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お見合いよりも先の恋  作者: ココロ
5/5

誕生日

随分と間が空いてしまいました。すみません・・・。待ってくださっていた方、ありがとうございます!(いるのだろうか?)

それでは本編へどうぞ!(語彙力が・・・)

 今日はいよいよハイスの誕生日。だというのに、何故か私は現在、お見合い相手と向かい合っている。無論、連れてきたのはハイスだ。

(だっから、私の好きな人はハイスなんだってばー!)

心の中で地団駄を踏みながらも表面ではニコリと笑顔を作っていた。

相手の方はひたすらに私を褒め、自分がいかに私にふさわしいかを力説していた。

(楽器が弾けて、絵画も得意。どちらも賞を取った事がある・・・ね。だから何なのよ。ハイスはヴァイオリンで毎年コンクール入賞しているわ。絵なんて、一度鑑定士の方に売ってくれと声をかけられたこともあるんだから。私だって、ピアノでは賞を頂いているし。まぁ、それもハイスの指導の下なんだけど。そう考えると、ハイスって何者なのかしら?苦手な事ってない気がするわね。それとも私が知らないだけかしら?)

「あの、お嬢様・・・?」

後ろから、小声でメイドが名を呼んだ。

しまった。考えるのに没頭して返事を忘れていた。

私はコホンと咳払いを一つして、相手を見据えた。

「い、如何でしょう。ストラ姫?」

相手の方はゴクリと息を飲み目を泳がせた。

「・・・好みではないですわ」

そう言い放って、私は残り半分の紅茶を飲み干した。


 部屋に戻った私は、帰って行くお見合い相手を窓から見下ろしていた。

「まったく。これで何度目よ。相手にも悪いし、いい加減に気付いて欲しいわ。・・・いっそ、ハイスに私の気持ちを言った方が」

(って、何言ってるのよ私!それが出来たら十年も片思いなんてしてないわよ!)

自分に怒りながら、部屋の中央にある椅子に座り、目の前のテーブルに頬杖をついた。

(ハイスの誕生日なのに、こんなことで二時間も時間を取られるなんて・・・。よりによってなんで今日お見合いを取り付けるのよ)

なんて思っていると、扉が音を立てた。

(ハイスかしら)

「どうぞ」

そうは思いつつも、違ってはいけないと思い、一度姿勢を正し、落ち着いた声で返事をした。

「失礼します」

そう返ってきた声は、確実にハイスのものだった。

それがわかった途端に、張っていた気が緩みそれと同時にわがままな子供のような不満な気持ちがフツフツとわき上がり、私は不機嫌に扉から顔ごと背けた。

「ストラ様。お疲れ様でした」

扉が開くのと同時にそう声がかけられた。紅茶を淹れてきてくれたのだろう。白いおしゃれなワゴンに一人分の紅茶セットが乗っている。

(お疲れ様じゃないわよ。もう・・・)

すると、ハイスはお小言の様な口調で近付いてきた。

「ストラ様。いついかなる時でも挨拶、返事はキチンとしないといけませんよ。先ほどもそうでしたが、この国を背負って立つ方が物思いにふけって相手への返事を怠るなど、評判が下がってしまいますよ?」

「わ、わかっているわ。さっきはたまたまよ。今度から気をつけるわ」

「そうしていただけると助かります」

チラッとハイスの方を見ると、ハイスは紅茶をティーカップに注いでいた。ふわりと柔らかな香りが鼻をくすぐる。

ティーカップが前に置かれ、私は「ありがとう」と言って一口紅茶に口をつけた。

(美味しい・・・)

