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第二十六話

 宇宙暦(SE)四五一九年十二月二十八日 標準時間〇一四〇。


 クリフォードは船外活動用防護服(ハードシェル)を脱ぐと、打撲によって痛む右肩を押さえながら戦闘指揮所(CIC)に向かった。


 未だに帝国側の攻撃は続いていたが、防御スクリーンは安定しており、艦の動揺も小さくなっている。


 格納庫があるJデッキからCICがあるCデッキへのエレベータの中で、指揮官用個人用情報端末(PDA)により艦の状況を確認したが、大きな損傷は見られなかった。


(サムはよくやっている。あの状況でほぼ無傷だ……)


 しかし、宙兵隊員の情報を確認し、暗澹たる表情になる。


(未帰還が十五名か……全滅すらあり得る状況だったが、それでも多い。敵の戦力を大きく減らすことができたが、あまりに大きな犠牲だ……)


 しかし、エレベータを降りたところで表情を自信に満ちた指揮官のものに切り替える。苦悩した表情のリーダーでは士気が落ちると無理やり笑顔を作ったのだ。


 CICに入ると、満面に笑みを浮かべるサミュエルの出迎えを受ける。


「お帰りなさい、艦長。ご無事で何よりです」


 彼はDOE5の指揮に専念していたため、クリフォードから連絡を受けるまで彼が生還したことを知らなかった。


「ありがとう。では、指揮を引き継ぐ」


 そう言って指揮官用のシートに座った。


 その後も攻撃を受け続けたが、重巡航艦並の防御力を誇るDOE5は大きな損傷を受けることなく入港した。


 軍港ではシャーリア法国軍の兵士たちが待ち受けていたため、一瞬、反乱が鎮圧され、拘束されるのかと身構えたが、王太子およびアルビオン戦隊の護衛部隊であると説明された。


 艦を降りると、真面目そうな顔付きの少壮の保安隊大尉がクリフォードに近づき、状況を説明する。


「帝国の特使が再び恫喝してきましたが、我々が貴官らを引き渡すことはありません。地上には多くの同志がおり、軌道エレベータは封鎖されております。ご安心を……」


 クリフォードは敬礼し、「貴官らの誠意ある行動に感謝します」と伝えると、ロセスベイ1にいる王太子のところに向かった。


 ロセスベイ1に入ると、笑顔の宙兵隊員らに敬礼をもって迎えられ、彼は真面目な表情で応える。しかし、すぐに表情を緩めた。


「まだ、配給酒(グロッグ)を飲む許可を与えるわけにはいかないが、すべてが終わったら、倍量にするよう主計長に伝えておく! これは作戦に参加しなかった者も同様だ! だから、今少しがんばってくれ」


 彼の言葉に歓声が上がり、それに片手で応えながら王太子のいる貴賓室に向かった。


 貴賓室に入ると、王太子と彼の秘書官であるテオドール・パレンバーグ、侍従武官のレオナルド・マクレーンが出迎える。


「よくやってくれた、クリフ」と言って王太子が彼の右手を取るが、クリフォードは真剣な表情を崩さなかった。


「敵の戦力を減らすことには成功しましたが、まだ危機的状況を脱したわけではありません」


 彼の言葉にパレンバーグも大きく頷いている。


「艦長の言う通りです。軍港はスライマーン少佐が押さえていますが、国全体の方向性は未だに帝国寄りです。シャーリア政府が殿下の身柄をいつ要求してきてもおかしくないのです」


 王太子はそれに頷き、「この後、どうすべきか教えてくれないか」と二人に問い掛ける。

 パレンバーグがクリフォードに頷き、先に話し始めた。


「シャーリアの民衆を味方に付けるしかないでしょう。スライマーン少佐の言葉ではありませんが、法国の指導者の行いは彼らの戒律に大きく反した行為のようです。この国の指導者たちも民衆の言葉を無視し得ないでしょう」


