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お見合いよりも先の恋  作者: ココロ
3/5

ハイスの家族

 今日はハイスと街に来ている。

「ハイス。洋服が見たいわ。付き合って」

「はい。ストラ様」

唐突な要求に嫌な顔一つせず、ハイスは微笑んだ。国民が周りにいる手前、いつものようにラフに話せないのがすごく惜しい。

「夏用のお召し物ですか?」

「ええ、そうよ」

(さすがハイス!私のことわかってるわね!・・・その調子で私の気持ちもわかってくれないかしら)

今日ハイスを私の買い物に付き合わせたのは、私の服を選んでもらうのを口実にハイスの好みを把握するためだ。

実を言うと、今まで私の買い物に付き合ってもらったことはあるが、服を選んでもらったことはなかったのだ。

(いつもいつも、私が選んだ服を「似合っていますよ」ってワンパターンに言うだけなんだから!たまにはハイスが似合うと思う洋服を選んで欲しいわ)

「あっ。ストラ様。あちらのお店はいかがでしょう」

ふと、ハイスに言われ私はそちらに目を向けた。

そのお店は、全体的にピンク色の可愛らしい洋服店だった。

「あ、ああいう女の子らしいお店に私が・・・?」

「何を言います。ストラ様も立派な女の子ではないですか」

「け、けれど、私には」

「似合いますよ。ストラ様は顔立ちが整っていますから。自信を持ってください」

「そ、そういう問題じゃないわ。私は可愛いではなく綺麗な色が好きなの。だから、ピンクの服は私にはふさわしくないわ」

「そんなことおっしゃらずに。物は試しですよ」

「ええっ。ちょっ、ちょっとハイス。押さないで」

ハイスは笑顔で私の背を押し、洋服店へ連行した。

 私がお店に入ると、中にいた人達が皆こっちを見た。外があれだけあって、女性ばかりだ。

「ねぇ、あれ、国のお姫様じゃない?」

「ほんとだ。お姫様もお買い物とか来るんだ。意外」

「洋服はドレスとかじゃないんだ」

ヒソヒソとそんな声が聞こえる。

私は外出用の一般国民とあまり変わらない服を着ている。ハイスもこういった何気ない外出の時は私服に着替えてもらっている。

(街でも私の顔は知られているのね)

少し感心していると、別の話し声が耳に入った。

「ねぇねぇ。お姫様の後ろにいる男の人誰だろ」

「きっと召使いか何かよ。あんまりぱっとしない顔ね」

「そうね」

その内容に私はムッとした。でも同時に少し安心もした。

(一日見ただけのあなた達にどうこう言われる筋合いはないし、そもそもたった一瞬でハイスの魅力がわかるわけないじゃない)

一人でそんなことを思っていると

「ストラ様、大人気ですね」

耳元でコソッとハイスが囁いた。

「・・・少しは気にしなさいよ」

「?」

どうやらハイスには女の子達の会話の内容は聞こえていないらしく、小さく呟いた私の言葉にキョトンとしていた。

「それより、ハイスが連れてきたんだからハイスがこのお店で私に似合うと思う服を選びなさい」

我ながら素晴らしい理由だ。全然下心の見えない完璧な口実だ。入る前は少し嫌だったが今はむしろ無理にハイスが連れてきてくれたのは好都合だ。

(って、下心見えないとハイスに好きって気付いてもらえないじゃない!あ~もう!私のバカ~!)

不器用な自分の心にツッコミを入れる。

一方でハイスは、これまた惚れ直してしまう笑顔で

「わかりました。少し待っててくださいね」

と言った。

その顔に見とれていたが、後ろから聞こえた声に私はハッとした。

「かっこいい~」

「笑顔は意外と格好いいわね」

振り向いて見ると、女の子達が頬をお店の色のようにピンク色に染め、コソコソと話していた。

(ふふん。そうでしょ。ハイスは笑った顔“も”格好いいのよ。・・・でも、何かしら。この気持ち)

私は少しモヤッとした気持ちを抑え込むようにギュッと胸を押さえつつ、ハイスを押した。

「さっ。ハイス。早く早く」

「どうしたんですか?慌てなくてもまだ日は高いですから大丈夫ですよ」

「いいから早くしなさい!」

「変なストラ様ですね」

少し口調が強くなってしまったにも関わらずハイスは笑ってくれた。

「ストラ様。今はどの系統の色が多いのでしょうか」

「そういうのは考えないで、ハイスが思った物を持ってきなさい」

「・・・?わかりました。ですが、僕のセンスがもし変でも笑わないでくださいね?」

少し照れくさそうに言うハイスにキュンとした。

「わ、私が頼んでいるんだから笑ったりなんてしないわ」

「それは助かります」

そう言ってハイスは洋服の並んだ棚を見始めた。

(一体、ハイスはどんな服を選ぶのかしら。楽しみだわ)