ハイスの淹れてくれる紅茶は、心のモヤモヤもイライラも晴らしてくれる。お茶がいいのか、ハイスが淹れてくれたからなのかわからないが、一口だけでとても安心する。

すると自然と落ち着いて言葉が出てきた。

「ねぇ、ハイス。この後はもう何も予定はないのよね?」

「はい。お見合いも終わりましたし」

今日も見事な切り捨てっぷりでした。と付け加えて答えてくれたが、私が知りたいのは私の予定ではなかった。

「違うわ。そうじゃなくって、ハイスの予定よ」

「僕の?聞いても楽しいことはないですよ」

キョトンとして言うハイスに、私は食い下がる。

「いいの。私が聞きたくて聞いているんだから。早く答えて」

「そうですか。僕は、この後庭の手入れがありますよ。それと、少し書類が残っていたような気もします」

「そう・・・」

(残念ね。何もなければこのままここでプレゼントを渡したかったのだけど。仕事じゃ仕方ないわ)

無意識のうちに、シュンとした気持ちが面に出たのだろう。ハイスが

「どうかされました?」

と首をかしげた。

私は慌ててパッと顔を上げ

「い、いいえ!なんでもないわ!」

と笑って、残っている紅茶を一気に飲み干した。

すると何も言わずともハイスはおかわりを注いで置き直してくれた。

(やっぱり、忙しいわよね。こうなったら私もお庭についていってそこで渡すしかないわ。ああでも、迷惑になるかしら・・・)

ハイスなら、ダメな時はダメと言ってくれるので聞いてみる。グダグダ自分の中だけで考えたって仕方ない。

「ねぇハイス」

緊張していて紅茶を見つめたまま名を呼んだ。

「はい?」

(やっぱり迷惑かしら・・・)

またそうよぎったが、意を決して顔を上げた。でも、いざハイスの顔を見ると緊張が再来する。

「そ、その。お、お庭についていってもいいかしら」

「え?」

なんだか手元が落ち着かなくて、人差し指を付き合わせて弄ってしまう。

ハイスは不思議そうな顔で首を傾げた。

「構いませんが、来ても面白いものはありませんよ?」

その返事を聞き、私はホッとした。

「いいの。私が行きたいんだから」

「そうですか。わかりました。では、着替えてからいらしてくださいね」

ハイスはニコリと微笑んだ。

「先に行っちゃうのね・・・」

(待ってて欲しいけど、そうよね。ハイスはお庭での準備があるものね)

その先のわがままを残りの紅茶で流し込んだ。

「・・・?着がえを手伝って欲しいんですか?」

(なっ!?)

とんでもない誤解をしたハイスに飲み込みかけた紅茶が変なところに入りむせ返った。

「大丈夫ですか?!」

心配して背中をさするハイスを無視して、一緒に流し込むはずだった本音を吐き出した。

「ち、違うわよ!待っててくれないのかって言ってるの!」

けれど、これでも伝わらず

「ストラ様は僕に覗きをしろと・・・?」

困惑しきった顔で言われ、私は机をダンッとし叩きたいのを堪えた。

「だから!違うわよ!あーもう!なんて言ったら伝わるのかしら!」

私の思いを正確に伝える言葉を探した。すると、ハイスはクスッと笑った。

「冗談ですよ」

「んなっ!」

「さて。ではこちらは片付けますね」

「え、ちょっ」

まだ驚き途中の私を他所に、ハイスはマイペースにティーセットを持って去っていった。

部屋に残された私は、数秒閉まった扉を見つめ、そのうちストンと浮きかけた腰を下ろした。

「はぁ~。こんな調子じゃ告白してもうまく伝わるか不安だわ・・・」

少し顔を曇らせながら、ハイスへのプレゼントが入っている引き出しを見つめた。

「なんて悩んでる場合じゃないわね。早く着替えて行かないと」

椅子から立ち上がり、外出用の動きやすい服に着替える。

緑を基調とした膝丈のワンピースに紺色のタイツを履いた。

そして、机の引き出しを開け、青い包みに黄緑色のリボンのついたシンプルな箱を取り出しポケットに入れた。

(ハイス。喜んでくれるかしら)

ハイスの笑顔を想像すると、不安はどこかへ消え去り、自然と頬が緩んでしまう。

なので、部屋を出る直前に頬をぴしゃりと叩き、気を引き締めた。

「よしっ」

扉を開けて部屋を一歩出た。その時。

「ストラ様」

(えっ?!)

