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さあ、地上へ!

私は海面に上がる前に、少し寄り道することにした。

地上の世界なんて前世で見慣れているし、海の世界の方を先に見たい。

海中を泳ぎ回っていると、いろんな魚と出くわした。

ナンヨウハギにカクレクマノミ、メンダコにタツノオトシゴ、イルカやタコ…

「これから地上を見に行くのよ」と言うと、みんな「いってらっしゃい、気をつけて」と見送ってくれた。

海の生き物と話せるなんて、ファンタジックでステキ!


寄り道しつつ上に上に泳いでいくと、透き通った海水越しに月の光が見えた。

もうすぐ地上だ。

海面から頭を出してみると、少し向こうに大きな船が見えた。

立派な船だわ!

イメージ的には、子どもの頃に絵本で見たサンタマリア号に近い気がする。

もう少し近づいてみると、豪華な衣装を身につけた人々が、舳先に立つ若い男性と握手を交わして、祝いの言葉を述べている。

「おめでとうございます、殿下」という声が聞こえたので、多分、あの人が王子様だ。

背が高くてキレイな顔をしている。

人魚姫が恋をするのもわかるわ。

まあ、私は違うのだけど。


私はしばらくそこにいた。

王子様の誕生祝いというだけあって、船の上は賑やかで見ていて楽しかった。

船を動かすためにあくせく働く水夫、艶やかな衣装で踊るダンサー、空を彩る色とりどりの花火。

「きれい…」

そういえば、転生する前は毎年夏になると家族でお祭りに出かけた。

それを思い出して、何だか涙が出てきた。

まだ幼い妹のアキは寂しがっていないだろうか。


ダンサーや花火に見惚れているうち、雨がポツポツ降ってきて、風も吹きはじめた。

そして、小雨は豪雨になり、そよ風は強風に変わって吹き荒れて、高波が起こり、船を右に左に大きく揺らした。

とうとう船はバランスを失ってひっくり返り、船上にいた王子様が海に落ちていった。

そうか、これも筋書き通りなんだ。

でも、大丈夫。

私が海の泡になるには、まず王子様を助けるところから始まるのだし、ここで何もしなければ良い。


王子様のたくましい体が沖の方まで流れてきたけど、それを無視するように私は海中へ泳いでいった。

早く家族のところへ戻らなくちゃ。


しかし、私は帰る途中であることに気がついた。

王子様が別の女性と結婚するには、まず、私が助けなきゃいけないということに。

このまま放っておいたら、王子様は死ぬだけ…


「それって、とんでもないバッドエンドじゃない!」


急いで海面の方へ引き返すと、完全に気を失ったであろう王子様の体が沈んできて、私の方へどんどん近づいていく。

これはマズい!


バッドエンドかハッピーエンドか以前に、さすがに溺れている人を見殺しにするのは抵抗がある。

さすがにこんなところで死なれるのは嫌!


急いで王子様を抱えて、岸の方へ泳いでいった。

上半身が人間、下半身が魚の、この体のなんと便利なこと!

車椅子で生活していた前世に比べると、はるかに動きやすい。

神様ありがとう!

それと王子様、しっかりして!

あなたが死んだら話が成立しないわ!!

「みんながみんなハッピーエンド」を目指して、私はひたすら岸へ泳いだ。


海辺には思ったより早く着いたし、海面に顔を出した頃には、天気もすっかり安定していた。

まだぐったりしている王子様の首筋に触れると、かすかな鼓動が指に伝わった。

良かった!生きてるのね!!

そうとわかったら、王子様を砂浜まで運ばなきゃ


生きてるのは良かったけど、問題が起きた。

砂浜に王子様の体を引っ張り上げようとしたら、腕がもげそうなほど重かった。

そりゃそうよね。

脱力してる成人男性の体なんて、めちゃくちゃ重いに決まってる。

王子様は体格がいいから、尚のこと重い。

おまけに今の私はエラ呼吸だから陸上ではすぐにゼーハーいうし。

おかげで、海中に戻っては陸に上がり、海中に戻っては陸に上がりを繰り返しながら、なんとか王子様の体を砂浜の安全なところまで引っ張りあげることができた。

こんな重労働を課せられた上に声を奪われて、結局は結ばれることもしないなんて。

人魚姫、ホント不憫すぎる。


さて、あとは女性が通りかかるのを待つだけだ。

筋書き通りなら、王子様はその女性と結婚するはず。

それでみんながハッピーエンドだ。

間違っても女性が気づかず素通りなどしないよう、目立つところに王子様の体を置いていたが、念のため海辺の大岩の影から見張っておくことにした。

女性が王子様に気づかなかったり、間違って漁師の男なんかが助けたりしては意味がないのだから。


もっとも、それは完全な杞憂に終わったのだけど。

大岩の影に隠れて見張ってから1分と経たないうちに、それらしき女性がやって来た。

女性は王子様を見つけるなり、顔を青ざめさせた。

「ねえ、あなた、大丈夫?大変!男の人が倒れているわ!誰か来て!助けて!」

女性が倒れている王子様に駆け寄り、容態を確かめると、周囲に助けを求めた。

女性の叫び声を聞いた人々が次々に集まってくる。

この様子なら、王子様は無事に保護されるわね。


これで安心だわ。

王子様はあの人と結婚して、私は海底で家族と毎日楽しく過ごす。

めでたしめでたし。


すっかり安心した私は、海底に戻っていった。


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