至高の食材
No173
至高の食材
陽暮れになりスレイブさんと約束した鉄板焼き店に着くと俺とリリアーナは店内へと入っていった。マダラは俺の影の中に入ってもらった。
店内に入り見回すと、カウンターに座るスレイブさんを見つけた。
「スレイブさん、遅れました」
「いや、俺が早く着いただけだ。先にエールを頼んで待っていたから気にするな」
俺とリリアーナはスレイブさんが座るカウンター席に座ると、ラームエールと果実水を頼んだ。
「それで、市場では何か手に入ったか?」
「えぇ、珍しい貝を手にいれましたよ! スレイブさんはどうでした? 何か獲れました?」
「あぁ、ちょっと珍しいのが獲れてな。ここの店主に頼んで今日の料理に出してもらうことになった」
「へぇ、それは楽しみですね!」
と、頼んでいたラームエールと果実水が用意されたので乾杯となった。
「では、良き友人と新しい仲間の幸せを願ってカンパーイ!」
「「カンパーイっ!!」」
俺は冷たいラームエールをゴクゴクっと喉を鳴らしながらのみ、リリアーナは甘酸っぱ果実水を飲んでいった。
スレイブさんも冷えたエールをゴクゴクっと飲んでいく。
「「「プハァーーー!!!」」」
三人同時に声が揃い、目が合うと自然と笑いが出てきた。俺たち三人は新しく同じ物を店員に注文した。
「リリアーナ、この鉄板焼き店は目の前にある大きな鉄板で食材を調理してくれるお店なんだよ。目で見て食べて楽しめるお店がこの鉄板焼き店の特徴なんだ」
「それを考案したがセイジロウだったな。今では俺たちの馴染みの店になりつつあり、ルインマスの街の名店にもなってきている」
「それはちょっと言い過ぎでは? 確かにルインマスの街に定着して鉄板焼き店が有名になるのは嬉しいですが、広めたのは私じゃないですし、アンリエッタさんや三ギルドが尽力したからですよ?」
スレイブさんがリリアーナに補足説明をするように話に混ざってきた。
「形になったのは確かにそうだが、最初の一歩は間違いなくセイジロウが発端だ。それに、三ギルドに焚き付けたのはセイジロウだと聞いてるぞ?」
ここで注文していた飲み物が届いた。俺は、ラームエールを一口飲むと説明した。
「焚き付けたって.....あれは鉄板焼きの有用姓と私の利益の為に必要だっただけですよ」
「ふん、謙遜ばかりしおって.....他にも水着やら海水浴やらルインマスを有名にする事をやっておいて」
「まぁ.....今さら感はありますけどね、ハハハ。それより、料理を注文しましょうよ! 私は天ぷらに唐揚げと今日の魚焼きをお願いします!」
俺はささっと自分の食べたい物を注文した。
リリアーナは初来店なので、メニューを一通り説明してから食べたいと思ったものを注文させた。
スレイブさんはすでに何度も来ているようで手慣れた感じで注文をしていた。
一通りの注文が終わるとリリアーナが話しかけてきた。
「セイジロウは、この街で何かしたの?」
と、話をほじくり返すかのような質問をしてきた。
「セイジロウはルインマスの街に変革をもたらしいた人物だ! それと、我々マーマン種の立場を変えてくれた者でもある」
と、スレイブさんがエールを飲んでからリリアーナの質問に答えた。
「いや、そこまでじゃないですよ.....自分の為に、やりたい事をやっただけですよ?」
「いいか、.....リリアーナだったな。セイジロウは、謙遜ばかりしてるがコイツには気をつけろよ? 最初は些細な頼み事やお願い事なんだが、蓋を開けて中身を見て結果を見たら具材が変わってる事が多々あるからな」
俺の言葉を華麗にスルーしたスレイブさんがリリアーナに良く分からない説明をしていた。
「スレイブさん? 何ですかその説明? それじゃ、どんな料理を作ってるかわかりませんよ」
「そうだ。セイジロウの話は最初の話と結果がまるで違うんだ。最初はただの糸の採取だったはずが気がつけば、ルインマスの特産になっているんだから! 詐欺もいいとこだ!」
