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お見合いよりも先の恋  作者: ココロ
1/5

片思いのお相手は

ココロです。初めての恋愛系に挑戦しました。是非とも温かい目で読んでいただけたら嬉しいです!

 扉をノックする音が響いた。

「ストラ様。朝ですよ」

その声を聞いた瞬間、私の半分寝ていた頭が一気に目覚めた。

「ハイス!入っていいわ!」

そう叫ぶと、失礼しますという声と同時に扉が開いた。

「おはようございます、ストラ様。今後一国を背負おっていくのですから言葉遣いは丁寧にといつも言っているでしょう」

「朝から説教なんて聞きたくないわ」

「挨拶には挨拶で返してください。意見はそれからですよ」

「もー。ハイスは真面目なんだから・・・」

ふくれっ面でベッドの布団を握りしめた。

「真面目とかいう問題ではありません。人としての礼儀です」

そう言うと、ハイスは私の傍らに立った。

「では改めて。おはようございますストラ様」

ハイスが微かに微笑んだ。

その表情に私はドキッとした。

「お、おはようございます。ハイス」

「よろしい。では、身支度を整えますよ」

「もしかして、またお見合いなの?」

「そうですよ」

「えー。お見合いなんてしなくていいって言ってるのに。またハイスが勝手に連れてきたんでしょ」

「わがまま言わないでください。これはストラ様のためでもあるんですから。それに勝手にとは心外です。僕はちゃんと国王様、王女様共に許可を頂いています」

「私に声をかけてない時点で無許可同然じゃない!」

「ストラ様にお声かけしても、拒否なさるのが目に見えていますからね」

「むぅ」

(そんなの当たり前じゃない。私は、十年前から、あなたが好きなんだから。お父様もお母様も全然私のことをわかってないわ・・・ハイスも)

「クローゼット、開けますよ」

と言いながら既に開けているハイスを見つめ、頬を膨らませた。

「相変わらず整理整頓がなっていませんね。外出用と城内用はわけてくださいといつも言っているでしょう」

「いいの!私がわかれば問題ないんだから!誰に見せるわけじゃないし」

「まったく。僕も男ですよ。異性にこういうがさつな所を見られてお恥ずかしくないのですか?そうでなくとも、これからお付き合いされる方にこれを見られたら」

「もー!いいから!」

私は大声でハイスの声を遮った。

「そんなことより、早くクシ取って!クシ」

「相手の話は最後まで聞くのが礼儀ですよ。はい。どうぞ」

私はクシを受け取ってまた頬を膨らませた。

「ハイスってば、お小言ばっかり。お母様よりお母さんみたいだわ」

「世話係なので責任持ってストラ様が大恥をかかないよう言っているだけです」

そう言いながら、さりげなく私からクシを取り、絡まり掛けていた髪を整えてさらに全体も梳かしてくれた。

ハイスの手は優しくて、さっき起きたばかりなのに少しウトウトとしてしまう。

「終わりましたよ」

その声かけに私はハッとした。

「あ、ありがとう」

「着がえはご自分で」

「と、当然じゃない!言われなくてもやるわ!」

「それはよかったです。そこまでやれと言われたらどうしようかと思いました」

ハイスはクスッと笑って言った。

私は一瞬その顔に見とれて、慌てて咳払いをした。

「そ、そんなこと言うわけないでしょ。それに、髪もやってなんて言ってないわ」

「これは失礼しました。今にも髪を引きちぎりそうだったのでつい手を出してしまいました。これからは傍観させていただきます」

「ひ、引きちぎりそうになったりなんてしてないわ!・・・で、でも。髪は、これからもやってもいいわよ」

肩にかかる髪をいじりながら言った。

「・・・ストラ様の命とあらば」

「笑いながら言うんじゃないわよ!」

「フフッ」

「もー!」

(ハイスは私をからかってばっかり。こんなに私が距離を縮めようとしてるのに、うまくかわされてるみたい・・・)

「すみません。少し呼ばれているので行ってきますね」

「えっ。あっ。うん・・・」

急に言われ、少し戸惑っている私には気付かずハイスは扉を開けた。

「次に僕が来るまでには、着替えも済ませておいてくださいね」

「わ、わかってるわ!」

思わずそう叫ぶと、ハイスはまた笑って部屋から出ていった。

(うまくいかないわね・・・。二つしか変わらないのにずっと大人みたい)

自慢ではないが、私は顔は悪くないと思う。それに一国の姫。ピアノも踊りもお茶やお花も完璧に出来る。私に結婚を申し込む人達も少なくない。それなのに、ハイスは全然私になびかないし、そもそも異性という枠にすら入っていない気がする。