「ちなみにストラ様。今回選ぶのはどういった場面での物ですか?」

「えっ。んー。そうね」

(面会用とか城内用って言えば、ハイスはそれにふさわしい物なんて言って選びそうね。ここは・・・)

「普段着かしら。外出したりお部屋でくつろいだりする時に着る用がいいわ」

「わかりました。・・・では、試着してみましょうか」

「ええ。・・・えっ?!もう決まったの?!」

「はい」

ニコッと微笑むハイス。

(随分早いわね。本当に選んだのかしら。まさか適当に目に入ったのを選んだんじゃ・・・。ううん。ハイスはそんなことする人じゃないわね)

ハイスに連れられ、奥の試着室へ向かった。

「着替えたら呼んでくださいね」

私に洋服を差し出し言った。

「え、えぇ」

試着室のカーテンを閉め、更衣を始めた。

 「・・・ハ、ハイス」

「着替え終わりました?」

「い、一応。あ、開けるわよ」

私は深呼吸をして、思い切ってカーテンを開けた。

すると、ちらほらとこっちを見ていた他のお客達が小さく歓声をあげた。けど、そんなのは正直どうでもよかった。感想を聞きたい相手はたった一人。

「・・・ど、どうかしら」

私はハイスを上目遣いに見た。

するとハイスは

「すごく、お似合いですよ」

と、見惚れてしまうほど優しくふわっと微笑んだ。

「ほ、本当?どのくらい?」

「どのくらい?そうですね。・・・具体的な数値も例えも浮かばないくらいです」

私の心臓はバネの様に勢いよく跳ね上がった。

嬉しすぎて叫び出したい衝動をなんとか抑えて平然として答えた。

「そ、そう。それならいいわ」

ハイスが選んだのは、白いワンピース。お腹の辺りにベルトのような装飾品が付いていて、胸元にはボタンを挟むようにしてレースが付いている。そのワンピースの下には黒いスパッツをはいた。

(ハイスは清楚な感じが好きなのかしら。それとも、モノクロが好きなの?)

それが気になり、尋ねてみた。

「ハイス。どうしてこれを選んだのかしら」

「どうして・・・。特に理由はありません。一目見た時に似合いそうだなと思っただけですよ。思った通り似合っていてよかったです」

「ハ、ハイスは好きなの?こういう洋服」

「あいにく、洋服の事はよくわからなくて。直感で選ばせてもらって恐縮なのですが」

ハイスは眉を下げて笑った。

「直感で選んだってことは、ハイスは本能で私がこんな服着てたらいいなって思ったって事かしら?」

少し冗談めかして言った。

「え?もちろんです」

「えっ」

(そ、それって、つまり、この服は正真正銘ハイスの好みって事?!こ、これは覚えておかないと!)

「だって、ストラ様は女性らしい方ですから。見た目もそうだと一層お見合い相手が気に入ってくださいます」

明るくなりかけた視界が一気に戻った。

(そうよね・・・。ハイス自身が私に何か求めてるわけないわ)

白い服とは相反して、私はずうんと落ち込んだ。

「どうしました?」

「・・・なんでもないわ。というか、普段着だって言ったわよね。お見合い相手の事なんて関係ないわよ」

「そういえばそうでしたね」

フフフッと笑うハイスに私はムゥッと頬を膨らませた。

「ハイスわかっててやったでしょ」

「はい。ストラ様は何を着ても素敵な方ですから」

ハイスは笑顔で言った。

(またそうやって誤魔化して・・・。ん?今、なんて?)

私はハイスの言葉を思い返してハイスを見た。

(い、今、ハイス、サラッと・・・!)