ハイスの声がして、私は声の方を振り向いた。

「ちょうどよかったです。今、呼びに行くところでしたので」

歩いてきたハイスは私が驚いていることに気が付くと首を傾けた。

「どうしました?」

「どうして。先に行ったんじゃ」

「ええ?ストラ様を置いてですか?そんなことしませんよ」

目を丸くする私より不思議そうにしているハイスにさらにこちらも目を丸くする。

「でも、さっき着替えてからいらしてくださいって」

そこまで言うと、ハイスは私の言いたいことを察してくれたようで、ああ、と頬を緩めた。

「すみません。言葉が足りませんでしたね。いらしてくださいというのは、お庭に直接ではなく、僕の部屋に、というつもりだったんです」

(なんだ。そうだったのね)

私はほっと胸を撫で下ろした。

「では、行きましょうか」

ハイスはニコッと笑って、私の手を引いた。

「ちょっと。私を子供扱いしないでくれるかしら?手を引かれなくても自分の家のお庭くらいちゃんと行けるわ」

手を握ってもらい、嬉しい反面気恥ずかしくて思わずそう言ってしまった。

(私のバカー!せっかく自然にハイスと手が繋げたのに!しかも、エスコートだから正式な理由で城内の方達に見られても何の問題も無いっていう最高の条件下だったのに!)

一瞬だった手の温もりが逃げないように、空いた手を優雅に押さえるフリをしてギュッと握り込んだ。


 「な、何よこれ・・・」

庭を見た瞬間に、自然とこぼれた。ハイスを見るとハイスも苦笑している。でも、驚いている様子はないので、わかっていたのかもしれない。

庭は折れた枝や草花が散乱していて、ガゼボの方も同じような状態だった。

「昨夜は風が強かったですからね。なんとなく予想はしていましたが、まさかここまでとは」

(そっか。昨日の風で・・・)

「せっかくハイスが毎日お世話をしているのに・・・」

足下に落ちているつぼみのついた枝を拾い上げた。

すると何故かハイスがクスッと笑った。

「なに笑ってるのよ。お庭がこんなことになってるのに」

「すみません。なんでもありませんよ。お庭を掃除するので、待っていてください」

「ええっ。私も手伝うわよ」

「いえ。お嬢様であるストラ様にそんなことさせられませんよ」

「でも、この広さでこの量は一人じゃ大変よ。今日は動きやすい格好してるから掃除くらい出来るわ」

「ですが」

ハイスがこういうことで渋るのはいつものことだ。でも、今日ばかりは引き下がるわけにはいかない。立場なんかより、今日の主役の方が大事に決まっている。

私はハイスの良心につけ込むことにした。

「それとも、私がいると邪魔かしら・・・?」

「っ!」

優しいハイスがそんなことを言われて、「はい、邪魔です」なんて言えるはずがない。十年見てきた私の最終手段だ。

「・・・わかりました。軍手を持ってくるので待っていてください」

負けました、と微笑むハイスに私はパッと目を輝かせた。


 作業を始めて三十分くらいたった頃。

「意外と疲れるわね・・・」

ホウキを杖にしてうなだれた。

(改めて尊敬するわ。ハイスのこと。掃除だけでも大変なのにお世話まで一人でしているんだから。やっぱり、新しくもう一人くらい増やした方がいいわよね)

