恋に落ちたのはあの日から
ココロです。ようやく第2話です。待っててくれた方。本当に感謝しています。是非、じっくり読んでいってくださいね。
太陽がほんの少し頭を出す時間。私は“廊下で”寝ていた。
(案外廊下も寝袋があれば、少しは寝られるものね)
私はキャンプに持っていくような寝袋の中に身を包み、ハイスの部屋の前で待機していた。
何故私がこんな所でこんな事をしているのかというと、あまりにもハイスが話してくれないので、一日ハイスを追いかけることにしたからだ。
(ハイスが起きてから寝るまで、追いかけるわよ!)
気合いのあまり、仮眠程度にしか眠れなかった。おかげで、朝になりかけている今頃になって瞼が落ちようとしている。
(今日一日は、ハイスにも睡魔にも負けないんだから!)
と、意気込んだその時。
まだ早朝だというのに、ハイスの部屋の扉がカチャリと開いた。周りを気遣ってか、ものすごく小さな音だった。
(ハイス!)
半分閉じていた目が、一気に覚めた。
部屋から出てきたハイスは視界に私が入ると、一瞬固まった。
「・・・ストラ様。いくら寝相が悪いにしても、少し度が過ぎていますよ?」
「寝相じゃないわよ!」
「では意図的に?どうしてわざわざ僕の部屋の前に」
「よくぞ聞いてくれたわ!」
私は寝袋から飛び出て、仁王立ちになった。
「今日は一日、ハイスの行動全てに同行すると決めたからよ!」
「一国の姫なんですから、もう少しおしとやかにお願いします」
ハイスにたしなめられ、私は足を閉じ、咳払いをした。
「と、とにかく。今日はハイスの後をずっとついていくから!」
「お手洗いやお風呂もですか?」
「へっ?!」
ニコッと笑って言われ、私は思わず自分の身をかばうようにして後ずさった。
「そ、そそ、そんなわけないじゃにゃい!」
(かっ、噛んだ~っ!)
真っ赤になる私をハイスは変わらず笑顔で見ていた。
(うぅ。こんなはずじゃなかったのに~)
と頭を抱えていると
「冗談ですよ」
と声が降ってきた。
「~っ!」
「ところで、いつからここにいらっしゃるんですか?」
話が変わり、少しホッとしつつ答えた。
「昨日の夜からよ」
「それでですか・・・」
「え?」
するとハイスの手が顔に伸びてきた。
「えっ、えっ?」
戸惑っている間に、ハイスの指が私の目の下に触れた。
カアーッと顔が熱くなる。
「なっ、なんっ」
「あー。目の下に隈が出来てるじゃないですか。廊下なんかで寝るからですよ」
ハイスは目の下にあるらしい隈を拭いながら「確か隈について書いてある本があったはず・・・」などとつぶやいている。
一方私は、ハイスに顔を触られた事で脳内はパニックになっていた。
(ハ、ハハ、ハイスの手が~!ハイスの手、あったかいわ!起きたばかりだからかしら!ってそうじゃなくて、近い!)
「・・・?ストラ様。熱がおありですか?」
目の下にあった手が額に上がった。
「き、気のせいよ!熱なんてないわ!」
思わず怒ったような言い方になってしまった。しかし、ハイスは気にしていないようで
「そうですか?ならよかったです」
と、手を離してニコッと笑った。
「ですが、まだ早いですからストラ様は寝てください」
「ハイスは?」
「僕は少し庭園に行ってきます」
「私も行くわ!」
「寝不足はお肌に悪いですよ。現に今、隈が出来てるじゃないですか。せめて朝食の時間まで寝てください。・・・約二時間くらいは眠れますね」
懐から出した懐中時計を見て、ハイスは言った。
その懐中時計を見て、私はドキッとした。
「ハ、ハイス。それ」
「はい?」
私が指差した手元の中を見て、ハイスは「ああ」と納得の表情を浮かべた。
「まだ、持ってたのね」
「もちろんです。数少ない僕の宝物ですから」
「・・・!お、大袈裟よ」
(またそんなことをそんな笑顔で。ハイスには恥ずかしいって感情はないのかしら。・・・でも、嬉しい)
この懐中時計は十年前、ハイスに何かあげたいと思い、切り詰めて、貯めに貯めたお金で買った物だ。
その時もハイスは笑顔で受け取って
「宝物にしますね」
