見つめる魔術師
『魔術師を雇いたい』
勇者が初めて言い出したマトモな発言に賛同した俺は、勇者と向き合いながら考えていた
「魔術師か……」
俺は生粋の前衛だから魔法のことは分からないことばかりだが、これだけははっきりしている。魔術師は偉大だ。普通の人間では到底成し得ない芸当を、この世の理に干渉することで具現化する魔術師は、貴重であり、大事な戦力単位だ
杖の一振りである者は火を起こし、ある者は水を生み出す。本来であれば回復に数週間かかる筈の怪我を、その場で治してしまう魔術師だって存在する
1日に使える魔術の回数に制限があることや、魔力と相性が悪い大抵の金属を身に纏えない故、防御力に欠けていたりと不備はあるが、それでもその能力は様々な選択肢を戦いに加えてくれる
これは聞いた話だが、パーティーに魔術師或いはその卵である魔法使いが居るパーティーと、そうでないパーティーとでは、生還率が50%近く違うとも言われている
だからどの冒険者もパーティーに魔術が使える者を引き込もうと躍起になるし、軍だって魔術師を特別待遇するのだ
極端な話、昨日のタンザナイトがいい例だ。もし俺が昨日のラータ・レディとタイマンをしようとしたら、それこそ数日掛けて昨日以上の準備を整え、万全の策を何重にも用意して漸く戦える土台に持ち込める程度だろう
しかし、そこにタンザナイトという魔術師が加わればあら不思議! その場の強硬手段でどうにか撃破出来てしまうではないか
あれはその中でもダントツに優れた部類だから魔術師全体の例には相応しくないかも知れないが、本質的なことは大方そのようなものだ
魔術師はつまり空母なのだ。撃たれ弱いがそれさえ守り切れるなら、戦いの選択肢を広げて圧倒的有利に戦えるようにすることが出来る、戦闘の主役と言って差し支えない重要要素という訳だ
「優秀な魔術師の心当たりはあるのか?」
「……いや、それはまだ」
「それならいい情報源を知ってる。善は急げださあ行こう」
俺は勇者を連れて西区域へと足を進める
目的の場所は勿論、あの酒場だ
「こんな所に、魔術師が居るのか…?」
「魔術師は分からんが情報ならあるぞ。なあ情報屋」
「へい旦那! 今日も贔屓になりますぜ」
酒場のゴロツキに睨まれ早くも聖剣に手を掛けようとした勇者を止める意味も込めて、すぐに情報屋の席へと誘導する。あの一件でコイツにやった金は殆どないが、コイツにとっては俺が”上級ゴーストを倒せるぐらいの力があり”、”取引を忠実に守る人間”であることのほうが重要だったらしい
この街に居る間は高い頻度で取引をするであろうことも考えてか、コイツは昨日からこんなゴマすりスタイルなのである
「今日はどんな御用件で?」
「魔術師について聞きたい。優秀な魔術師だ」
「……優秀なだけなら、旦那も心当たりあるんでは?」
「いや、それはいい。他のを頼む」
情報屋が言いたいことは分かったが、俺はその話を流した
要はタンザナイトが居るだろうってところだろうが、アイツはいかんせん性格が強烈過ぎる
確かに魔術師としては素晴らしく優秀だが、何かと問題児だらけのパーティーに更なる不和を持ち込むのは宜しくない
……それにアイツだって一応美少女だし、1度は共に背中を合わせて共闘した仲だ。隣のコイツに陥落させられて勇者ピストン同盟の一人と化すのを見るのも忍びない気持ちが強い
「そうなると……数人候補が挙がりますな」
「聞かせてくれ」
報酬として、銅貨3枚を机に並べてみせる
それを見た情報屋はニタリとした笑顔でそれを懐に納めた
「この辺りに居る高名な魔術師は全部で3人。1人は一番有名所の【ジンネルト老師】。言わずと知れた魔術の伝導師でさあ」
「え、それはじい……」
「詳しく頼む」
勇者の言いたいことを汲み取り、俺が代弁する。急く気持ちも分からんではないが、こういう取り引きに疎い人間が迂闊に喋ると余計な揚げ足を取られるからな
しかし、お互い【優秀な魔術師が欲しい】という気持ちは共通している筈だ。そうであれば、何も問題はない
「ジンネルト老師は様々な魔術を操る高名な御方で、オルムント議会から姓を与えられた数少ない高級魔術師ってのが世間一般に知られる話だ」
「成る程」
腕を組んで暫し考える。ジンネルト老師か……御老人を引っ張っていくのは気が引けるが、そんな人物なら滅茶苦茶頼りになるだろう。問題は勇者だが……
「と、取り敢えず他の2人を……」
勇者はまず全員の話を聞いてから判断することにしたらしい
実に堅実で間違いない判断と言えよう。俺も勿論それに賛同する
