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MAESTRO-K!  作者: RU
S1:赤いビルヂングと白い幽霊
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3.エビセンの同居人

 シノさんを見送ったところで、俺は店の鍵を開けて表の掃除を始めた。

 すると、ビルの脇道からのっそりと、コグマが姿を表す。

 今朝の会話にも登場したが、コグマこと小熊(おぐま)(いたる)は、メゾン・マエストロの三階の住人で、飯田橋の駅の(そば)にある英会話教室の講師をしている。

 一見すると、金髪碧眼でムッキムキのプロレスラーみたいな感じで、どっからどう見てもガイジン以外のナニモノでも無いのだが、生まれも育ちも両親も日本製だ。

 とはいえ、数代前のジイサンだかバアサンだかにアングロサクソンが混ざっていて、先祖返りでそういう外見になっているんだと、シノさんが教えてくれた。


「おはようございます、タモンさん」

「おはよう、小熊さん」


 前述の通り、こいつの苗字は "オグマ" と読むのだが、身長が190cmに届きそうなムッキムキの大男が "小さい熊" なんて字面なもんだから、シノさんが面白がって "コグマ" と呼んでいる。

 釣られて俺もコグマと呼んでしまっているが、本人相手にさすがにそれは失礼過ぎるので、うっかり口に出さないように気を使っていたりする。

 ちなみにシノさんは "エビちゃんの部屋" と言っているが、3Bは元々コグマが借りた部屋なので、正確には "コグマの部屋" と言うべきだろう。


「今朝、柊一サンは?」

「即売会行って、もう居ないよ」

「えっ、出掛けちゃったんですか?」

「うん」

「じゃあ、カフェはお休みですか?」


 カフェというのは、MAESTRO神楽坂に併設しているマエストロ神楽坂のことで、声に出すと同じ名称だが、一応別の店である。

 基本的にシノさんが煉瓦窯で自分が食べたいものを焼いた時だけオープンする、幻のようなカフェだ。

 俺はカフェがオープンしている時は、フロアを手伝ったりもしているが、基本はMAESTRO神楽坂の雇われ店長で、カフェには口出しをしない立場だ。


「そうだね、休みだよ」


 コグマはなんだか、ものすごくガッカリしたみたいな感じで、おまけに深々とため息まで()いた。

 正直に言うと、俺はこいつにさほどの好感を持ってない。

 なぜなら、こいつがメゾンに入居した理由が、地の利が良くて家賃が安いってだけじゃないことを知っていたからだ。

 この男は、シノさんに気がある。

 といっても、今朝の会話でシノさんが言っていたとおり、こいつは電書ボタル(と言うのがなんなのか俺は良く知らないが)のように惚れっぽく、色白で美形の男ならなんでも好きな、大雑把なメンクイ野郎で、その広すぎるストライクゾーンにシノさんがちょっと引っかかっているだけ…なのだ。

 しかしモテの基本は体から! とでも言うのか、こいつは自分の容姿にめっちゃ自信があり、しかも声を掛けて相手がなびかなくとも、次があるからへっちゃら! みたいな強メンタルのリア充野郎なので、シノさんみたいに真っ向からお断りをしない相手には、何度でも懲りずに粉を掛ける。

 俺なんかコワくて声も掛けたくないエビセンを、美形というだけで自分の部屋にシェアさせてしまった勇気には、感服すらしてるぐらいだ。

 シノさんに気がある危険人物と言えば危険人物だが、その危険も大した危険レベルじゃないので、今のところは見て見ぬふりをしてるというか、俺は歯牙にも掛けていない。


「じゃあ今日は、一緒に夕食は無理ですね…」


 なんだか未練がましくそんなことを言って、コグマは出勤していった。

 メゾンはシノさんの趣味で、各部屋にもかなり立派なキッチンがあるのだが、自炊とは無縁のコグマは、商店街の飲食店あたりで適当なおかずを買ってきて、缶ビールで流し込む…みたいな食生活を送っているらしい。

 シノさんはコグマのことを、いわゆる "いじっていい相手" と思っているフシがあり、時々ペントハウスの夕食に招いてやったりしている。

 特にカフェを営業した日は、餌付けのためにキッシュを一切れ取り分けてやっていたりするから、コグマはカフェの営業日を、ことさら気にしているのだ。

 だが、今日のコグマはなんだかちょっと、いつもと違うような気がした。

 なんというか、キッシュが無いことが確定したがっかり…ではなくて、まるでシノさんに相談事でもあったのに、打ち明けるタイミングを逸した…みたいな様子だ。

 とはいえ、ヤツはヤツで俺のことを、シノさんを口説くのに邪魔なモブ…とでも思っているっぽいのに、俺がそこまでコグマの身の上を心配してやる義理も無い。

 俺は早々にコグマのことなど忘れて、開店準備に勤しんだ。

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