(せっかく特別扱いだってわかるようにハイスの前での態度は崩してるのに。他に何かアピール出来ないかしら。わかりやすくて、直接は好きって言わない方法・・・)

私は青いドレスを着ながら考えていた。

今までハイスにはいろんな角度でアピールしてきた。誰よりもハイスにたくさん話しかけたり、名前を必ず呼ぶようにしたり、わかる内容なのに教わりに行ったり、ハイスの外出についていったり、ハイスの好きな色の服やアクセサリーを身につけてみたり。でも、ハイスにはいつも笑って済まされてしまった。

(私、思ってるよりも魅力がないのかしら・・・)

今までの事を思い出しているとそんな気持ちになった。

 少しして再び扉が音を立てた。

「ストラ様。着替えましたか?」

「ハイス!着替えたわよ!」

そう答えると、ハイスが入ってきた。

「・・・ストラ様。後ろ向いてください」

「え?」

言われたとおり背を向けると、ハイスがドレスの後ろのリボンに手をかけた。

「な、何してるの?!」

驚いて声をあげるとハイスは目を落としたまま

「リボンが縦結びになっていますよ。まったく。ピアノは弾けるのに、どうしてこういう作業は出来ないんですか」

と言って、リボンを結び直してくれた。

「そ、そう。ありがとう」

「今度、リボンの結び方、練習しましょうか。僕がわざわざやらなくてもご自分で万端な状態に出来るように」

「えっ」

(そ、それって、二人きりってこと!?)

もちろん、嬉しい申し出だ。断る理由などない。そのはずなのに

「そ、そんなことしなくてもいいわ。今日はたまたま失敗しちゃっただけだもの」

なんて、私は口走ってしまった。

(な、何言ってるの私!)

「そうですか。なら大丈夫ですね」

(ああ。違うのハイス。今のは口が勝手に)

そう言えたらいいのに、私の声は喉の奥に引っ込んでいった。

「また失敗しないよう、今後は考え事をしながらの更衣はしないようにしてくださいね」

(えっ・・・?)

私の心臓がドキッと跳ねた。

「な、なんでわかったの?私が考え事してたって」

「それくらいわかりますよ。もう十年の付き合いなのですから」

ハイスはそう言ってニコッと笑った。

(だったら、私の気持ちにも気付きなさいよ!)

ハイスの笑顔に勘弁してしまいながら私は心の中で叫んだ。

「ストラ様。ご用意が済んだのでしたら食堂へ。お二方がお待ちですよ」

「はーい」

私はハイスと一緒に食堂へ向かった。


 食堂へ行くと、お母様とお父様が座っていた。

「おはようございます、お母様、お父様」

私はドレスの裾を上げ、丁寧にお辞儀した。

「おはようございます。ストラ」

「おはよう。ストラ」

二人は笑って返した。

私も笑顔で返し、チラッと後ろを見ると既にハイスはいなかった。

(むぅ。また黙って・・・)

ハイスはいつも私を食堂へ連れてきた後は、どこかへ消えてしまう。他の仕事があるのはわかるけど、一言くらい言ってくれてもいいと思う。

ハイスと食事をするのはひそかな私の夢だったりする。

「いつもより、遅かったのねぇ」

「ごめんなさい。少し、身支度に時間が掛かってしまって」

「今日はお見合いの日だからな。多少は仕方ないだろう」

「まぁ。ストラもお年頃なのね。でも、そんなに気合いを入れなくても、そのままのあなたでいいのよ。今後付き合っていく方ですから、偽者では苦しいでしょう」

「はい。お母様」

三人で微笑み合う和やかな食事。でも、私はどこか物足りなさを感じていた。

 食事が終わると、私は無意識にハイスの部屋に向かっていた。

「ハイス?いるの?」

ノックをして声をかけると、中から返事が返ってきた。

「いますよ。どうぞ」

その声を聞き、私は扉を押した。

ハイスは何かを書いていたようだ。机の上にぶ厚めの本と万年筆が見えた。

ハイスは椅子から立ち上がり、私に向き直った。

「どうかされましたか?」

「どうもこうもないわ。前々から思っていたけど、ハイスはいつもどうして黙っていなくなるの?」

「何のことですか?」

「とぼけないで!食事の時よ。私を送った後、いつもいなくなるじゃない」

「あぁ。すみません。別の仕事もあるのでそちらに行っております」

「そんなことはわかってるの!私が言いたいのは、どうして黙って行っちゃうのかって事よ!」

「・・・すみません。失礼とは思いましたが、お三方があまりにも楽しそうに会話をなさるので水を差してはいけないかと」

(違う)

