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クララと僕のお引っ越し

作者: 弘せりえ

僕がクララと出会ったのは、

19才の春。

大学2年生のときだった。


 

クラスメートの山田の

お母さんが、丁寧に、

僕の家までクララを連れて

来てくれた。



黒と茶色が混じった、

どこにでもいそうな猫だった。



「息子が拾ってきた猫の

もらいを手を探すのが大変でね、

5匹いたうちの、この子が最後。

よかったね」



山田は、母親の横で

小さくなっている。



すまんな、久仁生くにお・・・」



山田に謝られても、

彼の母親の手前、

怒ることができなかった。



実は、今日の昼、授業で

山田に猫を拾った話を聞かされ、

僕のマンションがペット可だ、

と話したら、夕方には、

山田とお母さんが猫を

つれて来たのだ。



「久仁生くんも、若いし、

旅行とか行くんだったら、

いつでもうちで預かるし、

実家帰るときなんか、

一緒に連れて帰って、

実家で飼ってもらうって手もあるし」



山田の母親はうちの

母親よろしく、自分の都合の

いいことばかりを言っている。



「ご実家は大豪邸なんでしょう?」



母親の言葉に、

さすがに山田が割って入る。



僕は子猫を抱きながら、

笑ってそれを制した。



「いえ、ド田舎の一軒家なだけです。

犬や猫は常に数匹いますので、

大丈夫です」



それを聞いて、山田の母親は

心底安心した様子だった。



「うちは、ご存知の通り、

ペット不可の団地だし、

どうしようかと思ってたの、

よかったわ」



団地?と

僕は首をひねる。


山田の家は高級な

高層マンションだ。


「とりあえず、これは、

猫のトイレと爪とぎ、あと、

おもちゃのねずみ」



テキパキと僕に

祝儀のように猫グッズをくれる

山田の母に、僕はとまどった。



「あ、あの、名前は何ですか?」



「うちではクララって

呼んでいたけど、久仁生くんの

好きな名前をつけてもらっていいわよ。

まだはっきり目も見えてないし、

耳は・・・聞こえてるのかな?」



耳は聞こえていると聞いたことがある。


ので、僕は敢えて名前を

変えようとしなかったが、

名前の由来は気になった。



「あら、名作劇場で出てくる名前よ。

その子は女の子だからクララ。

あと2匹はハイジとフローネ。

他の男の子はパトラッシュとネロ」



「え?猫にパトラッシュですか?」



「だから、変えてもらって

いいんだってば」



それに、ネロと付けられた猫の

末路が気になる。

どこかで凍死して

しまわないだろうか。



山田のお母さんは

最後のクララの貰い手が見つかって、

よほどホッとしたのか、豪快に

空になった紙袋で風を切って

帰って行った。


あとで聞くと、彼女は

動物の毛のアレルギーらしい。


山田も山田だ、

そんな母親がいるのに、

猫を拾うな、と学校で毒づいた。




クララは半年もすると、

立派な成猫になり、この頃

また山田のお母さんが出てきて、



「久仁生くん、

さすがに赤ちゃんは無理よね?」


と聞いて僕を驚かせ、

数日後には避妊手術を

したクララが戻って来た。


今となれば、山田のお母さんの

判断は正しいのだが、

当時の僕は、

それなりにショックだった。


山田によると、

お母さんは責任として、

飼い主に赤ちゃんが

育てられないと判断した場合、

一応本人に確認して

他の雌2匹も同じ対応をしたらしい。



「本人って、猫に

聞いたわけじゃないだろ」



文句を言う僕に、山田は、

「すまん」

としか言わなかった。





が、実際、1匹の猫だけで、

僕の生活はかなり制限されていて、

一晩クララが戻らない日など

気を揉んだものだが、

山田のお母さんのおかげで、

心配の一部は解消された。





僕に彼女ができても、

クララは一緒に住んでいた。


が、彼女がうちに遊びにくると、

プイッとワンルームのマンションの

出窓から外に出て行った。


マンションは3階だったが、

僕が窓さえ開けていれば、

クララの出入りは自由自在だった。


どの彼女にも(といっても

それほど多くの女性と付き合った

わけではないが)クララは懐かなかった。


 