段々と顔が熱くなっていった。

「ストラ様?顔が赤いようですが大丈夫ですか?」

「だ、だだ、大丈夫よ。そ、それより、着替えるわ」

「はい。あっ、その洋服は買われますか?」

「せ、せっかく選んでもらったものを突き返せないわ」

そう言って私はカーテンを思いっきり閉めた。


 その後、追加で二、三着洋服を買い、お店を出た私達は街を歩いていた。

「ハイス。自分の荷物くらい私が持つわよ?」

「いえ。ストラ様には重い物ですから僕が持ちますよ」

「ちょっと。さすがに洋服くらい持てるわよ」

「本当ですか?落としたりしませんか?」

「もー!ハイスー!」

クスクスと笑うハイスに、周りに示しが付く範囲で怒る。

「すみません。フフッ」

「笑ってるじゃない!」

(まったく。ハイスはすぐ私をからかうんだから。まぁ、私が国の姫だから持たせないようにしてるんだろうけどね。そういうところ嫌いじゃないけど、でも、もう少し大人に見られたいわ。そうだ。もしかしたらハイスが私の事を好きにならないのは私の事を子供扱いしているからかもしれないわ。二つしか変わらないけど、ハイスにとっては私は子供っぽく見えるのかも。でも、私だって勉強もピアノもお茶もお花も頑張ってるし成果も出ているわ。そんなに子供っぽいつもりはないのに。何が足りないのかしら。積極性?名前呼ぶようにしてるし、最近は積極的な気がするんだけど。じゃあ、女子力とかいうあれ?料理だって少しは出来るし、お裁縫も出来るわ。とするとやっぱり、私自身の魅力が足りないのかしら。でも、顔を変えずに今の私を好きになって欲しいもの。顔以外の魅力でハイスの気を惹くしかないわ。けど、今までいろいろやってきたものね。今さら何をすれば・・・。ん?あれ?)

気が付くと、隣にいたはずのハイスの姿が見えない。

「ハ、ハイス?」

私はキョロキョロと辺りを見回した。

(ど、どうしよう。ハイスとはぐれちゃった?どう考えても迷子は私の方よね・・・。ハイス、どこ?)

少し泣きそうな気持ちになりながらさらに周囲を見回す。

(ハイス。ハイス。ハイス・・・!あっ)

すると少し先にハイスらしき後ろ姿が見えた。その姿を捉えてホッとした。

(私の歩調が遅くなってハイスが先に行っただけだったのね。でも、いつものハイスなら止まってくれたり、歩調を合わせてくれたりするのに変なの。ハイスも考え事してたのかしら)

そんなことを考えながらその背中を追いかけ声を掛けた。

「ハイス。待って」

「あ?」

私が声を掛けたその人は立ち止まり、くるりと振り向いた。

「なんだ?お嬢様じゃねぇか。あんたみたいなのが俺に何の用だよ」

(・・・あれ?)

私と向き合った相手は、顔や声はハイスそっくりだが、態度が明らかに違った。

よく見ると、服装も似ているが下に来ていたシャツがハイスは青だったのだが、彼のは赤い。さっきまで持っていた洋服の入った袋も手にはなく、手ぶらだった。

「あ、あなた、ハイスじゃないの?」

「あ?違ぇよ。俺は」

ハイス似の青年が名乗ろうとしたその時。

「ストラ様!」

後ろから聞き慣れた声が追いかけてきた。

振り返ると、今度は本物のハイスが走って来ていた。

「ハイス!」

「すみません。先ほどご老人に道を尋ねられて足を止めてしまいました。声はおかけしたのですが、ストラ様に聞こえてなかったようで」

そこまで言ったハイスの目が私の後ろに逸れた。そして、その先の人物を見ると目を丸くした。

「レイス?」

(えっ。知り合い?)

私がレイスと呼ばれた彼を見ると、その彼もまた、目を丸くして

「兄さん」

とこぼした。

(に、兄さん?って、ええええっ?!)

私は口をあんぐりと開け、二人を交互に見た。

「ど、どういうこと?」

「ああ。すみません。彼は僕の双子の弟、レイスです」

「ふ、双子?というかハイス、兄弟いたの?」

「言ってませんでした?すみません。もう言ってるとばかり思っていました」

そう言うハイスの口元は笑っている。確実に言っていなかったことをわかっていた顔だ。まぁ、私はその顔に負けて責めることが出来ないのだが。

「んなことより兄さん。何してんだよこんなとこで」

口調が違うのに見た目はハイスとほぼ同じなので少し不思議な感じがした。

「ストラ様の付き添いですよ。レイスこそどうしたんですか?こんなところで」

「うげっ。俺に対してまで敬語とかやめろよ。気持ち悪ぃ」

「あぁ、ごめんね。いつもこうだから癖になっていたよ」

ハイスのタメ口に私はドキッとした。

(初めて聞いたわ。ハイスも崩した話し方するのね。私、ハイスについて知らないことばっかりだわ。でも、聞けて良かった。そうだ。今度ハイスにお願いして部屋でだけでもタメ口で話してもらうようにしようかしら)

「それで、何をしていたの?」

「俺は母さんの見舞い品を買いにな」

(えっ。見舞い品・・・?)

「そっか・・・。ありがとうレイス。ごめんね」

ハイスは少し儚げに笑った。

(見舞いって・・・ハイスのお母様、病気なの?そんなこと、知らなかった。どうして言ってくれないの?)

