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第二十五話

 宇宙暦(SE)四五一八年六月十七日 標準時間二二四〇。


 レディバード125号は六百隻の砲艦の中で、最も早く主砲用集束コイルの展開を終えた。


 クリフォードは掌砲長(ガナー)であるジーン・コーエン兵曹長に「見事だ」と賞賛の言葉を掛けた後、艦内一斉放送を行った。


「これから敵に一泡吹かせる作戦が始まる。だが、その前にひとこと言っておきたい。今回の準備は見事だった! この後も砲艦乗りの意地を見せてやろう」


 その放送に艦首にある主兵装操作室(MAOC)の横にある操作員控室で、船外活動用防護服(ハードシェル)に身を包んだ掌砲手(ガナーズメイト)たちが歓声を上げる。


 艦首のMAOC及び操作員控室だが、強固な遮蔽が施されている。これは大出力の陽電子が通過する際に放出されるガンマ線が致死レベルに達するためで、船外活動を行う掌砲手たちは主砲発射に備え、強固な遮蔽が施された操作員控室に退避する必要があった。


 本来ならより安全なCIC付近まで退避すべきだが、艦体全体が巨大な加速空洞(キャビティ)と言える砲艦の場合、安全な通路が確保できないことと、トラブルの際の微調整が必要なことから、戦闘が終わるまで、掌砲手たちはハードシェルを脱ぐこともできず、狭い操作員控室で待機し続けなければならない。


 既に戦艦と砲艦の混成部隊と敵艦隊との距離は先行して加速したことで一旦は開いていたが、既に三光分を割っている。


 また、味方の巡航戦艦を主力とする高機動艦隊はクリフォードたちの後方十光秒の位置にあり、最大加速度で減速し、補助艦艇や戦艦を守るべく行動しているように見える。


 一方のゾンファ艦隊だが、アルビオン艦隊が〇・一(光速)から加速しなかったことから、最大巡航速度である〇・二Cまで加速した後、〇・一五Cまで減速していた。



 標準時間 二三〇〇。


 アルビオン艦隊は艦隊を三つに分けていた。


 一つは巡航戦艦を主戦力とし、巡航艦、駆逐艦など高機動艦で構成された別働隊約二万隻で、第九艦隊司令官のジークフリート・エルフィンストーン提督が指揮を執る。


 戦艦と砲艦で構成された特殊部隊を主力とする約六千六百隻が本隊となり、総司令官のサクストン提督が直接指揮を執っている。残りの輸送艦などの補助艦艇約二千四百隻が支援艦部隊とされた。


 全艦隊が〇・一(光速)で惑星J3に向かっていたが、高機動部隊であるエルフィンストーン隊は減速しつつ進路を変え、本隊であるサクストン隊と支援艦部隊を追撃してくる敵高機動艦部隊の側面を狙うように機動していた。


 一方のサクストン隊の戦艦、砲艦混成部隊は特殊な円形陣――進行方向に向かって斜めに傾いた円盤のような陣形のまま、〇・一Cを保ち、追撃してくる敵艦隊に艦首を向けた。敵から逃げ切れないと諦めて反撃の機会を窺っているように見えるような巧妙な動きだった。


 支援艦部隊は僅かに加速し、サクストン隊の前方に出る形で敵との距離を取り始めていた。


 アルビオン艦隊の隊形は、サクストン隊を中心とし、エルフィンストーン隊が斜め前にでた“く”の字形となっている。


 クリフォードは戦闘指揮所(CIC)で敵艦隊の動きを確認しつつ、主砲の発射準備状況を確認していた。


掌砲長(ガナー)、集束コイルの状況を報告せよ」


 コーエン兵曹長は感情の篭らない声で報告を始める。


「自己診断シーケンス起動。第一コイル、電圧制御系正常、位相制御系正常……冷却系正常……第五コイル……冷却系正常。自己診断シーケンス終了……全て異常ありません(オールクリア)艦長(サー)


 クリフォードは「了解」と答え、一斉放送のマイクを握る。


「主砲発射準備!」


 クリフォードの命令に「了解しました、艦長(アイ・アイ・サー)、主砲発射準備開始」という復唱がCIC内に響き、艦は一気に活気づく。


 先任機関士であるレスリー・クーパー一等機関兵曹がレディバードの心臓である対消滅炉(リアクター)とエネルギーを一時的に貯めておく質量-熱量変換装置(MEC)の状態を報告していく。


対消滅炉(リアクター)出力最大(マキシマム)質量-熱量変換装置(MEC)充填量(チャージ)八十パーセント……加速器冷却系(ACCS)及び補機冷却系(CCS)切離し完了……換気空調系(HVAC)、非常循環系に切替完了。機関異常なし(オールグリーン)


 その報告に被るように掌砲長の声が響く。


主加速器(アクセレーター)空洞(キャビティ)真空正常。加速コイル電圧、周波数正常……陽電子注入系接続……完了。主兵装系異常なし(オールグリーン)


 この他にも操舵長(コクスン)であるレイ・トリンブル一等兵曹から操舵系の報告が、航法士であるレベッカ・エアーズ兵曹長から監視系の報告が上がる。

 戦術士のマリカ・ヒュアード中尉が興奮気味に司令部からの命令を伝える。


「総司令部より入電! 敵との相対距離が二光分に入り次第、一斉砲撃を開始する。射撃間隔は三射目までは二十秒、その後、三十秒とする。射撃管制系は各戦隊司令部と連携。以上です」


