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第三十七話

 宇宙暦(SE)四五一九年十二月二十八日


 自国宙域内でスヴァローグ帝国軍とアルビオン王国軍の小戦隊が激闘を繰り広げる中、それを苦々しく見つめるシャーリア法国軍人がいた。


 彼の名はアフマド・イルハームで、シャーリア法国最大の要塞、ハディス要塞を指揮する司令官だ。軍での序列は第三位、大将の階級を持つ。


導師(イマーム)軍法官(カザスケル)は何をしているのだ。帝国に好き放題され、アルビオンを保護しようとしない。それどころか、ラスール軍港で正義を訴える勇者たちを排除しようとさえしている。これでは帝国に飲み込まれる前に我が国は内側から崩壊する……)


 彼は宗教によって成り立つ自国の状況を正確に把握していた。シャーリア法国はその名にあるように“シャーリア法”という経典を礎に作られた国家だ。


 シャーリア法はシャーリア教の最も重要な経典であり、それはすべての法律に優先する規範であった。その中には神の名において行われた契約はいかなることがあろうと守るというものがあり、導師ウスマーンらはそれを明確に破っている。


 イルハームは信心深く、今回のウスマーンらの行いを苦々しく思っていた。しかし、ラスール軍港で反乱を起こしたスライマーン少佐ほど直情的ではなく、ウスマーンらが止むを得ず戒律を犯したことに一定の理解を示している。


(帝国の恫喝に屈したことは仕方があるまい。教えを消滅させる、すなわち、我らのアイデンティティを失うことに等しい……それであってもだ! 帝国の特使の恫喝は度が過ぎておる。あのような者の言葉など信じるに値しない!……それにしても、導師の対応は中途半端すぎる。所詮、知識だけの平時の人であったということか……)


 彼の目にはウスマーンの対応はちぐはぐに見えていた。もし、帝国の言いなりになるのであれば、ラスール軍港を掌握できなかった段階で艦隊を出して拿捕すればよかった。


 それなのにウスマーンは、帝国とアルビオンの戦いに介入することもせず、ただ手を(こまね)いているだけに見えていた。


 ウスマーンにも言い分はあった。

 もし、艦隊にアルビオン艦の拿捕を命じた場合、彼の意図とは異なり、帝国軍を攻撃する可能性が大いにあった。


 彼自身、教義に反していることは百も承知であり、スライマーンのように反旗を翻す艦隊士官が現れた場合、同士討ちを含め、今以上の混乱を招くと考えたのだ。


 イルハームは大型スクリーンに映るアルビオン戦隊の戦いに共感を覚え始めていた。


(確か戦隊司令はコリングウッド中佐という若者だったはずだ。彼は自国の王子を守るため、二倍以上の敵に果敢に挑み、勝利を掴みつつある。戴く神は違えど、あの忠誠心には敬意しか湧かぬ。あれほどの健闘を見ても心を動かされぬ導師(イマーム)に人々を導く資格はない……)


 そう考えるものの、現実主義者でもある彼は、帝国軍を積極的に攻撃することをためらっていた。


(こちらから攻撃はできん。帝国艦に直接攻撃することは戦端を開く口実とされかねない……)


 イルハームは口を真一文字に結び、大型スクリーンを見つめている。


「アルビオン戦隊の司令より通信が入っております。いかがいたしますか」


 通信担当士官の言葉に大型スクリーンから目を離すと、「すぐに繋げ」と命じた。


 スクリーンに二十代半ばの若い士官が映し出される。


「こちらはアルビオン王国軍キャメロット第一艦隊第一特務戦隊のクリフォード・コリングウッド中佐です。国籍不明艦(・・・・・)からの攻撃を受けております。シャーリア法国に対し、救援を要請いたします」


 その言葉にイルハームは一瞬意図を掴みかねた。

 アルビオン軍は明らかに帝国と分かって戦っており、今更“国籍不明艦”という言葉を使う意味が分からなかったのだ。

 しかし、すぐにクリフォードの意図を悟る。


(なるほど。国籍不明の海賊船として扱えば、我が軍も攻撃できると考えたのだな。確かにハディスの要塞砲なら簡単に排除できる。よく考えたものだ……しかし、それでは我が国が帝国に宣戦布告したことになりかねない……)


 クリフォードの意図は理解したものの、直接攻撃は難しいと伝えることにした。


「貴官の要請は了解したが、IFFの故障の可能性がある」


 それに対し、イルハームの予想に反した答えが返ってきた。


「警告砲撃を行っていただければ、国籍不明船も退避するはずです。可能であるなら、全力(・・)での警告をお願いしたい」


 警告砲撃を行うことに異存はなかったが、全力という点に疑問を持つ。


(全力だと? 全砲での警告ということか……何を考えている? 警告なら要塞砲一門でも充分過ぎる。全砲を使えば一個艦隊ですら退けられるほどの威力だ……何か分からぬが、面白い。乗ってやろうではないか……)


