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エピローグ

 スヴァローグ帝国戦隊との戦闘が終結し、クリフォードたちが艦の応急補修を行っている頃、シャーリア法国では大きな政変が起きていた。


 ラスール第二軍港の管制担当官サイード・スライマーン少佐はスヴァローグ帝国特使セルゲイ・アルダーノフ少将との会話をシャーリア全土に流した。


 それを見たシャーリア国民は反帝国を訴え、指導部であるハキーム・ウスマーン導師に対する抗議行動を起こす。


 彼らは導師(イマーム)の行動をシャーリア法に反する行為と断罪し、直ちに退任を要求した。

 更にハディス要塞司令官アフマド・イルハーム大将が導師を弾劾する。


導師(イマーム)は真に守るべきものを見誤った。我らシャーリアの民が守るべきは神との契約であるシャーリア法である。しかし、導師は帝国の恫喝に屈し、その守るべき“法”をないがしろにしたのだ」


 それに対し、ウスマーンは反論した。


「君はあの場にいなかった。我らの信ずるものを守るため、一時の屈辱に耐える決断を私はしたのだ」


 それに対し、イルハームは断固とした口調で糾弾する。


「我らと戴く神は違うが、アルビオンには帝国の恫喝に屈せず、主君を守った勇者がいる。あれほど不利な状況で最後まで勝利を目指し、大切な主君を守り通した。小官は彼の戦いを見て思ったのだ。戦うべき時に戦わねば、真に守るべき大切なものを失ってしまうと。帝国との戦いは聖戦である。それを異教徒の若者に教えられたのだ。導師はあの若者を見ても、自分が正しかったと主張できるのか!」


 ウスマーンはがっくりと肩を落とし、それ以上何も言わなかった。


 イルハームはウスマーン派の軍法官(カザスケル)アル・サダム・アッバースや他の法官(カーディー)を僅か一日で排除し、政権を奪取した。彼は圧倒的な民衆の支持の下、導師(イマーム)に就任する。


「諸君らも帝国の恫喝を見たであろう! 帝国に降ることはシャーリアの民の死を意味する! 前導師(イマーム)が手を拱いている時、異国の勇者は帝国に果敢に立ち向かった! シャーリアの教えを戴く我らに同じことができぬはずがない! 神との契約を守るため、私アフマド・イルハームは、導師として聖戦の発動を宣言する!」


 その力強い言葉に民衆は熱狂した。


 イルハームがこれほどまでに急いで聖戦の発動を宣言した理由はアルビオンに見せるためだった。

 特に国民への影響力が強いエドワード王太子の前で戦意の高さを見せ付けることは今後のアルビオンとの同盟に有利に働くと考えたのだ。


 更にイルハームはアルビオン戦隊に対し、可能な限りの助力を申し出た。


「我らの目を覚ましてくれた勇者に対し、最大限の助力を申し出たい」


 この申し出に対し、クリフォードは秘書官のパレンバーグらと協議し、要望事項をまとめた。


 損傷した各艦の補修への協力、失った強襲揚陸艦ロセスベイ1の代わりとなる輸送艦の手配、ロンバルディア連合までの護衛艦の派遣が主な要望だった。

 その要望に対し、イルハームは即座に了承した。


 最も損害が大きかったシャーク123号の応急補修には十日程度掛かるため、その期間を利用して、王太子および外交官は今後の外交関係について協議を行った。


 その結果、シャーリア法国は今回の不法な戦闘行為に対し、スヴァローグ帝国に厳重な抗議を行うと共に、ロンバルディア連合他の自由星系国家連合各国との連携を強化することとなった。


 一方、アルビオン王国は今回の戦闘の取扱いに苦慮した。


 エドワード王太子を拉致しようとしたことはスヴァローグ帝国の特使セルゲイ・アルダーノフ少将の発言で明らかだが、このことを公開すると、アルビオン王国内で反帝国の機運が高まることは必至だった。


 最悪の場合、国民の声に押された政府が帝国へ宣戦を布告することすら考えられる。


 現在、ゾンファ共和国と戦争状態であるアルビオンにとって、もう一つの大国である帝国と戦端を開くことは国力的にも無理がある。


 それだけではなく、現在戦力を消耗し一時的に大人しくなっているゾンファ共和国が、再び牙を剥いてくることも充分にあり得る。


 王太子の秘書官パレンバーグと外交官らは、今回の戦闘は国籍不明の海賊との戦闘であったと発表すべきと結論付けた。


 それに対し、王太子は「私を守って命を落とした兵士たちに申し訳が立たない」と言って反対する。


 王太子の意志が固いと見たパレンバーグはキャメロット星系に急使を送り、政府の判断に任せるべきと言って説得した。


■■■


 シャーリア法国ではスヴァローグ帝国軍の生存者の扱いが問題となった。


 帝国軍の司令代行ニカ・ドゥルノヴォ大佐は、ラスール第二軍港の保安隊本部に拘束されていた。


 彼の上官であり、帝国の特使であったセルゲイ・アルダーノフ少将は軽巡航艦シポーラが降伏する際、自室で自殺しており、彼が責任者として尋問を受けていたのだ。


 当初、彼はシャーリア法国政府の取調べに対し、黙秘を貫いた。しかし、このままでは自分だけでなく部下たちも海賊として処刑されると聞かされ、事実を語った。


 シャーリア法国政府は戦闘記録やドゥルノヴォの証言などを持ち、帝都スヴァローグに向かった。そして、皇帝アレクサンドル二十二世に対し、アルダーノフの暴挙を訴え、それに対する謝罪を要求する。