私が胸にモヤを抱えている間に二人は会話を進めていく。

「謝んなくていいって。金はほとんど兄さんが出してんじゃねぇか。俺はそれで母さんの面倒見てるだけだぜ。むしろこっちが感謝してぇよ。俺じゃ、まだ働くのもやっとだからさ」

「そういってもらえると嬉しいよ」

「それで?何しに街に来たんだ?」

「ストラ様と洋服を買いに来たんだよ」

「へぇ。大変だな。王女付きってのも」

「ふふっ。そんなことないよ。お城での生活も楽しいから」

「ふーん」

レイスは私をチラッと見た。

「・・・ふんっ」

(なっ!)

何故か鼻で笑われ、カチンときた。

「な、何なのよ。人を見るなり鼻で笑って」

「別に」

それだけ言ってレイスは目をそらした。

「すみません。ストラ様。少しレイスは人見知りなんです。気を悪くされないでくださいね」

眉を下げてハイスが謝る。

「別に、あなたが謝ることではないわよ」

「ありがとうございます。ストラ様」

ハイスはニコッと笑った。

私はその顔に頬を染めながら、チラリとレイスの方を見た。

するとハイスはものすごい形相で私を睨んでいた。

(ひ、人見知り・・・?本当にそうなのかしら)

とても人見知りという理由ではなさそうな表情と態度だ。

「なぁ兄さん。せっかくこっち来たなら家に寄ってかねぇ?」

「んー。そうしたいけど、まだ仕事が残っているから」

「そうか・・・。チッ」

(ん?今、私睨まれた?)

それともう一つ気になることがある。

私の気のせいかもしれないけど、やけにハイスとレイスの距離が近い気がする。

(兄弟ってあの距離感が普通なのかしら。私一人っ子だからわからないわ。それにしても、ハイスったらお母様が病気なのに仕事を優先するなんてダメじゃない!真面目な所もハイスの良いところだけど、仕事なんかより家族の方が大事に決まってるじゃない)

「ハイス。もし、何かお家に用事があるのなら行っても構わないわよ」

「え?」

「お母様の体調が優れないのでしょう?だったら姿だけでも見せてあげるのが親孝行というものではないのかしら?」

「ストラ様・・・」

「お嬢様もこう言ってんだし、寄ってけよ」

「でも・・・いいのですか?ストラ様」

「いいから言ってるのよ」

「・・・わかりました。では、ストラ様もご一緒にいかがですか?」

「えっ」

「はっ?!」

私とレイスは同時に反応した。

「何言ってんだよ兄さん!」

(ハ、ハイスの家に?!ま、まだ私達、そんな関係じゃ・・・!ご両親への挨拶は段階を踏んでから・・・って、違うわ。これは挨拶ではない。そう。言うなれば家に友人を招く感覚と同じ!深い意味はないのよ!)

「ストラ様。いかがですか?」

答えは“はい”と決まっている──はずだった。

「私を見くびらないでもらえるかしら。家族のお見舞いの時間にお邪魔するほど気の利かない人間ではないわ」

私の口から出たのはそんな可愛くない言葉だった。けど、それは思わず飛び出したわけではなく、私が考えて発した言葉だった。

「そういうつもりではなかったのですが・・・」

(ああ。ハイスが困ってる。ごめんなさいハイス。私、本当は行きたいの。でも・・・)

「親子水入らずでお話でもしてきなさいと言っているのよ。私は先に帰っているわ」

「それは危険では?」

「何を言っているの。私はもう小さな子供ではないのよ。一人で帰るくらい出来るわよ」

(まったく。ハイスはいつまでも私の事をお子様扱いするんだから)

そう心の中で思ったのだが。

「いえ。また猫を追いかけて路地裏に入って行かないかと」

「なっ!そんなわけないでしょ!いつまで私の事をお子様扱いする気なのよ!」

ハイスの発言に私は心の声がそのまま飛び出した。すぐにハッとして口を押さえるも、それを聞いていたレイスはジッと私を見ていた。

「あ、えっと・・・」

(ど、どうしよう。思わずいつもの調子が出ちゃったわ。何か言い分けを。でも、なんて言えば・・・)

言葉が思いつかずあたふたしていた。すると

「ふふっ。それを聞いて安心しました」

と、ハイスが笑った。そしてハイスはそのまま続けた。

「ですがやはり、ストラ様一人で帰られるのは心配です。代わりの者を呼びますので、その者とお帰りください」

「・・・いいえ。近くの喫茶店で待っているわ」

「えっ。ですが、僕の帰りがいつになるか・・・」

「いいのよ。私ももう少し街を楽しみたいもの。久しぶりの外出を買い物だけで済ませてしまうのはもったいないわ。だから、あなたは存分にご家族との会話を楽しんできなさい。私も街を存分に楽しむわ」