と言ってくれた。そして、私も今と同じように
「大袈裟よ」
と言った。
小さい頃のデジャヴに私はクスッと笑った。
「どうかしました?」
「何でもないわ。それにしても、十年物にしては綺麗ね」
懐中時計は、新品ほどではないが光沢があり、銀色に光っていた。
「毎日手入れしていますからね。それよりも、自室へ戻ってください。そのお顔では、お二人に顔向け出来ませんよ?」
「うっ。た、確かにそれは困るわね・・・」
「でしょう?」
まずい。このままでは部屋に帰還させられてしまう。私は最後の粘りを見せた。ただ、今度は方向を変えた。
「じゃ、じゃあ、ハイスも一緒によ」
「え?」
「ハイスも、起きるにはまだ早いわ。だから、私と同じ時間まで寝なさい」
「ですが、庭園の花に水遣りをしないと」
「こんなに早い時間じゃないのダメなの?」
「いえ。そういうわけでもないのですが」
「ならいいじゃない」
「うーん・・・」
珍しく、ハイスが困っている。
それが面白くて、心の中で笑っていると
「わかりました」
と声がした。
「え?」
「特別ですよ」
ハイスはそう言うと、私の寝袋を抱えた。
「い、いいの?」
思わずそう聞いてしまう。
「今日だけですからね」
さっきの困った表情はどこかへ去り、いつもの優しい笑顔で人差し指を立てた。
「──!わかったわ!」
(やった!粘った甲斐があったわね!)
こっそりガッツポーズを決めていると声がかかった。
「何してるんですか?行きますよ」
「ええ!」
少し先にいるハイスに駆け足でついて行った。
まだ少し薄暗い庭園で、ハイスに案内されたのは白いガゼボだった。
「どうぞ座ってください」
そう促され、私はガゼボのベンチに座った。
「先に言っておきますが、退屈ですからね」
「いいの。私が来たかったんだから」
「そうですか。では、僕は水遣りをしてくるのでここにいてくださいね」
「わ、私も手伝うわ」
「ダメです。一国のお姫様に雑用なんてさせられません。もしそんなの見られたら、僕が怒られてしまいます」
冗談めかして笑うハイス。さすがにここは引き下がった。
「わかったわ」
「よろしい」
軽くポンっと頭を撫でられ、私の顔は上気した。
「寝袋はここに置いておきますね」
そんな私に気付くはずもなく、ハイスは水遣りに行ってしまった。
ハイスがこっちを見てないのを確認して、私はベンチを叩いた。
(も~っ!何今の!何今の!なんであんなことサラッとやっちゃうの!あそこまでやってるのに私の気持ちに気付いてないなんて~!ハイスのバカ~!)
軽くキャラ崩壊を起こしながら私はハイスが置いていった寝袋を抱きしめた。
(・・・あっ。少しだけハイスの匂いがする・・・じゃなーい!何考えてるのよ私!)
恥ずかしくなり、寝袋を傍らに置いた。そして何故か背筋を伸ばして座り直した。けど、視線が勝手に寝袋に向こうとする。
(私の寝袋なのに何なの、この触れてはいけない感・・・!)
しかし、ほんの十秒ほどで、好奇心に負けて寝袋に倒れ込んだ。
(んう~っ。こんなはずじゃ~・・・)
そんなことを思っている間に、眠気が再来した。
(ハイスは、まだ戻って来ないだろうし、ちょっとだけ・・・)
ハイスの匂いと睡魔に負け、私は目を閉じた。
「ん~・・」
どのくらい経ったのかわからないが、瞼の向こう側が明るくなり、目を開けた。
体を起こすと、パサッと膝に何か落ちた。
(・・・?コート?)
持ち上げて見ると、それは黒っぽいロングコートだった。
(これ、どこかで見たことあるような・・・?)
すると。
「あ。ストラ様。目が覚めましたか?」
右側から声がして、目を向けると人、二人分ほどの幅を空けた所にハイスが座っていた。
「ハイス・・・?」
ハイスの格好は、白シャツにベストと珍しく薄着だった。
(ん?あれ?ってことは、これ・・・)
私は目を丸くして、手の中のコートを見つめた。
「戻ってきたら寝ていたので、風邪を引かないようにと思って勝手ながら掛けさせていただきました」
私が聞く前にハイスが説明してくれた。
(じゃあやっぱりこれ、ハイスのコート!?)
