城塞都市オルムントへ
「きゃああああああああああ!!」
その日、俺は下手な鶏よりも目覚めに悪い金切り声で目を覚ました
何だ何だと目を開ければ、クソツン女がヒステリックに叫んでいるではないか
「おいどうした」
「何があったんだツー! 血だらけじゃないか!!」
「ま、マサヨシぃ…!」
勇者に気付いて振り返った姿を見て俺は早急に納得した。クソツン女が血濡れのクソツン女にジョブチェンしていたのだ。そういえば昨日ゴブリンを目の前でスプラッタにして血が飛んでいたな…まあ起きないのが悪いし俺は被害者だね
「おいジェード、お前だろ!」
昨日の戦いを思い出している俺の視界に影が差す。おやこれは勇者様ではありませんか。随分とお顔が優れない様子だ
「ツーに何をした!? 事と次第によってはお前を斬るぞ」
「責められるようなことは何もしていない」
俺は悪びれずに正直な感想を述べた。魔物の生息地で無防備に寝ている馬鹿共の代わりに戦うことが罪だと言うなら俺は犯罪者だが、社会一般常識で言えば勇者こそ戦犯だ。俺は絶対謝らんぞ! ツーンだっ!
「朝起きたらツーが血まみれになっていて、お前も血が付いてるんだ! 何もしてない訳ないだろ!」
まあそりゃ戦ってましたから
「夜にゴブリンの群れが襲撃してきたから迎撃した。深夜の戦いは困難を極めたが無事一人の欠員もなく朝を迎えられた。何が不満だと言うんだ」
「それでツーを血濡れにしたのか!? 寝ている相手にそれは幾らなんでも酷すぎる!」
「ゴブリンが手籠めにしようとしたのを阻止した結果だ。もっとスマートに出来なかったのは残念だが、あれで起きなかったほうが悪いと思うぞ」
「だからって…それなら俺を起こすとか…」
「昨日の晩はゴブリンの怒号と悲鳴で王都のパレードよりうるさかったぞ。寧ろなんで寝てられたのか不思議でしょうがないわ」
結局話は平行線のまま一向に進展しなかった。朝食の鳥を獲る時や身を清められる川を探す時などにも色々とあり、詳細は省くが俺は殴り飛ばされた。全く、理不尽が多数派になると碌なことがない
「……」
で、この無言状態だ。昨晩一の功労者にして現在進行形で馬車の馭者をしている俺にもう少し労いの言葉とかあってもいいもんだと思うんだが、それは許されないことなんだろうか?
「ん…」
言葉なき圧力を受ける俺に救いを差し伸べるように、地平線の向こうに灰色の建造物が見えてくる。間違いない、城塞の壁だ
「ほら、むくれるのはいいがもう着くぞ。城塞都市オルムントだ」
城塞都市オルムント。アーノルド王国とアド共和国の国境線に位置しながら、工業国ドルドバーク公国派の貴族が納める少し変わった立ち位置の城塞都市。周囲の魔物を全く寄せ付けぬ立派な城壁はアーノルドのそれとは格段の高さと精密さを誇り、その出で立ちは圧巻の一言に尽きる
「止まれ! どこの馬車だ?」
跳ね橋の手前で通常ではありえないような声量で制止を促されたので、急いで馬車を止める
これは魔法の類いか。恐らくはあの城壁の上側で展開している魔法陣が拡声器の代わりをしているのだろう。優秀な魔術師が居る証拠だ。敵に回さぬうちにさっさと済ませよう
「アンドルクセンの勇者様一行である! 早急に入場許可を頂きたい!」
「勇者だと!?」
城壁の上で人影が忙しなく動き回るのが見える。そりゃいきなり勇者を名乗る連中が現れたら慌てるよな
当然だがなかなか入場の許可は降りない。怪しい連中はとことん疑って掛かる辺りここの入場管理職は優秀なようだ