そう言うと、ハイスは少し考えて微笑んだ。

「わかりました。では、日没よりも戻るのが遅くなりそうであれば、代わりの者に連絡します。その時はその者とお帰りください。と言ってもそこまで長居するつもりはありませんが」

「ええ。わかったわ。日没が近くなったら私もまたここへ戻ることにするわ。その方がわかりやすいでしょう?」

「さすがはストラ様ですね。やはり猫を追いかけていたあの頃よりも成長なさっているんですね」

「・・・当然よ」

本当は「ちょっとハイス!」と部屋で話す時のような反応をしたかったのだが、そうもいかず言葉を飲み込んだ。

(はぁ。外に出るとこういう所が不便よね・・・。ハイスとの距離がいつもより遠く感じるわ)

少しヘコんでいる心を隠し、私は平然として振る舞った。

「さぁ。そんなことより早く行きなさい。時間は有限なのだから」

私はそう言って二人に背を向けた。

「では、ストラ様もお気を付けて」

そして私は二人と別れた。

 二人と別れた私は、そこからすぐ近くの喫茶店に入った。

「いらっしゃいませ・・・っと、これはこれは。ストラお嬢様ではありませんか」

メニューを持った男性の店員が私の顔を見て目を丸くした。

「あの、私の顔に何か?」

そう尋ねると男性店員はパッと笑顔になり

「いえいえ。ようこそお越しくださいました。お席へご案内いたします」

と言って歩き出した。

男性店員についていくと、窓側の席へ案内された。

「こちらへどうぞ」

「ありがとうございます」

私が席に着くと男性店員はメニューをテーブルの上に置いた。

「お決まりになりましたらお呼びください」

「はい」

男性店員は一礼すると席を離れていった。

私はそっとメニューを持ち上げた。

(どうしようかしら。こういうお店は来たことがないからよくわからないわ。ここは無難にアイスコーヒーにしておこうかしら)

ザッと目を通し、私はアイスコーヒーに決めた。

その時、ちょうど女性の店員がテーブルにお冷やを持ってきた。

「ご注文よろしいでしょうか?」

「はい」

女性店員はそう返事をすると、制服のポケットからメモ帳とボールペンを取り出した。

「アイスコーヒーをお願いします。ミルクとシロップを・・・」

そこまで言いかけてハッと口を止めた。

(コーヒーは滅多に飲まないけれど、今度ハイスにコーヒーを入れてもらった時にブラックを飲めればハイスに自慢出来るわ。それに、私の事少しは子供扱いしなくなるかもしれないわ)

そう思い、私は小さく咳払いをした。

「ミルクとシロップは無しでお願いします」

「アイスコーヒーをミルクとシロップ無しでお一つですね。以上でよろしいですか?」

「はい」

「かしこまりました。少々お待ちください」

女性店員はペコリと一礼して去っていった。

(あ~!頼んじゃった!いつもは紅茶しか飲まないけど、これで今後、ハイスにコーヒーを頼めるわ!ブラックが飲めるって言ったら、ハイスはどんな顔をするのかしら。・・・飲める、わよね。昔、ミルクとシロップ一つずつ入れたコーヒーは飲めたもの。あの小さな容器一つないだけならそんなに苦くないわよね)

そんな浅はかな考えをしている私の下に縦長のグラスに入ったアイスコーヒーが出てきた。

「ごゆっくりどうぞ」

さっきと同じ女性店員がそう言って去っていった。

(来た・・・!)

初めてのブラックコーヒーに私はゴクリと息を飲んだ。そして、そおっとストローに口を付け慎重に吸った。

ストローを通り、私の口内にコーヒーが到達した瞬間、私の口から鼻に一気に衝撃が走った。

(にっがぃ!!)

味わったことのない苦みに驚き、そのまま飲み込んだコーヒーが器官に入った。

周りの迷惑にならないよう抑えながらむせた。

(な、何これ!すっごく苦いわ!あんな小さな容器分がないだけでこんなにも変わるものなの!?うぅっ。これじゃあハイスの前じゃ飲めないわ・・・)

苦さに耐えられなかった私は大人しくミルクとシロップを三つずつもらった。

その内二つずつ入れ、躊躇いなく飲んだ。

(あぁ~。美味しいわ~)

ほどよい苦みと甘みに口の中が落ち着いた。

(もうしばらくは紅茶でいいわね・・・)

