召喚した聖女の精神状態がやばい
こんな救世主いやだなぁ
ハーヅ王国の王都ヘルジア、国中の技術が集結する都。その中心に位置するグルムンド城。歴史を感じるその荘厳な出で立ちは国民の誇りであり心の拠り所でもあった。
ここは城の内部である謁見の間。王が功を立てた人物に褒賞を与える時や嘆願に訪れた人々の話に耳を傾ける時に使う立派な広間である。
その豪華でありながら堅実さも兼ね備えた場所にて、きのこが生えそうなほど鬱屈とした雰囲気を放つ異様な人物がいた。
「マジ無理……死ぬわ…………」
「せ、聖女様、お気をたしかに…」
ナルセ ミヤと名乗ったその少女は異界から召喚したこの世界を救う救世主である。……そのはずである。
ハーヅ国よりさらに東、そう大きくない孤島に魔王が封印されている。それは幼い頃に聞かされる寝物語の中で語られてきたおとぎ話のようなものだった。しかし、それが本当であるとわかったのはその孤島が酷く禍々しい雲に覆われ紫色の瘴気を放ち、たちまち大陸に存在する魔物たちが活発に動き出したからだ。それにより地方に位置する村や街が壊滅的な被害をうけている。
おそらく復活した魔王によりもたらされていると予想されているが、実際に魔王の姿を見た者は確認されていない。それはその孤島に向かわせた人間が誰一人として戻ってこないからである。
これは異常事態であると国の中枢にある私たちは夢物語と考えられていた魔王討伐の資料を調べあげ、ひとつの打開策を提示した。それが召喚の魔法陣だった。
異界より人を召喚し、絶大な力を持つその人物に魔王を討伐してもらうというものだった。かつて魔王を封印したという勇者もこうして呼び出された者だったらしい。
藁にもすがる思いで試した魔法陣だったが、それは見事に成功した。魔法陣が強く光り、召喚に成功した、これで世界が救われると一同が喜びに湧いたが、すぐに表情を怪訝に曇らせる。それは魔法陣の中心に座り込んでいた少女が滂沱の涙を流していたからだ。
ただならぬ様子に声をかけることもできず、見守っていると彼女はキッと顔を上げ叫び声を上げた。
「ユウマのバカやろおおおお!!!!」
城の中に響き渡ったその言葉。それは恨み辛み悲しみ、様々な感情の混ざった渾身の叫びであった。
×××
「いつから浮気してたの?もしかして私と付き合った時から?あの時ミヤだけだとか言ってたくせに、許せない許せない許せないユルセナイ……」
「あ、あの、聖女殿……」
「しね」
「……」
そう一刀両断された宰相は助けを求めるような顔でこちらを見てくる。やめろ、こっちを見るな。俺も相手をしたくない。
だめだこの女、情緒が不安定すぎる。これが謁見の間に集まった人間全ての総意であった。
召喚に成功してからずっとその場でボタボタと涙を流す彼女を無理やり部屋へ移動させ、彼女の名前を聞き出した。城の侍女の1人がどうにか涙を止めようと慰めるととてつもない勢いで愚痴を吐き出し、『あいつ絶対殺してやる!!!』と声を張り上げそのまま倒れて眠ってしまった。
彼女が泣いていた原因は付き合っていた男にあるという。簡単に要約すると、相手がどうやら浮気をしていたようで捨てられてしまったという男女間のいざこざにはありがちな話だ。
話を聞いてみたらその相手の男というのは確かにひどい男だとは思う。付き合って3年目、結婚も考えていたらしい。顔もよく、経歴もいい男だったらしいが、別の女と浮気をし、さらには貰ったプレゼントは別れた彼女の物だった。見事なクズっぷりだ。叩けばあと他に何人か女が出てきそうだと彼女が話していた。
だが、ここまでの取り乱しようは困惑という他ない。一同ドン引きだ。
たしかに勝手に召喚したのはこちらであり、召喚する相手も生活があっただろうに申し訳ないと思っていたし、責められるのだって覚悟の上だった。
だが実際は予想のはるか斜め上を行く事態に陥っていた。さすがに召喚した時が浮気相手との情事の最中に突入というTHE・修羅場だとは思わなかった。まさにバッドタイミング。運命の神を呪いたい。
