1.朝の恒例行事【2】
シノさん作のホットサンドに、インスタントコーヒーで朝食を整える。
かいわれの辛味とハムの塩味とチーズのクリーミーさが最高のホットサンド……なのだが、シノさんの食べているバナナの甘い香りが強烈で、途中からなにを食っているのかわからなくなってきた。
「そろそろ、敬一クンの部屋を整えてあげた方がよくない?」
「ケイちゃんの部屋なら、ちゃんと用意したぜ」
「いや、部屋はあるけど、ベッド無いじゃん!」
「なんだよレン。嫉妬かぁ〜?」
俺とシノさんの関係は、言うなれば友人以上恋人未満の状態だ。
と言うのも、シノさんは俺の気持ちを知ってるし、時に身体的接触もしたりしてるけど、いかんせんシノさんは、俺を恋人とは認めてくれていない。
いや〜な感じに、ニヤニヤ笑うシノさんに、俺はささやかなる抗議をした。
「敬一クンがシノさんに懸想するような子だったら、ベッドに一緒に寝るって言い出した時点で、同居に反対してますぅ〜!」
会話に出てきた "ケイちゃん" こと中師敬一クンは、シノさんの義弟【仮】だ。
なぜ【仮】なのかと言うと、敬一クンはシノさんの母の再婚相手の連れ子……つまりシノさんと血縁のない赤の他人だからである。
敬一クンは、この春に "赤門" に進学した、大学生だ。
容姿端麗、文武両道のデキスギくんで、日焼けした小麦色の肌が似合う古式ゆかしい二枚目である。
もっとも美男子ってのは往々にして年齢不詳なもので、敬一クンもまた18歳と言われると首を傾げるような、良く言えば大人びた、悪く言えば老けた外見をしている。
このデキすぎているぐらいデキている義弟【仮】は、進学先で父親と衝突し、半ば家を飛び出してきた……形になっている。
親父さんは、ハコイリ息子が住む場所も見つけられずにすぐにも音を上げると考えたようだが、ほとんど交流のない妻の連れ子の元へ転がり込まれて、致し方なく学費は出した……ってことだ。
「ケイちゃんさ〜、せっかくエビちゃんがメゾンに住むよーになったんだから、デートのひとつもすりゃいーのにな〜」
エビちゃんとは、このメゾン・マエストロに先日入居した敬一クンの友人で、シノさんが殊更お気に入りになっている海老坂千里のことだ。
シノさんは "エビちゃん" と呼んでいるが、俺は心の中でこそっと "エビセン" と呼んでいる。
「エビセンとデートさせたいなんて、俺にはシノさんがナニ考えてるのかさっぱりワカンナイよ」
正直に言えば、俺はエビセンがコワイ。
美少女みたいな顔をしている美青年なのだが、この男。
一見可愛い子猫に見えたものが、家に招き入れたら実は体長10mの化け猫で、気付いたら頭からバリバリ食われていた……みたいなタイプなのだ。
言っても誰にも解ってもらえないが、アイツは絶対、そういう性根をしている。
「エビちゃんって、イイ目をしてるじゃん。最高のカレシになると思うぜ! ケイちゃんみたいな天然サンには、ビッタシだよ」
シノさんは、その言葉とは裏腹な妖怪じみた「ケケケ」ってな笑い声を出す。
つまり、俺がコワイと感じているあの眼光を、シノさんは面白いと思っているってことなんだろう。
もっとも、敬一クンの天然っぷりを考えると、気の回るエビセンみたいなヤツがサポートに回った方が、イロイロ上手くいくのかもしれないが。
どっちにしろ、誰と付き合うか? なんてハナシは、当事者の問題であって、外野が口出すべきことじゃない…と、俺は思う。
「それなら、敬一クンのプライバシーを大事にして、部屋にベッド買ってあげなよ」
「出物の家具が見っかるまではムリ〜」
「なにそれ?」
「ケイちゃんは実家の援助受けたくないっつってるしー、俺も家具なんて金払って買いたくねェし、店の利益のほとんど全部、オマエの給料に払っちまってるしぃ」
「いなきゃ困るクセに…」
「それは知っちる。でなきゃ給料なんか払わねェっての」
シノさんはやっぱり、意味深な感じの笑みをニヤッと浮かべた。




