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天使の述懐  作者: 多胡真白
第1章 1854年 秋
1/10

ロンドン・ブリッジ駅にて (1)

 私がこうして彼女の「イン・メモリアム」を書かねばならないのは不自然に思えてならない。私はここ何年も病気で部屋に閉じこもった暮しをしているが、彼女はといえばほとんど最後の時まで健康と生気にあふれんばかりであったのだ。彼女が亡くなる一六日前に、私は彼女から一通の手紙を受け取った。救貧院の仕事に傾ける彼女の精根のすべてを語り、あわせてすでに始まっていた自分の病気に触れて、けれども「ご心配くださらないで」と私に言うのであった。しかしここにこうして書いているのは「イン・メモリアム」ではない。これは戦闘の<<鬨>>の声ーー彼女が私に書けと命じたも同様の<<鬨>>の声なのである。彼女のいた持場を占めて隊列を補充する後継者たちを求める切なる声なのである。


「アグネス・エリザベス・ジョーンズの想い出」への序文

(「アグネス・ジョーンズをしのんで」ナイチンゲール著作集 第三巻)


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 1854年10月21日土曜日、午前5時。私はロンドン・ブリッジ駅のホームの北側から、朝霧に覆われたロンドン大火記念塔を眺めていました。霧の中にかすかにシルエットが浮かぶ塔は一際高く、初めてロンドンを訪れた旅行者は煙を吐かない巨大な煙突だと勘違いしてしまうかもしれません。聖マーガレット教会の跡地に建てられた塔の高さは202フィート(約62メートル)あり、この数値は現在の塔の位置からロンドン大火が始まったパン屋までの距離とほぼ同じと言われています。

 約200年前に起きた大火では、幸いにも死者は少なかったと聞くものの、1万軒以上の建物が無残に焼け落ちました。当時の建築物は木造であったために火が燃え広がりやすく、大火をきっかけにロンドンは煉瓦と石の街に生まれ変わりました。不謹慎だとお叱りを受けるかもしれませんが、多くの市民が思い出の詰まった家を失い嘆き悲しんだのと引き換えに、当時ロンドンを7万以上の死で埋め尽くしたペストの流行が収まったのは、不幸中の幸いと言えましょう。

 ペスト患者の治療にあたった医師や看護婦は、さぞや遣る瀬ない気持ちだったに違いありません。原因も治療法もつかめず、懸命の看護も虚しく容赦なく死が訪れ、遺体の埋葬が追いつかずに積み上げられ、死者を弔う精神的余裕もなかったことでしょう。

 悪魔の感染病は彼女達にも襲いかかりました。ペスト患者に長時間接した彼女達は、次々とペストに感染しました。彼女達だけでなく、死者を葬る墓掘人も感染から逃れられませんでした。それでいながら、しかし、街は看護婦にも墓掘人にも事欠きませんでした。お客が減って休業せざるを得なくなった労働者が看護師や墓掘人として働いたからです。悪魔が街に居座った間、人々は何も生産できずにただただ死にゆくのみでした。

 テムズ川を跨ぐ鉄道橋を見下ろせば、貨物の運搬に携わる人々の逞しく働く姿が見えます。積荷が入った木箱が荷馬車で運ばれてくると、ウインチが鋼鉄のワイヤーできりきり音を立てながら吊り上げて貨物船に載せて、川の流れに乗った貨物船は、鉄道橋と鉄道橋に並行するロンドン橋の二つのアーチをくぐり、汽笛の音を鳴らして川を下って行きます。もしも私が200年前に生まれていたとしたら何ができたのだろうかと、考えても詮無いことが今はひどく気になりました。

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