ハイスの表情と言葉の間でそう思った。

「それでも、小声でもいいから声をかけて行ってよね」

そう言うと、ハイスは少し考えてから

「わかりました。なるべく気をつけます」

と少し困ったような表情で笑った。

(何?なんでそんな顔で笑うの?声をかけるだけの事がそんなに考える事なの?何かわけがあるなら教えてくれてもいいじゃない。私がそんなに頼りないの?そりゃ、たまにドジ踏むし、力も持ってないし、子供だけど。でも、真面目なときに大ぽかなんてやらかさないし、寄り添うことくらい出来るし、むしろ寄り添いたいし、ハイスだってまだ年齢的には子供じゃない)

そんな思いも込めて私は口を開いた。

「なるべくじゃダメ!これからは絶対に声をかけるの!わかったわね!」

「・・・わかりました。ですが、癖でやってしまうかもしれないので、その時は容赦してくださいね」

「──っ!」

ハイスはやっぱり何かを隠している。声をかけない前提で話をしている。

それがわかった途端、私の中でプツンと何かが切れた。

「なんで!なんで絶対が約束出来ないのよ!去る前にたった一言声をかけるだけじゃない!何かあるなら教えてくれてもいいじゃない!私はこの国の姫よ!そこらの子供よりは理解する力はあるし、ハイスが真面目に言ってくれることを笑ったりもしない!だから!」

「ストラ様、落ち着いてください」

ハイスが少し焦った声で私の両肩を支えた。

「だから・・・教えてよ・・・」

私はハイスの胸にしがみついて、消えそうな声で言った。

「・・・ストラ様。今夜、誰にも内緒で庭園へ来てください」

「庭園?」

庭園は城の裏にある。主にハイスが手入れをしている。

「はい。そこで、お話をしましょう」

「・・・わかったわ」

私は手を離し、頷いた。

「わかったけど。でも、お見合いの時間まで、ここにいてもいい?」

代わりにハイスの袖を指先で握って言った。

「えぇ。構いませんよ」

「!ほんと?ほんとにいいの?」

「どうして嘘をつく必要があるんですか」

おかしな人だ。と笑うハイス。

でも、その返事が私にはすごく嬉しく感じた。

「そういえば、今日のお見合い相手ってどんな人なの?」

「東の国の王子ですよ。頭脳明晰な方らしく、名門校で特待生だったそうです」

「ふーん」

(なんだ。ハイスの方がすごいじゃない)

ハイスは高校を飛び級している。だから十年も前からここに仕えられるのだ。

「他には?」

「誰もが二度見してしまうほどの美人だそうですよ」

そう言ってニコッと笑ったハイスの顔の方が、二度見してしまいそうになった。

「ハイスよりも?」

「え?フフッ。僕と比べるまでもなく美人な方ですよ。資料が確かここに・・・」

ハイスは机の引き出しを開けた。

「ありました。どうぞ」

「ありがとう」

「僕は少し書き物をしていますね」

そう言うとハイスは椅子にかけて万年筆を手に取った。

ハイスに差し出された資料を見ると、そこにある写真には金髪で七三わけの男が写っていた。

(確かに面差しは優しそうだけど、好みじゃないわ)