私は短くため息をついた。

グラスの中の氷をストローでくるくると回してそれをボーッと見つめていた。

すると突然、正面に誰かが座る音と気配がした。

顔を上げると、どういうわけか目の前にレイスが座っていた。

顔が似ているため、一瞬ハイスかと思ったが服の色が違った。それに、やはり雰囲気がどこか違うように感じた。

「っ!?レ、レイス!?」

「いきなり呼び捨てかよ。お嬢様が聞いて呆れるな」

レイスは頬杖をついてため息をついた。

「あっ。ご、ごめんなさい。驚いてつい」

「・・・まっ、いいけどさ。あっ、すいません。アイスコーヒー、ブラックで」

通りがかった女性店員にレイスは注文した。

「ブラックコーヒー、苦いですよ?」

「あ?俺の舌をお子様舌と一緒にすんな」

レイスはグラスの横にある、空になったミルクとシロップの容器を見て言った。

「だ、誰がお子様舌よ・・・」

小さい声でボソッと言った。

「んな事より、よく俺が兄さんじゃねぇってわかったな」

「当然でしょう。毎日見てる相手ですから。それに、服の色が違います」

「へぇ。じゃあもし、服を取り替えたらわかんねぇの?」

「取り替えてみないとわかりませんわ。それより、どうしてあなたがここにいるのですか?お家へお帰りになったのでは?」

「なぁに。少し念押しに来ただけだ」

「念押し?」

「お前、兄さんの事好きだろ」

「・・・へっ?!」

一気に顔が熱くなった。

「図星か・・・」

「な、ななっ、な、何を根拠に言っているのかしら!?」

「その動揺っぷりだな。敬語抜けてるし、顔真っ赤だぞ」

指摘を受け、さらに顔が熱くなる。

「好きなんだろ?」

「・・・・・・はい」

ものすごく小さな声で答えた。

「やっぱりな。来て良かった」

「ど、どういうことかしら」

もうレイス相手には敬語を使うのはやめることにした。向こうも敬意が見えないし特に気にしなくていいと思う。

「兄さんはお前なんかにやらねぇからな」

「はい?」

「お前もわかっているだろうが、兄さんは鈍い。それはもう鈍感なんてもんじゃない。超超鈍感だ。何ならあと五個は“超”をつけてもいいくらいだ」

私はコクコクと頷いた。

「そんな兄さんに付け入ろうとするやつは、俺は誰だろうと絶対に許さねぇ。例え国のお嬢様であろうとな」

レイスは鋭い目つきで私を睨んだ。

「付け入ろうとなんてしてないわ!私は真剣にハイスが・・・」

「お待たせいたしました。アイスコーヒーです」

そのタイミングでレイスの頼んだアイスコーヒーが来た。

(危ない。こんな所で何を口走ろうとしているのよ私は・・・!)

「兄さんが?」

店員が去るとレイスは改めて尋ねてきた。

「っ。・・・とにかく、付け入ろうだなんてしていないわ。それに、ハイスは鈍いけれど頭はいいもの。危険な相手かどうかくらいはハイスにだってわかるんじゃないかしら」

「・・・まぁな」

レイスはアイスコーヒーを一口飲んだ。

「けど、勘違いはするな。兄さんはあくまで仕事でお前の事を気に掛けているだけだ。別にお前を特別扱いしているわけではないからな」

「そんなの・・・痛いほどわかってるわよーっ!」

私は机に突っ伏した。

「えっ」

「だって、ハイスはいつもいつも私をからかってばっかりだし、私がどんな行動しても笑って終わらせるもの!私が何年ハイスにアピールしてきたと思ってるのよ!散々思い知らされてるわよ!」

「あー・・・。ちなみにいつからなんだよ」

「十年前からよ!」

「じゅ、十年!?」

「そうよ。それからずっと気持ちは変わってないの。でも、ハイスは一ミリたりとも気付いてくれないのよ。それどころか私のお見合い相手を探してくる始末。詰んだゲームをやらされてる気分よ!」

「お嬢様もゲームとかやるんだな」

「今はそんなことどうでもいいわ!」

私は顔を上げた。リミッターはもう外れている。

「レイス。私の気持ちを聞いたんだから協力しなさい」

「は?」

「この事を知っているのはあなただけなのよ。だから私がすべきアピールを教えなさい」

「最初に言ったこと、もう忘れたのか。俺はお前なんかに兄さんはやらねぇって言ってんだろ。誰がアドバイスなんかするか」

「むぅ・・・」

「ふんっ。兄さんが好きになったやつなら文句はねぇが、兄さんを好きなやつからの申し出は許す気ねぇから」

「・・・思ったのだけど、あなた、ハイスの事好きなの?」

「・・・は?」

「あっ。いえ、そうよね。家族だもの。好きに決まっているわね。変なことを聞いたわ。ごめんなさい」

「・・・俺と違ってハイス兄さんは頭がいいし、機転も利くし、器用だし、優しいし、周りからの評判もいい。欠点を挙げる方が難しい。一方で俺は頭良い方じゃねぇし、要領悪いし、細かいこと苦手だし、口と性格のせいで周りから怖いやつだと思われる」