「セイジロウは、詐欺をしたの? それってダメな事だよ。ちゃんと謝る」
「いやいや、ちょっと待って? スレイブさんには確かにマレアナレアの糸の採取を頼みましたけど、水着を作りたいって説明しましたよね? リリアーナ、詐欺はしてないからね?」
俺は二人に説明をした。と、同時に先ほど注文した料理がやってきた。
「ふん確かに説明はされたな。だが、結果はどうだ? その水着はすでに街中で周知されさらに、船乗り達には喜ばれ他国へと輸出が始まっているぞ? 俺に頼んできた時点で分かっていたのか?」
スレイブさんはそう言うと、注文した貝焼きをハフハフっと熱そうに食べた。
俺も注文した天ぷらを食べてラームエールを飲む。
リリアーナは、唐揚げとフライドポテトを食べながら果実水を飲んでいた。
「まぁ、あの時点ではここまでになる事は予想してませんでしたね。せいぜい、街の人達に喜ばれる程度までですかね」
「そうだろ? セイジロウはある程度の推測を先読みでしていくが、結果は蓋を開けてみなければ分からないときた。まったく、質が悪い!」
「セイジロウは、質が悪いの? 友人に質が悪い事してるの?」
と、リリアーナがまた極端な場所を取り出して質問してきた。
「いや、質は悪くないよ! ただ、ちょっと予想とは違う事になってるけど、結果は問題ないはず! ですよね、スレイブさん?」
次に運ばれてきた料理は、魚焼きだった。香ばしい匂いと同時に食欲をそそる匂いが立ち昇っていた。多分、香草焼きなんだろうと予測する。
スレイブさんの目の前には立派な伊勢海老に似た姿焼きが用意されていた。バターの匂いがしてこれまた食欲をそそる。
リリアーナの前にはジュウジュウっと音を立てるステーキ肉がドンッと置かれてあた。立ち上がり湯気と同時にスパイスの匂いと音が食欲を掻き立てる。
俺たちは話を一度中断してから頼んだ料理を頬張った。
ナイフとフォークで魚の切り身を口の中に入れる。すると、すぐに香ばしい匂いと香草の匂いが鼻を通り抜けた。その後に切り身を咀嚼すると、ジュワっと魚とは思えない肉汁が溢れてきた。さらに、魚らしからぬ歯応えでまるで肉を食べてる食感だった。
その魚を次々に切り分けては食べて、ラームエールで流し込む。定宿してる"餌付け亭" でも魚を良く食べてるけど初めて食べると味だった。
リリアーナの方を見ると、すでにステーキ肉は半分以上が無くなっていた。リリアーナは切り分けたステーキ肉を口に入れて食べる度に目尻が下がり美味しそうに笑顔で食べている。俺はその笑顔が見れただけで鉄板焼き店に連れてきて良かったと思った。
スレイブさんの方を見るとすでに伊勢海老に似た食材は殻だけになっていた。
えっ?? スレイブさん食べるの早くない? しかも今、追加注したよね? そんなに旨かったのかな? 俺も注文しようかな?
俺は魚焼きと天ぷら、唐揚げに舌鼓を打ちながら食べていった。リリアーナもフライドポテトや唐揚げ、ステーキ肉を美味しそうに食べていく。
しばらく、三人の間には会話は無く咀嚼する音とナイフとフォークの音だけが響いていた。
それから暫くして食事も落ち着き余韻にしたっていると、
「セイジロウ、今日は珍しい食材が獲れたと話をしたな?」
「えぇ、最初に話をしていましたね」
「これから、それが調理されて出てくるぞ」
「へぇ、それは楽しみですね。一体どんな食材が獲れたんですか?」
俺はラームエールを飲みながらスレイブさんに問い返した。
「食材はトロログーマと言って遠洋を泳ぐ魚だ。今日は気が向いたのですこしいつもの狩場から足を伸ばしたらたまたま獲れてな」
「そうなんですか? スレイブさんが珍しいと言うぐらいなんですか、貴重な魚なんですか?」
リリアーナはフライドポテトを淡々と食べながら俺とスレイブさんの話に耳を傾けていた。
あれ? さっきフライドポテトは食べ終わってなかったっけ? 追加注文したの?