真剣に机に向かうハイスの横顔を見て、私は近くにあったテーブルに資料を放った。

「それ、何を書いているの?」

あまりハイスの仕事の邪魔はしたくないのだが、それよりもハイスと少しでも多く言葉を交わしていたかった。

理由は、ハイスが好きだからというのもあるがもう一つ別にある。

「これですか?」

こうやって、ハイスは何をしていても手を止めて言葉を返してくれるのだ。それがもう一つの理由。

「これは、今朝のストラ様のご機嫌記録ですよ」

「え?!」

私は驚いて立ち上がり、思わずその紙面を覗き込んだ。

でもそこには難しい字が並んでいるだけで、どう見ても私の事なんて微塵も書かれていなさそうだった。それもそのはず。私の反応を見たハイスはクスクスと笑っていた。

「冗談ですよ」

「なっ!ちょっとハイス!」

「すみません。退屈そうになさっていたので」

「だからってそんな冗談やめてよね。本当かと思って焦ったじゃない」

「すみません」

穏やかに笑って言われたら、許してしまうしかない。

「まぁいいわ。それで、本当は何なの?」

「んー。なんと言ったらいいのでしょうか。平たく言うと、日記ですね」

「日記?」

「はい。昨日の分を書きそびれていたのでこの時間に書いてしまおうと思いまして」

「へぇー。・・・見てもいい?」

ハイスの日記なんて気にならないわけがなかった。

「えっ。見ても面白くないですよ」

「いいの。見たいだけだから。面白さは求めてないわ」

「・・・見てもいいですけど、その代わり誰にも言わないでくださいね」

少し頬を赤らめ、人差し指を口元にあてて微笑むハイスにドキッとした。

「あ、当たり前じゃない。人のプライベートを他人にべらべら話すなんて事、この私がするわけないでしょ」

「そうですね。失礼いたしました。はい、どうぞ」

ハイスが手渡してくれた本を覗いた。

「『○月×日。今日の出来事。今日は』」

「あの、ストラ様。音読は・・・」

珍しく困っているハイスが面白くて、私は続けた。

「『今日は、五回目のお見合いだった。好みの人じゃないし、もういるからお見合いなんてしなくていいのに』・・・って五度目?」

私がお見合いをした回数を正確に覚えているわけではないが、少なくとも十回は超えているはずだ。古いページを開いていたのかとページをめくるが、このページが一番最後だった。

というかそもそも、三日分しか書かれていなかった。それと、文章がハイスの物にしては違和感があった。

「ハイス。これって」

「気付かれましたか。それは、ストラ様の日記です」

「え。・・・ええええっ!?」

確かに言われてみれば、というか言われなくてもこれは、昔私が書いた三日坊主に終わった日記だった。

「いつの間に!?」

「覚えてらっしゃらないのですか?ストラ様が幼い頃、廊下で落としたのを届けたら『もう書くことないから使っていいわよ』と言って僕にくださったんですよ?」

「え、嘘!?」

「一応もらっておきましたが、使うこともなく仕舞っていました」

「せっかくなら使えばいいのに。・・・じゃなくて!ハイスの書いてたやつは!?」

「すみません。仕事の書類なのでいくらストラ様といえど、お見せするわけには」

「・・・もー。だったら最初からそう言ってよね。というかいつの間にすり替えたのよ」

「お渡しする寸前です」

そう言ってハイスはニコッと笑った。

ハイスはいつもこんな感じ。こちらから掴もうとしても掴めない。なのにこっちの心はどんどん掴んでいく。なんとも憎たらしい。

(まぁ、そんなところも好きなんだけど・・・)

「あぁ。そういえば、前々から聞こうと思っていたのですが」

「なに?」

「その日記に書いてあった、『好みの人』とは誰ですか?」

「・・・・・・・へぇっ?!」

唐突な質問に私の声は裏返った。

「そ、そんなに変な質問でしたか?」

「う、ううん!ちょっとびっくりしただけ!それよりどうしてかしら?」

「そんな方がおられるのなら、その方をお連れすれば、お見合いをする必要がないのではと思いまして。残念ながら僕にはそんな事を言う権限はないのでひそかに思っていただけなのですが」

「ふ、ふーん」

(なんだ。少しでもやきもち妬いてくれてるのかと思ったのに。それに、その人はあなたよ!)

なんて言えるはずもなく、私はズウゥゥンとうなだれた。

「ストラ様?どうかされましたか?」

「なんでもないわよ。私、そろそろ部屋に戻るわね」

「はい」

完全に恋心の“こ”の字も気付いていないハイスにため息をついて部屋を出た。

(この気持ち、お母様達に言った方がいいのかしら。でも、召使いとの交際なんて許してもらえるの・・・?それに、好意は本人に一番最初に伝えたいわ。二人に話して、伝達で伝わるなんて嫌だもの・・・)

そこまで考えているくせに、告白する勇気はない自分が情けなくなる。

(まったく。ハイスもなんで気付かないのよ。名前で呼んでるんだから、少しくらい私のこと女として見てくれても・・・)

ツカツカと自分の部屋に向かっている途中、私はハッとした。

(名前・・・ハイスは、いつから私の事を名前で呼ぶようになったの?)

この城の者は、皆私の事を『お嬢様』と呼ぶ。下の名前で呼ぶのは、両親とハイスくらいだ。

(初めの頃は、お嬢様って呼ばれてた気がするわ。もしかして、ハイス、私の事・・・)

その先を考えると、自然と頬が熱くなった。でもすぐにいつものハイスが浮かび、私は首を横に振った。

(ないわね・・・。それに、お母様達の前で私を呼んだことないし。あれ?そういえば、そもそも、二人といるときにハイスと会話をしたことがないわ・・・)

私は顎を指で挟み、考えた。

(どうしてかしら。私が覚えていないだけ?ううん。そんなはずないわ。この私が十年間惚れている相手との会話を忘れるなんてありえない。本当にハイスが声をかけて来てないんだわ。でも、それはどうして?)

