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第1話.あぁ、今日俺は死ぬんだ

注・コメディです。

第1話.あぁ、今日俺は死ぬんだ


「はぁ、やっと全部終わった」

帰りの電車の中でため息と同時にそんな言葉が出た。


時刻はもうすぐ23時30分。ちょっと早い終電の中に乗客は俺一人。

ぼんやりと、窓から田舎の風景を眺めながらこれまでの事を思い出す。


本当…色々なことがあったな…。


大学を普通に卒業してから、今の会社に入った。

どこにでもある家電量販店。バイトで接客業を経験してたので楽勝だと思っていた。

だけど、実際はそうじゃなくて俺のちっぽけな経験なんて何の役にも立たないと思い知らされた。

そこから心を入れ替えてただただ必死に働いてきて、もう6年…いやまだ6年といったほうがいいのか。何もわからなかった1年目が昨日のことのように思い出される。

沢山の先輩に迷惑をかけたな。

俺の店舗の社員の数は少ないながらも、チームみんなで愚痴を言いあったり励ましあってやってきた。

入社5年目にして若輩ながらチームのリーダーに抜擢された。

最初はちょっとはしゃいでしまった。

入社して以来ずっと尊敬している先輩に並べた!これで恩返しができる!って。


けど


俺がリーダーになると入れ替わりで、尊敬していた先輩が会社を辞めた。

後から聞いた話だと、鬱を患っていたそうだ。

先輩が辞めた後、一度会いに行こうと思い連絡したことがあった。

けど電話に出たのは先輩じゃなく、先輩の弟さんだった。


兄は家の外に出るとパニックになるから今は自宅療養中だ。もう電話もしないでくれ。

それと2度と兄と関わらないでくれ。


ショックだった。

俺がチームリーダーになるって報告した時もあんなに喜んでくれていたのに。

俺が初めて実績を上げた時にはあんなにも嬉しそうにしてくれていたのに。

俺が入社してこのチームに所属が決まった時に「初めまして!一緒に頑張ろうな!」って優しく声をかけてくれて、

普段から緊張をほぐすためにジョークやギャグでずっと場を和ませてくれていた先輩が!


だめだ、涙が出そうになる。

年を取ると涙腺が弱くなってだめだな。


そんな先輩の退社を乗り越えた先は地獄だった。

本部からの無茶なオーダー。

数字にこだわる、というのは解る。

会社だから利益を求めるのは当然だし、その為に俺たち社員はアイデアを出しながら頑張るものだ。

だけどさ、コスト削減の為に給料を減らすのは意味が解らない。

前年対比の売り上げ目標110%なんとか達成したよ?なのに何故給料が下がる?

そりゃベテラン社員ほど辞めていくよ。

リーダー手当が1000円?1000円の為にチーム全員分の責任を負ってひたすらサービス残業。

結果終電を逃してタクシーで帰り深夜料金3000円を払う。当然タクシー代は自腹。

なんで1000円もらって3000円のタクシー代を払ってるの?

専務が店に視察に来るという通達がある度、皆で夜を徹しての売り場つくり。

一般社員までサービス残業の挙句、専務の「店の棚配置が気に入らない」の一声で、二日目の夜通し作業。

現場を分かっていない専務指示のおかげで、盗難は約1.5倍増。どれも棚の配置変更した商品ばかり。


気が付けばチームメンバーは入社時の半分になっていた。

そこから更に店長の無茶な指示。

去年よりも人数が足りない状態で、去年よりも売り上げを伸ばす!

ベテランがどんどん辞めていき、若いメンバーばかりのこの状況で?どうやって!

一度店長に直談判したことがあった。

足りぬ足りぬは工夫が足りぬ!と一喝されてしまったが、いや人が足りないんだよ!って何度言いかけたか…


そんな中、無茶をしすぎた6年目。気が付けば知らないベットの上で目が覚めた。

確か、今は朝の責任者朝礼の最中だったと思うのだが…とかぼんやり考えていると看護師さんが来てくれた。

ん?看護師さん??


「先生~患者さん意識が戻られました!」


…話を聞くと朝礼中にいきなり倒れて救急車で運ばれたそうだ。

ヤバイ、全然記憶にないぞ…。


結論から言えば、過労とストレス、あとついでに逆流性食道炎もだそうだ。

確かに最近、体調は悪いと思っていた。

夜はなかなか寝付けないし、食事に至ってはちょっとご飯を食べるだけでものすごい吐き気に襲われる。

でも何か栄養をと思ってゼリー飲料を買って飲むも、全部を飲み切る前に吐きそうになる。

経口補給水だけは何とか飲むことが出来たが、5,6時間かけてペットボトル一本飲み切るレベル。

医者に行こうにも休みの日は家から出る気力もわかず。

むしろ出ようとすると動悸が激しくなり呼吸が荒くなっていくのが自分でもわかる。


もう限界だった。


今ある有給休暇を使ったら、退職しよう。

次の仕事を探す前にちょっとだけ療養しよう。

そうだ、彼女が欲しいな…今までずっと働きっぱなしで女の子と知り合う機会もなかったし…

もうすぐ魔法使いになっちゃいそうだゼ!テヘペロ!!