 しかし、皇帝はシャーリアの外交使節に対し、冷笑を浮かべたまま、謝罪の意思がないと言い放った。


「アルダーノフらは我が軍の管轄下になかった逃亡兵なのだ。貴国に迷惑を掛けたことは遺憾だが、海賊として取り締まればよいだけだ。あの者に騙された貴国にも責任がある」


 皇帝はアルダーノフが自分の許可を得ることなく、勝手に行動した逃亡兵に過ぎず、帝国としては責任を取るつもりはないと言い切った。


「その証拠にアルダーノフは国籍を明らかにしていないではないか。後ろ暗いことがあった証拠だ」


「では、逃亡兵を放置した責任を果たしていただきたい」


「海賊船の取り締まりは当該星系を支配する国家が行うものではないのか? 貴国がそれを行使することをためらっただけだ。海賊の責任まで我が国に求められても応じられるわけがない」


 皇帝の言葉に外交官は怒りを覚えるが、これ以上交渉しても無駄であると考えた。


「では、ドゥルノヴォ大佐らは海賊として当方で処理してよいのですな。貴国のために命を懸けた兵士を見捨てられると」


 皇帝は興味を失ったかのように投げやりな態度でそれを許可する。


「好きにするがいい。もちろん、我が方に引き渡してくれれば法に従って厳正に処分するがな」


 外交官はその言葉を受け、席を立った。


 彼は皇帝への嫌がらせのため、この件に関する情報を至るところで漏洩(リーク)していく。

 特にストリボーグ星系では皇帝とのやり取りを藩王ニコライ十五世に直接報告した。


 藩王は興味深くその話を聞き、自らの軍の兵士たちにこう話していた。


「皇帝は自らの失敗を兵士たちに押し付けた。余であれば、このような理不尽なことはせぬ」


 彼は皇帝の求心力を下げるため、この事実を使った。更に自分の印象をよくするため、シャーリアの外交官に対し謝罪までしている。


皇帝(・・)の暴走とはいえ、貴国に迷惑を掛けたことは事実。皇帝に代わり(・・・)謝罪しよう。もし、補償が必要であれば、交渉に応じる。我が軍の兵士たちの身柄も当方で引き取りたい」


 藩王ニコライはシャーリア法国軍の死傷者に対し賠償金を支払い、シャーリア政府はドゥルノヴォ大佐らをストリボーグに送還した。藩王はドゥルノヴォ大佐らを厚遇し、皇帝への牽制に用いることにした。


 この話を聞いた皇帝は余裕の笑みを浮かべていたが、内心では大きなミスを犯したと悔やんでいる。


(ニコライに利用されるとはな……しかし、アルダーノフがこれほど愚かだとは思わなかった。アルビオンの使節など無視するか、シャーリアが我が国に寝返ったと教えてやればよかったのだ。そうすれば、アルビオンではロンバルディアまで守るか、それとも切り捨てるかで論争が起きたはずだ……)


 更にその効果についても考えを進めていく。


(キャメロットとアルビオンは離れている。論争が起これば優に数ヶ月は時を浪費するだろう。その間にロンバルディアを降伏させれば、労せずして二国を手に入れられた……)


 そう考えるものの、アルダーノフに許可を与えたのは自分であると自嘲する。


(アルビオンの王太子を捕らえたとしても、何の役にも立たない。あの者は先を見る目がなかったのだ……愚か者を重用したのは余だ。見抜けなかった余の責任だ……)


 皇帝は国内の引き締めを強化すると共に、求心力低下を食い止める策を考え始めた。



■■■


 宇宙暦(SE)四五二◯年一月八日。


 S級駆逐艦シャーク123号の応急補修が完了し、キャメロット星系までの帰還が可能になった。


 シャーリア法国から大型の客船が貸与され、自沈した高機動揚陸艦ロセスベイ1の乗員や宙兵隊員たちが収容された。

 その客船は豪華なものだった。


士官室(ワードルーム)より、いい部屋なんじゃないか?」


 という声が宙兵隊員から上がるほどだった。

 実際、シャーリアの外交使節が表敬訪問などに使う特別なものだった。



 出発の前日、客船の大ホールに宙兵隊が集められる。

 クリフォードは彼らに対し、訓辞を行った。


「シャーリア政府の好意により貸与された船に乗るが、諸君らは王太子殿下の護衛なのだ! 航宙中は戦時と同じ規律を求める。規律が弛むようなら、帰還後の休暇を取り消し、超過勤務を命じることもある!」