(口が悪い自覚はあったのね・・・)

そう思っている間にもレイスは続けた。

「だから、兄さんはいつも学校で誰かしらといた。兄さんが一人でいるところはほとんど見たことがない。それを見てると、双子なのになんで俺には才能がなくて、あいつにはあるんだって思った。けどな、それよりもずっと俺は兄さんを尊敬しているんだ。いわば兄さんは、俺の前を行って照らしてくれる光だ」

そう話しているレイスの表情は少し楽しそうだった。が、唐突にその表情がガラリと変わった。

「だから、兄さんを汚すようなやつは俺が徹底的にぶっ潰す。一般人だろうが王族だろうが、神様だろうがな。ハイス兄さんには協力するが、それ以外のやつに協力する気はさらさらねぇ。わかったか」

「・・・わかったわ」

「ならいい」

「最後に一つだけ聞かせて」

「あ?」

「あなた達のお母様はご病気なのかしら」

「・・・それをお前に教えて何の得がある。治療費でも出してくれんのか」

「いいえ。いくら思い人の肉親とはいえ、そんな贔屓的な事は出来ないわ。この国には他にも病を患っている国民は山ほどいるでしょう。けれど、その全員を援助出来るほどこちらにも余裕はないわ。病院以外にも回さなければならない資金があるもの。・・・ただ、知らないというのが悔しかったのよ。ハイスとは随分と長く一緒にいた。でも、家族の事なんて何一つ知らなかった。双子の兄弟がいたこともお母様がご病気なのも。それがただただ悔しかったのよ。だから、教えて欲しいの。きっとハイスは聞いても笑ってはぐらかすでしょうから」

「・・・お前、見かけによらず意外といろいろ考えてんだな」

レイスの言葉に私は眉をひそめた。

「どういう意味かしら」

「そのままの意味だ」

そう言うとレイスは立ち上がった。

「どこへ行くの」

「帰るんだよ。言ったろ。俺は念押しに来ただけだって」

「・・・そう。わざわざありがとうございました。けれど、私は諦める気は毛頭ないわ。身を引くなんて絶対にしないから、あなたに姉が出来ることを首を洗って待っているといいわ」

「面白くねぇ冗談」

レイスはそう言い残すと、お会計をして出て行った。

「・・・私もそろそろ出ようかしら」

私は残ったコーヒーを一気に飲み干し、店員に声をかけた。

「おいくらかしら」

「・・・?いえ、先ほどのお客様からストラお嬢様の分の料金も頂いておりますよ」

「えっ?」

それを聞いた私は急いで喫茶店を飛び出した。そしてすぐに辺りを見回すと、右手側の数メートル先にレイスの後ろ姿が見えた。

慌てて追いかけ、呼びかけた。

「待ちなさい、レイス!」

するとレイスは面倒くさそうな顔で振り返った。

「な、何よその顔」

「別に。で、何の用だよ」

「お金、返すわ。私の分まで払ったでしょう」

私が懐に手を入れかけると、レイスがその手を掴んだ。

「っ!」

「いいって。女に払わせるほどケチじゃねぇから」

そう言うとレイスは手を離した。

「用はそれだけか。じゃあ俺は今度こそ帰るからな」

「えっ。ちょっと」

するとその時。

「ストラ様とレイス?」

私の後ろから聞き慣れた声が聞こえた。

私は胸を高鳴らせながら振り返った。そこには案の定、私の片思いの相手が立っていた。

「ハイス!」

「兄さん。なんでここに?」

「お母さんと話が出来たからそろそろストラ様を迎えにと思ってね。それにレイスがなかなか戻ってこないから心配で」

「もう帰るのか?」

「ストラ様が他に行きたいところがないのならそのつもりだよ。どうですか?ストラ様」

「えっ。あ、いいえ。もうないわ」

「そうですか。では帰りましょう」

ハイスはニコッと笑った。

「・・・なぁ、兄さん」

「ん?」

「さっきの答え、聞かせてくれよ」

「あぁ。それか」

「さっきのって?」

「お前と別れた後兄さんに聞いたんだよ。うちに戻ってこないかってな」

「えっ・・・?」

私は目を見開いてハイスを見た。

「こらレイス。お嬢様相手に“お前”はダメだよ。人見知りでもちゃんと敬意を示した呼び方をしないと」

「んなことどうでもいいんだよ」

「よくないよ。礼儀なんだから」

「ハイス。いいわよ。ハイスのご家族だもの。大目に見るわ」

「ストラ様・・・。さすがこの国の次期王女。心が寛大ですね。ありがとうございます。けどレイス。君はちゃんと敬語を使わないと、レイス自身が嫌な思いをするかもしれないよ」