出てきたばかりのハイスの部屋を振り返り、物音一つしない扉を見つめた。

(今日の夜聞いたら、その理由も教えてくれるかしら。いいえ!そんな弱気でどうするの!教えてくれなくっても強引に教えさせるわ!駄々の一つでもこねれば、さすがのハイスでも音を上げるでしょ!)

私は謎の闘志を燃やしながら、部屋へ戻った。


 お見合いの時間が近くなり、私はいつしか作られた、私のお見合い用の部屋で相手の人を待っていた。

(ハイス・・・いないわね)

私がキョロキョロと部屋の中を見回すと、後ろに控えていたメイドが話しかけてきた。

「お嬢様。どうかなさいましたか?」

「ハイスの姿が見えないけれど、彼はどこへ?」

そう尋ねると、メイドは首を傾けた。

「わかりかねますが、先ほど廊下ですれ違いました」

「そう」

「何かご用でも?」

「いいえ。ただ、毎回いるので気になっただけよ」

そう言った時。

部屋の扉が開いた。

相手の人かと思い、少し冷めた目でそちらに目をやったが、入ってきた相手に私の目は熱を帯びた。

「ハイス!」

私は思わず立ち上がった。

「はい?」

ケーキスタンドと紅茶セットが乗ったワゴンを押して入ってきたハイスが首をかしげている。

私は周りの視線にハッとして、コホンと咳払いをして座り直した。

「ハイス。何をしていたのかしら」

「見てのとおりです。アフタヌーンティーをご用意しておりました」

「それは見ればわかるわ。どうしてあなたがそれを持ってきているのかを聞いているのよ。本来はコックやパティシエの仕事でしょう」

「手が空いたので運ばせていただいたんですよ。この部屋に元より来るつもりだったので」

「甘いわよハイス。それを持ってきても、戻さなきゃならないのなら同じ事じゃない。つくならもっとマシな嘘をつきなさい」

「・・・そうですね。ただの気まぐれですよ」

ニコッと笑ったハイスにまたも、ときめいてしまう。

「ま、まぁいいわ。そろそろ相手の方も来る頃でしょうし、早急に済ませなさい」

「はい」

ハイスは慣れた手つきでテーブルにセッティングしていく。

そんなハイスに見とれながらも、私の脳内は大騒動になっていた。

(大丈夫かしら。今の言い方嫌われてないかしら。少しキツかったかも。せっかくハイスが持ってきてくれたのに、ありがとうの一つも言わなかったわ。嫌なやつって思われた?!ハイスごめんなさい。後でちゃんとお礼言うから、嫌わないで!)

他のメイドや執事達の前で、普段通りに振る舞うわけにはいかないため、いつもこうなってしまう。国の上に立つ以上、誰かに媚びを売ったり、謙るような心持ちではいけないと両親にも祖父母にも言われてきた。だから、こういう場ではハイス相手でも偉そうに接するしかない。

(だからこそ、普段の態度を見て私の気持ちに気付いて欲しいのよ!こんなにあからさまに態度の差を見せているのに!)

セッティングを終え、ワゴンを押して去っていく背中を見つめた。

(もう・・・。ん?)

テーブルに目を戻すと、私のティーカップの受け皿の下に紙が挟まっているのを見つけた。

(何かしら)

スッと抜き取り紙を開くとそこには、達筆な字で

『せっかくの綺麗なお顔が怖いお顔になっていますよ』

と書いてあった。

私はクシャッと紙を握りしめ、もう誰もいない扉を睨んだ。

(わざわざこんなの書き置きする必要ないじゃない!というかいつの間に書いたのよ)

「お嬢様?どうされました?」

「なんでもないわ。それより、相手の方はまだなのかしら」

「はい。そろそろいらっしゃるはずですよ。時間に厳粛な方だと伺っておりますので」

「そう」

部屋の時計を見上げると、針は予定時刻の三分前を指していた。

(早く来ないかしら。早く終わらせてハイスとお話したいわ)