以前からハイスには何度かそう声をかけているのだけど、ハイスは

「お気持ちはすごく嬉しいのですが、昔から僕が見ているので僕がやりたいんです」

と言う。ハイスは真面目すぎるのだ。

「お疲れ様です。ストラ様」

水やりをしてきたのか、空になった少し大きめのジョウロを持ってハイスがやって来た。

「ストラ様のおかげで、早く終わりました」

そう言いながら、空だと思っていたジョウロで、私のそばの花に水をやった。ちょうどそれで水が出なくなったので、ここで最後だったらしい。

「大袈裟よ。私は少し掃いただけだもの。むしろあんまり役に立てなくて申し訳ないわ」

「またまたご謙遜を。今までにないくらい動いてくださったじゃないですか」

「それはどういう意味かしら。普段動いていないみたいに言わないで」

「失礼しました。では、お詫びとお礼を兼ねてチョコレートをあげましょう」

そう言うとハイスはチョコレートをウエストポーチから取り出した。

(ハイスからのチョコレート?!)

今日は別にバレンタインではないが、ハイスからチョコレートというだけでとんでもなく嬉しい。というのも、私はチョコレートが大好きなのだ。そしてハイスはそれを知っている。

(欲しい!でも、今日はハイスの誕生日。私がもらっちゃ立場が逆になっちゃうわ)

手が伸びそうなのを抑えて、体ごとハイスから目をそらす。

「子供扱いしないでくれるかしら。私は別にご褒美欲しさに手伝ったわけではないわ」

そう言った。が、目だけは正直にハイスの手に引き寄せられていく。それでも、自分を叱りまた目をそらす。それを二、三度繰り返しているとハイスに笑われてしまった。

「な、何笑ってるのよ・・・」

「いいえ?」

そう言いながらもクスクスと笑うハイスをムゥッと睨む。

笑いが収まると、ハイスはチョコレートをポーチに戻した。

「さてと。掃除も終わりましたし中へ戻りましょうか」

ハイスはジョウロを元あった場所に戻し、城の方へ歩いていく。

「あっ、待って!」

(渡すなら今しかないわ!)

「はい?」

五、六歩先から戻ってきながらハイスは尋ねた。

「どうかしました?」

「え、えっと・・・」

いざ渡すとなると緊張する。人生で初めてのプレゼント。ハイスがそんなことするわけがないとわかっているのに、拒否されたらどうしようとか嫌な顔させちゃったらどうしようとかそんなことを考えてしまう。そのせいで口も手も上手く動いてくれない。

(渡すのよストラ。でも先に何か言わなきゃ。ハイスが待っているわ。早く、早く)

うつむいてしまう自分を急かしていた。すると、目の前にスッとさっきのチョコレートが現れた。

(え?チョコレート?)

顔をあげると、ハイスが子供を見るような目で微笑んでいた。

「な、何かしら?」

意図していることがわからず、尋ねてみるとハイスは、あれ?と目を丸くした。

「チョコレートが欲しかったんじゃないんですか?」

なんという誤解だ。いや、誤解ではないといえばそうなのだけど今は違う。

ハイスにそう思わせてしまう態度だったのかと、顔に熱が集まる。

「ち、違うわよ!」

ついそう怒鳴ってしまった。

けれど、ハイスは気にする様子もなくまたチョコレートを戻し首をかしげた。

「では、どうされたんですか?」

「あっ、えっと」

改めて尋ねられ、挙動不審になってしまう。

(落ち着くのよ。私は次期王女。これくらいのことやってのけられなくてどうするの。おめでとうと言って渡すだけ。それだけなのよ。うん。そうよ。それだけよ)

私は意を決して、顔を上げた。

「ハ、ハイス!」

「・・・」

思いっきり声が裏返ってしまった。ハイスもキョトンとしてしまっている。

恥ずかしくなり、決したはずの意が崩れそうになった。

「何ですか?ストラ様」

優しく降ってきたハイスの声に、私はほっとした。今の状態なら、落ち着いてプレゼントを渡すことが出来そうだ。

「・・・ハイス。これを受け取って欲しいの」

ようやく私はその言葉を絞り出し、ポケットから先ほどの箱を取りハイスに差し出した。

「これは?」

受け取った箱を見ながら言ったハイスに、早く開けるよう促した。

「い、いいから、開けなさい」

ハイスの反応が見たい反面、怖くてまともに見られず、ギュッと目を閉じてしまう。

(いらないって言われたらどうしよう・・・)