 彼は理由が分からないまま、それを了承した。


「了解した。貴官の要請を受け入れることにしよう。貴官に神のご加護が在らんことを」


「協力に感謝いたします。あなた方の神に感謝を」


 それだけ言うと見事な敬礼をして通信を切った。


(何をする気かは分からんが、今までの戦いを見る限り、何か考えているはずだ)


 そう考えながら、戦術担当士官たちに要塞砲の発射を命じた。


■■■


 デューク・オブ・エジンバラ5号[DOE5]は敵軽巡航艦シポーラと熾烈な戦いを繰り広げ、二度すれ違い、艦首を敵に向けている。同じようにシポーラも艦首を反転させており、シポーラは要塞と向き合う形となっていた。


挿絵(By みてみん)


「敵軽巡航艦がハディス要塞に通信を送りました。アルビオンの要請内容は不明ですが、要塞側は了承したようです」


 シポーラの艦長ニカ・ドゥルノヴォ大佐は敵が何か仕掛けてきたと考えたが、艦の指揮に忙しく、深く考えることができなかった。

 そして、すぐにハディス要塞から通信が入る。


『国籍不明艦に告ぐ。直ちに当該宙域から退去せよ。退去しない場合は実力をもって排除する』


 スヴァローグ帝国の司令セルゲイ・アルダーノフ少将はその警告を無視するよう命じた。


「警告は無視せよ。シャーリアが攻撃してくるはずがないのだ。それよりもこの機に敵艦を排除せねばならん」


「了解しました」


 旗艦艦長であるニカ・ドゥルノヴォ大佐はアルダーノフの判断を支持した。


(司令の考えは正しい。攻撃する意思があるなら、既に行っている。ここまで静観しておいて、今更介入してくる理由がない。アルビオン側の要請に従って、警告を行っただけだろう……だが、このタイミングということが気になる……)


 ドゥルノヴォに今少し考える時間が与えられたならば、クリフォードの意図に気づけたかもしれない。しかし、彼にその時間は与えられなかった。


 ドゥルノヴォはすぐに主砲の発射を命じ、更に艦尾迎撃砲で後方にいるシレイピス545を牽制するよう命じた。


 更に生き残っている二隻のスループ艦にもシレイピスを牽制するよう命じる。この時、スループ艦はDOE5の前方に位置し、再び艦尾を狙うには遠すぎたためだ。


「艦尾迎撃砲は敵駆逐艦を狙え! 当てる必要はない。牽制して時間を稼げばよい! スループも敵駆逐艦を牽制させろ!」


 この時、ドゥルノヴォは大胆にも後方に防御スクリーンは展開せず、艦尾迎撃砲による牽制だけに留めた。


 相手が格下の駆逐艦とはいえ、防御スクリーンなしで砲撃を受ければ大きな損傷は免れない。


 しかし、防御スクリーンを分散させることはより強敵であるDOE5に対する防備が薄くなり、より危険が増すと判断したのだ。


 不安そうにする部下に対し、ドゥルノヴォは力強く言い切った。


「敵駆逐艦は主砲を失っている。艦尾迎撃砲しか残っておらんはずだ。敵も防備が弱い艦尾を晒すことはない!」


 その言葉に戦闘指揮所(CIC)に余裕が戻った。

 しかし、次の瞬間、CICが凍りつく。


「ハディス要塞に高エネルギー反応あり! 要塞砲が、全ての砲が、発射準備に入っています!」


 メインスクリーンを見ると、三百門の百テラワット級陽電子加速砲すべてから、発射の兆候である星間物質の励起の光が見えた。

 ドゥルノヴォはシャーリアの意図を掴みかねる。


(警告で全砲を撃つつもりか? 何が目的だ? 単なる威嚇とは思えんが……)


 ドゥルノヴォは動じず、部下たちを叱咤する。


「うろたえるな! 撃ったとしても警告にすぎん! 当たらねば要塞砲といえども恐るるに足らん!」


「艦長の言う通りだ。シャーリアが我々を攻撃するつもりなら、いくらでも機会はあった。自らの任務に集中するのだ。敵軽巡航艦の動きは鈍い! 一気に沈めるぞ!」


 アルダーノフからも叱咤の言葉が吐き出される。

 CIC要員たちは巨大な砲で狙われる不気味さを感じながらも、自らの任務に集中していった。

 アルダーノフはハディス要塞に向けて一方的に通信を送った。


「帝国に歯向かうつもりなら、攻撃するがいい! 我らを殺せば、貴国はこの宇宙から消滅する! それでもよいなら、神にでも何でも殉ずればいい!」


 この通信に対し、要塞側からの回答はなかった。通信完了直後に、要塞砲が放たれたためだ。


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