その時。

コンコンと扉を叩く音が鳴った。

「どうぞ」

「失礼します」

扉が開くと、そこには写真で見た男性が立っていた。

私は立ち上がり、丁寧にお辞儀をした。

「はじめまして。お待ちしていました」

「これはご丁寧にありがとうございます。ワタシは──」

 お見合いは三十分足らずで終わった。

部屋でハイスの入れてくれた紅茶を飲んで一息ついた。

「はぁ。疲れたわ」

「お疲れ様です」

傍らにいるハイスが優しく笑った。

「本日も見事な切り捨てっぷりでしたよ」

「それ、褒めてないでしょ・・・」

「いえいえ。心から賞賛していますよ。話を一頻り聞き終わって、『好みじゃないわ』の一言で終わらせる姿は筋金入りですね」

(全然褒めてるように聞こえないわ・・・)

「あの方は、ハイスが選んだのかしら?」

「いいえ。お二方がお決めになりました」

「むぅ。お母様もお父様も私の好み全然わかってないわ」

頬杖をついてため息をついた。

「では、ストラ様の意中の方はどのような方なのですか?」

「へ?!」

まさかハイスにそんなことを聞かれるとは思っていなかった私は間の抜けた声が出た。

(な、ななっ、なんでそんなこと?!も、もしかして、ハイス、ちょっとは私の事・・・。どうしよ!なんて言ったらいいのかしら!ハイスの事を単語にしなきゃ!)

と一人で盛り上がっていると

「日記に書かれていた方がいましたよね。その方は今でも意中の方なのですか?探す手がかりにするので教えてください。もしかしたら変わってしまっているかもしれませんが」

ハイスの手にはメモ帳と万年筆が用意されていた。

それを見て、私はガクッと肩を落とした。

(そうよね。ハイスが私の事好きなわけないわ。わかってた、わかってたわ・・・)

私は盛大にため息をついた。

「そんなに言いづらいのですか?やはり乙女心というモノは難しいですね」

「そ、そんなこと言うなら、ハイスは言えるの?好きな人のタイプ」

「僕のですか?確か以前話したような気が」

「あんなの答えたうちに入らないわよ!」

「んー、そうですねぇ・・・」

ハイスは万年筆を顎に当て、考える素振りをした。

「やっぱり、答えは変わりません」

そう言ってハイスは目を細めた。

「そ、そう」

(だから、それは答えになってないんだってば・・・)

そう思うのに、ハイスの笑顔でそれを言う気は失せてしまった。

昔、一度だけハイスに好みのタイプを聞いたことがある。少しでもその姿に近付けば振り向いてくれると思ったから。でも、ハイスの答えは具体的な物ではなく、ただ一言。

「僕が好きなった人です」

そう言って笑った。今のハイスも同じ顔をしている。

(その好きになる人を聞いてるのに。そんな曖昧な答えするから、諦められないんじゃない)

モヤモヤした気持ちを押し流すように残りの紅茶を飲み干した。

「喉が渇いていらっしゃるんですか?必要ならおかわりをお持ちしますが」

「いらないわよ」

プイッとそっぽを向いて言うと、ハイスは困ったように笑った。

(そんな顔されたら、私がわがままな人みたいじゃない)

「ハイス」

「はい」

「ハイスは、どうして私の言うこと聞いてくれて、私の傍にいてくれるの?」

意図せず出た言葉に私自身も驚いていた。でも、もっと驚いた表情をしていたのはハイスだった。

「ど、どうしたんですか?突然」

私はその様子にさらに驚き、空になった紅茶のカップに口を付けた。

慌ててカップを受け皿に戻す。そしてコホンと咳払いを一つして

「ど、どうもしないわ。ただ気になっただけよ」

と言った。

「そう、ですか」

ハイスは安心したように胸を撫で下ろした。

「なぁに?妙に慌ててたみたいだけど」

「いえ。突然そんなことをおっしゃるので、何か悩みでもあるのかと。でも、違ったみたいでよかったです」

そう言って微笑むハイスに、私の体温は上昇した。

(もう!そういうこと言うから!もう!)

体温に反比例して語彙力は低下した。

「ストラ様?お顔が赤いですよ?」

「き、気のせいよ!そ、それより、このティーセットを片付けてきなさい!」

半ば怒鳴るように言って、私は扉の向こうを指差した。

ハイスは少し首をかしげていたが、不思議そうな顔のまま頷いた。

「わかりました」

ハイスはティーセットを四角いトレーに乗せ、一礼して部屋を出て行った。

私はすぐにその後を追い、扉に耳をつけてハイスの足音が遠ざかるのを確認した。そしてすぐさまベッドにダイブして枕を抱きしめ顔をうずめた。

「もー!ハイスってばなんですぐああいうこと言うの!?ますます惚れちゃうじゃない!」

足をばたつかせ、布団がバフバフと音を立てる。

私が何かあった時、いつも真っ先に心配し、駆けつけてくれたのはハイスだった。誰にも、家族にさえ隠していた悩みや体の不調に気付いてくれたのもハイス。だから、さっき異常に驚いていたのは、きっと私が悩みを抱えていたことを知らなかったと思ったからだろう。

(悩みなんて、あなたへの気持ち以外にないんだから知らなくて当然なのに。というか、私の体調とか傷心とかには敏感なのに、なんでこの気持ちには鈍感なのよ・・・!)

