ランクアップ試験・2
No140
ランクアップ試験・2
冒険者ギルドマスターのサーシャさんからランクアップ試験内容を俺は黙って聞いていた。受付嬢のシンディさんもサーシャさんの説明を静かに聞いていた。
そして、一通りの説明を聞いた俺は口を開いた。
「このランクアップ試験はサーシャさんが内容を考えたと言っていましたが.....Bランクアップ試験内容としては妥当なんですか? それとも、私だけが違うのですか?」
俺は試験内容に疑問を持った。なので、サーシャさんに質問した。
「わたしが特別に考えたランクアップ試験よ。今回はセイジロウの弱さを自覚してもらいつつ、自身の力量を知ってもらう事。これが、今回の試験の目的よ」
「私一人で盗賊の討伐ですか? 別に、今までも討伐依頼を受けて来ましたし、結果も問題なかったはずです。なぜ、討伐依頼がランクアップ試験なんですか?」
今までだって魔物の討伐依頼は受けてるし、自分でも魔法で倒して来てる。今さら、盗賊の討伐依頼を受けなくても......
「わたしは、特別に考えたと言ったでしょ? 依頼以外は知らないけど、あなたは対人戦を恐れているんじゃないの? 以前、ハルジオンの近くの遺跡調査の際に盗賊から人を助けたわね? でも、あなたが戦闘をした分けじゃないでしょ? 冒険者は魔物と戦うだけじゃないのよ。人と戦う事もあるわ。ギルドからの指名依頼もあるし、貴族からの指名依頼、今は他国との戦争はないけど、もし事態が動けば......ここまで言えばあなたは理解するかしら?」
あぁ....理解するさ。俺は、人と戦うのが嫌だ。自分の手で人を殺す事に怖さがある。そして、それが弱さだと知っているがそれはしょうがない。だって、俺はこの世界の住人じゃないんだ。
気づいたら迷い込んでいただけなんだから。例え、残虐な犯罪を犯した犯人が隣にいたとしても自分の判断で裁く事なんて無い世界にいたんだ。自分の判断で人を殺すなんて.....
「理解はしました。ですが、納得は出来ません」
俺は好き好んで人は殺したくない。試験だろうが依頼だろうが自分の意思で判断した分けじゃないだ。
「納得なんてしなくていいわよ。ただ、これがセイジロウの試験内容ってだけなんだから。セイジロウは盗賊を壊滅させて来ればいいのよ。わかったわね?」
「ランクアップ試験を辞退--」
「辞退は認めないわよ。もし、試験を辞退、或いは放棄したら冒険者ギルドから追放さらに、他ギルドへにも通達し今後の加入も一切受け付けないわよ。それで、良いの? ランクアップ試験とは言っても同時にギルドからの指名依頼でもあるのよ? 正当な理由もなく依頼の辞退はあり得ないわ」
と、俺の言葉にサーシャさんは言葉を重ねて説明をした。
「分かりました。試験は受けますが命のやり取りは私の判断に任せてもらいます。これが、私がランクアップ試験を受ける条件です。この条件がのめないようならギルドからの除名で結構ですよ」
盗賊の討伐と言っても全員を殺さなくても良いはずだ。拘束しても問題ないはずだ。
「別にいいわよ。盗賊がいなくなれば良いんだから。ただし、いざという時の判断が出来なければ傷付くのはあなたじゃ無い事を覚えておきなさいよ。ランクアップ試験にはシンディを同行させるから話し合っときなさい。話は以上よ」
と、話が終わりギルドマスターの執務室を退室した。俺は重苦しい空気から逃れる事が出来て少しだけほっとした。軽く吐息を吐くとシンディさんが話しかけてきた。
「セイジロウさん、お疲れ様でした。色々と考える事はあると思いますが、その前にお茶でもしませんか? 今後について話しておきたい事もありますし、どうですか?」
そうだな、気分転換もしたいしな。それに、ランクアップ試験にはシンディさんも一緒に来るんだから話しもしなきゃいけないよな。
「分かりました。どこかで話をしましょうか」
と、俺とシンディさんは冒険者ギルドから出て、シンディさんがたまに利用するお店へと向かった。
▽△▽▽△▽▽
シンディさんの案内でやって来たお店の個室で話を始めた。
「セイジロウさん、今回のランクアップ試験の合否は盗賊一味の活動を停止させれば良いのです。わたしもセイジロウさんの冒険者経歴を見ました。セイジロウさんは、魔物討伐や採取依頼、緊急討伐依頼などを受けられてます。ですが、対人に関する依頼は受けていませんでした。ハルジオンの遺跡調査の際に遭遇した盗賊もマダラが壊滅したと報告書には記載されてました」
そうだ。俺は対人戦を極力避けてきた。冒険者ギルドにある依頼提示板にも盗賊の依頼表は貼られていたが、魔物討伐や採取依頼だけを選んで受けていた。
「確かにそうです。私は対人戦に関する依頼を避けてきました。今までの生活で人と争う事がなかったのです。それに、人が人を殺す事に抵抗....いや、怖いのです。自分の手で人を殺すのが....もし、私の判断が間違っていたら、実はやりたくてやっている訳ではないかもしれない。そんな事を考えてしまうんです」
前の世界でも、人に危害を加えたニュースなんかも流れているのをメディアを通して見ていたけど、どこか他人事だった。車で事故を起こしてしまったり、友人や知人や恋人に家族を殺してしまったニュースは見たけど、ただの情報とでしか認識していなかったから。
「セイジロウさんのこれまでの生活がどのようなものだったのかは、わたしには分かりません。なので、セイジロウさんの考えをわたしは否定しませんよ。セイジロウさんは優しく人との接し方に暖かみがあります。ですが、優しいだけではいけないと思ってます」
俺もそう思ってるんだけど.....やはり、世界が変われば自分も変わらなければいけないって事か....