「2人目は自称魔術医療師の変人【ガーネスト・フォンデンブルグ】ですな。日がな一日地下の研究所で奇妙な研究ばかりしている変人だが、その魔術の腕は素晴らしいものだと裏社会ではかなり有名な人物でしてな」
「ああ、ソイツか。裏市でヤバイ薬売り捌いてた所を見たぞ」
そう、忘れもしない昨日の朝。裏市でホウ酸を探していた俺を引き止め
『こぅれはくっらい気分をいいっさいがっさい吹き飛ばす私の秘薬! ご賞味ありェェェェェェェ!!』
とか叫びながら瓶に入った蠢く液体を流し込もうとしてきたヤバイ男が居てな。逃げても変な座布団に乗って膝抱えて追い掛けてくるあの恐怖を忘れる訳がない
何が『キェェェェェェェェェ! 私の救済を受けよォォォォォォォォォ!』だ。理性と尊厳まで投げ捨てさせる救済なんざ要るもんか
「却下だ」
「や、止めておこう……」
当然、俺も勇者もそんな狂人は後免だ。只でさえパーティー内に色欲魔神ゼツロンヒブウガチとか豪遊妖怪ジッキョウアエギとか溢れてるのに、これ以上変人を増やされるのは悪夢でしかない
「となると、後は【グリモリー・ダイヤモンド】しか居ないですな。彼女も優秀な魔術師でして、議会から姓を授かった者の一人ですんが」
「彼女!? 女子か!?」
勇者が突然椅子を立ち情報屋に顔を寄せた。……まあ、コイツの女好きは今に始まったことじゃないし、驚きはしないけど
どうせ思わぬ形で女子メンツを増やせるのではと期待したんだろう。気持ちは分からんでもないが、もう少し態度を隠して欲しいものだ
「坊っちゃん、君もやっぱり女の子好きなのかい?」
「情報屋、揺さぶりを掛けるな」
ほら見たことか。分かりやすい態度で反応したから情報屋が調子に乗った! だから素人が情報屋みたいな男と会話するもんじゃないんだ。こうやってすぐ個人情報を入手されちまうからな
「まあそう言いませんて旦那。英雄色を好むって言うじゃありませんか。勇者様ともなれば、その傾向はより顕著でしょう」
「何!? なんで俺のこと……!」
「流石に気付くだろ、そりゃ……」
「なんでバレたか理解できない」みたいな顔をする勇者を横目に俺は深い溜め息を吐いた。どこの国に鞘から光が漏れてる伝説の聖剣と、古龍討伐の証である逆向きの黄金龍が彫られた伝説の鎧を装備した剣士が居ると言うんだ
俺はてっきりその地位で脅しながら交渉をする気だと考えていたんだが、やはり勇者は勇者でしかないようだ。力は有っても頭が足りないんじゃ、この先どんなことが起きるか……
「とにかく、今はその魔術師についてだけ話せ。いいな」
俺は勇者にこっそりと未成年の娘ばかり仕入れている裏市の店を紹介していた情報屋の懐から銅貨3枚を取り上げ強引に話を戻した
因みにこの世界の未成年と言えばつまり16歳以下となる。幾らなんでもそんな子供に勇者をあてがわせようとするのはよろしくないだろう
……よし、マトモに話す気になったようだな。それなら銅貨は返してやるとしよう
「へへへ、グリモリーはオルムント防衛隊の名誉魔術師として今日もよろしくやってますぜ。最近はまた魔術に関する発見をしたということで表彰されてたなぁ」
どこか皮肉を込めた言い方をする情報屋に、俺は不信感を抱いた
「そのわりにその女を軽蔑しているみたいだな」
「まあ彼女には暗い噂が絶えないからなぁ。一日中他の魔術師をいびり倒して、若い男ばかり追い掛けている女が魔術の革新的発見なんて出来る筈がないって思う輩が出るのも仕方ありませんぜ
なるほど、確かにそれは不自然な話だ。言っちゃあれだが、この世界の魔法技術はかなり進んでいるからな
魔法使い入門の代名詞【フレア】だって、何世代もの先人達の発見と工夫の積み重ねに今があるのだ。それ専門で研究に人生を費やしている研究者でさえ、その過半数が結局何の成果も出せずに一生を終えていくのだから、こういう悪い風評ばかり立っている人物は信用が置けるかどうか難しいところだ
「因みに、お前はそれについてどうだ?」
ここはその道のプロの意見を参考にしようじゃないか
情報屋は少し目を開いて俺を見たが、すぐにいつものヘラヘラした顔に戻って話しだした
「私が思うに、彼女が発見したっていうものの大半は、誰か別の人物の入れ知恵か、若しくは盗作なんじゃねえかって考えてまさあ」
「発見の盗作か…根拠は?」
「まず1に、彼女の知識が足りていないこと。油火災に水魔法を掛けて3棟全焼したって話もありますぜ
それと肝心の応用が出来ていないってのも話に聞きますよ。これはある魔術師の話を盗み聞いただけですが、マトモな高位魔術師が嘘を吐くなんてあり得ませんからね」
「そうか……よく分かった、もう1銅貨追加しとく」
