第三十四話
宇宙暦四五一八年七月二十三日、標準時間〇一〇〇。
ヤシマ解放作戦、作戦名“ヤシマの夜明け――Operation Yashima Dawn――”、通称YD作戦参加部隊のうち、キャメロット防衛艦隊司令長官、グレン・サクストン大将率いるジュンツェン進攻艦隊は、シアメン星系側ジャンプポイントから三十光秒の位置にあった。
ジュンツェン防衛艦隊に大きな損害を与えたことにより、この星系における制宙権はアルビオン側が握っている。
現状ではヤシマ星系にいるゾンファ艦隊と、ゾンファ本国との連絡線を遮断するため、このJPを封鎖しているところだ。
キャメロット第三艦隊に所属する砲艦レディバード125号はJP付近に待機している。艦長であるクリフォードは一ヶ月を超えるこの状態に内心では辟易していた。
しかし、部下たちの士気が低下し始めており、自らの感情を押し殺しながらメインスクリーンに映る虚空を眺めている。
(もうそろそろのはずだが……この待機は辛い。それ以上に愚痴を言うことも難しいのが辛いな。これが“指揮官の孤独”か……)
砲艦以外の戦闘艦は補給線を守るため、シアメンJPとアルビオン王国に繋がるハイフォンJPの間を何度も行き来しているが、加速力に劣り、航行中に戦闘能力を失う砲艦はシアメンJPに張り付き続けるしかなかった。
更に敵の反攻を考慮し、数日前から主砲用のビーム集束用電磁コイルを展開しており、揶揄されるような“浮き砲台”と化していた。
砲艦は小型の艦体に無理やり主砲用の加速器を押し込んだことから、消耗品の保管庫が小さい。
また、日常点検を行うスペースも限られているため、旗艦である砲艦支援艦で補給と整備を頻繁に行う必要があった。
砲艦支援艦には砲艦乗組員のためのリフレッシュ施設が備えられており、長期間の作戦においても将兵の士気を保つ工夫もなされている。
しかし、集束コイルを展開した状況では砲艦支援艦とのドッキングも行えず、長期にわたる待機時間が砲艦乗りたちの心を蝕んでいた。
七月二十三日、標準時間〇一三〇。
情報士を兼ねる戦術士マリカ・ヒュアード中尉が慌てた様子で報告を始めた。
「JPに所属不明艦のジャンプアウト確認! ゾンファの情報通報艦の模様……第五惑星に向け、通信波確認……ステルス機雷起動……敵情報通報艦轟沈!……脱出ポット射出なし……」
クリフォードはヒュアード中尉のやや裏返った声を聞きながら、メインスクリーンに映し出されている映像を睨みながら、敵の行動について考えていた。
(情報通報艦が現れて通信を送った。人命軽視のゾンファらしい作戦だが、有効ではある。通信の内容が気になるが、恐らくヤシマから艦隊が戻ってくるという情報だろう……)
一時間後、総司令部からの通信が各艦に入った。
古代の剣闘士を髣髴とさせる分厚い胸板のサクストン提督の姿が、メインスクリーンに大きく映し出される。そして、その体格に見合った重々しい声で放送を開始した。
「YD作戦参加の各員に告ぐ。敵情報通報艦の通信を解析した結果、ゾンファ共和国軍のヤシマ侵攻艦隊が転進してきたことが判明した。敵の到達予定時刻は翌七月二十四日〇八〇〇。敵戦力の詳細は不明だが、我が方より少数であることは間違いない。作戦については追って総司令部より通知する。各員の責務を果たすことを希望する。以上!」
短い訓示の後、小柄なアデル・ハース総参謀長の映像に切り替わる。常にコケティッシュな表情を崩さない総参謀長がいつも通りの笑顔を浮かべていることにクリフォードらは安堵する。
「現れる敵の戦闘艦の数は最大で一万八千隻、最小で一万二千隻と想定しています……」
ハース中将の説明を要約すると以下のようなものだった。
敵は侵攻当初六個艦隊三万隻、うち戦闘艦は二万七千隻であったが、ヤシマ防衛艦隊との戦闘によって三千隻を喪っていることが確認されている。
その後に戦力の補充を行った可能性は低く、また、自由星系国家連合軍との戦闘が発生したと推定され、その戦闘において希望的な観測を排した分析、つまり、ゾンファが完勝した場合においても、少なくとも一割の損害を受けると考えられている。
更にゾンファのヤシマ侵攻艦隊は敵国に駐留していたため、本格的な補修を行うことができず、戦力の回復は極僅かと見込まれていた。
仮にヤシマを完全に放棄したとしても、敵艦隊は二万四千隻以下と考えられ、そのうち戦闘艦は二万隻程度となるが、一割程度は超光速航行機関か通常航行機関に何らかの損傷を受け、ジュンツェン星系に突入することは困難であろうという分析結果を示した。
「……もちろん、敵はヤシマを完全に放棄することはできませんから、一個艦隊、最低でも三千隻程度はヤシマに駐留させたままにしているでしょう。あの国では咥えた獲物を勝手に放棄すれば、勝利しても処罰されてしまいますから……フフフ……」
そう言って小さく笑い声を上げる。それに釣られる形で各艦の戦闘指揮所でも笑いが起きた。もちろん、レディバードのCICでも同様だった。
「失礼しました。コホン」とハースはわざとらしい咳払いをした後、再び説明を続けていく。