あーでも無職の彼氏は嫌がられるから、次の仕事が決まってからつくろうか。

どんな子がいいかな。個人的にはショートカットのボーイッシュな感じが好みだが…

黒髪ロングの清楚な感じもいいなぁ。


なんてことを考えていて、そしてついに今日。


「店長、今まで本当にお世話になりました」

「木多喜リーダーもお疲れ様。入社して何年だっけ」

「はい、6年目になります」

「そうか、次の仕事も頑張ってね」

「ありがとうございます」


という非常に簡素でお決まりな感じのやり取りをして最終日を無事に終えることが出来た。

引継ぎもすべて終わったし、あとは残ったメンバーでやっていける…か?

心配だ、ただでさえ人が少ないのに俺が抜けてさらに皆の負担がやばいんじゃ…


俺は結局逃げているだけなのでは?と自己嫌悪に陥りそうになる。

あの労働環境は改善されていないのに、俺だけが体調を壊したという理由でそこから抜けて皆に迷惑をかけるのでは。

俺がもっと完璧に業務をこなせていれば皆の負担も減ったのでは。


あぁダメだ。思考がマイナス方向に進んでいく。

胃がシクシクといいだした。

俺はカバンから胃腸薬を取り出し口に入れる。口中即効タイプのやつだ。

水が無くても口の中ですぐ溶けて、しかも効果はバッチリ。

薬剤師さんがいるお店でないと買えないのが難点だが、これが今では手放せない。

もう立派な胃腸薬中毒者だ。


「次は~終点~さかえ~栄~で~ございます~」


車内アナウンスの声でハッと我に返る。

あぁ、もう駅に着くのか。通いなれたこの通勤路もこれで最後かと思うとちょっと感慨深いものがある。

長年愛用していた黒い鞄、その名も「グレムリンくん」を手に取った。


電車から駅に降り立つと、この季節にしてはやけに涼しい風が頬を撫でた。

ん?今日は珍しいな…とぼんやり考えながら、駅を出て家路につく。

今日は金曜日の夜。たしかに田舎の駅だから人が少ないのはわかるが、電車でも俺一人だった。

いつもなら他のサラリーマンとか酔っ払いがいるものだが、今日は全然見かけない。

それに…静かすぎる。駅前、住宅地、ちょっとした田んぼからは音が一切しない。

夏も過ぎて秋になろうという時期だが、虫の声が全然聞こえてこない。


俺の靴音だけがやけに大きく聞こえる気がする。


なんか不気味だな。


あの閉店した後そのままになっている元コンビニの角を曲がると俺のアパートに着く。速攻で寝てしまおう。風呂は今日はいいや。

明日の朝起きて入ろう。あぁ、明日からは昼に起きてもいいのか。


そう思いながら角を曲がると、家の前の街灯の下に一つの影が見えた。


と、同時に俺はその場から動けなくなってしまった。


何だアレは…


全身から冷たい汗が一気に噴き出す。

街灯まではまだ距離があるのでしっかりとは見えないがその影は明らかに人間のそれでは無かった。

何といえばいいのか…コケシのようなものから何本もの触手が生えている。そんな影だった。

その触手が不気味にゆっくり蠢いている。


「******.*****」


目の前の影は何かは聞こえないが言語っぽい言葉をつぶやいている。

逃げなきゃ…


心の中では危険警報が鳴り響いている。が体にはその信号は届いていないらしい。

一切体は動かない。瞬きや息をすることだってできやしない。


不意に目の前の影がこちらを向いた。いや向いたかどうかはっきりと確認したわけではないが、こちらに向いた事は直感で分かった。


今、動かなきゃ死ぬ。


影はゆっくりとこちらに近づいてくる。

パニックになりながらもどうにか動いてくれた手で太ももを思い切り叩く。

痛い。大丈夫、足の感覚はある。動く!これなら逃げれる!

俺は本当にパニックに陥っていた。


だから俺は、俺の背後から近づくもう一匹の異形に気が付かなかったのだ。


「******,******.****************」


不意に背後から聞いたことのない言語が飛び込んできた。

反射的に振り返った俺が見たものは…身長が俺くらいある二足歩行のナメクジ人間だった。

皮膚の色は死んだ人間のように灰色。

水に濡れているのか、不気味な光沢を放っている。

頭部からはナメクジのように触覚が2本突き出しており、顎のあたりからは小さな無数の触手が蠢いている。

ナメクジ人間はぬめぬめとしたその手を俺に向かってゆっくりと伸ばしてくる。

「助けて!」と大声で叫ぶはずが、俺の口からは何も言葉が出てこなかった。

口の中が一瞬でカラカラになる。

喉の奥からヒューヒューと乾いた音がした。


あぁ、今日俺は死ぬんだ。彼女いない歴=年齢のまま死ぬんだ。

決して給料は多かったわけじゃないけど、使う暇がなかったから貯金はある程度ある。

女の子とイチャイチャできるお店に行けばよかったかな…

いや、やっぱイチャイチャするにしてもちゃんと好きになった人とイチャイチャしたいし、お店はやっぱりいいや。

怖いし。

となると貯金は家族に渡しておきたかったな。

父ちゃんと母ちゃん、あと妹に。うまく3等分してくれるかな。

あ、でもでもパソコンは中身を見ずにすべてのデータを消去して闇に葬って欲しいな。

特に母ちゃんと妹にだけはショートカットっ娘フォルダは見られたくない。

父ちゃんは笑ってくれるだろうが。

あ、そういう遺言を書いてけばよかったな。マジ失敗した。

それとあとは…悪魔転生IFロワイヤルをクリアしてない!

前作は100時間以上プレイしてやりこんでるのに…


現実逃避している俺の肩にナメクジ人間の手が触れた。


プツン


俺の中で決定的な何かが切れて、俺は意識を闇の中に放り投げた。

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