「具体的にはどうするのだ、テディ? スライマーン少佐たちに任せるのかね」


「それしかないですね。彼らにとって我々は異教徒に過ぎないのですから」


「つまり、事態が動くまでこの軍港に留まるということだね。分かった。では、クリフ。君の考えを聞かせてくれ」


 王太子の問いにクリフォードはどう答えるべきか迷っていた。

 パレンバーグの言う通り、シャーリアが反帝国に傾けばいいのだが、その消極的な策で十分なのかと言われれば疑問を感じずにはいられなかった。


(シャーリアの上層部は帝国に怯えている。スライマーン少佐のような人物が多くいればいいが、それを期待して策を立てていいのだろうか。法国の指導者たちも愚かではないはずだ。何らかの手を打ってくることは間違いない……)


 彼は王太子の問いにしっかりとした口調で答えていく。


「タイミングを計って脱出すべきです。そのための作戦は今から検討しますが、シャーリアに期待するだけでは危険だと考えます」


 王太子はその言葉に頷く。


「私としてもシャーリア国内にしこりが残るような方法は心苦しい。できれば、我々の力だけでこの事態を何とかしてほしいと思う。もちろん、兵たちの命を無駄に捨てるようなことは考えていないが」


 王太子の発言の後、パレンバーグが釘を刺す。


「そうは言ってもこの状況で殿下の安全を確保しながら脱出が可能なのか? 我々が優先すべきは殿下の安全。先ほどのような冒険的な作戦は認められないぞ」


「もちろん理解しています。ですが、状況が不安定であることは間違いありません。最悪の場合、安全策を採る余裕がないことも考えられます。状況の推移を見ながら、策を用意しておいた方がよいと考えます」


 その答えに満足したのか、パレンバーグは小さく頷き了承した。


 王太子の部屋を後にし、ロセスベイ1の艦長カルロス・リックマン中佐の下に向かった。


「無事そうで何よりだ」と言って相好を崩して握手する。


 クリフォードはそれに応えながらも深刻な表情を浮かべて話し始めた。


「最悪の場合、この艦を放棄する必要があります」


 彼は大上段にそう告げる。


ロセスベイ(こいつ)の足が遅いからか?」


 真面目な表情でリックマンが問うと、クリフォードは申し訳無さそうに頷く。


「敵の軽巡航艦の加速性能は五kGです。航路の選択さえ間違えなければ六kGのDOE5と駆逐艦は逃げ切れるでしょう……」


 そこで一旦口篭り、再び口を開く。


「この艦の乗組員と宙兵隊を各艦に分乗させるつもりです。艦長にはその準備をお願いしたい。言いにくいのですが、ロセスベイを囮に使って……」


 リックマンはクリフォードの話を遮り、彼が言いにくそうにしていることを自ら口にした。


「つまりだ。こいつを囮にして敵を引き付け、その隙に逃げ出すということか?」


「はい。しかし、まだ決定ではありません。シャーリアが帝国に屈しなければ必要ありませんので」


 リックマンは愛艦を喪うかもしれないと聞き、顔を顰めているが、気持ちを切替えたのか、笑みを浮かべて「殿下をお守りするのが、我々の使命だ。気にするな」と言ってクリフォードの肩を軽く叩く。


 クリフォードは打撲した肩を触られたことに一瞬顔を顰めた。

 その表情に驚き、「負傷していたのか。すまん」と謝罪する。


「ただの打撲ですから」と言って笑うが、すぐに表情を引き締めなおす。


「三十分以内に計画案の提出をお願いします。私としては一時間以内に準備を完了させておきたいと考えていますので」


 リックマンはあまりに短い時間であることから目を見開くが、事態が逼迫しているのだと大きく頷いた。


 クリフォードが退出した後、リックマンはすぐに副長と宙兵隊の大隊長リチャードソン少佐を呼び出し、各艦への人員と必要な物資の割り振りの検討を始めた。



 DOE5の航法長(マスター)、ハーバート・リーコック少佐は失意に打ちひしがれ、自室に篭っている。


(なぜ私は敵艦に向かわなかったんだ……これで私の未来は閉ざされた。あんな醜態を見せた士官を英雄である艦長は許さないだろう……)


 彼の心は壊れかけていた。

 そして、自暴自棄になり部屋に置いてあるブランデーを呷り始める。


(敵は強力なんだ。何をやってもこの艦は沈む。なら、どうなってもいいじゃないか……)


 ぶつぶつと呟きながらボトルに口をつけているが、誰も彼に気を回す者はなかった。彼はロセスベイ無人化の混乱の中、一人軍港に降り立っていた。


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