一夜明け、どうにか平静を取り戻したかのように見えた彼女は、部屋の隅でブツブツと恨み言を吐き出す機械となってしまった。しかし、王が落ち着いたなら呼び出せと言うため仕方なく謁見の間に連れてきたのだ。
昨日よりはまだ意思の疎通が容易ではあったが、部屋の中央にいたはずの彼女は自然と後ろへと下がっていき、いつの間にか隅で膝を抱えて隅に座り込んでいた。
「ナルセ ミヤよ。しばし私たちの話をだな……」
「聞いてたわよ。魔王を倒して世界を救え、だっけ?」
「あ、ああ、そのとおりだが」
「無理に決まってるじゃない。私、普通の女子高生よ?ちょっと空手をやっていたくらいの」
背中を丸め、こちらを見ずにミヤはそう言った。ジョシコーセーがなんなのかはわからないがお前は普通では無いと思う。いや、もしかしたらそちらの世界では普通なのかもしれないが。……それが普通の世界って嫌だな。
「とはいえ、私たちの希望はあなただけなんだ。どうか協力してくれないか?」
「若干17歳に何期待してるの?いい歳したおじさんが」
「うぐっ……」
たしかにその通りではある。再び涙目の宰相がこちらを見てくる。目を合わせないように俺は天井に描かれた絵画を眺めていた。
「もしかしたら世界を渡ったのだからなにか力が目覚めたかもしれないだろう?」
「……ああ、厨二病か」
ミヤは振り向いて可哀想なものを見るような眼差しで宰相を見つめる。チュウニビョウがなにかは知らんが、宰相はもうタジタジだ。やめてあげてくれ。
「……ミヤよ。どうしても魔王討伐に協力するのは無理か?」
「えっ無理みが強い。というか、帰らせて欲しいんだけど」
集まった人々が顔を見合わせ小さな声でささめき合う。王も顔を顰めたのがわかった。それもそうだ、誰も言いたくはないだろうな。その様子に何かを悟ったかのようにミヤは再び膝を抱いて顔を埋めた。
「それは私から説明しよう」
仕方ない、と1歩前に出る。元々中心となって計画していたのは王子である俺なのだ。先程までは宰相が自分が説明すると意気込んでいたため任せていた。だが、これはどうにもならなさそうだ。たしかにこの女は扱いづらいためこうなるのもわかる。俺だってそんな相手にしたくない。
「かつての世界には戻ることは出来ない。これからこちらで暮らしてもらうことになるだろう」
「そうよね〜。うんうん、そんな感じがしてたわ……いや無理……いっぺん殴りたかった……私の往復ビンタが火を吹くぜ……」
そういって彼女は再び自分の世界に入ってしまった。なにかブツブツと呟いているようだ。
しかし、思っていたより戸惑いが少なそうだ。これが一番の懸念事項だっため取り乱さないのはありがたい。
それでも心の整理は必要かと少し様子を見ていると、突然立ち上がりこちらまでつかつか歩いてきた。
「あーわかった。よぉぉおくわかったわ!やってやるわ、やってやろうじゃないの!」
突然の心変わりと勢いに総員肩をビクつかせた。よく見たら真っ黒の瞳が完全に座っている。──なにかやばいものを目覚めさせてしまったのではないか。そのように感じるほどの存在感であった。
「その魔王をユウマだと思って、殴って殴ってぶっ倒してやる!!!!」
その様子に全く知りもしない男の罪を背負って殴られる魔王もかわいそうだなと、全面的に被害を受けている側としてはおかしい感想を抱いてしまった第一王子 アルベルトであった。
×××
「っしゃオラァァァア!見たかァ!!!」
あの強烈な出来事から早数年。俺たちは魔王城にやってきていた。
ちょうど今ミヤが先制グーパンで魔王を沈めたところだ。魔王は腰を曲げながらもうぐうぐと呻いているため、どうやらまだ意識はあるようだ。
「き、貴様、話の途中だっただろうが……!!」
「何舐めたこと言ってんのよお前」
心底不思議だと言わんばかりの顔してミヤが魔王を見る。そればかりか煽るかのように手のひらをくいくいとまげ、かかってこいと挑発する。
