勇者の変化?
「よし、研ぎ直したぞ」
「本当に助かる。ありがとな」
昨日と同じくカラリと晴れた青空の元、俺はドワーフの【ドウラ】に装備の点検をして貰いに来ていた
何せ昨日は酷い目に遭ったからな。鼠退治だと思えば呪いの悪霊で、なんとか倒したと依頼主に会えば「金がない」ときた
結局あのスクロールと魔法がぶつかる危ない鬼ごっこは延長に延長を重ねて日が落ちるまで掛かるし、ここ最近でもトップクラスの最悪の1日に追加してやってもいい
しかし男が衛兵の詰所に逃げ込んだ時は焦ったが、出てきた衛兵はタンザナイトを見た瞬間見事に見てみぬフリをしだしたから驚きだ
そこの人間に聞いてみれば、彼女はこの辺りではかなりの厄介者として認識されていることが理解できた。何せこのドワーフのドウラに気に入られているぐらいだからな
「アルトの嬢ちゃんは良い子だ。この辺りの連中は皆馬鹿だからそれが理解出来ないんだ」
「分かった分かった。ああ、盾もよろしくな」
「だがお前は見る目がある。その話だと、お前はあの子と一緒に鼠女を倒したんだろ? それが何よりの証拠だ。あの子がその辺に居るようなジャガイモ程度の人間に隣に立つことを許すなんてないからな」
「勘弁してくれ……」
勘違いされる前に言っておくが、ドワーフ種に好かれるというのは決して喜ばしいことではない。ドワーフというものは種族的に偏屈なものであり、人間がドワーフに好かれるというのは何かしら問題がある者だからだと断じる文献が幾つかあるぐらいなのだ
勿論、ドワーフだって人類だから普通に良い奴もいるんだが、このじいさんは別だ。こんな人間色の強い都市に来てまで、日がな一日金床を叩き鉄弄りから離れられない生粋のドワーフだ
近所の婦人から嫌われ、男達に恐れられ、馬鹿にする子供達を金槌片手に追いかけ回すようなドワーフの中のドワーフなのだ
「で、結局手元に戻ったのはそれだけか」
「まあな……」
俺は麻袋に入った金を確認する。入っている金貨は9枚
主にタンザナイトのサイコキネシスによる振り子の刑により男から押収できた金は金貨が19枚と銀貨が11枚のみ
その後はタンザナイトと俺による分配戦争が勃発したりして、最終的にお互い10000Gずつに分けて残り1000Gで二人分の飲食代として後腐れがないようにするのに利用させてもらった
え、男の所持金? 家を売り払えば良い金入るだろ?
「ほれ、また来いよジェードの坊主」
「ありがとさん。だが坊主はよしてくれよ」
「ワシからしたらお前もあの子も変わらん幼子だ、じゃあな坊主」
装備の修理が終わると俺は店を出る。結局ドウラに気に入られてしまいもれなく【変人】の仲間入りをしながらであるが
「なあ、いいだろ……?」
「いけません勇者様、私は……あっ……!」
そうそう、言うのが遅れたが出発はもう少し遅れそうだ。この辺りって本当に美人が多いらしくてな、我らが勇者様の肥えたお眼鏡に叶う生娘も割と居るんだ。新しく見つけたらしい子は花屋の看板娘だな……あーあー、見なきゃよかったガッツリ決めてるよあれ。ていうか店でやるなよなそういうことは
「えいへーさん、お花買いたいなっ」
「あー、まだ準備中みたいだから向かいのお花屋さんに行きなさい? じゃあ俺は用があるから……」
店に入りそうになった子供を避難誘導してから、俺も素早くその場から離れる。何が悲しくて勇者のエイリアンがピストンする場面なんて見なきゃならんのだ。チクショウ、童貞で悪いか馬鹿野郎
「あっ! 居たわ!」
「ん?」
勇者ピストン現場である都市西側の冒険者通りを離れて宿の近くである中央広場付近で彷徨いていると、前の人込みから誰かが近付いてきた
えっと、あれは……ああ、あの痴女軍団はウチの女衆だな。都市で見掛けると本当に恥知らずな格好をしていることが分かる。気持ちは上京した街中でエロコスプレイヤーに出くわしてしまったあの日の気分だ
「お前らか、どうした?」
「マサヨシ知らない? 最近よくはぐれちゃうのよね」
「ほーん」
クソツンは案の定勇者を探しているようなので、生返事で返す
ていうかこれ真面目に答えたら不味いよな? 俺的には本当のこと言ってコイツらに勇者の情事を見せてやりたいとも思うんだが、そうした場合間違いなくただじゃ済まないだろう
「いや、知らねえ」