「ご、ごめんなさい!わざわざ!」
「いいですよ。ストラ様が風邪を引かれたら困りますからね」
朝日みたいな笑顔で言われ、私はコートを握りしめた。
その時ふと、ハイスの傍らに目がいった。そこには小さな本が置いてあった。
「本、読んでたの?」
「あっ。見つかってしまいましたね」
ハイスは、いたずらがバレた子供みたいに笑った。
初めて見た新しい笑い顔に、少し顔が熱くなる。
「実は、毎朝ここで本を読んでいるんですよ」
「そう。でも、そんなの隠さなくてもいいじゃない。本を読むのも、ここにいるのも悪いことじゃないんだから」
「そうなんですけど。でも、なんだか気恥ずかしくて」
ハイスは困ったように笑って頬を掻いた。
「ふーん」
(意外ね。まさかハイスがそんなことで恥ずかしがるなんて)
「なので、この事は秘密にしてくださいね」
口元に人差し指を当て、ハイスは笑った。
「そ、そんなこと、言われなくてもわかっているわ。それに、こんな些細なことをわざわざ誰かに言う必要もないわ」
「ありがとうございます。・・・あっ。コートを貸していただけますか?」
ハイスは手を胸元まで上げた辺りでハッとして言った。
「─?貸すというか、元々ハイスのコートなんだから返すわよ」
そう返してハイスにコートを渡した。
「ありがとうございます」
笑顔で受け取り、ハイスはコートの内側に手を入れ、懐中時計を取り出した。
(あっ、今の動きって、懐中時計を取ろうとしてコート着てないのを思い出した動きだったのね)
そう理解すると、無性に笑いがこみ上げてきた。
「ふっ。ふふっ」
「?どうかしましたか?ストラ様」
「な、なんでもないわ。ふふっ」
不思議そうな顔をするハイスに言って、さらに笑った。
(ハイスもああいうことするのね。意外な一面を見たわ)
そう思っていると、時間を見たハイスが声をかけてきた。
「ストラ様。朝食の時間まであと三十分ほどあるので、まだ寝ててよろしいですよ?」
「眠くなったら寝るわ」
「そうですか?では、僕は隣で本を読んでいますね。退屈でしたらお部屋に戻っていただいていいですから」
「ええ」
私が返事をすると、ハイスはふわっと笑って本を開いた。
私はその横顔を見つめた。
(そういえば、ハイスと知り合ったのはこの庭園だったわね)
ハイスは最初から私の世話係をしていたわけではなく、元は庭師だった。そして、私が初めてハイスと出会ったのはこのガゼボだった。
その頃の私は、庭園を手入れしている人の存在なんて知らなくて、そこにいたハイスを見て「泥棒!」なんて言ってしまった。その後、私の話を聞いた両親に庭師であることを教えられ、慌てて私はハイスに謝りに行った。するとハイスは今と同じように優しく笑って
「大丈夫ですよ。お嬢様。僕はここにしか基本いないから、あまり知られてなくても仕方ないです」
と言ってくれた。それから私とハイスは庭園でよく話をするようになった。
その時はまだ、優しい子だなくらいに思っていた。
ハイスに恋をしたのは、それよりも後のこと。
ある日私は、護衛なしでたまには遊びたいと思い、両親に黙って街に出た。
──十年前──
「いろんな所あったな~」
街中を探索したおかげで、日が暮れてきていた。
「ふんふ~ん・・・あ!猫ちゃん!」
私は黒猫を見つけた。
黒猫は少し泊まってこっちを見たが、すぐに去っていった。
「待って~!」
私はその後を追いかけた。
黒猫を追いかけているうちに、気が付くと路地に入っていた。
追いかけていた黒猫は障害物を足場に、私が追いつけない所へ行ってしまった。
「あ~あ。行っちゃった。あ!早くお家に戻らないと」
そう思って来た道を戻ろうとしたが、猫に夢中でどこからどう来たのか思い出せなかった。
「ど、どうしよう。もしかして、まいごになっちゃった?」
ただでさえ薄暗い路地裏が日が暮れているせいでさらに暗い。
(で、でも、とにかく戻らないと、お母さま達に怒られちゃう)
震える足を一歩踏み出した、その時。
「こんばんは、お嬢様ぁ」
低い男の人の声がしたと思ったら、肩にぽんと大きい手が乗っかった。
私は驚いて振り返った。
するとそこには、柄の悪そうな男の人達が三人立っていた。
「お前何やってんの?」
「あれ?そのガキ、この国の姫様じゃね?」
「そーなんだよ。おいおい。ダメだぜ。お姫様がこんな所に一人でいちゃ」
「オレ達が楽しいとこ連れてってやるから来いよ」