「まいど!」
話を聞く限り、その魔術師の腕は確かに怪しそうだ。確かに昔軍に居た高級魔術師も「魔法と化学はそう変わらない」みたいなことを口にしていた気がする。まあ、ソイツはオークに蹂躙されて自殺したんだが……
「そんな、全部噂じゃないか…」
「勇者君、妙な気は起こすんじゃないぞ」
何故か彼の正義感に触れていたらしいので、「まあまあ」とたしなめる
俺としては別に誰がどこで盗みを働こうが他人事だが、これ以上能力に不安がある頭数を増やされるのは勘弁願いたい。無能な妖怪ジッキョウアエギを増やすより有能なジッキョウアエギのほうがまだマシだ。いやまあ、彼女の真っ当な幸せも考えてタンザナイトの選択肢は最後まで保留にしとくけど……
……欲を言えば有能な”仲間”が欲しい今日この頃だ。この対美少女専用攻城兵器たる勇者様が居る環境でそれを望むのは無茶と言うしかないのか
「……ん?」
抗いようのない勇者ジレンマに頭を抱えていた俺はふと視線を感じて勇者とは反対側の窓を見た
最初は「ああ、綺麗な町並みだな」としか思わなかった。しかし、少しピントを戻して窓のすぐ近くで此方に体を向けていた人物を見た瞬間、俺は思わず手に持っていた銅貨をへし折ってしまった
「っっ!?」
「旦那? どうしました?」
「な、ななななななんでもにゃい! いいからもっと話せ! 話せ!」
「は、はあ?」
外を見ようとした情報屋と勇者から隠すようにドカッとテーブルで頬杖を突く
情報屋が話す重要な話が全く頭に入って来ない。そりゃそうもなるだろう、俺は2人に悟られないようチラッと外を伺う
……うん、やっぱり見間違いじゃねえわ。俺の頭か目がどうにかなった訳じゃなくて良かったと思う反面、寧ろ見間違いであって欲しかった気持ちが交差する
……なんでタンザナイトが居るんだよ…?
いやいや、別にこの辺りの人間なんだから居てもおかしなことは無いんだが、それにしても……ねえ?
―ジーーーッ―
なんでアイツ真顔でこっち凝視してきやがんのかなあ、おい!
なんでこんな最悪のタイミングで出てきやがるんだあの小娘は。てかおかしいだろ、なんで真顔でずっと佇んでるんだよ。ちょっと危ない酒場の中を至近距離から真顔&不動で覗く若い娘って明らかになんかおかしいだろ普通!
ほら見ろ、道行く人が不審者を見る目でお前を見てるぞ。中で騒いでた連中まで下向いて黙っちまうしよ
今お前が何も言われないのはもう街中にお前のヤバさが知れ渡ってるからだぞ!? 本来ならモノホンの衛兵呼ばれて迷子のご案内コースか良からぬ連中に攫われてズッコンバッコンコースだぞ分かってんのかあのアマ!
―ジーーーーーーーーー―
せめてなんか言えよ動けよ! なんで窓に息が掛かるレベルの距離でずっと見てくるんだよ! あれか? 俺に「おー、おひさ!」とでもして欲しいのか? 絶対そんなキャラじゃないだろお前!! んなこと言ったら「何一回話しただけで友達面してるんですか?」とか言い出すタイプだろお前!
「俺はとてもそんな話信じられない! 直接彼女に会って確かめてみよう!」
そんでお前は何をいきなり叫んでるんだ鼓膜が破けたらどうしてくれる!?
え、待って俺が話聞いていなかった間に結構話進んじゃった感じ? 勇者君結局正義感炸裂しちゃった感じ? 待って君ちょっと何席立とうとしてんの? まだ何も注文してないんだよ? この店ロブスターとか食えるんだよ?
こ、これは大変マズい状況だ。このままコイツが外に出てあの見た目だけは良い自称天才魔術師に出くわしたら……
『ハッ!? き、君は……誰!?』
『よくぞ聞いてくれました。ボクこそ稀代の天才魔術師アルトです』
『なんて美しい女性なんだ……どうか、俺と共に来てくれないか…?』
『(ドキッ)!……は、はい(なんですかこの気持ちは…?)』
~中略~
『だ、ダメです…こんなはしたない……あっ…///』
『綺麗だよ、タンザナイト……』
『ンアーーーーーーー!』
こうなるに決まっている! これだけはなんとしても阻止せねばならない。もしそんなことになったら、男を経験して豹変したタンザナイトに「君邪魔ですね」とかいう理由で殺されかねない!
し、しかし既に外に出る気満々の勇者と窓に張り付いたまま動かない天才馬鹿をどう制する!? どうすれば、この詰みセーブ状態を打開できると言うんだ……!?
殺伐とする酒場の一角で、俺は人一倍の冷や汗を掻きまくる
冗談抜きにマジでどうしようこの状況
タイトルが分かりづらいので、ちょっと変えていくことにしました。
寧ろ分かりづらいって声がありましたら、また戻したいと思っておりまする( ´∀`)