クララを飼い始めて8年、

僕も社会人になって数年、

マンションのオーナーが変わった。



そして突然、ペット不可の

条件を突きつけられた。



しばらくは納得がいかず、

ごねていたが、

僕も、さすがに社会人で

ワンルームというのも手狭だな、

と思い、近くのペット可の

マンションに引っ越すことにした。



引っ越し屋のおじさんは、

トラックに荷物しか積めないと

言い張った。


仕方なく僕とクララは自転車で、

引っ越し先まで移動することとなった。


30分もかからない距離なので、

僕は余った段ボールにクララを入れて、

首だけ出せるように天井に丸い穴を開けた。



これが、いけなかった。




自転車で新しいマンションに

向かう途中、クララは

ニャーニャー鳴き続け、

信号で止まるたびに、

丸穴から首を出して、

大声で鳴いた。



信号待ちの人たちは、

いぶかしげに僕を見た。


どう見ても、要らない猫を

捨てに行く人非人な男にしか、

僕は見られていなかった。

僕は信号待ちの度に、

クララを段ボールに押しこんで、

丸穴を手の平でふさぐのだが、

自転車が動き始めてハンドルに

手をとられると、

クララはまた顔を出し、


「この人、アタシを

捨てるつもりなのよ!!」


くらいの勢いで鳴きまくった。





そんなドタバタ引っ越しが終わり、

やっとマンションに入ると、

クララは今度は用心深く

いろんなものの匂いを嗅ぎまわっていた。



が、荷物が前のマンションに

置いてあったものばかりで、

ついでに自分のトイレや爪とぎも

あることがわかると、

ホッとしたように、

南向きのベランダの窓辺でくつろいでいた。


僕も疲れきって、クララと一緒に、

窓辺の床に寝ころんだ。


春先の気持ちいい風が入って来る。

今度は5階なので、見晴らしもいい。


僕は春の風と、クララの温かい

体温を感じながら、

窓辺でウトウト昼寝をした。





しかし引っ越しをしてわずか1年半で、

クララは死んでしまった。


山田によると、他の兄弟たちも、

同じくらいの寿命だったらしく、

生まれたとき栄養が十分じゃなかった

のが原因ではないかと言って

自分を責めた。



「オレがあと2日早く、

あいつらを、うちに連れていって

やれればよかったなぁ」



10年近くも前の話を、

目がしらを熱くして語っている

山田がおもしろかった。



「実は、おふくろが怖くて、

公園で2日間、オレが適当に

ミルクやパンをやってたんだ。

でも、あんまり食べないし、

元気がなくなってくるし。

で、どうしようもなくて

おふくろのところに連れていったんだ」



「いや、お前はいいことをしたよ、山田。

な、クララもオレも、楽しかったよ」



そう言いながら、クララと過ごした日々を

思い出し、僕自身も目が熱くなってきた。



「おい、山田、今日は飲みにいこうぜ」


  


猫を偲ぶ会?を名目に、

僕と山田はいつになく飲み歩いた。



街角に、一昔前の女優のポスターが、

パトラッシュに似ている、

と山田は涙した。



「え?えらく美形なオス猫だったんだな」



「実は・・・」

と山田が語り出す。



パトラッシュを引き取って

くれたのが、今の彼女で、

もうすぐ山田と結婚する予定らしい。


「なのに、アイツ、

死んじまってよぉ・・・」


僕はどこが慰めどころなのか

イマイチわからず、



「結婚、おめでとう」

と小声でつぶやく。



山田も小声で

「ありがとう」

とつぶやいた。





マンションに帰って、一人、

僕はなんだか悲しくなった。

今、ここに、クララがいないこと

が純粋にさみしかった。





「また猫飼おうかな・・・」



会社でそうつぶやくと、

同僚の女の子が鼻で笑った。



「男も女も、この年から

ペットを飼い始めたら、

一生独身だよ」



口の悪い女の子だが、

入社当時から仲はいい。


クララの写真も何度か

見せたことあるが、



「うーん、うちのハナのほうが美人かな」

などと言っていた。


雌の犬を飼っているらしい。



「そのワンコは、元気にしてるの?」



僕の何気ない質問に、

彼女は、ははーん、と詰め寄って来た。



「猫がいなくなって

さみしいからって、私を

落とそうとしてる?」



あまりの無茶ブリに

僕は吹き出す。



「なんでそうなるんだよ」



「なんかそうなるんだよ」



「へ?」



「ご飯ぐらい付き合ってあげるから、

いつでも声かけてきなさいって」



僕はあっけにとられて、

立ち去って行く彼女を見つめた。


長年一緒に仕事をしてきて

こんなことを言ってくれたのは初めてだ。



クララが段ボールから

首を出して言っている。



「ほら、何してるの!! 

がんばれ、久仁生!!」



その母親にも似たクララのエールが、

僕の背中を押してくれる気がした。





                   了

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― 新着の感想 ―
[良い点] ただの猫かわいいお涙頂戴ストーリーじゃなくてそれぞれの人間模様猫模様が緻密に描かれていました。 改行が多めで読みやすかったです。 スマホで読むときはこういう体裁いいなあと思いました。
2020/09/01 20:07 退会済み
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