目の代わりに、反応だけは聞き逃すまいと耳を傾ける。

すると聞こえてきたのは

「わぁっ。とても綺麗ですね。どうされたんですか?」

いつもと変わらない声色だった。

用途を言わなかったからハイスへのプレゼントだと伝わらなかったらしい。

「ハ、ハイスへのプレゼントよ」

「え?」

「今日、ハイスの誕生日でしょう。だ、だから日頃の感謝の気持ちも込めて、プレゼントを・・・」

そう説明すると、ハイスはまじまじとペンダントを見つめた。

(嫌そうではないけれど、嬉しそうでもないわね。もしかして、好みではなかったのかしら。それで、ハイスは優しいから言うに言えなくて・・・。困らせちゃったのかしら)

焦る気持ちが私の口を勝手に動かした。

「あ、青が好きだと前に言っていたから、選んだのだけど、気に入らなかったかしら・・・?」

うるさい心臓を押さえるようにして、ハイスに聞いた。すると、ハイスは穏やかな笑みを浮かべ、首を横に振った。

「いいえ。すごく嬉しいです。さすがストラ様。センスも抜群ですね。ありがとうございます」

そう言ってハイスはにっこりと笑った。

正直、今までで一番の笑顔だ。心臓が口から飛び出てそのまま持っていかれるのではないかと思うほどドキンと高鳴った。

それを隠すように体を背け、肩にかかる髪を指に巻き付けた。

「僕の誕生日、覚えててくださったんですね」

私はハッとした。

今まで私が誕生日にしていた手伝いや仕事の減量は誕生日によるものだとは思われていなかった。少しだけその事実にがっくりしながらも、伝えるチャンスだと息を飲む。

「と、当然でしょう。傍にいる人間の誕生日くらい覚えているわ。・・・すっ、好きな人だと特に」

言ってしまった。

『ストラ様。僕のこと、好きだったんですね。気が付かなくてすみません』

『い、いいのよハイス。今わかってくれたのならそれで十分嬉しいわ』

『ストラ様・・・』

『ハイス・・・』

(キャーッ!そんなことになっちゃったりしてー!)

一人で妄想を起こしていて、ハイスの反応を聞いていなかった。我に返りハイスに向き直る。

「ストラ様」

(きたっ!)

「ありがとうございます。嬉しいです」

ニコッと微笑んだハイス。しかし、その笑顔はいつもと同じだった。

(ですよね・・・。っていうか、なんでこれでも気付かないのよ!好きって言ってるのに!特別って意味も込めたじゃない!)

ニコニコしているハイスを恨めし顔で睨んだ。

(ハイスには、一語一句丁寧に言わないとダメなのかしら・・・。え、何よそれ。ハードル高すぎじゃない?)

「早速ですが、着けてみてもよろしいですか?」

そんな私には気付かず、ハイスは笑顔のまま聞いた。

(あっ。そうだ。着けたところ見てみたいわ)

「もちろんよ」

(むしろ早く着けなさい)

ハイスは、ありがとうございますと言ってペンダントを取り出し、箱は丁寧に包み直してポーチに入れた。

後ろ髪を上げ、ペンダントを着ける仕草が既に格好いい。一瞬、上手く着けられなかったのかもたついて、今度は可愛い。

(もうっ。ペンダント一つ着けるだけでなんでいくつも要素を盛り込んでくるのよ!)