「セイジロウさんは盗賊を肯定しますか? それとも、否定しますか? 盗賊は旅人を襲い、商人を襲い、村を襲い、略奪を繰り返してます。自分達より弱い人達を力任せに襲うのです。わたしはその行為を許しません。人として、ギルド職員として。どんな理由があろうともです」
そう言ったシンディさんの瞳は真剣な顔つきをしている。
「私は盗賊行為を基本的に否定します。ですが、理由を知らずには裁けません。私は人を裁く程の器ではないし、裁きたいとも思ってません。私の大事な人や大切な人以外の命を背負いたくないからです。私は弱い人間ですから。でも、私の友人や大切な人を傷つけた時には非情になる決めてますよ」
俺は人を殺したくないが、俺の大切な人を傷つけた時は全力で力を振るうだろう。それが、俺の正義だと思う。
「はい、セイジロウさんはそれで良いと思います。曖昧な意思で力を振るうより、しっかりと自分の意思を持った方が良いと思います。きちんと自分の中で線引きが出来ればセイジロウさんは大丈夫ですよ」
と、シンディさんは微笑みなが言ってくれた。いつの間にか俺の悩み相談みたいな話しになっていたが、その後はランクアップ試験についての作戦会議に話は移った。
△▽△▽▽△
ランクアップ試験の盗賊討伐では、基本は捕縛で行くことに決まった。
盗賊一味は男女合わせて十五人程の人数で、ルインマスの街から二日ほど離れた森の中に拠点があるそうだ。街と街をつなぐ街道で商人の一行を襲っている盗賊だ。
火水祭の前後に現れた盗賊らしく被害も数件に及んでいる。ギルドの方でも調査をしてつい先日に盗賊一味の拠点を見つけたそうだ。その討伐が今回のランクアップ試験になったわけだ。
通常なら冒険者ギルドで討伐依頼として出すのだが、ギルドマスターの権限で俺に回ってきた形だ。普通ならBランクアップ試験で盗賊の討伐試験なんてものはない。だいたいがCランクアップ試験の時にあったり、人を殺めた事がない新人冒険者が試験として受けるとシンディさんから聞いた。
今回は俺が人を殺めた経験が無い為にこのような逆の試験内容になったらしい。
「セイジロウさん、明日は盗賊討伐に向けて準備をします。そして、明後日の早朝に出発します。準備はセイジロウさん一人で出来ますか?」
「準備は夜営道具とかで良いのですか?」
「基本はそれで構いません。あとは、捕縛用の縄と身を守る武器と防具があれば問題ありません」
あー、そういえば武器屋と防具屋を見て回るはずだったんだよな。
「分かりました。では、明後日の早朝にギルドで待ち合わせをしましょうか?」
「はい、そうしましょう。移動は馬車にしますか?」
俺だけならマダラと一緒に移動できるけど.....マダラに聞いてみるか。
『マダラ、聞いてるか?』
『なんじゃ、セイジロウ』
『明後日の盗賊討伐に向かう時だけど、シンディさんをマダラに乗せてもいいか? 二人ぐらいなら余裕で乗せられるだろう?』
『ワレはセイジロウの守護者じゃぞ? 主以外を背に乗せるわけがなかろうが。その受付嬢とは知らぬ仲ではないがダメじゃ。こればかりは譲れん』
『そっか。分かった、ありがとな』
と、シンディさんには悪いけどちょっとマダラの言葉が嬉しかった。ちゃんと、マダラが俺を主だと言ってくれた事が嬉しかった。
話の最中に黙ってしまった事をシンディさんに謝罪して、馬車の手配をしてもらった。
一応、冒険者ギルドからのランクアップ試験という事もあって、馬車の手配料や御者は用意してくれようシンディさんが取り計らってくれると言ってくれた。
「では、明後日にギルドでお待ちしてます。セイジロウさんなら必ず試験は合格するとしんじてますから」
と、期待に満ちた笑顔で挨拶をしてシンディさんは冒険者ギルドへと戻って行った。
俺はその後、陽暮れまで元々の予定だった武器防具屋巡りをして一日を終えた。