そう言って笑った男の人達の顔に恐怖を感じた。この人達に付いていっちゃいけない。それはわかっているのに、足がすくんで動けなかった。
「大丈夫。怖くないよ~」
「い、いやっ」
(怖いよ・・・助けて。お父さま、お母さま・・・)
伸びてくる手に、涙をこぼして目をギュッと閉じた。
その時。
「何しているんですか?」
若い男の子の声が路地裏に響いた。
「あぁ?」
近くまで来ていた手の気配が遠のいた。
(こ、この声・・・)
そっと目を開けて、声の方を向くとそこには、最近知り合ったばかりの男の子、ハイスが立っていた。
「こらこら。こんなとこに入って来ちゃダメだよ~」
男の人達の中の一人が、ハイスに近付いていった。
「ハイス!逃げて!」
思わずそう叫んだ。
「なんだぁ?お姫様の知り合いか?」
そう言って光った男の人の目を見て、自分がマズいことをしたと気が付いた。
「だったら、坊主もオレ達と一緒に楽しいとこ行こうぜ~?」
今度はハイスに手が伸びていった。
「ハイス!」
このままではハイスも捕まってしまう。けど、自分では何も出来ない。私は必死に何かないか周りを見回した。でも、何も見つからない。
(どうしよう。どうしよう。私のせいでハイスが)
泣きそうになっていると、急にうめき声が聞こえた。
(・・・ハイス!)
私はハイスが殴られたのかと思って顔を上げた。
けれど、その場にうずくまっていたのはハイスではなく、ハイスに近付いた男の人だった。
私も残りの二人も目を見張り、動揺していた。
そんな私達を見ながらハイスは口を開いた。
「僕は城の者です。先ほど城の兵を呼びました。いずれここに来るでしょう。今立ち去っていただけるのなら、僕はあなた達の事は黙っていてあげますよ」
私と二つしか変わらないとは思えないほど、落ち着いた雰囲気でハイスは言った。
「んだと!!」
「大人を舐めんのも大概にしろよ!クソガキが!」
二人は頭に血を上らせて、ハイスに襲いかかった。
「ハイス危ない!」
咄嗟に叫んだ。が、なんとハイスは同時に来たパンチを音もなく避けた。そして、即座に足を引っかけ二人を転ばせた。
「子供とはいえ、城に仕える以上、多少の護身術くらいは心得ていますよ。あぁほら、そうこうしている間に兵達が近くまで来てしまいましたよ」
ハイスがそう言うのと同時に声が聞こえた。
「お嬢様ぁ~!どこですかー!」
「あっちを探せ!」
「誰か、お嬢様を見かけたやつはいないか!」
などと、口々に言っている。
それを聞いた男の人達は青ざめて走り去って行った。
私はポカンとして、その場に立ち尽くしていた。
すると、ハイスが駆け足で私の下まで来た。
「・・・あ。ど、どうしてここに?」
「昼頃、お嬢様がお一人で外出するところを見て追いかけて来たんですよ。途中、人混みで見失ってしまいましたが。それより、お怪我はありませんか?」
「・・・う、うん。平気よ」
「そうですか。無事でよかったです」
そう言ってニコリと笑ったハイスの顔を見ると、途端に緊張の糸が切れ、私の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「うっ。うっ。怖かったぁ~!」
思わずハイスに抱き付いた。ハイスはそんな私の頭を優しく撫でてくれていた。
「もう大丈夫ですよ。ですが」
ハイスはソッと体を離した。
「もう勝手に城を出たりしないでくださいね」
「あっ。・・・はぁい」
私はこれに懲りて、二度と無断で外出はしないと決めた。
私の返事を聞いたハイスはまた優しく笑った。
「そういえば、兵士は?」
「え?あぁ。あれはただの録音ですよ」
そう言ってハイスは上着のポケットから小型の機械を取り出した。ハイスがボタンを押すと、さっきと同じ声が流れた。
「バレるかと思いましたが、案外大丈夫なものですね」
音を止め、ポケットに機会を仕舞い向き直った。
「帰りましょうか。お嬢様」
「・・・ね、ねぇ、ハイス」
「?」
「ハイスは、どうしてそんなに落ち着いているの?」
そう聞くとハイスは首をかしげた。
「だってハイスは、私と二歳しか違わないのに、私よりずっと強くて、言葉も動きも大人っぽいもん。だから、どうしてかなって思って」
「ははは。僕は大人っぽくなんてないですよ。本当はさっき、少し怖かったんです。いくら護身術が多少出来るとはいえ、僕の体では大人を打ち負かすことは出来ませんから」
