第三十五話
宇宙暦四五一九年十二月二十八日
アルビオン王国軍第一艦隊第一特務戦隊、通称王太子護衛戦隊とスヴァローグ帝国軍の外交使節戦隊はシャーリア星系第四惑星の衛星軌道上で激しく戦っていた。
当初は帝国側が二倍以上の戦力を有し、圧倒的に有利であったが、クリフォードの策によって、その戦力差は逆転していた。
現状ではアルビオン側が軽巡航艦デューク・オブ・エジンバラ5号[DOE5]とS級駆逐艦シャーク123号が健在で、更にS級駆逐艦シレイピス545号が中破ながらも戦闘力を維持している。
一方、帝国側は軽巡航艦シポーラとスループ艦二隻であり、実質的な戦力は軽巡航艦のみだ。
しかし、アルビオン側にも懸念材料はあった。
それはシポーラが大型ステルスミサイル“影”を温存したままであるということだ。この大型ミサイルが直撃すれば、軽巡航艦といえども一瞬にして轟沈させられるため、油断できない。
それでもアルビオン側が有利であることに変わりはない。クリフォードはこの機にシポーラに集中的に砲撃を加え、一気に決着をつけるつもりでいた。
「シレイピスも砲撃に加われ! シャークはDOE5に続け!」
常に冷静な指揮を執る彼にしては珍しく、強い口調で命令を発する。
情報士のクリスティーナ・オハラ大尉から、「シャークのラブレース艦長から連絡が入っています」と伝えられる。
クリフォードとしては時間を無駄にしたくないが、何かトラブルでも起きたのかと思い、すぐに回線を繋ぐ。
すると、興奮しているのか、上気した顔のイライザ・ラブレース少佐が指揮官用コンソールのスクリーンに現れた。
「シャークに敵側面を突く許可をお願いします! 敵が混乱している今がチャンスです!」
彼女は敵が単独になったことから、シャークをシポーラの側方に移動させ、敵の防御スクリーンを分散させる作戦を提案してきた。
二隻で一方向から攻撃するより、二方向から攻撃した方が防御スクリーンの能力は格段に落ちる。
常識的な戦術ではあるが、クリフォードは即座に却下した。
「駄目だ。戦力を分散させれば、ミサイル迎撃が難しくなる。このまま押し切る。それでこちらの勝利は揺るがない」
クリフォードは敵ミサイルを警戒し、迎撃用の対宙レーザーの数を減らすことを嫌った。
シレイピスを含め、三隻の対宙レーザーがあれば、対消滅炉の停止や戦術系システムの異常などの不測の事態が起こっても、ミサイルに充分対応できる。
彼はこれ以上の犠牲を出すことなく、勝利できると確信していた。
しかし、ラブレースは納得しなかった。そして更に強く主張する。
「それでは時間が掛かりすぎます! ラスール軍港が制圧されれば王太子殿下の身が危険にさらされます! それにこの距離なら、DOE5だけでもミサイルの迎撃は可能です! ぜひ、許可を!」
クリフォードも彼女の言わんとすることは理解できたが、それでも考えは変えなかった。
「いくら言っても、答えはノーだ、艦長。今は議論している時ではない。艦の指揮に専念してくれ」
この時、彼は敵の反撃が単調であることに何か理由があるのではないかと疑っており、そのため、戦力の分散を嫌ったのだが、その理由が自分でも明確ではなく、ラブレースに明確に説明できなかった。
また、宇宙港の制圧には少なくとも、あと一時間は掛かる。近距離での砲撃戦である、この戦闘がそこまで長引くことはありえない。
ラブレースはクリフォードを睨みつける。
「了解しました。議論の時間はありませんので、指揮官としての責務を果たします」
それだけ言うと一方的に通信を切った。
この時、彼女は焦りを感じていた。
ライバル視しているシレイピスの艦長シャーリーン・コベット少佐がミサイル攻撃で敵駆逐艦一隻を沈め、更に損傷した艦の主砲でもう一隻の駆逐艦を沈めている。そのため、自分も武勲を挙げねばと焦っていたのだ。