「敵は明日の〇八〇〇に突入してきます。欺瞞情報の可能性はありますが、敵将ホアン・ゴングゥル上将は姑息な手段は取らないでしょう……我々の採るべき方針ですが、二つあります。一つはホアン艦隊との戦闘を避け、キャメロット星系に向けて転進すること、もう一つがゾンファ艦隊と戦闘を行い、殲滅することです……」
ヤシマからゾンファ艦隊が撤退してきたということは、戦略目的であるヤシマ星系の解放がなされたことを意味する。
今回の作戦の目的はジュンツェン星系の奪取でもゾンファ艦隊の殲滅でもないため、キャメロット星系に帰還することは理に適っている。
「ですが、総司令部は敵と雌雄を決することを決断しました。戦略目的を達した以上、戦闘は無用な犠牲者を出し、国民の負担を増大させることになるという意見もありました。しかし、先の会戦で得た捕虜の情報から、ホアン艦隊はアルビオン政府関係者を捕虜にし本国ゾンファに移送する可能性があるという事実が判明しました。これは諜報部の見解とも一致します……」
その言葉にクリフォードはゾンファならやりかねないと心の中で首肯する。
ここでハースの表情が厳しいものに変わった。そして、いつものような弾むような口調から裁判で弾劾するような厳しい口調に変わる。
「……我々は自国民を決して見捨てません! 例え、僅かな人数であり、それ以上の犠牲者が出ることが分かっていても、アルビオン王国は自国民が拉致されることを座視することはないのです!」
ハースは興奮気味にそう言うと呼吸を整えるため、言葉を切る。
そして、更に説明を続けていく。
彼女の説明では、捕虜はホアン艦隊の兵員輸送艦に収監されている可能性が高く、ジュンツェン星系には戦闘艦とは別に戦闘が終了してから、超光速航行に入ると予想されている。
また、ヤシマに向かったフェアファックス艦隊に情報通報艦を派遣しているが、四十五パーセク以上離れたヤシマに情報が届くのは一ヶ月半以上先であり、未だに情報を受け取っていない可能性が高い。
「つまり、我々しか同胞を助け得ないのです……我々はホアン艦隊とマオ上将率いるジュンツェン防衛艦隊を排除し、シアメン星系にいる同胞を解放します。そのための策は考えてあります……不確定要素はマオ艦隊の動向ですが、この距離であれば十分に対応が可能です……」
マオ・チーガイ上将率いるジュンツェン防衛艦隊は第五惑星軌道上にある大型要塞J5要塞に篭っている。その戦力は戦闘艦一万六千隻から一万八千隻と推定されており、アルビオン艦隊の三分の二以下と予想されていた。
ホアン艦隊も一万五千隻程度と考えられ、いずれもアルビオン艦隊の三分の二以下に過ぎない。しかし、両艦隊が合流すればアルビオンの一・三倍になるため、マオ艦隊の動き如何によっては非常に危険な作戦と言える。
ハース中将は一旦言葉を切り、僅かに間を置いた。そして、先ほどまでの厳しい表情からいつもの明るい表情に変わっていた。
「ここで重要なことは、敵が連携を取ることは容易ではないことです。先ほどの通信で到着時刻が分かったとしても、独立した艦隊同士が完璧な連携を取ることは非常に難しいと考えられます。特にゾンファ共和国軍では……それにホアン上将とマオ上将は派閥が違います。恐らく円滑な連携は取れないでしょうね……」
ハース中将の説明にクリフォードは納得していた。
(確かに参謀長のおっしゃる通りだ。ヤシマ侵攻艦隊が戻ってくると分かっていても、こんな付け焼刃的な作戦では完全に信じることは難しい。特にゾンファの提督は功名に走るきらいがあるから……ジュンツェン防衛艦隊のマオ上将は慎重だ。だとすれば、要塞に逃げ込める位置で待機する……そうなると、我々の配置はJPと要塞の間ということになる。挟撃される危険はあるが、早期に合流されるよりマシだ……)
クリフォードは以下のように考えた。
慎重な性格のマオは功名心に逸るホアンを信用しきれない。このため、ホアンの指定したタイミングに合わせて、自らの艦隊を危険に曝すような賭けに出ることはない。但し、ホアン艦隊を見捨てるという選択肢も取れないため、一定の距離まで接近してくる。
この場合、マオが取りうる選択肢はJ5要塞に逃げ込めるギリギリの距離で、かつ、ホアン艦隊が星系に突入してきた際にアルビオン艦隊を挟撃できるポイントで待機することしかない。それもタイミングを合わせつつ、ゆっくりと接近するしか手はない。
マオが最も警戒していることは各個撃破されることだ。マオはホアンの一方的な通告により、行動の自由を失っているが、アルビオン側はホアンの行動を無視して自由に動くことができる。
もし、マオがホアンの言葉に従い、ジャンプアウト時刻に間に合うように艦隊を接近させれば、アルビオン側はホアンが到着する前に、一・五倍の戦力をもってマオ艦隊を攻撃することができる。
よって、マオはホアン艦隊が危険に曝されると分かっていても、完全な挟撃作戦に移れない。
ジュンツェンに残っている司令官がマオではなく猛将ホアンなら、このようなことは考えず敵の殲滅だけを考えて賭けに出るだろう。
ゾンファのジュンツェン防衛艦隊はクリフォードの予想通り、J5要塞を進発したものの、ゆっくりとしたペースでヤシマ侵攻艦隊が出現するシアメンJPに向けて移動し始めた。
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