[序章]#2 異形からの逃走
そして、今に至る。
目の前では大型の異形が残虐の限りを尽くしている。
車内からは見知ったクラスメイト達の悲鳴や断末魔が聞こえてくる。
一瞬とも、永遠とも思える時間それを呆然と見つめていた僕は、足を動かすことも口を動かすこともできなかった。
ただ、異形の様子だけが少しづつ明確になってくる。
全身は3メートル近いだろうか。衣服や体毛はなく、深緑とも灰色とも取れるような邪悪な肌が露出している。
体躯に比べると異常とも言えるほど長い手と、大きく発達した手には鋭い爪が鉤のようになっており、その爪はバスの車体をまるで粘土細工のように引き裂く。
身体の中でも最も目立つのが、大きく発達した口だ。
人間と近しい形の、しかしその数十倍も大きいような、異常に白い歯が顔のほとんどを占めており、目や鼻がほとんど目に入らない。
邪悪さと醜悪さを具現化したような外見に、腐りきった残飯を鍋で煮詰めたような匂いが鼻をつき、胃の中から吐瀉物が戻り上がってくるのを感じた。
「やああああああ!!!!」
僕の隣で座り込んでいた女生徒が突然、大きな声をあげた。
それはバスケット部の長嶺さんだった。
横転したバスの後部座席の方からゆっくりと生徒達を引き裂きながら前進していた異形が、一瞬こちらを向く。
「桐川!!! 逃げるぞ!!! 長嶺を!!!!」
バスの方から生徒に肩を貸した担任教師、春日居の叫び声が聞こえた。
まさか、僕に、長嶺を連れて行けって言うのか?
「な、ながみ……」
「や! や! やだ!!! なんでこんな!!!!」
「長嶺さん!」
――パシン!
取り乱す長嶺を嫌悪の眼差しで見ていた僕。
その間に入り込んできた女生徒が彼女の頬を叩くと、僕の目を見て言い放った。
「しっかりして! 桐川くんも手伝って!」
クラス委員長の愛山だ。
愛山は真っ青で血の気の引いた顔をしながらも、長嶺の身体に抱きつき、僕にも手伝うように訴えかけてくる。
その眼差しに押され、僕は長嶺に肩を貸す形で彼女を立ち上がらせた。
「みんな、こっちだ!!!」
担任の春日居が森の奥から叫ぶ。
僕と委員長は長嶺を連れて、声のする方向へと走っていった。