「失礼を承知で提案するが、勇者様だと言うならその証を見せて貰おう!」
向こうはこっちが本当に勇者を連れているか確認することにしたらしい。実に賢明だ、勇者とは大違い
「勇者の証……おい、なんかやってやれよ」
「なんかって何だよ」
「なんかあるだろ。聖剣ピカーとかやればイチコロだろ」
「ハア、仕方ない」
とか言いつつニヤつきを隠しきれてない勇者は俺を退かして荷馬車の馭者席辺りに立つと、自信満々な表情で腰の聖剣を引き抜いた。刀身に黄金のドラゴンが彫られた聖剣は凄まじい輝きで周囲を照らし馬と人とを大いに混乱させる
「ヒヒィィィィィン!」
「どうどう」
逃げ出そうとしていた馬を落ち着かせ、諸々の落馬を防ぐ。勇者は聖剣を誇らしげに掲げている
「わ、分かりました! 入場を認めます、勇者様御一行」
跳ね橋がカラカラと音を出しながら降りてきて、城門が開け放たれる。俺は尚も聖剣から手を離そうとしない勇者にもう掲げる必要ない主旨を伝えて引っ込ませる
「感謝する!」
短く礼を言ってから馬を歩かせる。大型の馬車なので跳ね橋が少し不安だったが、見た目より遥かに頑丈な橋は悠々と俺達を支えて見せた
「おおー!」
「凄い街並みです!」
オルムントの街は狭い土地を最大限活かす為建物全般の背が高く、その下を通ると自分が小さくなったような錯覚を覚える
また、この辺りは馬よりも小型の竜種が多いので、あちこちで馬代わりの4足ドラゴンが見られる
「魔物が街に居ないか? 俺の出番じゃないか」
「襲ってこない魔物は良い魔物だ、最優先で覚えとけ」
勇者の馬鹿発言に一々ツッコミを入れるのも少し慣れてきた。コイツは馬鹿なガキを相手にするように接するのが一番だ
それより俺は、所々で見掛ける高度な魔法技術に興味を奪われていた。例えば街の中央でその存在感を誇示する噴水もその一つで、恐らくは風の魔法の応用で水を押し上げていることが推測できる。素晴らしい力と安定性は魔法が使えない俺からしても理解できてしまうような高度な技術を意味している
「良い街……いや、都市だ。この都市の魔法技術は列強のそれに匹敵している。どうだろうか勇者。ここで高名な魔術師でも引っ掛けてお前や仲間達の魔法技術の訓練をするってのは」
俺は勇者に提案をしてみた。昨日の一件で分かったが勇者一行でまともに戦えるのは勇者と俺、そしてギリギリあのクソツン女ぐらいのものだ。そしてこの先敵が強くなってくれば勇者も苦戦するようになるだろうし、俺を含めたその他全員は戦力外化するのは火を見るより明らかだ
そこで考えたのがこの都市で有名な魔術師に御教授を受けさせてもらうと言うものだ。俺は適性魔法皆無で魔力量も【サイコキネシス】1発そこらでガス欠起こす魔法雑魚だから未来はないが、他の女衆は別だ。きっと友情パワーとかで素晴らしい才能を開花させてくれることだろう
「訓練……? いや、いいよ」
しかし、帰ってきた返事は非常に消極的且つ否定的なものだった
「だけどお前、他の女衆は戦えないと不味いだろう。クソツ……ツー以外は武器らしいものすら装備していないし、もし強敵に出会したら……」
「お前、彼女達に戦わせる気か……?」
「え?」
荷馬車をカラカラと歩かせる俺の首元に、剣の鞘が当てられる
「……ちょっと聞くが、お前アイツらを何のために連れてるんだ?」
「守るためだ。俺は彼女達を愛してるし、守りきる力もある」
「……」
こんな街中で恥ずかしげもなく宣言された言葉は、俺に頭を抱えさせるに充分な威力を誇っていた。勇者は女衆を戦力と見なしていないどころか、色恋沙汰の感情のみで連れ歩いていたってことか……
