第三話
宇宙暦四五一八年十月十五日。
HMS-E1101005デューク・オブ・エジンバラ5号[DOE5]はキャメロット星系第三惑星ランスロットの衛星軌道にある大型軍事衛星アロンダイトに入港していた。
クリフォードは十月五日に前任の艦長から引き継ぎを受けてから、慌しい毎日を過ごしている。
DOE5は王太子専用艦ということで、アルビオン王家のファミリーカラーである純白に塗装され、側面には王家の紋章である一角獣と獅子が描かれていた。
そのため、通常の軍艦のくすんだようなグレーの中では際立っている。
ちなみにくすんだグレーに塗装されているのはステルス性を最大限に生かすためで、光学センサーでの探索を防ぐ意味がある。
もちろん、どの国の光学センサーも可視光だけでなく、様々な波長の電磁波でのセンシングを行っているため、効果は限定的だ。
小惑星帯に潜むことが多いスループ艦であれば、そのステルス性と相まって、多少は効果があるのだろうが、大型の戦艦を同じ色に塗装する意味は少ないと言われている。
しかし、僅かでも効果があることをやめることは難しく、実際、現場の下士官兵たちは色を変えることを頑なまでに拒否する。艦隊によくある根拠不明の話では、艦の色を変えると戦闘時に真っ先に狙われ、必ず撃沈されるとされていた。
この話を聞く限り、DOE5は下士官兵から忌み嫌われるはずだが、王家の艦であるということから、乗り組むことは名誉なこととされ、忌避されることはない。
クリフォードはDOE5の艦長室で公式航宙日誌や部下の勤務評定などに目を通していた。
デューク・オブ・エジンバラ5号はその頭文字をとり、DOE5と呼ばれることが多く、彼もその呼び名に慣れ、自分の艦であると思い始めている。しかし、未だに部下たちと良好な関係を築けているとは考えていなかった。
(副長が優秀なのが救いだな。バートとはタイプは全く違うが、報告書を見る限り完璧な運営を行っている。一番の驚きは下士官兵たちの懲罰が驚くほど少ないことだ。砲艦なら毎日のように超過勤務の記録が残っていたのだが……)
十月五日に引継ぎを受けてから記録を確認すると共に、艦内をくまなく回り、積極的に部下たちと顔を合わせるようにしていた。さすがに王太子専用艦ということで士気は高く、規律も緩んでいない。
しかし、彼はそのことに僅かだが危惧を抱いていた。
(確かに最下級の兵に至るまできちんとしている。敬礼一つとっても、全員が教育部隊の指導教官になれるほどだ。しかし、何かが違う。どういっていいのか分からないが……もう少し慣れれば気にならなくなるのだろうか……)
そんなことを考えることもあったが、艦の中枢を担う士官、准士官の能力や性格を把握しようと努力した。
彼は積極的に士官たちを艦長室に呼び、更には士官室にも足を運び、ワインやウイスキーなどを差し入れながら、話を聞く機会を作った。
今は入港中ということもあり、戦闘指揮所には下級士官が当直に立てばよく、他の士官は比較的短時間の勤務で、非番の時間帯には飲酒も認められている。
最も重要な士官である副長クラウディア・ウォーディントン少佐は金色の豊かな髪を後ろでまとめ、白皙の肌と翡翠色の瞳が印象的な美女だ。
彼女は伯爵家の令嬢であるとともに、ウォーディントン子爵家の令夫人でもあった。その上品な物腰と理知的な性格で、士官室を完全に掌握している。更に王太子妃と旧知の間柄で、王太子と親しげに話している姿を何度も見ていた。
クリフォードはキャメロット星系第四惑星ガウェイン産の白ワインを飲みながら、副長としての仕事を褒める。
「見事に管理されているね。私がいた第一艦隊の旗艦でもこれほど完璧に管理されていなかったよ、副長」
ウォーディントンは「過分なお言葉ですわ、艦長」と優雅に答えるが、誇らしげな表情を僅かに見せる。
「私だけの功績ではございません。士官、准士官の協力があってこそですわ。それに殿下のお招きになるお客様に不快な思いをさせるわけには参りません」
DOE5は王太子専用艦ということで軍関係者だけでなく、政府の高官、外交官、有力企業の経営者等がよく訪れる。
(ある意味、“宇宙を駆ける迎賓館”だからな、DOEは。そう考えると、その“従業員”たる乗組員の素行を、“支配人”たる副長が気にすることはおかしなことではないな。しかし、彼女も一年以内に昇進するんだろうな……)
ウォーディントンは今年三十三歳。少佐になった時にDOE5の副長になり、既に二年以上経っている。近いうちに上級士官コースを経て軽巡航艦の艦長になるのではないかとクリフォードは考えていた。
