エリックさんとの対戦
No217
エリックさんと対戦
フローラさんのお母さん、エリーザさんとの顔合わせが終わった数日後。俺は、錬金術ギルドのギルバートさんに呼ばれてハルジオンコロッセオに来ていた。
ハルジオンコロッセオがある場所は冒険者ギルドが所有していた資材置き場を改装築して造られた場所で今では立派な舞台と観覧席が作られている。
「いやぁ、急に呼び出しをしてしまってすいません!」
「いえ、大丈夫ですよ。こっちも今はする事がないですからね。それに、ハルジオンチェスがどうなってるのか気になってましたし」
俺とギルバートさんはそう言って軽い挨拶を交わした。
「今日は、最終確認も含めてセイジロウさんには対戦者として立ち会ってもらいたくて呼んだんですよ。いや、呼び出されたと言うべきですね」
「最終確認ですか、するとついに完成ですか。それと、呼び出された? 確かに呼ばれましたけど--」
と、ギルバートさんと話をしてるときに後ろから聞いたことのある声がした。
「ほっほ、呼び出してすまんの、セイジロウ」
「....なるほど、呼び出されたとはこういう事ですか。構いませんよ、エリック様」
俺は振り返りそう言った。
「様はいらんよ。今は隠居したただの年寄りじゃ」
「ただの、ですか(まぁ、エリックさんがそう言うなら)...分かりました。それからギルバートさんは」
「もちろん存じてますよ、前領主様です。が、本人の希望通りにエリックさんとお呼びします」
「そうしてもらえるかの。さて、セイジロウも来た事じゃし、少し話をしようかの。あっちに席を用意したからついてきてくれるかの」
エリックさんに言われて、俺とギルバートさんは用意されたテーブル席まで行くと、椅子に腰を下ろた。
ギルド員とみられる人がお茶と焼き菓子を用意し、話の準備が整うと話が始まった。
「それで、お話とはなんでしょうか? エリックさんがここまで来るということはそれなりな事情があるんですよね?」
俺はエリックさんの顔とギルバートさんの顔に視線を送った。
エリックさんはにこやかに、ギルバートさんは少し苦笑いを浮かべていた。
「ほっほ、そんなに構えなくて平気じゃよセイジロウ。実は、錬金術ギルドと商業ギルド、冒険者ギルドからの合同の通達がワシのとこにきてのぅ。ハルジオンチェスの微調整が終わり最終的な試運転をするから立ち会ってほしいと書いてあったんじゃよ。しかも、実際に操作をやらせてくれるとまで書いてあってのぅ。それならと、対戦者にセイジロウを呼んでもらったんじゃよ」
エリックさんはニコニコっしながらそれでいてワクワクっとした感じを押さえているようだが、雰囲気からして俺には伝わってきた。
「急な呼び出しは迷惑かもしれませんよっ、と言ったんですけど"セイジロウなら来るから" の一点張りで....しかも、詳しい説明は来てからするからって。すいません、セイジロウさん」
と、ギルバートさんは申し訳なさそうに言ってきた。
「ギルバートさんが謝ることはないですよ。それに、エリックさんも素直にそう呼んでくれたら良いじゃないですか。わたしはエリックさんがここにいるのが不思議で色々と考えてしまいましたよ....」
新しい娯楽施設とはいえ前領主のエリックさんがわざわざ足を運んでくるほどの事ではない。まぁ、珍しいのは当然として想像もしたことがないような施設なので来ないと言えば嘘になる。
しかし、完全に完成してからの御披露目式ではないので現状をしるなら側近に視察させて書類で確認すれば済む事だ。新しい施設が出来たからといってすべてに足を運び自分の目で確認すれば他の仕事をする時間が無くなってしまう。
まぁ、中には自分の目で確認しなきゃいけない施設もあるし、そういう領主がいなくはないかもしれないが.....
「気を揉ませたようですまんの。でだ、対戦はしてくれるんじゃろ? ちなみに、ワシはすでに操作を習い済みじゃよ」
サラッと話を流したエリックさんはそう言ってきた。
「はぁ....まぁ、別に良いですけど。それで、ギルバートさんの方の微調整は修復されたんですか?」
「えぇ、こっちは問題ありませんよ。試験もやりましたしあとは実践での動きを見るだけです」
ギルバートさんに尋ねるとそう答えが返ってきた。
「なら、問題無さそうですね。エリックさん、もし対戦に勝ったらちょっとお願いを聞いてもらいたいですけど?」
「なんじゃ? セイジロウからのお願いと聞くと微妙に感じるのぅ.....なら、ワシが勝ったらワシのお願いを聞くなら良いぞ?」
「私に出来る範囲なら伺いましょう。逆にエリックさんもそれで良いですよ」
「なら、決まりじゃなっ! では早速やるとするかのぅ!」
エリックさんはそう言うとテーブルから勢い良く立ち上がり歩いていった。
俺とギルバートさんはそんなエリックさんの後ろ姿を見ながら苦笑いを浮かべながらついていった。
その後少し準備の時間があったが、俺はハルジオンチェスが見下ろせる対戦席へと移動してギルバートさんの合図を待っている。エリックさんも俺と同じように対戦席でギルバートさんの合図を待っていた。
ちなみに、先手はエリックさんからだ。ギルバートさんが準備をしてる間に決めていた。
どのような戦略でいくかを頭の中で考えてると、ギルバートさんからの合図が来た。早速、エリックさんが手駒のポーンを動かしてきた。