 その厳しい言葉に宙兵隊員たちはがっくりと肩を落とす。クリフォードの後ろにブランデーが詰められた木箱が並び始める。


「しかし、航宙は明日からだ。今日は約束のブランデーを持ってきた。殿下から頂いた名酒を存分に味わってほしい!」


「「オウ!」」という歓声が会場をこだまする。


 更に王太子が入場し、その後ろには宙軍の将兵が続いて入ってきた。王太子はクリフォードに目で合図をすると、全員に向けて追悼の言葉を発した。


「諸君らの奮闘により、シャーリア法国は帝国に降ることをやめた。異国の地で命を落とした戦友(とも)たちに、感謝とともに追悼の意を捧げたい」


 そう言って黙祷する。クリフォードらも同じように静かに頭を下げる。

 三十秒ほど沈黙が支配した後、王太子はそれまでとは全く異なる明るい声で宣言する。


「今日は無礼講だ! 全員で飲んで騒ぐぞ!」


 その言葉に宙兵隊員だけでなく、宙軍の将兵からも「「オウ!」」という大きな歓声が上がる。


「ロセスベイから降ろしておいた酒もある。存分に飲んでくれたまえ!」


「王太子殿下、万歳!」という歓声が大ホールにこだまする。


 そして、大宴会が始まった。


 クリフォードは従卒のモリスからグラスを二つ受け取り、一つをサミュエルに渡す。


「明日は大変そうだな、副長(ナンバーワン)」とからかった後、


「いろいろとあったが、今は忘れて飲もう。乾杯!」


 二人はグラスを合わせると、一気に酒を飲み干した。


第四部完

【改稿版追記】


 第四部は2017年9月から10月に掛けて、小説家になろうで投稿されたものです。下のオリジナル版のあとがきにもありますが、実質二ヶ月で書き上げ、毎日投稿したもので、その分、前作までより流れはよかったと思っています。


 それでもいろいろと矛盾点があり、それを修正するのが結構大変でした。また、弟のファビアンを出すなど、少し変えている部分もあり、全体的にはよくなったのではないかと思っています。


 少し悩んだのは、第五部の冒頭に第四部の話がそのまま続いていることです。

 一度、第五部の第二話までの部分をエピローグの後に差し込み、第五部のスタートをインヴィンシブルの艦長になるところからスタートしようとしたのですが、上手くいきませんでした。


 話としてはサムとの別れのシーンを濃くしてみたのですが、余韻がなくて元に戻しています。この辺りはやはり難しいなというのが私の感想ですね。


 次の第五部も見直す部分が多いですが、時を開けずに投稿していきますので、今後ともよろしくお願いいたします。


【オリジナル版】

 クリフエッジシリーズも本作で4作目となりました。今回は投稿当初から高評価を頂き、ジャンル別では常に上位にランクインさせて頂きました。これも読者の皆様の応援のおかげと感謝しております。

 本作では軽巡航艦の艦長というより、小戦隊の司令として苦悩しながら成長する主人公を描いたつもりですが、いかがだったでしょうか。


 今回は比較的楽に書けました。といっても、プロットは初期から数えれば5回ほど変更し、本文も2回書き直しています。また、投稿開始後に致命的な計算ミスをし、大慌てで修正しています。

 それでも実質2ヶ月ほどで書き上げているので、クリフエッジにしては非常に早いという印象です。ドリームライフなら同じ文字数を書くのに、がんばれば3週間ほどで書けます。ドワーフライフなら更に倍ですが(笑)。


 今回は前作と大きく異なり、非常に狭い範囲での戦闘としました。ネタばらしでもないですが、この距離での戦闘の場合、速度を考えると秒単位の攻防になります。しかし、今回はあえて時間をぼかしてみました。

 リアリティを追求し、分単位で場面を切り替えた第二部との比較という点では、こちらの方がいいかなと思っていますが、ご意見をいただければ幸いです。


 また、人間関係にも少しだけ踏み込んでみましたが、サミュエルとの信頼関係をもう少し上手く描けたらなと思っています。


 今回の舞台であるシャーリア星系ですが、語源はイスラム教の経典“シャリーア”です。こうした理由ですが、シャーリア教はイスラム教とは違う宗教であるということを示すためです。

 間違えたわけではありませんので、念のため。

 その割にはジブリール(=天使ガブリエル)とかラスール(=使徒)という単語を普通に使っていますが、そこは雰囲気ということで(笑)。


 次作ですが、主人公クリフは巡航戦艦の艦長として活躍する予定です。それも大規模な艦隊戦を考えていますが、まだ全然プロットはできていません。

 ということで、来年中に書けたらいいなという程度で、気長にお待ちいただけると幸甚です。

 それでは第五部で!

 愛山雄町

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