フローラのお母さん
No216
フローラのお母さん
フローラさんとの午前の買い物が終わり昼食を食べたあとにフローラさんが言った。
「セイジロウさん、午後はちょっと付き合ってもらいたいのよ。良いかしら?」
「そういえば、朝に言っていましたね。別に構いませんが、どこに向かうんですか?」
俺はフローラさんの物言いに少し歯切れの悪さを感じながらも自然体を崩さずに言った。
「美味しいお茶とお菓子をだしてくれるお店よ。一緒に行きましょ」
と、言われたら俺は頷くしかなくフローラさんと腕を組ながら通りを歩きそのお店を目指した。
俺はフローラさんは通りに面したオープンカフェのような小綺麗な店に入った。
外見は綺麗に整えられ周囲には色とりどりの花が飾られている。氷雪季にしては珍しいと思いフローラさんに聞いてみると、
「氷雪季特有の花よ。他の季節もそうだけど、季節特有の花は結構あるのよ。なので、この店は季節事によって違う花が飾られているの」
そう俺に説明してくれた。
フローラさんは店内に入ると近くの女性店員に二、三言話をすると個室へと案内してくれた。
俺とフローラさんが個室へと行くとすでに先客がいるのか声がした。
「先に着いたからいただいてるわよ」
と、フローラさんの背中越しに部屋の中を見るとフローラさんに似た女性がお茶のカップ片手に椅子に腰かけていた。
「少し遅れたかしら?」
「いえ、わたしが早いだけよ。さっ、入ってらっしゃい」
俺はいまいち状況が分からずなすがままに部屋へと入った。
「なに? あなたは説明してないの? セイジロウさんが困った顔をしてるわよ」
「説明は....してなかったわ。だって、どう説明していいか分からなかったし、しかも先に来てるなんて....来る前に説明しようとおもったのよ」
と、フローラさんは罰が悪そうな顔でシュンっとしていた。俺はとりあえず初対面の女性に挨拶をした。
「なにやら事情がありそうですが、まずは挨拶を。初めてまして、私はセイジロウと言います。よろしければお名前を伺っても?」
見た目に三十代から四十代の女性に聞いた。
「えぇ、よろしくてよ。私はエリーザ。エリーザ・フェイ・ハルジオンよ。フローラの母親ね」
その女性はそう名乗った。
目鼻立ちは整い、座っていても体型がわかるぐらい豊満な胸、多分細い腰、柔らかそうな臀部。俺は一瞬の内に視線で確認した。もちろん、悟られないよいに軽いお辞儀を加えながら。
「お目にかかれて光栄です。このような格好で申し訳ありません。何分、事情を把握しておりませんでしたので」
「そんな固くならなくても平気よ。さっ、掛けてちょうだい。飲み物はこちらで先に頼んだけど口に合わなければいってね」
そう言われ俺とフローラさんは椅子へと腰を下ろした。
すると、タイミング良く女性の店員がお茶と甘味をテーブルに用意して部屋を出ていく。
場の準備が整うと話が始まった。
「さて、まずはなぜわたしがここに来たのかを説明しましょうか」
「そんなのは決まってるわよ。わたしがお母様にセイジロウさんを紹介するのが待ちきれないからわたしを呼び出したんでしょ? "拒否するなら冒険者ギルドに行くわよ"、なんてわがままも言ってきて...もったいぶるつもりはないけど、もう少し待てなかったの?」
「もうっ! なんで言っちゃうのっ! そんな風に言ったらわたしかダメな母親見たいじゃないっ! フローラちゃんは酷いわっ! フローラちゃんに彼氏が出来たってお祖父様から聞いた時はすぐに会いに行きたかったのにお祖父様に止められて....それから、しばらくずっと待っていたのに全然挨拶に来ないし.....それでも待っていたのに来ないから、来ちゃったっ!」
と、フローラさんとエリーザさんは母娘の会話をしている。
エリーザさんはフローラさんの母親とは外見的には見えないほど若々しく艶やかな女性だ。目鼻立ちも整いほとんどの男性がエリーザさんを見れば視線を向けるような美しさを持っている。