だから俺は惚けることにした。だって勇者恐いもん。具体的には短気だからキレたら街中で公開処刑とかされそうで怖い
クソツンは少し不満そうな顔をしているが、そんな顔しても言う気はない。俺だって死にたくないんだ
「あんたは何してたのよ」
お、揺さぶりに来たな。勇者じゃあるまいし、その手は効かんぞ
「いや何、昨日鼠退治の依頼を引き受けてな。炭を買いに来たんだ」
「そんなことしてたの? てかなんで炭なのよ……」
「いや、鼠って臭いじゃん」
「意外にそういうとこ気にするのね」
鼠退治の依頼を受けたのも炭が欲しかったのも間違いじゃない
俺の炭は壁に叩き付けられた時に砕けてしまったし、タンザナイトのは仮にも年頃の娘が口元に長時間入れていたのを「返して」とは言えなかったから回収出来なかった
つまり俺は嘘など一つも付いていない。故にどう足掻いても俺の潔白は明らかなのだ
「まあいいわ……それより丁度よかった、これ宿に届けといてよ」
そう言ってクソツンが渡してきたのは、白い箱に入った何かだ。それも複数ある
「何これ」
「何だっていいでしょ!」
「ツー、行こー?」
「そうね、次は街の西側を探検するわよ!」
「おー、なのです!」
……俺は了承したつもりはなかったが、なんか荷物が増えてしまった。人をフクロウみたいに使いやがって……だからアイツら嫌いなんだよ
「中身は宝石か……頼むから金を掛けないでくれよ」
俺は細々とした物を買い揃えてから、宿に戻った。本当に不本意だが、やらないと後々怖いからな。受付の娘さんに事情を話して入れてもらうしかないな
「すみませーん」
「…………」
宿の娘さんは、俺が入ってきても気付かず、ぼーっと虚空を眺めていた。完全に恋する乙女のそれだな……詳細は推して言うまい
とにかく気付いて貰わないといけないので、目の前で両手をガチャリと合わせる。あ、くっそ驚いてる
「す、すまない! 私……」
「あー、大体理解してるから言うな。それより野暮用でな、810番の部屋に入らせて欲しいんだ」
「あの人の部屋……?」
俺はコクリと肯定する。すると何を企んだのか娘の顔が赤く染まっていく。人様の恋路に首を突っ込む趣味はないが、今のうちに止めとけと言いたいな。まあ言わないけど
「な、なら私が同行するよ……あんたは良い奴だって分かってるけど……ほら、一応ルールだから……///」
随分と公私混同が激しそうなルールなこった。まあ開けてくれるんなら俺はそれでいいし、何をしようが文句はないからな
「こ、ここだよ…///」
「分かったから落ち着け。それと深呼吸してろ」
「やだよこの部屋でそんなことしたらおかしくなっちゃうだろ!」
「なるほど、こりゃ手遅れだ」
息を荒くしながら前屈みになる娘。部屋に入るだけでこの乱れっぷりって、一体どんなことされたんだ
落ち着け、取り敢えず俺は手に持っていた箱の山を部屋に並べておく。……これでやることはやった、早急にこの場を離れるとしよう
「……娘さん、戻らないんですか…?」
「す、すまないね……用があるから、先戻っててくれ…」
「……りょ」
これまた深くは聞かず、俺は階段を降りる。本当に何をする気なんでしょうね……
「ハァ……何故か疲れた」
もう一度外に繰り出し程度のいい依頼でも探そうかとも考えたが、何故か昨日の一件より疲れてしまった俺は部屋に戻ることにした
「ぐへぇ」
鎧を脱ぎ捨て床に倒れ込む。ああ、やっぱこの鎧は凄い重さだな。レザー装備から歩兵用の標準装備に切り替えた時も感じたが、この鎧の時はその比じゃない違いだった
脱いだ瞬間に身体中に掛かる圧力が霧散し、まるで重力が消え失せたようにさえ感じる。それはとても気持ちがいいものだ
「気持ち悪いな……」
しかし、それとは別に鎧はとても暑くなるものである。俺は体質的に汗はあまりかかないが、それでも脱いだ瞬間いきなりブワッと来るときがある。気分が悪いときは特にだ
そして、今が丁度その時であった
「風呂行こ……」
やることも見当たらなかったので、少し早いが風呂に行くことにした。幸い近くに風呂場があり、安く入ることが出来るのだ
俺は早速身支度を調え、風呂に直行した
***************
勇者カンザキは、非常にモテた
前世でも周りから【ハーレム王】と呼ばれていた彼のその特性は、この世界に来てから更に顕著になったと言わざるを得ないだろう