喜と怒が混ざった気持ちで、私は枕に拳を振り下ろした。


 夜が更け、私はハイスに言われたとおり庭園へ大股で向かっていた。

(もう!またハイスってば黙って行っちゃって!)

今日の夕食もハイスは私を送り届けるとどこかへ消えてしまった。

(昼間言ったばかりなのにどうして黙って行くのかしら!絶対聞き出してやるんだから!)

そう思いながら裏庭への角を曲がると、視界に広がった光景に私の怒りは消えていった。

庭園には月下美人が咲き誇っていた。月光に照らされたその花たちと噴水がキラキラと庭園を彩っている。

(ここ、本当に城の庭園なの・・・?)

私が感動で呆然としていると

「おや、ストラ様」

と、声がした。そちらに顔を向けると私の胸は倍高鳴った。

「タイミングがとてもよろしいですよ。さすがはストラ様ですね」

少し向こうにいたハイスが私に微笑んだ。

こちらに歩いてくるハイスは、周りの月下美人のせいかいつにも増して王子様みたいに見えた。

口から飛び出しそうなくらい脈打つ鼓動を抑えながら私は言葉を絞り出した。

「ハ、ハイス。これは一体?」

「これ?・・・あぁ」

ハイスは一瞬首をかしげると、ふっと笑って庭園に目を向けた。

「実は前々から用意していたんです。今日咲いてくれてよかった」

「え?どういうこと?話が見えないわ」

「ではヒント差し上げましょう。ヒントは“あと二時間後”です」

「二時間後?」

私は庭園の真ん中にある時計を見た。

(今十時だから、その二時間後ってことかしら?・・・明日になるわね。明日?明日・・・)

わからず悶々と考え、チラリとハイスを見るとハイスは優しく笑っていた。

それに顔の熱を感じながら私は考える事に意識を向けた。

(うーん。何かしら。明日?それとも、十二時に何かあるの?えっと・・・)

そう考えていると

「ごー、よーん」

とハイスがカウントダウンを始めた。

「えっ!?ちょっ、ちょっと待って!?」

慌てて止めようとしたが、ハイスは目を閉じ口元に笑みを浮かべたまま続けた。

「さーん、にーぃ」

(えーっと!明日、明日、明日ぁ~)

タイムアップになっても何かあるわけじゃないのに何故か焦ってしまう。カウントの力は恐ろしい。

「いーち」

(あわわわわ!えっとぉー!)

「ぜーー」

(もうわかんないよー!)

と、その時。花を持ったハイスの姿が脳裏にふわっと浮かんだ。

「ろ」

「誕生日!」

カウントダウン終了と同時に私は叫んだ。

ハイスは目を丸くして私を見つめている。

(・・・ハッ!)

答えることに勢いを付けすぎて、ハイスの顔が至近距離にあることに気が付いた。

「ご、ごめんなさい!」

私は慌てて離れた。顔が今までにないくらい熱い。

(わ、私としたことが。ハ、ハイスは・・・)

上目遣いに様子を窺うと、ハイスはニコリと笑った。

「ギリギリセーフです。正解ですよ」

(・・・わかってたけど、やっぱり何とも思われていないのね・・・)

シュンとして私はその場にしゃがみ込んだ。

「正解したというのに、喜ばれないのですか?」

「あなたが正解してないからよ・・・」

ハイスには聞こえない声でつぶやいた。

「え?」

「なんでもないわよ!」

私は勢いよく立ち上がり、話を戻した。

「それより、誕生日がどうしたのよ」

「ストラ様、わかってて答えたわけではなかったのですね。では、頑張ったで賞をあげますよ」

「え?」

そう言ったかと思うと、ハイスはどこからか花束を取り出した。それを私に差し出す姿は、さっき浮かんだ姿と同じだった。

「今年はサルビアなのね」

私はそれを受け取って言った。

ハイスは毎年、私の誕生日には花をくれる。さっき浮かんだのは去年の光景だったのだ。

「ありがとう。ハイス」

笑顔で言うと、ハイスも笑顔で返した。

「どういたしまして。今年は頑張ったで賞なので一日早めです」

「それでも、嬉しいわ」

「そう言っていただけてよかったです」

「それにしても綺麗ね。この花束だけでも充分嬉しいけど」

「・・・実は、五年ほど前から育てていたんですよ」

「そう・・・って、五年?!」

流しかけたのを慌てて引き戻した。

「はい。ただ、いつもストラ様のお誕生日には間に合わなかったり、過ぎてしまったりで。ようやくお見せ出来ました」

はにかんで頬を掻くハイス。

(ハイスのこんな顔、初めて見たわ・・・)