そんな女性が母娘と口喧嘩をしながら、最後には"来ちゃった" なんて言えばギャップもあり仕方なく許してしまうかもしれない。
「ふん。そんな可愛くて言ってもダメよ。お父様はそれでお母様を許してしまうかもしれないけどわたしは甘くないわ。それに、娘の恋愛に親が首を突っ込むなんて.....どうせ自分の興味でしょ?」
「チェッ、フローラちゃんは厳しいからイヤよ。ダーリンだったら笑って許してくれるのにぃ。いったい誰に似たのかしらね、まったく」
と、エリーザさんは可愛らしく拗ねて頬に手をあてながらそんな事を言っている。
俺は我関せずのスタイルで静かにお茶を飲んでいる。ちなみに、用意されたお茶は香りが良く味も深みがあって大変満足だ。多分、それなりに値段がするお茶だろうと考えながら味を楽しむ。
「そんな拗ねてもダメよ。まったく、お父様もお母様には甘いんだから。それで、用件は何なのよ。ただ、見たいだけで来た訳じゃないんでしょ?」
「そんな言い方しなくてもいいじゃない。そりゃ、二人きりのラブラブなデートを邪魔したのはちょっと悪いとは思ってるわよ。でも、好奇心が抑えられなくてっ! まぁ、別に特に目的はないのよ、本当に。ただ、少しだけ話をしたかったのよ」
と、エリーザさんはそう言うと俺に視線を向けてきた。
「話...ですか? どんな話でしょう、これといって面白い話はもっていませんよ?」
「ふふ、そうでもないわよ。フローラには悪いとは思ったけどこっちで少し調べさせてもらったわよ」
「それぐらいは想定内よ。領主の一人娘に近づいた男、いえ一人娘が惚れた男ですもの」
と、フローラさんは俺の腕に自分の腕を絡めてきた。
「そんな見せつけなくて取らないわよ。それに、素性は知っておかないとね。と言ってもあまり分からなかったのよね。異国の出身らしいけど....」
「えぇ、そうですね。わたしは見識を高める為に国を出て旅をしてきました。ハルジオンについてからは冒険者として活動してますが」
「そうね。新しい甘味に不思議な召喚獣、ルインマスでは魔導具の開発に新たな調理法と料理レシピ、水着の開発に海水浴と、調べれば色々と出てくるからなかなかに面白かったわ。さらに、ハルジオンに帰って来てからはハルジオンチェスにハルジオンコロッセオまで。よくもまぁ、ポンポンっとやるわよね」
「はは、言われてみると色々とやってますね。自分でも驚きですよ」
「セイジロウさんが動くとビックリするぐらいに状況が変わるのよっ! しかも、周りもさりげなく巻き込むしっ! でも、しっかりと利益を出すから何も言えないのよ.....少しは大人しくしてもらいたいわ」
と、誉めてるのか貶めているのか、まぁ、最後のが本音なのは分かったけどね。
これでも、自重はしてるんだけど。やり始めると面白くなっちゃうんだよな。
「そこはフローラが手綱をしっかりと握らないとね」
「手綱っ....そうね。これからはしっかりと握るわっ! わたしはセイジロウさんの彼女....だし...」
フローラさんは顔を赤くしながらうつむきつつ小さな声でそういった。
「あまりからかうのはどうかと。まぁ、可愛いのは分かりますけど」
「ふふ、フローラちゃんは免疫が少ないから楽しいのよね。セイジロウさんも楽しいでしょ?」
「えぇ、一緒にいて楽しいですよ。私には勿体ないとたまに思いますが、手放す気はありませんよ」
「あら、わたしも手放してもらっては困るわ。さすがにセイジロウさんほどの逸材はなかなか見つからないから」
エリーザさんはそう笑顔で言うと手元にあるお茶を飲んでからまた話を始めた。俺もついでにお茶を飲み喉を湿らした。
「そうよ。調べて分かったけどたった一年ほどでこれだけの事をやれる人なんて数える程よ。正確な収支なんかは分からないけど、街の発展には繋がってるしこれからも発展するのは明確よ。しかも、独占もしてないし関わった人達にもバランス良く利益の分配はされてるしね」
「それは、まぁたまたまですよ。知り合った方たちが良かったですし話も聞いてくれましたからね」