「ちゃんとこいつ以外には敬語使うよ」

「レイス。僕は心配してるんだよ。ストラ様がいいと言っても、周りの国民はそんなこと知らない。だからレイスのその態度を見てレイスが悪く言われてしまう。それは僕にとってもお母さんにとっても辛いことなんだよ」

ハイスはそう言いながら、レイスの頬に手を当てた。

「・・・わぁったよ」

「そっか。よかった」

拗ねたような顔で言ったレイスにハイスはいつもの優しい笑顔を向けた。

その光景、私の胸は何故かズキッとした。

(な、何かしら。今の)

私は自分の胸を押さえ、首をかしげていた。すると

「ストラ様。悪かったな」

レイスがぶっきらぼうにそう言った。

「レイス。敬語が使えていないよ」

「うっせぇ。いきなりは出来ねぇよ。兄さんみてぇに器用じゃねぇからな」

「ふふっ。ありがとう。でも器用なんかじゃないよ。この前も一輪花を枯らせてしまったからね」

「そうなの?」

「はい。申し訳ございません」

「それはいいんだけど、珍しいわね」

「目が行き届いていなかったようで」

「それより兄さん。結局どうすんだよ」

「ん?あぁ、返事だね」

話題が戻り、私の心臓は場所がわかるくらい激しく脈打った。

(そうだわ。もし、ハイスが戻るって言ったらもうハイスと会うことは出来なくなる・・・。そんなの嫌。でも、ハイスが決めたことを止める権利は私にはないわ)

私はゴクリと息を飲み、ハイスの答えを待った。

一度目を伏せると、やがてハイスは口を開いた。

「僕は・・・・・」

レイスも固唾を飲んで答えを待っている。

「・・・・・僕は、城に戻るよ」

「・・・ふーん」

その瞬間、一瞬で日が昇ったかのように心がパッと明るくなった。

「なんでだ?城は雑用ばっかなんだろ」

「ふふふっ。意外と楽しいものだよ。お城の生活も」

「・・・あっそ」

「うん」

つまらなさそうに顔を逸らすレイスとそれに微笑むハイス。似た顔の違う態度の二人に私は少し可笑しくなった。

「じゃ、俺も帰るわ。しらけちまった」

「ああ。気をつけて帰るんだよ」

「ガキ扱いすんな!同じ歳だろうがよ!」

「そうだね。気をつけてね」

「変わってねぇ~!」

そんなツッコミながら帰って行くレイスにハイスはニコニコと手を振っていた。

 レイスの姿が見えなくなるとハイスはさて、と私に目を向けた。

「僕達も帰りましょうか。ストラ様」

「え、ええ。そうね」

「どうかしましたか?」

「・・・ハイス」

「はい?」

「ハイスのお母様はご病気なの?」

「心配してくださったのですね。ありがとうございます」

「それはいいの。でも、どうして話してくれなかったの?」

「病気と言っても、母の体が弱いというだけなのでわざわざストラ様に僕個人の事をお話ししてもかえって気を遣わせてしまうのではと思いました。今回も少し風邪をこじらせてしまっただけなので」

「そ、そうだったの・・・。ごめんなさい。深入りするような事を聞いてしまって。私欲で人様の家庭の事情に踏み込むなんて、最低だわ」

「いいえ。そんなことありませんよ。それはストラ様がお優しい証拠ですから。僕はそんなストラ様が好きですよ」

「えっ・・・」

口から心臓が飛び出るかと思った。私は目を目一杯開きながら言葉を発しようとした。

「そ、それって・・・つまり」

「はい。ますます気合いを入れてストラ様のお見合い相手を探さなければいけませんね。ストラ様の様な素敵な方をずっと独身でいさせるわけにはいきませんから」

「・・・・・・・」

私は開いた口が塞がらなかった。もはや呆れを通り越して怒りが湧き上がってきた。

「もー!ハイスのバカー!」

とは言えない私は、本日もひそかに心の中で叫ぶのだった。

ココロです!本日も目を通していただきありがとうございます!これからもマイペースに投稿していこうと思いますので、温かく広い心で待ってくださると嬉しいです!

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