序盤は互いの手の内の探り合いで始まった。互いのポーンが少しずつ減る。以前見た通りに相手のポーンを奪取するときにはポーン同士が舞台上に浮き上がり稼働部分が動き攻撃を仕掛けた。敗北したポーンは舞台外の指定の位置へと移動し勝利したポーンは舞台の指定したマスへと戻る。
(駒同士の勝敗で位置が決まるのではなく、事前にチェスのルールに乗っ取った仕様で、駒の戦いはただの演出だ)
俺がいる対戦席からはエリックさんの姿が見えるが、駒同士の対戦を見たエリックさんはずいぶんと喜んでいたように見える。
そして、エリックさんとの対戦も中盤に差し掛かると互いに戦況も変わってきた。前に対戦した頃よりもエリックさんは手慣れた感じになっていた。
こちらからの仕掛けも読んでいるのか、誘いには乗ってこなく堅実に俺の手を潰しにかかってきた。
「(ふむ、ずいぶんとやり込んだみたいですね。ですが、まだまだですかね。自分の陣地を堅牢にし過ぎて身動きがだんだん取れなくなってきてますよ)」
俺は対戦席から見える舞台上に配置されているエリックさんの駒を見ながらそう内心で思った。
俺は固められたエリックさんの配置を崩すように駒を動かしていった。
戦況の中盤から終盤にかけて舞台上では駒同士の戦いが繰り広げられた。
今回俺が操っている駒は魔物の姿を象った駒だ。エリックさんは通常の正統派の駒を操作してる。
俺の魔物を象った駒は、ポーンがゴブリンに似た駒で、ナイトは鎧を着ているが顔は牙を生やした魔物の顔だ。ビショップは杖を持った魔物でルークは腕が四本もある。クウィーンは小さな冠を頭に乗せた骸骨で見た目は女王とは言えない姿だ。そしてキングだが竜の姿を象っていた。
それぞれが装備している武器を振るって攻撃をするが、ビショップの魔物の駒とクウィーンの魔物の駒は魔法を放った。これには、俺とエリックさんは驚きを示した。まさかただの作られた駒が魔法を放つとは思っていなかった。
試運転でもそんな仕様はなかったからさすがに驚いた。魔法を使った光景を見たあとにギルバートさんに顔を向けると、にこやかな笑顔でサムズアップしていた。きっと、微調整をした時にさらに手を加えたんだろうと考えた。
エリックさんも同様でその仕様の光景の時に"なんじゃとぉっ!" と、驚きの声が俺の耳にも届いていた。
ハルジオンチェスの舞台上では徐々にエリックさんの陣営が劣性になっていき、俺はキングである竜の姿を象った駒の仕様が見たく、キングを少しずつ進ませていった。
エリックさんは俺のキングが進んで来るのが分かったのだろう。エリックさん側のキングも俺のキング目指して進んできた。エリックさんの姿を見ると嬉しそうに手を上げて俺に合図を送っていた。
どうやら勝負そっちのけでキング同士の戦いを見たいらしいと考えてるとようだと俺は分かった。
「まったく....このままいけばエリックさんは負けるのに。仕方ないなぁ」
俺は呆れながらもキングを象った竜がどういう仕様の攻撃をするのかが気になり誘いに乗ることにした。
そしていよいよその時はきた。俺がエリックさんのキングにチェックメイトをすると、互いのキングが舞台上へと浮き上がる。
すると、エリックさんのキングは装備してる盾と剣を構え防御態勢に入った。対する俺のキングを象った竜は、背中の翼を広げると竜の口から光が溢れブレスを放った。
竜の口から放たれたブレスはエリックさんが操るキングの駒に直撃し、燃えていた。
俺は過剰な演出だとは思ったがこれはこれで有りだと思った。エリックさんもその演出を見ていたのか、俺が視線を向けると笑顔になっていた。
さらに、対戦席から舞台を見下ろすとギルバートさんが慌てて燃えてるキングの消化活動をギルド員としていた。どうやら予想より過剰な火力だったみたいだ。俺はその様子に苦笑いを浮かべた。
対戦席から降りてエリックさんと先ほどの対戦について話をした。
「エリックさん、どうでしたか、ハルジオンチェスは?」
「ほっほ、楽しかったのぅ! 駒同士の対戦はやる方もそうじゃが観る方も楽しめるのぅ。そして、キング同士の対戦は凄かったのっ! まさしく物語の一幕のようじゃ。まぁ、結果は惨敗じゃがな」
確かに。ギルバートさんの方に視線を向けるとキングの消化は終わったようだけど、キングの姿はボロボロっだった。
「はは、ギルバートさんも予想以上だったんでしょうね。ですが、先に分かって良かったのではないでしょうか?」
「ふむ、そう取れなくもないかのぅ。あとは、ギルバート次第でまた改良するか調整を行うじゃろ。ワシの結果は概ね良好じゃ。あとは、少しの話し合いで正式にハルジオンチェスとハルジオンコロッセオの興行はできるじゃろう」
「それなら、良かった....のですかね?」
キングがボロボロになった事を思い浮かべながら苦笑いした。
「して、セイジロウ。約束は約束じゃから、お主のお願いをきこうかの。この後の予定はあるかの?」
「いえ、特にありませんよ」
「なら、ワシの屋敷で話を聞こう。ついでに通常のハルジオンチェスでもう一戦じゃな」
「飽きませんねぇ。分かりました、付き合いましょ」
と、俺はギルド員たちに挨拶を交わしてエリックさんの屋敷に向かいそこでエリックさんにお願いを聞いてもらった。