衝動をぶつける当てがなく、持て余しているところにハイスが声を掛けた。

「どうですか?似合ってます?」

そう言ったハイスは、恥ずかしそうにはにかんでいて、私は目を疑った。と同時に胸を撃たれた。とんでもなく似合っているペンダントにいつもは見せないはにかみのコンボを食らい、平然とできるわけがない。不覚にも固まってしまった。

「ストラ様?」

私の顔の前でおーいと手を振るハイス。それで私は我に返り、ハイスと目を合わせた。おかげで遅れて顔が熱を帯びた。

「もしかして、似合ってませんでした?」

困ったような顔で言うと、ハイスは首の後ろに手をやった。

私は慌ててそれを止めた。

「ご、ごめんなさい!違うの!そんなことないわ!」

ハイスは驚いた様子で手を止め、スッと下ろした。

「そ、その。似合ってないとかじゃなくて、むしろ逆で。だから、えっと、その」

(な、なんて言えばいいのかしら。似合いすぎて見とれていたなんて恥ずかしくして言えないわ)

プチパニックを起こしつつも、言葉を探しているとクスッと笑う声が聞こえた。

下がっていた目線を上げると、ハイスが優しく笑っていた。

「ありがとうございます。今日は素敵な誕生日です」

そう言われ、表情との相乗効果でまたもや見とれてしまう。でも、それ以上に言いたい言葉が不思議なくらいフッと頭に浮かんだ。

「産まれてきてくれてありがとう。ハイス」

いつもなら気恥ずかしくて言えないことなのに、今だけ、この瞬間だけは真っ直ぐ伝えられた。この度胸が告白にまで至ってくれればいいのに、そうもいかないようだ。

「ありがとうございます。懐中時計と同様、宝物にしますね」

(そうだったわ。私、贈り物をしたのはこれが初めてではなかったわね)

「だから大袈裟よ」

今さら恥ずかしさが込み上げてきて、私はぷいと顔を逸らした。

(あっ。レイスにお揃いのペンダント買ったこと、言った方がいいかしら。兄弟で同じ物持ってるって、嬉しいものなのではないかしら!兄弟いないからわからないけれど)

そう思い、レイスにも同じ物を買ったことをハイスに告げた。

「そうだわ。それ、レイスと色違いなの。先日お買い物に行った時にプレゼントしたのよ。レイスには赤のペンダントをあげたのだけど、大丈夫だったのかしら」

ペンダントを見つめていたハイスは、それを聞くとバッと顔を上げた。

「赤はレイスの好きな色です!ありがとうございますストラ様!」

自分がプレゼントをもらった時よりも嬉しそうな顔をしていた。

(やっぱり自分より周り第一なのね・・・)

呆気なく先ほど出た笑顔新記録を塗り替えられてしまった。

「まったく。本当にハイスは・・・」

心の声が少し漏れてしまった。幸い、ハイスにははっきりとは聞こえていなかったようで、「はい?」と聞き返された。

「何でもないわ。それよりも、すごく似合っているわよ、そのペンダント」

「・・・?それ、先ほども言われましたよ?」

「さっきはちゃんと言えなかったもの。せっかく似合っているのに曖昧にするのは嫌だったのよ」

すると、ハイスはニコリと笑いながら質問をしてきた。

「レイスとどちらが似合っていますか?」

「そんなの、ハイスに決まってるじゃない」

「え?」

「へ?」

ハイスが目を丸くしたので、私も目を丸くする。

(え・・・?今、私何を)

次の瞬間、私の顔がブワッと一気に熱を帯びた。

「~~っ!」

質問が理解できなかったわけではない。しっかりと聞き、意味も理解していた。心の中で確かにそう思った。しかしそれが間も空けず口から飛び出したのだ。即答である。

「ち、違うの!いや、違わないけど、でも今のはそういうんじゃなくて!」

尚も目を丸くしているハイスに、私は顔の前でブンブンと両手を振った。

(何やってるのよ私!こんな形で気持ちがバレるなんて嫌よ!)