(あの高慢なコベットが武勲を挙げた。それに引き換え、シャークは敵を一隻も沈めていない。放っておいても勝利は間違いないわ。今残っている“獲物”は軽巡航艦だけ。幸い、帝国の軽巡航艦の側面スクリーンならシャークの主砲でも充分に貫ける。DOE5が敵を釘付けにしている間に私が止めを刺してあげるわ)
ラブレースはシポーラがシャークを攻撃する可能性は低く、艦尾追撃砲の射角に入りさえしなければ、危険はないと考えていた。
彼女の認識は強ち間違っていない。同級の艦同士が正面から打ち合っている時に、艦首を振って側面を晒すとは考え難く、更にこれだけ接近していれば、DOE5から離れる時間も短く済むため、自艦が攻撃を受ける可能性は少ないはずだった。
ラブレースはクリフォードの命令を無視する形で加速を命じた。
「最大加速で敵の側面を突くわよ! 一番美味しいところをシャークがもらうわ! ミサイルとスループ艦には注意しておきなさい!」
明確な命令違反だが、戦場での指揮官の判断であり、戦果さえ上げれば問題視されることはないと高を括っていた。
彼女は高揚した気分で、次々と命令を下していく。
「シャーク加速開始! 敵艦の右舷を狙うようです! クソ! 美味しいところを持っていくつもりよ!」
DOE5のCICで、シャークが加速したことが報告された。戦術士のベリンダ・ターヴェイ少佐はシャークが自分たちを囮にし、戦果を上げようとしていることに怒りの声を上げる。また、他のCIC要員たちもその身勝手さに怒りを覚えている。
クリフォードは明らかな命令違反に内心では激怒していた。
(あのまま攻撃を加えていれば勝てたはずだ! 敵からの砲撃を嫌ったのか?)
彼にはラブレースが功名心に逸ったという認識はなく、敵艦からの砲撃がシャークを狙う可能性を嫌ったのではないかと考えた。
彼は航宙日誌にシャーク123号が指揮官の命令を無視し持ち場を離れたと記載する。
「シャークのことは気にするな。自分の責務を果たせばいい」
彼の落ち着いた声で、CIC内の動揺は収まっていった。
シャークが離脱したことにより、DOE5に砲撃が集中するが、防御力重視の艦は問題なく持ち堪えている。そして、シャークはラブレースの思惑通り、シポーラの側面を狙える位置に付くことができた。
■■■
スヴァローグ帝国軍の軽巡航艦シポーラでは、艦長であるニカ・ドゥルノヴォ大佐が部下たちに冷静かつ的確な指示を与えていた。
それにより圧倒的に不利な状況であるにも関わらず、致命的な損傷を受けないまま、ゆっくりと後退している。
この機動によりシポーラは大破し漂流している駆逐艦ヴァローナをDOE5との間にいれることに成功した。
しかし、敵駆逐艦シャークが側面に回る機動を開始すると、悲観的な雰囲気がCICを支配する。
司令であるセルゲイ・アルダーノフ少将はシャーリア法国の首脳を恫喝していたが、CICの雰囲気に気づき、ドゥルノヴォに声を掛ける。
「まずいのではないか、艦長」
ドゥルノヴォはその雰囲気を吹き飛ばすかのように「いいえ、これで勝てます!」と力強い声で答える。
「敵はミサイルを撃ち落としにくくなったのです。敵の軽巡航艦を沈めれば、後はミサイルを撃ち尽くした駆逐艦のみ。敵は詰めを誤ったのです! 我らの勝利は確実なものとなりました!」
彼の言葉にアルダーノフだけでなく、CIC要員たちも大きく頷いていた。彼らにも自分たちが有利になったことを認識できたのだ。
「“影”発射後、ヴァローナを自爆させよ!」
ドゥルノヴォは大型ステルスミサイル“影”の発射を命じた。十本の発射管からミサイルが静かに宇宙に滑り出していく。
感想、レビュー、ブックマーク及び評価(広告下の【☆☆☆☆☆】)をいただけましたら幸いです。