その顔に見とれていた。

「そうだ。写真を撮りましょう」

藪から棒に言ってハイスはカメラを取り出した。

「月下美人の中に本物の美人が入るんですからきっと素敵な写真になりますよ」

「び、美人!?」

ボッと音が出そうなくらい勢いよく顔が熱を帯びた。

そんな私をよそに、ハイスは平然とした顔で笑っていた。

(~っ!もう!素でこういうこと言うんだから質が悪いわ!)

「ストラ様ー。撮りますよー」

のんきに私に手を振るハイスに私はムッとして、ハイスからカメラを奪った。

そして、すばやくカメラのタイマーをセットしてハイスの腕を引いた。

「え・・・?」

不思議そうに首をかしげるハイスに

「ハイス!カメラに向けて笑いなさい!」

と言って私も笑った。

「・・・ストラ様」

そう笑いを含んだ声で囁いたかと思うと、シャッターが切れる瞬間、ハイスがギュッと距離を縮めてきた。

「ちょっ、ちょっとハイス!?」

心臓が爆発するかと思った。写真の中の私の顔が変になっていない事を祈る。

一方、ハイスはくすくすと笑っている。

(何笑ってるのよ!急にそんなことされたら、ちょっと期待しちゃうじゃない!)

そう思って講義しようとしたが

「きっと素敵な写真になっていますよ。誘っていただいてありがとうございます」

「・・・もう」

相も変わらず私はその笑顔に負けてしまった。

(いい加減、ハイスの笑顔に弱いの、どうにかしないとまともに怒る事も出来ないわ・・・)

自分に呆れながら、カメラに近付くハイスを目で追った。

「やっぱり、素敵な写真になっていますよ」

そう言ってハイスは微笑んだ。

(うん。無理ね)

私は早くも克服を諦めた。

だって無理なものは無理だもの。それが出来て入れば十年も片思いなんてしていない。

「あ、後で現像した物を持ってきてよね」

「今見ないのですか?」

「いいわ。楽しみは明日までとっておくわ」

「そうですか。では明日、お持ちしますね」

(あーもう!鈍い!その写真が、あなたと撮った写真が楽しみだって言ってるんだから、少しは気に留めなさいよ!)

私がそんなことを思っているなんて知らないハイスはいつもの調子で

「さて。夜更かしはお体に悪いのでお部屋に戻ってください」

「・・・ええ。ハイスは?」

「僕は、まだ仕事がありますので」

「そう。じゃあ、おやすみなさい。ハイス」

「おやすみなさい。ストラ様」

私は庭園を後にして、部屋に戻った。

 部屋に戻ると私はすぐに布団に入った。

「ハイスってば、まだ仕事があるなんてほんと、働き者ね」

早速花瓶に挿したサルビアを見つめ、ハイスの笑顔を思い出していた。

(仕事・・・か。ん?仕事・・・?)

「あーーー!」

私はガバッと飛び起きた。

「ハイスに食事の時黙って消える理由聞くの忘れたわ!」

それだけではない。他にも聞きたいことは山のようにあったのに、それを一つも聞けずに戻ってきてしまった。

私は忘れていた自分と、おそらく意図的に忘れるように仕組んだハイスへの怒りで震えた。

「ハ、ハ、ハイスの・・・バカァーーー!」

それでも、ハイスへの気持ちは消えないのが悔しくて、嬉しかった。

ココロです。「お見合いよりも先の恋」いかがだったでしょうか。文脈もめちゃめちゃで読みにくい点もあったと思いますが、最後まで目を通してくださって心から感謝です!(ココロだけに(笑))なんてしょうもないことはさておき。今回は、恋愛物は初めてということでもしかしたら、恋をしたことがある方は、え?こんなことないよ?という部分もあったかもしれません(作者は恋愛経験ないので)がそこは流していただけると私が救われます(笑)

さて、長くなりましたが、この作品を読んでくださりありがとうございました!続きは不定期なので気長に待ってくださると嬉しいです。

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