プロジェクト開始・3
No204
プロジェクト開始・3
この数日間は宿で新しい【ハルジオンチェス】の構想を練っていた。まずは、自分なりに錬金術、この場合は魔力回路や魔導具などに関する知識を学ぶ為に数は少ないが高価な本や雑貨屋や魔導具店に足を運び見識を深めた。
表面的な知識だがあるのとないのでは全然違うし、それに合わせて前の世界でのファンタジー知識を合わせて考えを深めた。
そして、ある程度の現実感が出てきたのでしはらくぶりに錬金術ギルドのギルバートさんのところを訪ねた。
「ギルバートさん、久し振りですね」
「はい。お久しぶりです、セイジロウ。今回は何やら相談があると聞きましたが」
「えぇ、実は試してもらいたい事がありまして」
と、案内された一室でギルバートさんと対面し話を始めた。
「改良版の【ハルジオンチェス】ですが、少し私なりにこの数日改めて考えて見ました。それで--」
俺は自分なりの考えをギルバートさんに伝えた。
ハルジオンチェスの盤面は今まで通り魔力回路を刻んでもらうが、相手方と自分方の二通りを刻むこと。
そして、その魔力回路は相手方と自分方の個別であること。
次に駒を動かす為の新しい盤面を作り、相手方と自分方専用の駒に指示を出すための操作盤のような物を作りそれによって駒を動かすようにする。
さらに、その盤面にはあらかじめ升目に数字、あるいは記号を打ち込み駒をその数字、あるいは記号の場所を指定すると駒が動くようにならないか。
「なるほど、駒を動かすための機構を別に設けるわけですね」
「はい。今までとは違い別々にしてみたら負荷も抑えられるかなとおもったのです。ただ、何分にわか知識なために技術的な知識は私にはないのでギルバートさんに相談、意見が聞きたくて今日は来ました」
と、訪問の理由を伝えた。そして、ギルバートさんは俺の話を聞いてしばらく沈黙とともに思考していた。
俺は用意されたお茶と焼き菓子を食べつつギルバートさんの思考が終わるのを待った。
「.........セイジロウさんが話された事は、出来ます。ですが、だいぶ大掛かりになりますね。まず、持ち運びは出来ません。特定の場所に設置する形になるでしょうね。それから、通常の小さい魔石ではなくCランクまたは、Bランク程の質の良い魔石が必要です。さらに、ハルジオンチェスの大きさも見直して作る必要があります」
「それは私も考えていました。たぶん、そうなるだろうと。なので、改良版のハルジオンチェスは特定の場所に設置し有料で使えるようにしたいと思ってます。形としては闘技場? 闘技場ってありましたかね?」
「えぇ、ありますよ。王都に一つありますし、グルガニウム国、ローランド帝国にもあります。仕組みはそれぞれで多少違いますが闘技場と呼ばれてますね」
「そうですか、実際には拝見した事はないんですが、対戦者と観戦者に別れてる感じにして設置されたハルジオンチェスをつかって対戦する方式に出来たら良いなと考えてます。金額とか仕様とかは後々になります。今は構築出来るかどうかですから」
「それはそれで面白いと思いますよ。そうですね、実現しなければ机上の空論で終わってしまいますね。ですが、不可能ではないですから。さきほど話した通りに必要なものを揃えて作ってみようかと思います」
それから、ギルバートさんと話が進み必要な物をピックアップしていった。
まずは、先に言っていた通りの質の良い魔石とある程度の敷地が必要だ。あと、魔力回路に使用される魔力伝導体の素材。これは錬金術ギルドにも備蓄はあるがそれなりに高価な為にすべて使うととんでもない金額になる。なるべく金額は安く済ませたいので依頼ついでに採取する事にした。
ちなみに、採取難度はそれほど高くなくリリアーナとマダラが一緒に行ってくれれば問題ない。