彼は副長と歓談した後、航法長ハーバート・リーコック少佐に視線を向けた。リーコックも子爵家の嫡男で金髪白皙の貴公子然とした士官だった。
「私が航法長である限り、DOE5が迷うことはありません」
真面目な顔でそう言うが、すぐに横にいる戦術士であるベリンダ・ターヴェイ少佐に肘で小突かれ、表情を硬くする。そして、すぐに立ち上がり、謝罪の言葉を口にした。
「決して、艦長のことを揶揄したわけではありません! 申し訳ありません、艦長!」
クリフォードは苦笑いを浮かべながら、
「謝罪には及ばないよ、航法長」と言い、
「私の航法下手は艦隊の伝説になっているようだからね。航法士の間では知らぬ者がいないそうだよ。まあ、私自身、よく士官学校を卒業できたと思っているから気にしなくていい」
そう言って笑いながらワイングラスを持ち上げる。
リーコックは安堵の表情を浮かべるが、すぐに表情を元の柔らかなものに変える。
「航法はともかく、戦術立案と指揮については既に伝説の域だと思っています。なあ、ベリンダ?」
話を振られたターヴェイはその大きな蒼い瞳を煌かせて頷く。彼女は漆黒の髪にサファイアのような蒼い瞳の美女で、僅かにしなを作ったような仕草は宙軍士官というよりミステリアスな酒場の女主人といった雰囲気がある。
「私もそう思いますわ。戦艦と砲艦の同時運用といい、集束コイルなしでの砲艦主砲の使用方法の考案、対宙レーザーを用いた通信……どれをとっても独創的です。どうやって思いつかれたのか、一晩中でもお聞きしたいですわ」
彼女自身は純粋に戦術に興味があるだけだが、その潤んだ瞳が女性であることを強く主張している。
「一晩中は勘弁してほしいな。まあ、砲艦での戦術はともかく、ターマガントで使った手は苦し紛れだから、語るようなこともないんだがね」
「それでも聞きたいですわ。ぜひ」と言って上目遣いの視線を送る。
クリフォードはその視線に僅かに気圧され、ワインを口に含むことで落ち着きを取り戻そうとした。
そして、その話題を切り上げ、その横で静かにグラスを傾ける女性士官に視線を向ける。
その士官は情報士のクリスティーナ・オハラ大尉で、ブラウンの髪に鳶色の瞳、丸顔の親しみやすい雰囲気を持ち、宙軍士官というより花屋の店員の方が似合うと思うほどだ。実際、下士官兵たちからも“花屋の売り子”と呼ばれている。
オハラはクリフォードの視線を受け、下を向いてしまう。
「相変わらずクリスティーナは人見知りが激しいな。それとも英雄を前にして上がってしまったのかい」
リーコックがそう言ってからかうが、オハラは「いいえ」というだけ更に俯いてしまう。
クリフォードは彼女の勤務評定と今の仕草のギャップに何度目かの違和感を覚える。
(評価には情報分析のプロだと書いてあった。実際、彼女の報告書を見たが、文面から冷徹さを感じたほどだ。この姿を見ると同一人物とは全然思えないな……)
これ以上は話もできないと、グラスを掲げて、その隣にいる宙兵隊士官に視線を向けた。
その士官はアルバート・パターソン大尉でクリフォードより一歳年上の二十六歳。DOE5の宙兵隊の実質的な指揮官としては非常に若い。
身長百七十センチほどと宙兵隊にしては小柄だが、男爵家の生まれながらも格闘技と射撃の達人で、宇宙海賊との戦闘では勇猛な戦いを見せ、宙兵隊の下士官たちの尊敬を勝ち取っている猛者だ。
前任の艦長からも能力的には申し分ないと太鼓判を押されている。
「私は艦長の候補生時代の話が聞きたいですね。敵の拠点に潜入する作戦を立てた上に参加されたと聞いていますから。しかし、よく候補生の作戦が承認されましたね」
彼の表情に悪びれたところはなく、生来の明るい性格が率直な物言いを許している。
「私もそう思っているよ。今ももちろん尊敬しているが、当時のブルーベルの艦長、マイヤーズ艦長は私が常に手本にしようと思っている士官だからね。まだまだ、足元にも及ばないが」
その言葉にウォーディントンが話に加わってきた。
「マイヤーズ艦長も今回昇進されたそうですね。確か二等級艦の艦長になられたとか。どのような方なのですか?」
「ああ、ウォースパイト38の艦長になられたと聞いたな。どのような時でも常に冷静な方だよ。それでいて部下を思いやる心をお持ちだ……」
そんな話で盛り上がりながら、士官室での時間が過ぎていった。
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