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<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

日米合同特殊憲兵隊二等陸士 相原陽菜 12歳

作者: りな

 少女は自転車を漕いでいた。

 小学生らしく、ピンクで派手な、補助輪を外したばかりというような子供らしいデザイン。前のかごにはランドセルが入っていた。赤のランドセルには、防犯ブザーがかわいらしい犬のストラップとともにぶら下がっていた。

 時刻は夜八時半。この時間に少女が一人で自転車を漕いでいたら警察に保護されるか、あるいは周辺住民に通報されてもおかしくない。立川横田基地周辺の米国かぶれの店の前を自転車で走っていく。

 少女は一件のバーの前で自転車を停めた。細い路地にある、テーブル席も無いような小汚いバーには、不釣り合いな毒々しいネオンの看板が掛かっている。

 少女はランドセルを手に持ってバーに入った。数人の客はバーの奥で小声で話していた。

「Who the hell is she?」(誰だあいつは?)

「It's just a yellow bitch. I gonna deal with her」(ただのガキだ、俺が相手するさ)

 一人の白人が立ち上がった。白人にしては小柄で、非戦地であることもあって海外ブランドのTシャツとルーズなジーンズを穿いている。

「Hey girl, what are you doing here?」(やあ、ここで何をしてるんだ)

「……」

 少女はゆっくりと店を見渡した。バーテンが一人に、客の米兵が目の前の男を入れて三人。

「...I hate yellow, but I do like yellow pussy」(……俺はアジア人は嫌いだが、女は別だ)

 奥に座っていた大柄な米兵の濁った視線が少女の瑞々しい肉体を這い回った。少女はそれとも知れず、不思議そうにそれを見返した。

「...Nice merchentie」(……いい商品になる)

「you serious? Maybe she is just a elementary school student」(本気か? どう見ても小学生くらいだろう)

「Especially, some Japanese love it」(特に、一部の日本人が好むだろう)

 男たちの視線をまっすぐ、少女は見返した。

 そして言葉を紡ぐ。

「That's enough. Die in ditches you asshole」(十分だ、死に晒せ屑ども)

 少女の手は手品のように動いた。ランドセルから一丁の拳銃を引き抜く。

 ミネベア、9mm拳銃。スイス製P220自動拳銃を日本国内でライセンス生産した一品。

 少女は無造作に目の前の男に引き金を引いた。P220はデコッカーを搭載した即応性の高い自動拳銃。一発目の銃撃はダブル・アクション。つまり安全性を考慮して引き金が重い。

 少女は柔道で鍛えた握力で引き金を軽々と引いた。

 少女の弾丸は立て続けに三発。腹、胸、そして顔面に一発ずつ。

 白人の顎に炸裂した弾丸は歯をまき散らしながら脳に到達、完全に死亡させた。

「Bullshit!」(くそったれ!)

 奥の白人が動くより早く、少女の照準は動く。P220は二発目以降はシングル・アクションで撃てる。つまり、引き金が軽い。速射に向いている。

 少女と比較すれば大きな的だ。「死ににくい」腹に二発。

 最後の米兵が懐から拳銃を抜いた。米軍制式採用のベレッタモデル92、FS型。

 少女は撃ち殺したばかりの死体の上半身だけを持ち上げた。遠慮容赦なく撃ち放たれた弾丸が死体になったばかりの男に命中する。

 弾丸が途切れた瞬間に、少女は寝転ぶような姿勢で撃ち返した。

 少女の一発の弾丸は男の手に命中した。狙ったわけでは無かった。男は激高して少女に殴りかかる。

 少女は冷静に引き金を絞った。非戦地だから調子に乗っているのか、それともこちらを

舐めているのか――あるいはその両方か。

 レスリングの低い体勢でのタックルの姿勢のまま、弾丸に胸を貫かれた米兵は地面を転がるように倒れ伏した。

「Bitch!」(雌犬が!)