「とりあえず、製作に必要な金額と日数を簡単に出してもらえますか? それから完成までの予定表を行程別に書き出しましょう。ある程度の金額が分かれば商業ギルドのセブリスさんと話をしてきます。冒険者ギルドにも魔石や素材がないかの確認はこのあとにちょっと行ってきますね。無ければ私が取りに行きますから」
「分かりました。わたしはギルドの仲間に話をして製作に手を貸してもらいましょう。あと、細工師組合にも話をしてきますよ」
「えぇ、よろしくお願いします。話がまとまり次第着工しますからそのつもりで互いに頑張りましょう。状況は毎日連絡しに来ますから」
と、少し慌ただしいがようやく話が進み始めた為に年甲斐なくワクワクしながら俺は冒険者ギルドへと向かった。
冒険者ギルドへと着くと受付嬢のアリーナさんに言ってアンナさんと話がしたいことを伝えた。
「久しぶりに受付に顔を出したと思ったら、依頼じゃなくて逢い引きの繋ぎですかー? さすが高ランク冒険者さまは違いますねー」
と、何やら不機嫌な受付嬢のアリーナさんがいた。
「えっと、どうしたんですか、アリーナさん? いつもと違いますよ?」
「それはセイジロウさんがハルジオンの街に帰ってきてから全然わたしを構ってくれないからですよっ!」
「構うって....子供じゃないんですから。それに、冒険者と受付嬢なんですからそこの立場もありますし」
「フローラさんは違うじゃないですかー! 最近のセイジロウさんはつれないですよ? 前は親身になって色々と甘味をくれたりしたのに、帰ってきてからは全然ないしっ!」
アリーナさんは頬を可愛らしく膨らませそんな事を言ってきた。プンプンっ! っと、擬音が聞こえてきそうだ。
さらに、チラッと横目で他の受付嬢を見るとアリーナさんに同意してるように頷いていた。
「分かりました。アンナさんとの話が終わったらフレンチトーストを差し入れしますから、これからもよろしくしてくれますか?」
と、言ってみたら、
「もちろんですよっ! わたしたち受付嬢が最高のサービスをさせてもらいますよっ!! ねっ、みんなっ!?」
アリーナさんの見事な手のひら返しで受付嬢たちは満面の笑みを浮かべていた。
扱いにくいのかチョロいのか分かんないなぁ。
アリーナさんは席を外しアンナさんを呼びに行ってくれた。少しの間だけ待つとアリーナさんがギルドの一室へと案内してくれた。そこで、お茶と焼き菓子を用意してくれた。
去り際に、
「フレンチトースト、まってますねっ!」
と、笑顔とウィンクのおまけ付きで部屋を出ていった。
俺はお茶と焼き菓子を食べつつ、これから話す内容を頭の中で浮かべながらアンナさんを待った。
少ししてからアンナさんがやってきた。
「お待たせ、セイジロウさん」
「いえ、こちらこそ急な呼び出しですいません。例のプロジェクトで進展があったので話に来ました」
「そう、わざわざありがとう」
と、対面に腰をおろし用意されたお茶を飲み話が始まった。
「錬金術ギルドのギルバートと改良版の【ハルジオンチェス】なんですが、大幅に改善することになりました」
と、話し始め仕様変更の内容を伝えた。それと、用意する素材と広い敷地の件も伝えた。
「--なるほどね。では、通常のハルジオンチェスとは別に設置方のハルジオンチェスを作るのね?」
「えぇ、その設置方のハルジオンチェスで誰もが楽しめるようにしようと言うのが私の考えです。その管理、運営を冒険者ギルドと商業ギルドで行い、定期的な検査を錬金術ギルドで管理して行く流れでどうでしょうか? もちろん、あくまで私の考えですので細かい調整は各ギルドで話をしていただければ問題ないですが」
「そうね。悪くない話だとわたしも思うわ。話を聞く限りでは集客も見込めそうだし、商業ギルドと連携すれば宣伝も出来るわね」