そう言ってハイスは困ったように笑った。
「だ、だったら、逃げればよかったじゃない。怖いときは逃げてってお母さまが言ってたわ」
「・・・お嬢様」
「な、何?」
真剣な雰囲気に私も真面目に返す。
「僕は、恐怖では逃げませんよ」
「ど、どうして?」
「僕の守りたい人が目の前にいるからです」
ハイスは無邪気に笑った。
その瞬間、心臓がドキンッと跳ね上がった。
私は胸を押さえて首をかしげた。
(な、なんだろ。今の。胸の奥がドキーンってなったわ)
「どうしたんですか?」
ハイスが不思議そうに尋ねてきたので、笑って答える。
「ううん。なんでもないわ」
と、ハイスの顔を見た途端また心臓が跳ねた。
(また!なんだろう。これ)
その時、ふと前にお母様が教えてくれた事を思い出した。
あれは、寝る前にお母様に絵本を読んでもらっていた時のこと。
その絵本に「恋」という単語が出てきて、意味を知らない私はお母様にその意味を聞いた。するとお母様は
『恋っていうのは、相手を好きになって、その人を見るだけで胸がドキドキすることよ』
そう教えてくれた。
(ど、ドキドキしてるから、まさか恋?でも、ハイス相手に?ただのお城の人なのに・・・)
そう思いながらもう一度ハイスを見ると、まだハイスは微笑んで私を見ていた。
(~っ。ど、どうしよう。私、ハイスに恋しちゃった!?)
プチパニックを起こしている私に、ハイスは笑いかけた。
「ストラ様。帰りましょう」
手を差し伸べた、優しい笑顔の主はキラキラした王子様に見えた。
それと同時に嬉しくなった。なぜなら、お母様とお父様以外に呼ばれたことはなかった名前を、初めて呼んでもらえたからだ。しかも今恋したばかりのハイスに。
「ハイス!ありがとう!」
私はハイスの手を取って、満面の笑みで言った。そんな私の手をハイスも笑顔で握り返してくれた。
私はその後、本当に私を探しに来た兵士と共に城へ帰った。そして、帰ってすぐにお母様とお父様にこっぴどく叱られた。
ハイスが私の世話係になったのは、それから五年後の事だった。
──現在──
(そっか。ハイスが私の名前を呼んだのは、あの日が最初だったな。けど、あの後からしばらくお嬢様呼びに戻ってたのよねー)
涼しげな顔で本を読むハイスを見つめていると、ハイスはふっと顔を上げた。
「・・・?」
「ストラ様。そろそろ朝食の時間ですので、中へ戻りましょうか」
本を閉じ微笑んだ。
私は返事をしながら立ち上がったが、ガゼボを出る直前で足を止めた。
「ねぇ、ハイス」
「はい?」
「今日は、私と一緒に朝ご飯を食べない?」
「え?」
「べ、別に、深い意味はないわよ。いつも、どこか行っちゃうから今日くらいと思って・・・」
指をもじもじさせながらハイスを上目遣いに見ると、ハイスは考えている素振りをしていた。
(うぅ。ちょっと勇気を出して誘ってみたけど、やっぱりダメ、かしら・・・)
諦め半分でハイスの返事を待っていた。すると
「・・・申し訳ありませんが」
(やっぱり・・・)
「国王様と王女様に許可をいただかないと」
「そうよね・・・って、え?」
伏せかけた目を慌てて開けた。
「それと、朝食はすでに用意されていると思うので、昼食からじゃないと今日は難しいですよ」
「ちょっと待って!そうじゃなくて!」
「はい?」
「お、お母様達が許可したら、一緒に食事、してくれるの?」
「─?はい」
不思議そうな顔でハイスは頷いた。
「ほ、本当に?」
「嘘ついてどうするんですか」
クスッと笑われ、私は何度も聞き返した。
「本当に、本当にいいのね!」
「どうしたんですか?今日はやけに食い下がりますね」
「えっ!?そ、それは・・・」
(ま、まさか、頷く理由があるなんて思わなかったし・・・。というか、そんなことでいいならもっと早く言えばよかったわ)
「・・・フフッ」
「え?何?」
急に笑われ、私はキョトンとした。
「今日はいつにも増して表情がにぎやかだなと思いまして」
「い、いつにも増してって何よー!」
「それはともかく、ストラ様は僕と食事したいんですか?」
(ともかくって・・・)
そう思いながらも咳払いをして答えた。
「したいというか、ほら、ハイスって食事の時いなくなるから、たまにはと思って」
そこまで自分で思って、私はハッとした。
(これは、今までかわしにかわされたあの件を聞くチャンスなのでは・・・!)
