7.イケメン包囲網
「店員のコスチュームを揃えるなら、店の入口とかも少し雰囲気変えたほうがいいんじゃないですか?」
同じく猫に興味がないらしいホクトが相槌をうったことで、話の流れは完全に猫から離れる。
「何か提案があるのかね?」
「以前、海老坂と討論になったんですけど、店の入口に営業時間を掲示すべきだと思うんです。海老坂は三角ボードを押してましたが、俺はシックな木製看板を入口脇のライト下に出したらどうかと思ってます」
「だが、三角ボードは路地の奥の店の前に出しても、意味がないとおまえは言ったじゃないか」
「ああ。そしたら海老坂は、商店街に面している路地のカドに、三角黒板を置けばいいんじゃないかと言ったんだ」
「ふむ、三角ボードに本日のおすすめなどを記載するのは、効果的かもしれないが。しかし、路地の入口に置くのは無理だね」
「なぜでしょう?」
「それをするには、役所に道路の占有申請を提出しなければならない。申請はさほどの手間では無いだろうが、占有料を支払うことになると思う。確かに今は客を呼び込むことに注力する時だが、そうした金の掛かる方法を選ぶ段階では無いだろう」
「そんなら表に三角ボード立てるのだって、ダメなんじゃないの?」
俺は、ふと思った疑問を口にする。
「ビルの敷地内であれば、問題は無い」
「そっか。あ、黒板にメニューを書いたら、俺が客にメニューを口頭で告げなくても良くなるのかな?」
「口頭での説明は、メニューの詳細を伝える以外に、材料の鮮度やお勧め具合と言った紙面には記載してない細かなニュアンスをお客様にお伝えする大事な仕事なので、端折ることは出来ないよ」
白砂サンの返事に、俺は「あー、やっぱそーなるのネ……」と思った。
「そういえば、店の中の張り紙を撤去したんですね」
再び、ホクトが口を開いた。
「いや、撤去ではない。新しく、作り直そうとしている」
「新しく? なにか、問題が?」
「うむ。今までのものは店の方針にそぐわないからな」
その一言を、白砂サンはなんの気なしに発言したのだろうが、俺には結構グッサリと刺さった。
なぜなら、その "そぐわない" 張り紙を制作したのは、主に俺だからだ。
もっとも、白砂サンが言う張り紙の問題点は、シノさんがマジックペンで加えた大胆な修正とかの要因が大きいことも判っているので、俺は発言を控えた。
「俺が営業時間をペンで修正しようとしたら、全部撤去されちってさぁ!」
「どうしても残したいと希望のあった、アナログレコードプレーヤーの操作方法だけは未だ貼ってあるが。あれも出来れば、統一感を持たせて作り直したいのだが。デザイナーに頼むとなると、金が掛かると思うので、ちょっと考えているところだ」
「それなら、俺がしましょうか?」
「ああ、そうだな。天宮はセンスが良いから」
「しかし、相応の礼金も出せないが……」
「いえ、毎日弁当を作ってもらってますし、店で好きにいろいろさせてもらえるので、すごく勉強になってますから、むしろ俺が指導料を払いたいくらいです!」
ホクトはハツラツとそんなことを言ったが、本音は毎日敬一クンの顔を見に来る口実が出来ているのが "ありがとうございます" って感じだろう。
「そうかね? では、張り紙の内容なのだが、ランチの料金とスイーツのセットメニューの料金と…………」
そこで白砂サンは、ホクトに必要な情報伝達モードに入った。
俺はなんちゃってエプロンを脱ぐと、それをハンガーに掛けながら改めて上から下まで眺める。
これ一枚で、一瞬にしてギャルソンに早変わりするのは、それはそれで感心するし、確かにこれを使えば白砂サンの目指すお洒落カフェの雰囲気に、ますます磨きがかかるとは思う。
それに、最近流行りのネットの口コミみたいなものを見ると、エビセンとホクトの接待にウキウキしたカキコミがどんどん追加されているのだ。
時々見かけるパティシエがガイジンで、それがまた目の保養になる美形だとか、実はオーナーも大変なイケメンな上に、声を掛けると割りと気軽に親切応対してくれる……とか。
女性客には微妙に腰が引けている敬一クンに対しても、彼女たちの称賛の声は注がれている。
だが、常駐している俺へのコメントは、基本的に何もない。
別に女性客にもてはやされたい|訳じゃないが、見事なほどのアウトオブ眼中っぷりに、一抹の寂しさを感じているだけだけど。
そう考えると、このギャルソンエプロンを身に着けたあと、周囲のイケメンに対して俺はどんだけ見劣りするんだ? と考えてしまい、へこんだ気分になったのだった。