「改良版が出来上がるまでに通常版を出来る限り周知、販売させてゆくゆくはハルジオンチェスの大会やイベントなどの催し物が出来ればそれなりの収益も見込めるかと。それと、仮にですがハルジオンチェスの闘技場に天幕または屋根を取り付ければ年間を通して運営も出来ますし」
「そうね、氷雪季だけじゃ宝の持ち腐れだしね。まぁ、その辺は話し合いで何とかなるけど......敷地は新たに作る必要があるわね」
「そこは、フローラさんのお祖父さんのエリックさんに相談しようかと。フローラさんに言伝を頼んでもらってもいいですか? もちろん、私も同行して説明しますから」
「分かったわ。ギルドマスターたちと商業ギルドへはわたしが話をするわ。そっちはフローラとセイジロウに任せるから」
と、それから少し話をしてからギルドの食事処へと向かい、ビルドさんに調理場を借りて差し入れのフレンチトーストを焼き上げてアリーナさんたち渡した。
次に向かったのが商業ギルドだ。受付嬢にセブリスさんを呼んでもらい、一室で話し合いを始めた。
「セイジロウさん、お久しぶりですね」
「はい、お久しぶりです。急な呼び出しですいません、セブリスさん」
「いえ、セイジロウさんの方が色々と忙しいと話は聞いてますよ」
と、お茶を飲みながら話した。
「はは、最近は色々と行き詰まっていて....それで、通常版のハルジオンチェスはどんな状況ですか?」
「悪くないですよ。リバーシほど一気に売れてるわけじゃないですが、それなりに出回り始めてます。リバーシとは違いルールも考えさせられる玄人向けですから、やり始めると面白いと話は聞きますから。老年の方たちにわりと人気が高いですね」
「そうですか、とりあえず売れてるようで良かったです。製作の方は間に合ってますか?」
「えぇ、細工師組合の方にも話はしていますからね。細かい作業ですが細工師方たちには良い修行、技術力の向上につながるらしく反応は良いですよ」
「なら良かったです。あと、幾つか富裕層向けのアイデアを書いたものを持ってきましたから参考にしてください」
「これはこれは、助かります。ぜひ、参考にさせてもらいますよ」
と、幾つか資料をセブリスさんに渡してお茶を飲んでから本題へと話を始めた。
「それでですね、セブリスさん。実は改良版のハルジオンチェスなんですが、錬金術ギルドのギルバートさんと話した結果、大幅に仕様変更をしようと検討してます。それから、冒険者ギルドから話を聞いていますか」
「改良版のハルジオンチェスですね。それと冒険者ギルドからは話を伺ってますよ。ただ、本格的な話はまだですが」
「そうですか。先程、錬金術ギルドと冒険者ギルドへは話をしてきたんですが--」
と、改良版のハルジオンチェスとそれからの運営などの具体的な話をセブリスさんに話した。
「--なかなか面白い事になりそうですね。話を聞いてるだけでもその光景が頭に浮かびますよっ!」
「えぇ、成功すればハルジオンの街の収益も上がりますしメリットはそれなりにあるでしょう。金額に関しては出来る限り私の希望を考慮していただきたいのが本音ですが」
「そうですね、希望には添えるようにわたしも力添えしますよ。上手くいけば一大観光もあり得ますし、集客もずいぶんと見込めるでしょう。やり方次第ですから腕がなりますよっ!」
と、セブリスさんは少し興奮気味でテンションが高くなっていた。
「細かい打ち合わせや話し合いはお任せしますのでよろしくお願いします。まずは、改良版の製作が成功しないと何も始まりませんから」
「そうですが、セイジロウさんならやり遂げてくれますよね? わたしはそう思ってますから期待して待っていますよっ!」
「出来る限りの事はしますよ。では、また詳しい事が決まり次第伝えにきますから」
と、商業ギルドを後にした。
今日は何だかんだ忙しく動いていたのか、気がつけば陽が傾きつつあった。俺はようやくハルジオンチェスに進展があった事に安堵しつつこれからも忙しくなる事に思い浮かべながら宿へと向かった。