「貴重とはまではいかないが遠洋に出ないと獲れない魚だな。それにトロログーマはほぼ生で食べる魚でかなりの食通かマーマン種ぐらいしか食べない魚だな」
「それは....火を通さないで食べるんですか....」
俺は別に抵抗は感じないけど、こっちの世界の人達にはかなり抵抗を感じるだろうな。前の世界じゃ刺身なんて当たり前だったし、寿司も食ってたしな....
「食べれなければ残して平気だ。ただ、味は絶品だと言っておこう」
「スレイブさんがそこまて言うんです。しっかりと食べますよ!」
そんな話をしてると目の前にはその食材が調理されて用意された。
表面はかるく炙られていた。長方形のような形の塊とさらには付け合わせのタレが用意されている。
「セイジロウ、ナイフでステーキ肉を切り分けて食べる様にすればいい。それと、備え付けのタレにすこし付けて食べると味が変わる」
スレイブさんにトロログーマの食べ方を教わりその通りにやってみる。
リリアーナの方を見るとすでにトロログーマの切り身を口の中に入れる瞬間だった。俺はリリアーナに負けない様にすぐにナイフとフォークを使って食べてみた。
トロログーマの切り身をタレに付けて口に入れた!
すると、魚の特有の新鮮な旨味と脂が口の中でとけて混ざり合い、さらに、塩気の聞いたタレが味を引き立てた。咀嚼をしようとするがすでに口の中には何も残ってなかった。
俺はそれに驚きすぐにさっきより厚く切り裂いてから口の中に入れた。先ほどと同じく切り身がとけていくがすぐに咀嚼した。
すると、噛むほどに魚の旨味と脂が口の中に広がりトロログーマの旨さを感じた。今まで食べたどの魚とも比べようが無かった。圧倒的にこのトロログーマが首位を勝ち取った。これは、前の世界の食歴を含めてもだ。
そんな夢のような、至高の食材はすぐに目の前から無くなってしまい残ったのは口の中に残る仄か魚の旨味だけだった。それを、すこし温くなったラームエールで流し込み小さな吐息を吐いた。
「どうやら、トロログーマは気にいったようだな。リリアーナは言わずもがなだな」
そうスレイブさんが言うと俺はリリアーナに顔を向けた。
リリアーナは笑顔のままで空になった皿にナイフとフォークを動かしまるで、夢の中にいるように繰り返し食べる仕草をしていた。
「これは.....」
「どうやら、夢の中でもトロログーマを食べているのだろう。本当に旨い食材を食べると食材に囚われるとは言うが.....そうなるのだな」
えぇー!! そうなの! ちょっとリリアーナっ! 現実に帰ってきてよっ!
「リリアーナっ! リリアーナっ! 目を覚まして! 起きるんだ、リリアーナ!」
俺はリリアーナの肩を掴んで揺さぶって現実に戻るように声をかけた。
すると、すこししてリリアーナは呆けた感じで目を開きトロログーマがのっていた皿を見ると、
「セイジロウ、無くなっちゃったの?」
「そうだよ。凄く美味しかったけど食べたら無くなるんだよ。まだ、いつか食べような」
と、リリアーナを説得して一息吐いた。
「しかし、こんな食材があるなんて....世の中は凄いですね」
「ああ、俺も久しぶりに食べたがさすがに旨かったな。まぁ、また獲れたら食べれるんだ。気を落とすな」
「えぇ、そうですね。これより旨い食材がまだあるかも知れませんし、今度はマダラにも食べさせてあげたいですから! リリアーナももっと美味しい食べ物が食べたいよな?」
「うん! これからもたくさん美味しい物をセイジロウとマダラと一緒に食べたい!」
と、満面の笑顔を見せてくれた。
「さて、まだ夜は始まったばかりだ。今日は久しぶりにセイジロウに会ったのだ。付き合うだろ?」
「そうですね。久しぶりに飲みますか?」
と、俺とスレイブさん、さらにリリアーナは手元にある飲み物を持ち上げで再度乾杯した。
翌日は二日酔いでまともに動けなくなる事を覚悟して酒に溺れていった。