それもその筈。彼には、転生時に一段と磨きが掛かった抜群の容姿と豊富な経験、それに付け加えて“コレ“まであるのだから
「ああ、今日は良かったよ……じゃあ、“またね“」
「は、はぃぃ……」
彼はズボンのボタンを止めると花屋の店主にもう一度口づけをしてその場を後にした。彼女は花屋の【アミリィ】、今は亡き両親に代わって花屋を続けている健気で優しい娘だが、そんなことは勇者にとって気にすることもない些細なことだ。姿を見て気に入ったと思えば即口説き落とし、無垢な身体を味わったのだ
アミリィにとっては“運命の王子様“だが、彼にとっては何時もの遊びに過ぎない。事が済み夢中にさせた後は預かり知らぬことである
「楽しい世界だよここは」
彼は召喚された時こそ前の世界に強い未練を感じていたが、今は寧ろ此方の世界に溺れていた。何せ、気に入った娘がいれば即日落として遊び放題なのだ。素晴らしい力で戦いでは負けなしな上に、何もしなくても周りは自分を【勇者】と崇め待望の眼差しを向けてくる。彼が増長するのは仕方のないことであった
「あー、そろそろウチのパーティーにも新しい風が必要かな」
増長した彼が最初にしたのは、召喚国であるアンドルクセン内で吟味に吟味を重ねて選んだ少女達を勇者パーティーとして側に置くことだった
それはそれは愉快な毎日を過ごしてきたのだが、やはり毎日同じことばかりしていては、新鮮味も失われていくというものだ。勇者カンザキは、新たなパーティーメンバーを迎えることで、マンネリ化を解消しようとしていた
傍観者の立場で見ればこれらの思想は女性の心情を度外視した軽はずみなものだとなるだろう。しかし、敢えて言うならこれは別に彼が特別性格の悪い人物であるという証明にはならない。何故ならば、人は元来恵まれた環境に慣れきってしまうと再現なくそれ以上を求めてしまう生き物である為だ
例えるとするなら、我らが愛すべき凡人が昔恋に焦がれた藁でない布団で寝る夢を果たして間もなく、更に上質の寝床で寝る野心を固めている今の状況と、本質は何も変わらないのだ
強いて言うなれば、後者がその夢を果たす為に人を不幸にする必要が必ずしもある訳ではないのに対して、前者はほぼ間違いなく不幸にしてしまうという違いがあるくらいか
とにかく、彼が自身の欲求を満たそうとするその行動に対して、“断じて悪“と断罪を執行する権利を持つ者は、本質的には存在していないのだ
「お、あの子いいな」
そんな彼の目に止まった哀れな犠牲者は、胸元と足を惜しげもなく晒す黒ドレスのような魔装服の妖艶な美女だ
彼はどちらかと言うと自分と同じか、それより歳の幼い女性を好む傾向があったが、容姿としては自分の好みに充分合致している。勇者カンザキは直ぐ様その後を追い掛ける
「最近はあの野郎がうるさいからな。でも、戦える子なら文句は言わせないぞ」
彼の脳裏に浮かぶのは、全身鎧の煩わしい男の姿
使い潰しがしやすい雑用をとパーティー入りを許したものの、あまりに我が強すぎて未だに主導権があるのかないのか分からない生意気な男だ。確かにあの性格のおかげで今のメンバーから孤立させることは容易だったが、そんな空気など知らぬ存ぜぬの態度で文句を付けてくるのは頂けない
しかし、それ以外の要素としては、彼が当初求めていた以上に使い勝手がいいので、未だに追い出せずに居た
「あ、しまった」
悪い癖でつい思考に呑まれている内に、目当ての女性に距離を離されてしまっていた。急いで歩みを再開させる勇者カンザキ。しかしその時、彼の目の前で唐突な発光現象が生じたのだ
「うわっ!?」
未だ日が登りきってすら居ないこの時間に起きたこの現象に、彼は思わず目を閉じ尻餅を突いてしまう
「おや、座標を間違えましたかね?」
「!」
痛みに悶える勇者であったが、すぐ前から聞こえてきた、凛としながらも優しげなソプラノボイスを確認した瞬間、ハッとして頭を持ち上げていた
そして、その声の先に見つけた少女に、一目で体の自由を奪われてしまった
「う~ん、確かに【探知機】はこの辺りを示したんですが……改良が必要ですねこれ」
「………ッ!!…」
その少女は、ただただ可憐だった。決して情欲をくすぐるような服を着ている訳でもなければ、服がはち切れんばかりの扇情的な体つきをしている訳でもない。表情からして、とても愛嬌が良さそうとも思えない
しかし、それでも目が離せない。その姿をまじまじと見詰めるだけで顔が熱くなり胸が苦しくなる
