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第二幕・四話

 風見さんを家に案内して、二人分のご飯を作って、お風呂に入れて、制服を洗濯機に入れて。

 様々な事を片付けて、ようやく眠れるようになった。


「ねえ、せんせい」

「なんですか?」

 

 私のお古の寝間着を着た彼女は、裾を掴みながら上目遣いで言う。


「……一緒に、寝たい」


 言われて頭が白くなった。だが、思う。彼女は寂しいのだろう。


「わかりました」


 ベッドの端に寄って、もう一人入れるスペースを創ればそこに猫のように彼女は潜り込んでくる。

 暖かかった。人の体というものは、こんなにも温いのか。


「ねえ、せんせい……」

 

 その声はいつもとは違う声だった。いつもの飄々とした声じゃなくて、今にも泣きだしてしまいそうな声。


「これから、どうしよ」


 言葉が途切れる。小さな手が私の体に回される。ぎゅっと彼女は、私を抱きしめた。


「わたしね、わかんないよ。これまでも、これからも」


 ぽつりぽつりと、風見さんは話し始める。自分のこれまでの過去を。


「あたしね、お父さんがいないの。あたしを生んだ後、お母さんと喧嘩して、出て行っちゃったんだって。それから……それからずっと、ずっと怯えながら生きてた。何かするたびにお母さんに怒られて、殴られた。そんな中で、テストでいい点とった時だけはあたしを叩かなかった。だから、勉強は頑張った。けど、気が付いたらいい点を取るのが当たり前になっていて、点数関係なくあたしを叩くようになった。頑張っても、意味なんてなかった。全部が嫌になって、死のうとも思った。けど、死ぬのは怖かった。生きていたいって、思った。でももう、どうやって生きればいいのかも分かんない。生きるのも、死ぬのも、戻るのも怖い……ねえ、せんせい。あたし、どうすればいいの?」

 

その叫びを聞いて、思わず抱きしめていた。


「私が、一緒に見つける。風見さんのしたい事を……だから大丈夫」


 あの頃……高校時代の私も、この先どうなるかなんて分からなくて。

 もしかしたら、今だって分かっていないのかもしれない。それでも、先生の言葉は覚えている。


「せんせい……ほんと?」

「本当」

「なんで?」


 疑問の声に、はっきりと答える。


「だって、先生は、それを手伝うのが仕事だから」


 私の胸に残り続ける炎。口に出して改めて。

 私が今したいことが、するべきことが、見えた。


 朝日が差し込む部屋の中。一人じゃないという感覚で、思い出す。

 昨夜、風見さんを家に連れ帰ってきたという事を。

 彼女は穏やかに眠ったままだった。体の所々に見える痣が、痛々しかった。怒りが、こみ上げてくる。


 私は彼女の寝顔を見ながら、今日することをリストアップする。

 まずは……児相と学校への連絡か。

 ベッドから出て行動を開始する。私にとって、今までで一番忙しい一日が、始まった。


 まず、出勤。学年主任に平謝りしつつ、風見遥が虐待を受けている事を報告。


「虐待、ですか……ですがそれは、家庭の問題で、教員が手を出すのは……」


 話にならなかった。児童相談所に直接電話をして、今は私が保護している事と彼女の家の事を伝えた。

 事は思ったよりも簡単に進んだ。虐待を遥の母親が否定しなかったからだ。

 遥本人の願いで親権は消失し、彼女は風見姓を残したまま一時的に施設へ行くことになった。

 ここからが、大変だった。学校内で私のした事の後片付けでてんやわんや。結果として私は混乱の責任を取る形で別の学校へ移ることになった。


 そして、それと同時に私は遥の後見人になるために手続きをしていた。

 親権の喪失、現在は施設に居るという事、そして彼女の親は親族からも見放されていた事……そして何よりも、遥本人の強い希望により、時間はかかったものの私は正式に風見遥の後見人になったのだった。

 つまり……遥は私の家族になり、同居人になったのだ。


***


「せんせい!」


 私に一直線で突っ込んでくる彼女を受け止めて。抱きしめる。彼女は私の胸に頭をぐりぐりと押し付ける。


「お待たせ」

「うん」


 少しだけ、施設で過ごした彼女。変わらずに勉強はさぼり、自由気ままに過ごして施設の職員の手を焼かせたらしい。

 そして私は今から、そんな問題児を家に迎え入れる訳で。何とも先が思いやられる。


「ちゃんと学校、行くんですよ」


 遥は学校が変わらない。だから行く場所は別々になった。

 彼女は私をまっすぐ見つめながら満面の笑みで言う。


「先生のいる学校なら行く!」

「ちゃんと今の学校に行きなさい」


 柔らかな頬をつねる。彼女は私の手を避けるように、ぐるぐると回った。


「じょうだんじょうだん……だから、ね。 ちゃんと手伝ってよ?」


 私の一歩前に立ち、私の目を見る。真剣で、希望にあふれた瞳だった。


「私の生き方、見つけるの」


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