話の途中だったというか、話す間もなかったというか。“よくき”といった所で殴られたため、おそらくだが“よく来たな、勇者たちよ!”とでも言いたかったのだろう。かわいそうに、ミヤは待ってあげるような優しさは持ち合わせていない。あるのは元カレへの憎悪のみだ。
彼女が魔王討伐を決心してからいくつもの訓練を行ったが、ミヤは凄まじい速度で強くなっていき、1ヶ月後には城の誰にも負けることは無いという状態になっていた。
人とは思えぬ速度に少女の細腕からくりだされる岩をも砕く怪力。これは化け物と言って差し支えないように思う。だが、魔王討伐にあたって頼もしいことこの上ない。城の兵士たちは希望の瞳をして投げ飛ばされていた。
そして魔王討伐には俺も同行することになった。これでも剣の腕前は自信がある。もうミヤの前で砕かれてしまったが。他にも回復魔法の得意な僧侶エリアス、様々な魔法を扱う魔道士ナーシャ、この4人で各地の魔物を倒しながら魔王城へと向かったのだった。
「オラオラオラァァ!ユウマコロス!!!女を侍らせやがって!!!!」
「ま、まて、ユウマとは一体ぐふっ」
「待たんわアホタレ!」
俺たち要らなかったのでは?と思うほどおいてけぼりだ。この状況に他の2人はお茶を飲み出している。いつもそうだよな、お前ら。自由人か。そう思って見ていると魔道士のナーシャと目が合った。
「アルベルト様お茶いかがですかぁ?お菓子もありますよ」
「お、ナーシャ殿、茶葉を変えましたかな?前のも美味しかったですが、こちらもまたいいですね」
「でしょ〜?エリアスさんわかってるねぇ!」
「……俺は遠慮しておく」
さすがに打撃音と呻き声と怒鳴り声の中、優雅に茶を飲めるほど俺は図太くできていない。
ちら、とミヤたちの方を見る。魔王は何連続も蹴り付けられ宙に投げ出されたかと思うといつの間にか上に回ったミヤに地面に叩きつけられた。
かわいそうに、完全にサンドバッグにされている。オーバーキルもいいところだ。これはミヤってる。
「しねぇえええ!この、女の敵!!!」
女の敵というよりかは人類の敵である。こうして見てるとどちらかというならミヤの方が人類の敵なのではなかろうかと思えてくる。いや、そんなはずはないんだが。
一方的にいたぶられる魔王に憐れみさえ感じてきた。ほんと、止められなくてごめんな……。
しばらくするとボロ雑巾のようになった魔王とイノシシのように息を荒らげるミヤが立っていた。窓の外の瘴気はとっくに晴れている。どうやらミヤはようやく満足したようだ。振り返った顔は満足気に鼻息をつき、ツヤツヤ輝いている。
「ナーシャ!アルベルト!エリアス!」
「ミヤお疲れ様!」
立ち上がったナーシャとミヤが抱きしめ合う。ミヤの拳と頬に血がついていなければただの美少女どうしの抱擁なんだがな。
「さすがミヤさんですね。あなたならやれると思ってましたよ」
「……よくやった」
「ありがと、エリアス、アルベルト!」
やり方はオーバーキルすぎて酷かったが、たしかにミヤは世界を救った救世主だ。一国の王子として褒めないわけにはいけない。
肩を抱き合う3人をしり目に魔王へと近づく。ボロボロになってしまった魔王だが辛うじて意識は残っているようだ。
「……ゆう、しゃ、」
「うちのが悪いな。お前が痛めつけてきた人間の恨みとでも思って受け止めてくれ」
「ゆ、まとは、いったい……」
「…………あいつの浮気した元カレだ」
そう伝えると今度こそ力尽きたのかがくりと頭が沈み、粒子となって弾けて飛んだ。魔王って魔物の1種だったのか。
何とはなしに手を合わせ目を閉じる。おつかれ魔王。そしてどこにいるかもしれないユウマよ。どうかお前の元カノを回収してくれ。どこからか殺す気かあああ!!という声が聞こえたような気がした。
だよなぁ、そうだよなぁ、とミヤの戦う姿を思い出す。まあこれからは冒険者にでもなればちょうどいいような気がする。普段は案外良い奴だが、怒った時が手をつけられないためあまり面倒はみたくない。そんな事を考え、しばらくしてから俺は3人の元へと戻ったのだった。