「そういうふうに誘導したんじゃなくて? まぁ、その辺の詳しい事は色々とあるでしょうから細かくはいいわ。その時の状況や判断によるし、結果はすでに出るしね」
「まぁ、そうですね。タイミングが良かったのか運が良いのか分かりませんが、同じこともう一度やれと言われても出来ないですし」
エリーザさんがどんな風に俺を見てるのか分からないが、俺は権力の下に付くつもりは微塵もない。なので、遠回しではあるが暗に断りを伝えた。
「大丈夫よ。わたしはセイジロウさんを政略の駒にしたりとか考えてるわけじゃないから。フローラも睨まないの。母親が娘の心配をするのは当然よ? だから、最初に悪いけどって言ったじゃない。多少はセイジロウさんの素性を知りたかったのよ」
エリーザさんは、恥ずかしさから立ち直ったフローラさんにそう言った。
「お母様がそうでもハルジオン家がセイジロウさんに手を出すならわたしも黙ってないから」
「分かってるわよ。ほら、お茶と甘味でも食べた落ち着きなさい。別に何かをする為に調べて接触したわけじゃないんだから」
と、エリーザさんはフローラさんを宥めた。
俺はなかなか話の本題が見えないのでエリーザさんに聞いてみた。
「エリーザさんはどうして私たちに会いに来たんですか? 何かあるのですか?」
「別に何かある訳じゃないわ。ただ、花風季にはちゃんと挨拶に来るかしらっと思っただけよ? フローラはセイジロウさんに伝えたかしら?」
エリーザさんはそう言ったフローラさんに顔を向けた。
顔を向けられたフローラさんはエリーザさんの視線を外すように顔を背けた。
「はぁ.....あなたは....はなしてなかったのね」
「だ、だって...それに、花風季になってからでも遅くないかなぁって?」
「遅いに決まってるわよ? あの人が黙ってるわけないでしょ。今は街にいないから安心してるんでしょうけど、帰ってきて事態を知ったら間違いなく呼び出しがかかるわよ?」
俺はよからぬ事が起こりそうなのを感じてエリーザさんに尋ねた。
「エリーザさん、何があるんでしょうか? 出来れば話を聞かせてほしいんですが」
「いいわよ。セイジロウさんにも関係があるしね。まぁ、話は単純なんだけどね。今、街の領主は王都にいるのよ。察しの通り、フローラの父親でわたしの夫よ。なぜ王都にいるのは仕事の関係だから良いんだけど、花風季になったら王都から帰ってくるのよ、その娘が大好きな夫がね」
それからエリーザさんの話を聞くと、要は一人娘のフローラさんを溺愛してるそうだ。昔からフローラさんの男関係には厳しく、貴族に有りがちな政略結婚や見合いなども一切しなかったそうだ。
フローラさんが冒険者ギルドで働くまでは文字通り箱入り娘な扱いを受けていたみたいで、冒険者ギルドで働く時もかなり話が拗れたとエリーザさんは話してくれた。
そんな可愛くてしょうがない娘に彼氏が出来たなんて話が耳に入れば.....
「そんな夫が街に帰ってくるのよ? 今から対策を...本当ならもっと前から対策を取らなきゃなんだけどね」
「だって、それはしょうがないじゃないっ! セイジロウさんはハルジオンチェスやハルジオンコロッセオの方で忙しかったから....そんな時にお父様の話なんて出来なかったのよ」
フローラさんは俺の事を気遣ってくれたんだろう。
「フローラさん、気を使わせたようですね。ありがとうございます。ですが、二人の事ですから言ってくれても良かったんですよ。これからは言ってください。何が出来るかはその時の状況によりますが、二人で力を合わせれば道は開けます」
俺はフローラさんの手を握りながらそう言った。
「セイジロウさん....」
「フローラさん....」
「はいはい、そういうのは二人きりで宜しくね。間違っても夫の前でやらないように」
と、エリーザさんはしっかりと突っ込みを入れてくれた。
「それで、対策とはどのような事をすればいいのでしょうか?」
俺は気を取り直してエリーザさんにそう言った。