもない。
そのような事態になることを懸念した統合作戦本部は政府と協議し、シャーリア法国での戦闘についてはとりあえず極力秘匿する方針とした。
その理由は情報統制が容易だと判断したからだ。
シャーリア法国とはほとんど交流がなく、短期間であれば民間船によって正確な情報が伝わる可能性は極めて低い。
もっともアルビオン王国軍及びキャメロット政府も未来永劫、事実を隠し続けるつもりはなかった。
情報を制限した状態である程度時間を稼ぎ、国民感情が落ち着いてから調査結果という形で情報を流そうと考えていたのだ。
しかし、国民及びメディアは納得しなかった。
大手メディアはクリフォードに対して取材を申し込んだが、軍広報部がそれを拒否する。クリフォードは第四惑星ガウェインの衛星軌道上にある大型工廠衛星プライウェンに入った後、公式の場に姿を現すことはなかった。
王太子も定例会見などで質問を受けても、「軍の公表した事実以上に語ることはできない」といつもの笑顔を消し、厳しい顔つきで答えるだけだった。
情報が手に入らない記者たちは噂程度の不確かな情報に飛び付いた。そして、いつも通りそれらを元に憶測で記事を書いていく。
メディアはクリフォードを堕ちた英雄として扱った。
その方がセンセーショナルであり、商業的に受けると考えたためだ。そして、国民はメディアの思惑通りに彼を強く非難した。
それに乗ったのが野党民主党の論客たちだった。
彼らはクリフォードの義父ウーサー・ノースブルック伯爵を貶める絶好の機会と捉え、徹底的に批判する。
『……王太子殿下はご無事でしたが、たかが海賊如きに無様なことです。これは非公式な情報ですが、彼がDOE5の艦長に就任する際、経験不足を問題視する声が多数あったのです。しかし、その声は黙殺されました。私が聞いた話では軍務省からの強い圧力があったということです』
民主党のナンバーツー、ヴィンセント・シェイファー伯爵がそう発言すると、キャスターがすかさず情報を付け加える。
『軍務省とおっしゃいますと、現軍務次官にして、次期軍務卿の最有力候補コパーウィート氏がいらっしゃいますね。その辺りからの圧力と考えてよいのでしょうか?』
シェイファーはそれに対し、柔らかな笑みを絶やさずにやんわりと否定する。
『憶測で個人の名を出すことはやめておきましょう。現在、議会を通じて政府に調査委員会を設置するよう求めております。その結果が出れば明らかになるはずですから』
そう言った後、笑みを消し、強い口調で発言を続ける。
『今はコリングウッド中佐の問題を議論するべきです。これはアルビオン王国の次代の国王陛下たるエドワード王太子殿下の安全に関わる重大な事案なのです。私は軍人ではありませんが、王国の未来に大きな影響を与えることを考えれば、軍と議会という垣根を越えて徹底的に調査する必要があると考えます……』
彼が行動に出た理由は、シェイファーの従兄であるハワード・リンドグレーン提督の醜聞、すなわちジュンツェン星系での戦闘で不名誉な行為を行ったという事実がなかなか消えず、民主党内でも微妙な立場に立たされており、この件を利用して払拭しようと考えたためだ。
また、一方的にライバル視しているノースブルックは次期首相候補筆頭と言われており、完全に水を開けられており、クリフォードを使って保守党のエースであるノースブルックを追い落とそうとした。
更に彼はその功績をもって民主党の党首になり、その勢いを利用して政権を奪取しようという絵を描いていた。
そのような状況の中、ノースブルックがアルビオン星系からキャメロット星系に戻ってきた。
彼は王国政府の閣僚の一人として、自由星系国家連合に対する政策をキャメロット地方政府と防衛艦隊に説明するために訪問しただけで、全くの偶然だった。
事情を知ったノースブルックはこの事態を強く憂慮する。
閣僚である彼にはすぐに正確な情報が届いたが、軍と地方政府の方針に対し、閣僚といえども管轄外の外交に関して意見を言う立場になかった。
もし、彼が首相や外務卿なら政府としての立場を伝えることができたが、財務卿である彼にその権限はなかったのだ。
しかし、ノースブルックはすぐに動いた。
クリフォードがいるプライウェンに飛び、面会を申し込む。幸い軍務次官のエマニュエル・コパーウィートが同行していたことから、面会はすぐに実現した。
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