本心
「ねえ、アナスン。あのひとの結婚式がもうすぐみたいだよ」
海中で一緒に泳ぎまわっていたジュールが、突然切り出した。
「あのひとって、あの女の人のこと?」
ジュールに言われて、私は王子様の元婚約者の女性の顔を思い浮かべた。
彼女とは、別の国の王子様と結婚すると聞いて以降、まるで接触していなかった。
結婚を間近に控えた若い女性に、あれこれ詮索するのもどうかと思っていた。
何より、人間とあまり深く関わらないようにと、家族からきつく言われている。
「結婚式が開かれるってことは、あのひと、新しい婚約者とめでたくゴールインできたってことなのね?」
「そうみたい。よかったよね」
ジュールがにっこりと笑ってみせる。
その笑顔の、なんと美しいこと。
少し微笑まれるとドキリとしてしまう。
男の人魚になってからのジュールはすっかり人気者で、他の人魚の誘いを振りほどくのが大変だと困った様子で話していた。
「そんなに熱心にアタックされてるなら、一回くらい会ってあげなよ」
「絶対イヤ!」
ジュールがブンブンと首を振った。
「どうして?」
「アナスンと一緒にいるときが一番楽しいもん」
「そう」
その言葉を聞いて、私はホッとした。
あれ?なんで私ホッとしたの?
「ね、アナスン。あのひとの結婚式は船の上でやるらしいよ。一緒に見に行かない?きっと楽しいから!」
「…そ、そうね。楽しみだわ!」
言われてハッとしたわたしは、あわてて返事した。
最近こんなことが増えている。
いったい、わたしはどうしてしまったんだろう?
それから1週間後、わたしとジュールは船上での結婚式を一緒に見に行った。
王族の結婚というだけあって、会場そのものとなっている船自体が大きく、船上はたくさんの着飾った乗客でにぎわっていた。
「ねえアナスン、見てあそこ!あのひとがいるよ!」
「ホントだわ、キレイねえ」
ジュールが指差した先に、真っ白なウェディングドレスを着たあの女性が立っていた。
隣には、この日めでたく結ばれた王子様が立っていて、2人とも嬉しそうな顔をしている。
その後は、司会役の大臣が挨拶と祝いの言葉を述べて、余興のダンスや歌が披露され、最後は花火が上がった。
夜空に咲く花火は、前世の夏祭りで見たものとは比べものにならないくらいに大きくてキレイで、ジュールと私はドンドン音を立てて鳴り響く花火に、しばらく見惚れていた。
「楽しかったね、アナスン!」
「うん!」
盛大に行われた結婚式は無事に終わって、わたしたちはキャアキャアはしゃぎながら泳いでいた。
「あ、ねえ、あのさ、アナスン!話があるんだけど!!」
まだ帰りたくない、と思っていた矢先、ジュールが突然切り出してきた。
「なあに、ジュール?」
「えっと…あ、なんでもない」
「なんなのよ、ジュール。最近あなたヘンよ?」
わたしはジュールの顔をのぞきこんだ。
最近のわたしは、自分でもわかるくらいにおかしいという自覚があるが、ジュールもおかしい気がする。
こうなったのは、ダイオウイカの姿から男の人魚に変化してからのことだ。
これはわたしの推測なんだけど、たぶんジュールは、体がいきなり変化したことで気持ちが不安定になっているのだと思う。
整形手術や性転換手術をした人は、たまにこういう不安定を引き起こすのだという。
体に異物を入れたり、逆に体の一部を切り取ったりすることで、体が不調を起こすし、その不調が精神バランスを乱れに乱すのだそうだ。
ジュールの場合は、整形や性転換とは比べものにならないほどに外見が変化したし、姿が変わったことで、周囲の態度も変わった。
その変化に気持ちがついていけないのかもしれない。
「ごめん…じゃあ、さよなら。また明日ね!」
「うん。あ、あの、ジュール。何か悩んでることとか、話したいことがあるなら、私に相談してね。話だけでも聞くから!」
「…ありがとう」
私の言葉に振り返ったジュールが、返事をする代わりに手を振った。
アナスンと分かれた後、ジュールは海の魔女の元へ向かった。
「…魔女さん、相談があるんです」
「ムリだよ」
即答であった。
「まだ何も言ってないじゃないですか!」
ジュールは抗議したが、海の魔女はやれやれといった顔をしてため息を吐くだけであった。
「言わなくてもわかるよ、ワタシは何でも知ってるからね。お姫様に心から愛されたいのだろう?」
「そうです!」
なぜ知っているのかとジュールは疑問に思ったが、ダイオウイカを男の人魚に変えるほどに強い魔力を有する海の魔女のことであるから、予見だとか読心術くらい身につけていても不思議ではない。
それを考えると身震いする思いだが、今はそんなこと構っていられない。
「惚れ薬くらいは作れるから、ワタシは別にいいのだけどね。でも、それ相応の対価がなきゃいけない。お前さん、もう引き換えにできるものなんか何もないだろう?」
「それはそうですけど…」
図星を突かれて、ジュールは黙り込んでしまった。
「たとえ対価があってもね、それはお姫様をだましていることになるのだよ?いいかい?大事なのは、ハートだよハート!」
魔女はクスクス笑いながら、手でハートマークを作った。
悪ふざけなのか、本気で言っているのかはわかりかねたが、ジュールは魔女の言うことが一理あるような気がした。