時計の秒針より速く脈打つ鼓動。

けれど、それは入らぬ心配だったようで。

「そういうの、とは?」

キョトンと首をかしげるハイスにピタリと固まる。そして、一度深呼吸をして心を落ち着かせた。

コホンと咳払いをし、いつもの調子に戻して口を開いた。

「何でもないわ。その、さっきのは、レイスには着けてもらえなかったから、比較できないという意味よ。対象がないのだから、比べようがないでしょう?」

「そうですね。でもきっと、僕に似合っているのならレイスにも似合うと思いますよ。双子ですし」

「何言ってるのよ。双子でも、ハイスとレイスは全然違うわ」

「!」

(まぁ、確かにレイスにも似合うでしょうけど)

「それは、僕らが服を取り替えてもわかりますか?」

(・・・双子だからかしら。同じ事を聞いてくるわね)

レイスと初めて会った日、レイスにも同じようなことを言われたのを思いだした。

「それは取り替えてみないとわからないわ。私は、服を取り替えたあなた達を見たことがないもの」

「そうですか」

「ええ。でも、自信はあるわよ。だって、ハイスは毎日見ているもの」

「ふふっ。そうですね」

そう笑ったハイスは、どこか嬉しそうだった。

「では、そんなストラ様にチョコレートをあげましょう」

「なんでそうなるのよ!」

「冗談です。でも、プレゼントのお礼に受け取ってくれませんか?今は、これくらいしか持っていないので」

「嫌よ。誕生日プレゼントのお礼なんて。プレゼントする意味がないじゃない。それじゃただの物々交換よ」

「いえ。プレゼントをたくさんもらってしまったので、そのおつりです。これでもまだ足りないくらいですが」

「さすが兄弟ね・・・」

「え?」

「こっちの話よ。それより、私はペンダント一つしかあげていないわよ?それ、そこまで高い物ではないし。だからおつりが出るのはおかしいわ」

するとハイスは目を細めた。

「もらいましたよ。とっても素敵な物を」

「???」

(私、何かしたかしら?)

今日一日を振り返って、思い当たる事柄を思い出そうとしていると

「いいんですよ。僕が勝手にもらったようなものなので」

「どういうこと?」

「変わらずストラ様は素敵な婚約者を見つけてくださいということですよ」

(ますますわからないわ。というか、私が結婚したい人は決まってるんだってば・・・)