そして、衝撃が落ち着いてくると共に、直ぐ様彼が有する「欲しい」という独占欲にも近い感情が首をもたげてくるのだ
「君……!」
衝動的に、手が伸びる。普段と同じ、目の前の女性を一瞬で虜にしてしまう“最良の手段“を彼は行おうとした
素早く起き上がり、両手でその小さな肩を掴みに掛かる。逃がさないように、もう逃げたくなくなるように……
「チッ、仕方ありません。出直しましょう」
「へっ?」
指先と肩が触れるその刹那、彼の目の前で彼女は文字通り消えた
比喩でも誇張でもなく、ただ忽然と消え失せたのだ
「あ、あれ?」
勇者は慌てて周囲を見渡すが、あの少女の姿は最早影も形も見えなかった
「…………」
急な出来事が立て続けに起こったことで、彼は一時的に方針状態に陥ってしまった。一体今の少女はなんだったのか。一体何故消えてしまったのか。そんなことを考えるが、その疑問を解決する術を彼は持たない
「探そう……」
だが、答えを探し求めることなら、充分出来る
気付いた時には、彼は走り出していた。まだ名前も知らぬ少女を手に入れる為に……
****************
一方その頃のジェードが何をしていたかと言うと、暇を拗らせて店先で曲芸を行っていた
「そして見よ! これが片手跳びだぁぁぁ!」
空中に飛び上がりバク宙を決め、そのまま片手で着地をすると、集まっているギャラリーから歓声と拍手が巻き起こる
ぶっちゃけ肩と手が痛いが、ここまで喜んで貰えるならちょっと嬉しいものだ
「すげぇ! もっかいだ、もっかい頼む!」
「フハハハハ! 次はもっと驚くことを御見せしよう!」
隣の店の壁を利用した三角跳びの延長で壁を駆け上がり、ベランダの下面で一瞬逆さに立ってみせる。落下時にはクルクルと回転して、着地は勿論決めポーズ
すると歓声と拍手と、ついでに小銭が俺に降り掛かるのだ。内職を始めるみたいな気軽さで客引きをし出したが、案外良い商売になるものだ。芸は身を助けるとはこのことだな
「おいジェード!」
「ん? なんだ勇者か」
小銭(主に銅貨か鉄貨)を拾い集めていると、聞きたくもなかった声が頭上から降ってきた。まあ見るまでもなく知っていたが、やはり勇者だ。どうせ降らすなら金を降らしてもいいんだよ勇者君
「何をみっともないことしてんだよ…」
「失礼な。1枚の鉄貨と一言の声援を投げつけてくれるお客が一人でも居れば、それは立派な商売だぞ」
「そうか……」
俺は勇者の返答に違和感を感じた。イメージ的に「恥ずかしいから止めろ」と止められるかと思っていたからだ
もしかして勇者も少しは大人になって性格が落ち着いたかな? それなら嬉しい限りだが……それはあり得ないからきっと録なことじゃないだろう
三つ子の魂百までも
持って生まれた性格や、染み込んだ性質はそう簡単に変わるようなものじゃない。そりゃ良かれ悪かれ未だかつて経験したことのないような精神的ショックとか、何か特別なことが重なれば少しは変わっていくだろうが、日がな一日女を抱いてしかいないこんな男がそう易々と変わるわけがない
俺は勇者の言動に最大限警戒する。何時おかしなことをしでかしても対処出来るように、悟られない程度に体に力を入れる
「なあ……」
「!」ビクンッ
勇者が口を開いた瞬間俺は身構える
ほら見ろあの勇者らしからぬ迷い込んだ顔を! 絶対録でもないことを……
「魔術師を、雇いたいんだ……」
「……魔術師?」
しかし意外も意外。勇者が口にしたことは、至極マトモで現実的な、共感足り得る提案だった
……しかしやっぱり怪しい。俺は無意識に腕を組み、勇者に軽く詰め寄った
「どういう心境の変化だ?」
「いや、えっと……やっぱり魔法を使える仲間は必要かと思ってな」
「へぇ」
勇者の解答に、俺は何度か首を縦に振る
何があったか分からないが、意外にコイツも物を考えた様子だ
よし、そういうことなら俺も力になってやろう。変わろうとする悪童は味方になってやるに限るというものだ
「話は分かった。準備してくるから待ってな」
俺は快くこの馬鹿の変化を受け入れることにした
どうせ一時の心変わりだろうが、それを無下にするのは年長者の取るべき態度ではない。こういう小さな変化を大切に、寛大な心で育んでやろうではないか
意外な転機を見つけた俺は、少しだけ歩幅を広げて、自室へと向かうのであった