 クリフォードは小さく頷き、メインスクリーンを凝視する。


(これが私の指揮官としての、本当の意味での指揮官としての初陣か……)


 一瞬、感慨深くなるが、すぐに頭を切り替え、艦内放送用のマイクを握る。


「すぐに戦闘開始だ。だが、今回は完全な奇襲となる。落ち着いて命令に従ってほしい」


 クリフォードの言葉が終わると、代わるように人工知能(AI)の声が響く。


『攻撃開始まで一分。カウントダウン開始……』


 カウントダウンが続く中、コーエンの最終確認の自問自答が聞こえてくる。


「目標、敵高機動艦隊。対消滅炉(リアクター)陽電子注入系出力上昇……加速コイル電圧正常範囲内(グリーン)……」


『発射十秒前……』


 CICのメインスクリーンや各モニタに緊急時に備えて対ショック姿勢を取る旨の警告が点灯する。


 二十テラワット分の陽電子が限りなく光速に近い速度まで加速される。

 クリフォードを始めとしたCIC要員は本来、無音のはずの加速器が唸りを上げるように感じていた。


『五秒前、三、二、一、ゼロ』


 カウントがゼロになった瞬間、メインスクリーンが真っ白に発光し、すぐに光量調整が行われ、正常な映像に切り替わる。


 スクリーンには千二百隻に及ぶ戦艦、砲艦の主砲から放たれた反物質粒子の光の柱が漆黒の宇宙(そら)を斬り裂いていく。


『……一、二、三……』


 AIの無機質な声がカウントを続ける中、千二百の光柱は敵艦隊に向けて真っ直ぐに伸びていく。だが、見惚れている者は誰もいなかった。


「第二射発射準備! 加速器(アクセレータ)空洞(キャビティ)冷却開始! 主兵装冷却系(MACCS)緊急冷却開始……」


 ごく僅かな陽電子が加速器空洞の内壁と対消滅反応を起こすことにより、加速器の温度が急上昇する。このままでは加速器内の磁場が乱れて発射不能となるため、温度を低下させる必要がある。


『十三、十四……』


 AIのカウントにコーエン掌砲長の声が被る。


「キャビティ温度正常範囲内。第二射発射可能」


 再び、主砲が大量の死の粒子を撒き散らした。



 アルビオン艦隊の奇襲が成功した。


 ゾンファ艦隊に到達した反物質の粒子は敵艦の防御スクリーンと反応し、輝度の高い真っ白な光を放つ。


 負荷に耐え切れなくなったスクリーンが超新星のような輝きを放って消滅すると、艦の外殻が陽電子と反応し火ぶくれのような爆発を起こしていく。艦の中では荒れ狂う放射線と高熱が将兵の命を奪っていく。


 即死しなかった者の余命も大して長い時間ではなかった。対消滅反応により起きる小規模な核爆発に巻き込まれ、艦と運命を共にしていった。


 アルビオン艦隊本体で第一射の結果が分かるまで、およそ四分掛かるが、結果を気にすることなく砲撃が続けられていく。


 更にエルフィンストーン隊約二万隻が敵に向けて最大加速度で進撃を開始していた。これはアルビオン艦隊からの主観であり、実際には〇・一Cで後退しているため、俯瞰的に見れば最大加速度で減速しているように見える。


 最大加速度で加速しながら、全艦からミサイルを一斉に発射する。

 本来であればミサイルの一斉発射は敵に探知されやすいため、遠距離攻撃ではほとんど行われない。


 まして、六個艦隊という大艦隊が要塞戦以外で、一斉発射を行ったことはアルビオン軍の長い歴史の中でも例がなかった。


 第二射を放ちながら、二光分先の敵に猛然と向かっていく姿は見る者に畏怖の念を植えつける勇壮なものだった。


 サクストン隊から見るエルフィンストーン隊はまさに漆黒の海を往く鮫の群れであった。クリフォードはその姿を憧憬の念を抱きながら見送ると、メインスクリーンに映る敵艦隊に視線を移した。


(敵の意表を完全に突いたはずだ。巡航戦艦はともかく、軽巡航艦以下の艦は相当なダメージを負うだろう……)


 クリフォードの予想通りの光景がスクリーンに映される。遠距離の映像であるため、荒い映像だが、真っ白な光の柱が敵艦隊に突き刺さると、その光の柱に沿ってオレンジ色の爆発光が連鎖し、無機質の宇宙空間に死のイルミネーションが飾り付けられていく。


 小型艦が次々と爆発し、数千単位で死が量産されているはずだが、無音のスクリーンはその悲壮さまでは映し出していなかった。


 砲撃は十分間続いた。

 敵の損害の詳細はまだ分からない。最大の戦果を上げるであろうミサイル群が敵に届いていないからだが、それを見届けるまで砲撃が続けられなかったのだ。


 砲艦の最高出力での砲撃は主砲や機関に大きな負荷を与える。


 掌砲手や機関士たちが必死の調整を行うがそれでも追いつかず、最終的には三割の砲艦が一斉砲撃から脱落していた。

 また、脱落しなかった艦も機関や加速器の本格的な再調整が必要だった。


 サクストン提督は六百隻の戦艦と同数の砲艦を切り離す決断をし、戦艦群に予備兵力六千四百隻を加えた七千隻の艦を率いて追撃を始めた。

 残された形の砲艦は無防備な姿を晒しながら、展開した集束コイルを回収していった。


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