私の気持ちなんて知らないハイスは、笑顔で

「今度こそ、中へ戻りましょうか」

などと言って私に手を差し伸べる。

私は鈍感なハイスへの不満と、自分の気持ちをハッキリ言えないもどかしさでその手をスルーした。

「こ、子供じゃないんだから、手を繋がなくても戻れるわ」

「それは失礼しました。ボーッとしていることが多かったので少し不安で。大丈夫ならよかったです」

「誰のせいよ・・・」

「?」

「なんでもないわ!ほら、早く戻りましょう」

私は早足で庭に背を向けた。

「あ」

しかし、私は一歩踏み出したところでその足を止めた。

「どうしました?ストラ様」

後ろからついてこようとしていたハイスが私より一歩先へ行き、私の顔を覗き込んだ。そして、視線の先を追うと「おや」と漏らした。

「レイス~」

ハイスは手を振って、門から真っ直ぐ城内を歩くレイスを呼んだ。

ぼーっと建物の上の方を見ていたレイスは、呼ばれた瞬間に、迷いなくしっかりとこっちを向いた。

「兄さん」

レイスは駆け足でやって来た。

「レイス。久しぶりだね。どうしたの?」

久しぶりに聞いた敬語が外れた口調に胸が高鳴った。

そんな私をよそに二人の会話は進んでいく。

「どうしたのじゃねぇよ。兄さん、誕生日だろ」

「うん。でも、レイスもだね。誕生日おめでとう」

「おう・・・」

「珍しいね、レイスがここに来るなんて。初めてじゃない?」

「迷惑なのかよ」

「ううん。嬉しいよ。今年の誕生日はいいことばっかりだな」

「何かあったのか?」

「ふふっ。これ、ストラ様に頂いたんだ」

ハイスは私があげたペンダントをレイスに見せた。

すると、レイスは少し顔を赤くした。

「レイスもストラ様に頂いたって聞いたよ。色違いだけどおそろいだね。・・・ん?どうかしたの?」

自分のペンダントを見て微笑んでいたハイスは顔を上げ、レイスの顔を見ると首をかしげた。

「い、いや。なんでもねぇ」

一度目を逸らしたレイスの首元を見ると、ペンダントの石の部分は服の中に入っていて見えないけど、細いチェーンが掛かっていた。

(あっ。なんだかんだいって気に入ってくれてたのね。よかった)

兄弟の会話には口を挟まず、心の中でひっそりと思った。

「それより、誕生日おめでとう。兄さん」

「ありがとう。レイスもおめでとう」

「俺はさっき言われたっつの」

ため息交じりに言うとレイスは青い紙袋を差し出した。

「んで、これ」

「これは?」

「その。あんま金ねぇし、今兄さんが何持ってるのかもわかんなかったから、菓子」

ハイスが中の物を出すと、それは青いリボンの掛かった袋で、その中身はクッキーだった。

「わざわざ作ってくれたの?ありがとう!」

ハイスが笑ってお礼を言うと、レイスは「別に」と目をそらした。照れているようで頬が赤い。

「でもごめんね。レイスが来るなんて思わなかったから、僕何も用意してないよ」

「いーよ。兄さんには金とか送ってもらってるし、それで十分だ。俺も、母さんに言われなきゃ何もしなかっただろうし」

「ありがとう。レイスは優しいね」

そう言ってハイスはレイスの頭を撫でた。するとレイスはその手を払いのけ、一歩身を引いた。

「ちょっ、やめろよ。ガキ扱いすんな!」

「そんなつもりじゃなかったんだけど・・・」

「ったく」

悪態はついているが、表情はまんざらでもなさそうだ。

ここまでの流れを見ていて、私はハイスの表情や仕草にドキドキしながらも、何故かモヤモヤしたモノが黒煙みたいに胸の中に立ちこめていた。

胸元をギュッと握り、眉をひそめる。

(ハイスの笑顔は大好きなはずなのに、何かしら、この感じ・・・)

「ストラ様?」

「・・・。へ?」

時間差で私は顔を上げた。

すると、ハイスが不思議そうな顔で私を見ていた。レイスも片眉を下げて見下ろしている。

「大丈夫ですか?顔色があまりよろしくないですが、具合でも悪いのですか?」

「い、いえ!そんなことはないわ!元気よ!」

「本当ですか?胸を押さえていらっしゃったように見えましたが」

「ほ、本当よ。本当になんでもないから心配しないで」

笑って言うと、ハイスはまだ腑に落ちないといった様子で、それでも「そうですか」と頷いた。

(自分でもわからないなんて・・・こんなこと初めてだわ。今日はハイスの誕生日なのに、こんなの)

私の思考が“ふさわしくない”という言葉を見つけた途端、どくりと胸の奥で鈍い音が聞こえた気がした。それから、いてもたってもいられなくなった私はその場からそそくさと歩き出した。

「ハイス。少しお母様に用事があるから先に中に入っているわね」

「でしたら僕も」

「いいの。すぐ済むから。ハイスはレイスのおもてなしをしておいて」

ついてこようとしたハイスに遮るように言って、私はそのまま歩いた。

そして、二人の死角に入ると走って部屋へ戻った。

すごく不自然なのはわかっているが、それでも今はあの場にいてはいけない気がしたのだ。

(ごめんなさい。ハイス)

私は、初めてハイスに嘘をついた。

作品を読んでくださりありがとうございます!本当にマイペースでどうしようもないやつですが、これからも読んでくれると嬉しいです!

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