第六幕・三話
目の前で考え込む遥。目を瞑り、考えて……もやっとした顔のまま、胸の内を話してくれる。
「そう、だなぁ……どうやって、距離を詰めればいいんだろう」
言った後も、考え込んだままの遥。
「距離、詰めたいの?」
彼女の気持ちを、ちゃんと確認するために続けて聞く。
遥は覚悟を決めたように一度頷いた後、語り始めた。
「もっと、先生と一緒に居たい。もっと、先生の傍に居たい……もっと、先生の大切な人に、なりたい」
遥の言葉が熱を帯びていく。その恋の眩しさが、羨ましかった。
「……けど、どうしたらいいのか、分かんないよ」
遥の言葉を聞いて、思わず僕は笑ってしまった。人の悩みには、こんなに簡単にアドバイス出来るのに……自分の悩みには悩み続ける。そんな姿が滑稽で。
「ふふっ……おかしい」
「なにが、おかしいの」
「だって」
指を突きつける。
今、あなたが語った悩みは……さっき僕が話した悩みと一緒で、遥が解決してくれたもの。
「さっき、言ってたじゃん。『あたしだったら、言うよ』って」
「言ったよ……言った、けどさ。それを先生に伝えてもいいのかな? 困らないかな……?」
きっと……遥みたいな可愛い子に告白されて困る人なんてそうそう居ないだろう。
いや、確かに同性は悩むだろうけど……けどそれはきっと、関係無い。
人を好きになって、それを伝える事。それ自体を嫌がる人なんて、いない。だから。
「いいじゃん。好きって言われて、嫌な人は居ないよ」
投げかけた言葉。遥の瞳に、光が差し込む。それでもまだ、戸惑う声。
「……いい、のかな。告白、しても」
僕は背中を押すように頷いた。遥の瞳に、力が戻る。
「ありがとう、美冬。あたし……先生に、告白する」
覚悟を決めた顔。僕だって、遥のおかげで決意を固めることが出来た。
「僕こそ、ありがとう。聞く勇気が、持てたよ」
互いに笑いあう。気分はさながら、獲物を狙う肉食獣だ。
「じゃあ、こんなことしてる場合じゃないね」
「そうだね」
僕らは合図もなく、同時に立ち上がった。
店を出る。向いている方向は違ったけれど、目指している場所は同じ。
「健闘を祈るよ」
背中を向けて、手を振って。歩き出すと、背中にかけられる声。
「そっちこそ」
その言葉を聞いて、一度振り向いて笑った。日は沈み、宵闇が街を染め上げる。
その中で、遥の笑みは夕日の様に光り輝いている。
「「じゃあ、また」」
走り出す。雪乃先生はまだ保健室にいるだろうか?
後ろからは同じように駆けだす音。その音を聞いて、思った。
また遥と、話せたらいいなと。
***
学校の中に駆け込む。校門を潜り、部活帰りの生徒たちの間を縫って走る。
保健室には明かりがついていた。まだ、先生は居る。
昇降口を通り、上履きを履いて……保健室の、扉の前。
息を整えながら、今までの事とこれからの事を考える。
僕は、先生の事を幸せにしたいと思った。守りたいと思った。
……あの時、先生の事を守った時初めて自分が自分なんだと思うことが出来た。
そして、それを教えてくれた先生がまた好きになって、恩返しがしたくて。
けど、あの時はまだ先生の恋人になる勇気が無かったから。
だから、待っていてほしいって言ったんだ。
僕はまだ未熟だし、相応しい自分になれたかと聞かれたらはいと答えることは出来ないと思う。
けど、それでも言いたかった。取られたくない。ちゃんと告白して、見てほしいって。
もう一度深呼吸。吸って、吐いて……前を見た。
ノックする。帰ってくる、優しい声。
「はーい」
何度も何度も聞いた声。
いつもなら落ち着くその声も、今の僕にとっては緊張を助長させる危険なもの。
震える指先。動揺を隠しながら、声を出した。
「失礼、します」
扉を開けると、帰り支度をしていた先生は驚いた表情をする。
「……どうしたの?」
どうやって切り出せばいい。この想いを、感情を。
衝動のままに先生に近づく。じっと顔を見つめた。その鳶色の瞳も、整った顔も、桜色の唇も何もかもが綺麗で、思わずまた言葉を失うところだった。
口が乾く。頭の中は真っ白になって、心臓は破裂するんじゃないかと思うくらいにうるさい。
それでもなんとか、なんとか言葉を絞り出した。
「先生。大切な話が、あるんです」