2.メゾン・マエストロ【1】
赤ビルは、俺達が子供の頃からほとんど手入れをされていない、まるで廃墟みたいな場所だった。
実際、シノさんがサッカーくじの高額当選を果たして購入するまで、ほぼほぼ放置されていた建物だ。
神楽坂という場所は、そもそも街全部が路地路地しい路地で出来ているこちゃこちゃした場所だ。
よほどの老舗や、SNSを上手く使った宣伝でもしない限り、表通りで開店出来なければ継続するのが難しい。
飲食店なら、尚更だ。
だがこのビルには、一階に作り付けの煉瓦窯がある。
とゆーか、煉瓦窯を作りたいばかりにビル全部が赤レンガで出来ていて、 "赤ビル" の由来はそっからきてる。
元のオーナーがパンが大好きで、趣味のパン作りが高じてパン屋を始めたからだ。
しかしオーナーが亡くなり、パンを焼くヒトがいなくなったら、作り付けの窯と客商売に向かない地の利の悪さが最悪の相乗効果を生み、買い手が全くつかずに廃墟と化していたのである。
「シノさん、今日の即売会どうするの?」
即売会とは、アナログレコードの即売会のことだ。
毎月同じ日に開催されており、個人客も出入り可能だが、基本的には同業者が集まって仕入れをする催しで、場合によっては掘り出し物に遭遇するが、まぁ、そんな奇跡は滅多に無い。
「ん〜、今日は行く〜」
不思議なくらいシノさんは、こういう時に鼻が利くというか、勘が働く。
シノさんが行くと言うとそこそこの物が手に入り、乗り気で出向けば意外な掘り出し物を見つけてくるが、気が向かない時はむしろトラブルに見舞われたりするのだ。
今日の返事の具合だと、そこそこ良さげな商品が手に入りそうなんだろう。
売り手にとって最大のウィークポイントたる煉瓦窯は、シノさんにとって最大の魅力だった。
レトロモダンとは名ばかりのオンボロビルを、シノさんはサッカーくじの当選金でまるっと買い上げ、リフォームをした。
一階は、シノさんの趣味のアナログレコードの店 "MAESTRO神楽坂"。
併設のカフェは、件の煉瓦窯で焼き上げたキッシュを楽しめる "マエストロ神楽坂"。
つまるところ、即売会はシノさんの本業の "仕入れ" なんである。