 表面上は無関係である筈の――前情報ではどっぷりつながっていたバーテンが疾駆した。少女は素早く起き上がり弾の切れた拳銃を握りしめた。

 少女は自分よりずっと大きな相手と相対しても冷静だった。バーテンの左ジャブを姿勢を低くして躱しつつ、拳銃の底部――空手でいう「鉄拳」の使い方で男の鼻を打つ。

 男がのけぞったところで拳銃を捨て、中段前蹴りで股間を潰す。身体をくの字に折って下がってきた頭を掴んで顔面にさらに膝蹴り。

 バーテンは絶叫した。体格差を生かしただけの、雑な両足タックルで少女を押し倒す。

 少女は押し倒される直前に両足を跳ね上げた。そのまま相手の上半身を挟み込む。馬乗りにされたときの最善の対応。ブラジリアン柔術でいうデラヒーバ・ガードだ。

 少女はブリッジの要領で身体を跳ね上げ、全身を使った頭突きを男の顎に見舞う。相手の力が抜けた瞬間に一気に相手の腕を全身で絡みとる。

 少女はバーテンの腕を一気に極めようとする。それでも、さすがの体格差のせいで上手くいかない。

 少女はとっさの判断で、暴れ回る男の指を掴んで、一気にへし折った。そのままねじ回す。

 男が絶叫する。少女は極めつけに指をもう一本折り、腕も折る。

 ジーンズのポケットから折りたたみナイフを抜くと、素早く男の靱帯を切った。

「Not all asian girls are "BITCH", you fuckin' redneck」(皆が皆、ただの『雌犬』だと思うなよ、クソ白人)


 少女が防犯ブザーのストラップを引き抜いた。ただ、それが発したのは100デシベルの騒音ではなく、立川横田基地憲兵隊への緊急連絡だった。

 バーの前に乗り付けた大勢の憲兵は少女の姿を見て目を丸くした。

「ええと……名前は?」

 憲兵のたどたどしい日本語に、少女は答えた。

「相原陽菜。日米合同特殊憲兵隊所属、二等陸士です」


 米軍の犯罪が日本独自のものだと思っているならば、それは大きな間違いだ。

 米軍の基地がある、トルコでも、ドイツでも、米軍は数多くの犯罪を犯し、その多くは何らかの政治的な駆け引きによって罰せられない。だからこそ、草の根レベルの意識の問題でさえ、米軍は嫌われる。

 とはいえ、米国にとっては実質的な傀儡国家としての日本を重視していた。冷戦後も細々と続いている中国やロシアとの緊張関係で、日本は不沈空母として重要だった。

 日本国民へのガス抜き。その為に日米合同で設立された組織。

 相原陽菜は12歳という最年少で実戦部隊に引き抜かれた。


「……お疲れさん。何人殺した?」

「二人です。今のところは」

 陽菜は普段は丁寧な口調を心がけている。それでも、英語になると雑言が止まらない。英語を教わった沖縄の米軍基地のキャンプ・ハンセンの教官のせいか、それとも自分自身の隠れた本性なのか、陽菜には分からなかった。

「……大分今日の仕事はハードだったろう。今度の休暇はどこに行くんだ?」

 暢気に三菱・パジェロのハンドル握る日本人の男は大原という。陸上自衛隊一等陸士。

「そんなことは今は良いんですけど……」

 陽菜は言いにくそうに尋ねた。

「あいつら、米軍のどこまで食い込んでいるんです?」

「どういう意味だ」

「……私たちを、目の敵にして本気で潰しにかかる……そんなことは、ないですか?」

 陽菜はバックミラーに映った米軍のオリーブドラブのハンヴィーを見ながらつぶやいた。


 すさまじい銃撃が、パジェロを駆け抜けた。真一文字に切り裂くような銃撃の嵐が、パジェロのラジエーター、車軸の関連機構を破壊した。火花を散らしながらパジェロは擱座する。

「こいつを使え!」

 大原が押しつけてきた89式小銃・折りたたみ銃床モデルを受け取り、予備の弾倉が入ったベストを素早く身につける。小学生の体躯では大きすぎるので、素早くベルトを締める。

 大原も同じ銃を取り出して、牽制射撃を見舞った。5.56mmの小口径では、ハンヴィーの装甲は撃ち抜けない。

 対して相手の重機関銃はたやすくこちらの車を撃ち抜ける。それを理解している陽菜は近くの雑居ビルに飛び込んだ。大原もそれに続く。

 乱暴な射撃が、雑居ビルの窓を抉った。おそらく、米軍が陽菜と大原を殺せば、外交的な圧力で今死んだ市民も陽菜が殺したことになっているのだろう――それだけは避けたい。

 陽菜と大原を殺したら、米軍は「銃乱射を起こした憲兵を取り押さえる過程で射殺した」と報告すれば良い。

 日本では、それが出来る。

――死んだ後まで、侮辱されるのは、いやだ。

 陽菜と大原は二回の消費者金融の一角に飛び込んだ。備え付けの消火器を撃つ。すさまじい白煙が立ち上る。

 陽菜と大原の強みは公権力だ。警察、消防、自衛隊――全ての手札で、この場を切り抜けなければならない。

 陽菜は階段をさらに駆け上がり、三階へ。塾になっている区画で警告射撃を天井に向けて一発。逃げ出した無関係の人たちでビル前がごった返せば、米兵の混乱を誘えるかも知れない。