思い切って私は聞いてみた。
「ハイス。今回は、真剣に答えてほしいの」
「何をですか?」
言葉にしようとしたが、一度詰まった。
私は自分を落ち着けるため、深呼吸をした。
「・・・ハ、ハイスは、どうして黙って食堂から出て行くの?」
いつもは見られないハイスの目をまっすぐ見つめた。
ハイスは言葉を探しているのか視線を右上に逸らした。そして、私の目を見つめ返した。
「・・・大した理由ではないですが、よろしいですか?」
「ええ。ただし、本当の事を話して」
「・・・昔、ストラ様が無断で外出された事がありましたよね」
「え、えぇ」
その話は、ついさっきまで私が思い出していた話だ。
「あれ以来、国王様と王女様がストラ様がまた一人で外出しないかと警戒されているんです」
「えっ?」
「それで、僕がストラ様の召使いに任命された際、お二方にストラ様が一人で城から出ないように見張ることも同時に頼まれたのです」
「じゃあ、ハイスが黙っていなくなってたのって私を見張るためだったってことなの!?」
「はい。何も言わなければ、ストラ様もどこに僕がいるのかわからなくて迂闊に動けないでしょう?」
「そ、そんな理由で・・・?」
「だから言ったでしょう。大した理由ではないと。信じられないようでしたら、国王様と王女様に直接確認を取ってもらっても構いませんよ」
そう言ってニコリと微笑むハイスの顔は嘘をついているようには見えなかった。
「そ、そんな理由なら、どうして教えてくれなかったのよ!」
「話したら、僕が基本部屋にいるとバレてしまいますからね」
一枚上手の笑顔に、私は怒りメーターの数値が一気に下がった。
「・・・なんだ~」
私はへにゃっとその場に座り込んだ。
「ストラ様?大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないわよ。もしかしたら、ハイス血何かあったんじゃって、不安だったんだからぁ」
少しむくれて言うと、ハイスは笑って私の頭を撫でた。
「すみません。今後はちゃんとお声かけしてから仕事に行きますね」
「・・・絶対よ」
「はい」
ようやく返ってきた、了承の返事。私はドレスのスカート部分に顔をうずめたまま、頬を緩ませていた。
「ストラ様。朝食の時間まであと十分ですよ」
「え!?」
私はハイスの報告に慌てて立ち上がった。
「急いで向かわないとですね」
そう言うと、ハイスは私に手を差し伸べた。
「ストラ様。城内へ戻りましょう」
「・・・!」
その姿は、あの日のハイスと重なって見えた。私はその瞬間、懐かしさと温かさを感じた。
(そんなことされたら、答えなんて一つじゃない)
私はフッと微笑み
「ハイス!ありがとう!」
と、満面の笑みでハイスの手を取った。
ハイスは手を握られた瞬間は、目を丸くしていたが、すぐにいつもの優しい笑顔になって手を握り返した。
「何のありがとうですか?」
「いろいろよ!」
私達は手を握り合って、食堂へ駆け足で向かった。
その後、お母様達に頼むとハイスとの昼食をあっさりと許可してくれた。
その日の昼食は今まで食べた昼食の中で一番、美味しくて幸せな時間に感じた。
「美味しいですね」
と微笑んだ正面の片思いのお相手に私が動揺したのは言うまでもない。
ココロです。今回もこんなめちゃくちゃな文章の小説を読んでくださりありがとうございました。ここまで読んでくださった方、嬉しさでいっぱいです。3話も書く予定ですが、いつになるかはわかりません。待ってくれる方は気長にさらに待っててください。
改めまして、今回はこの作品を読んでくださりありがとうございました。では、また次回!