 窓を銃床でたたき割り、陽菜は照準を付ける。初めから銃座を狙う。三点射を二回。それだけで銃座に着いていた米兵はひっくり返った。

「相原ァ! やべえぞ」

 緊迫した大原の叫び声。

「奴ら入ってきたぞ!」

「……こちらから、いきましょうか」

「……まさか」

 陽菜は助走を付け、飛んだ。割れたガラスの隙間を縫うように飛ぶ。

 三階くらいの高さなら、この程度では怪我はしない。習志野駐屯地で陸自の第一空挺団に交ざって受けた空挺の教習が役に立った。陽菜は転がって着地する。

 予想外の動きに、米兵は焦っていた。陽菜は薙ぎ払うようにフル・オートで撃つ。撃つ。撃つ。弾倉が空になると拳銃を抜く。踊るように照準を切り替えて撃ち続ける。

 近くに米兵の死体が転がっていた。その傍らには彼の銃も。コルト社製、M4A1。拾う瞬間の隙は三階からの大原の援護射撃でフォローを受ける。

 陽菜は親指でM4A1自動小銃の安全装置を親指で弾くように解除。牽制射撃を放ちつつ、近くのハンヴィーに駆け寄る。

 銃撃がハンヴィーの装甲を叩く。陽菜は素早くハンヴィーの仕様を確認した。ドアとバンパーが追加された装甲で隆起している。イラク戦争のIED(簡易爆弾)の被害を鑑みて改良された乗員保護能力を向上させたM1113型。この装甲なら、5.56mm程度の銃弾では貫徹出来ない。

 陽菜はさっき自分が撃ち殺したばかりの死体を引きずり出した。銃座に着く。

 陽菜は小学生だ。それも女。大の大人が操るために作られた重機関銃は重い。

 何発かの弾丸が、陽菜の髪を掠めて飛んでいった。陽菜は好きだった小説の一節を思い出す――アクション。オール・アテンション・トゥ・ガンアクション。

 陽菜は渾身の力で照準を付け、撃鉄を引く。

 12.7mmが吠える。

 遮蔽物もろとも、大口径の機銃の銃撃が米兵を撃ち抜いた。

 すさまじいエンジン音がした。方角は陽菜の背後。

 機銃の旋回は、間に合いそうも無かった。

 陽菜は諦めてM4A1を掴んで振り返った。

「……」

 陽菜はゆっくりと銃を下ろした。日米合同特殊憲兵隊所属の黒一色の塗装を施した96式装輪装甲車だった。


 陽菜と大原は執拗なまでの取り調べを受けたが、近隣の防犯カメラの映像もあって夜には解放された。

「……疲れましたね」

「ああ」

 言葉少なに、代車の日産・マーチに乗り込んだ二人は溜息をついた。

 陽菜は大原の私物が入ったダッフルバッグをあさった。中から煙草――パーラメントの6mmを取り出した。

「……小学生から煙草なんて吸うもんじゃない」

「...You're going to die. I'm going to die. We're all going to die. Just not today」(あなたは死んでいく。私も死んでいく。我々は皆死んでいく。だがそれは、今日では無い)

「何かからも引用かよ」

「映画です。『バトルシップ』」

「小学生の癖に随分刹那的だ」

「……私の両親の話はしましたっけ」

 大原は一瞬、逡巡したように目を泳がせた。大原は浮かせた左手を伸ばす。陽菜はパーラメントを一本取って、渡す。腕を伸ばして火を付ける。

「……聞いていない」

「……私の両親は酔った米兵に殺されました。母は性的な暴行を受けて、父は面白半分に殴り殺されました」

「……」

「世の中には二つの種類の災厄があります。強さで乗り越えられる物と、どうしようもないもの。神は乗り越えられる困難しか与えないなんて、所詮聖書の戯言です」

「……気の毒だ」

「……私は、私の教育と、家族の将来の為に積み立てたお金で生活しています。本当は普通の幸せな一生を送るはずだった……その為の資金で」

 陽菜は煙草を灰を灰皿に落とした。パーラメントの他の煙草より上品な匂いが、マーチの中を満たしていた。

「……私個人の持論です。将来への備えなんて、私は信用していない。確率は低いからって、明日死ぬ可能性はいくらでもある。それなのに、今を殺して明日を生きるような――明日も『生きて』は居ないくせに――そんな人間が多すぎる」

「……」

「いくら文明で覆い隠そうとしても、死は身近なものなのに。それを意識しない人間が多すぎる。そのくせ自分に死が迫ると暴れ回る――本当に、馬鹿みたいです」

 陽菜はパーラメントの吸い殻を、灰皿にねじ込んだ。

 陳腐で派手なネオンが、窓の外を流れていった。安っぽい娯楽を提供する文明の闇を、ハイビームが弱々しく照らしていた。

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