全くこの勇者様は人を落胆させた後にまた追加で落胆させるのが上手い人物だ。だが取り敢えずこの状況はよろしくないな。街中でまんま勇者な男が馬車動かしてる男に剣を突き付けてるなんて風体が悪いにも程がある
「そうじゃないが、もしお前が手の届かない状況で敵に襲われたらなす術がないだろ?」
「そんな状況は起こらない。俺は勇者だ」
「昨日の夜起こってたんだよ。お前がぐっすり寝ていたすぐ横でな」
「ぐっ……」
悔しそうに顔を歪ませて俺を睨む勇者。どんだけ教わりたくないんだよ……
「後付け加えるとその鞘中身ないぞ」
「え?」
「昨日の戦いで使えなくなった」
そう、あの時投げた剣は血脂に濡れすぎて使い物にならなくなっていたので回収しなかった。「同じ剣では5人と斬れぬ」という考えは正しく、寧ろ使いようによっては1人斬るだけで使えなくなるケースもある
まあゴブリンをあれだけ滅多刺しにしたらそりゃ使用不可に陥るのは当然っちゃ当然だった。正直迂闊だったと反省してる
「あーもう分かったから聖剣に持ち変えてまでやるんじゃない。嫌ならやらなくていいから、取り敢えず馬預かって貰おうぜ」
荒ぶる勇者の相手は大変なことこの上ない。しかもそれを見る女衆は何の疑いも持たぬ信頼の目で勇者を見るという少しばかり恐怖を覚える光景が出来上がるからな
「おいじいさん。これ預かれるか?」
「馬車を含めるなら1日3銀貨ですじゃ」
「よし頼む。馬車は日陰になる所に頼むぞ」
馬と馬車は【預かり屋】と呼ばれる冒険者ギルドの役員に託すことが出来る。これはある程度大きな街には必ず備えてある制度なので色んな人に重宝されている。勿論軍も同じだ
寧ろ冒険者には3000Gと言うのは少し高い買い物なので、実際は中流階級と軍隊用の施設って傾向になりがちだがな
預かり屋に馬と馬車を託したらその後は……参ったな、そういやコイツらノープランだったっけ
「なあ、何かやることは「よし、せっかく大きな街に来たんだし買い物でもしよう!」ああ、それはいい…」
勇者の提案に言うことはなしだ。この辺りの品揃えを見る意味を含めて街を見て回るのは必要だし、何より装備の点検と補充をしないといけない。ついでに女衆のおっパブ的娼婦スタイルをどげんかせんといかん。いい加減この見た目でムラムラして言動で萎えていく虚しいループから抜け出したいんだ
望むなら軽いレザー装備か、魔法使い志願なら魔装服を一式買い揃えたい。ああ後各種武器も忘れずに…
「…………」
チッ、わーったよ何も言わねえよだから睨むなよ勇者様
俺だって昨日今日からの付き合いしかない失礼なだけの連中なんて内心どうでもいいよ。そんなにそのキ○ン装備以下の布面積がいいなら着せてろ阿呆め。そんでオークにでも寝盗られちまえばいいんだ。ただしそうなっても睨むなよ
「ご主人様~、ミカン絵本が欲しー」
「あのフワフワ食べたいなのです~」
「あら、可愛い陶器……勇者様、あのお店に寄りませんか?」
「いいよいいよ。頑張ったから今日はゆっくり遊ぼう」
「「「おー!」」」
勇者一行は盛大に怠けることにしたらしい。手芸品売り場に貴族用の高級書籍店、ついでに出店の砂糖菓子等には立ち寄るが、肝心の冒険、戦闘用品店には近寄ろうともしない……う~む
所持金がくすねた銀貨1枚しかない俺はどうするべきか。銀貨1枚じゃ大したものは買えないから別行動してもあまり意味なさげなんだが……
「……」
ふと目に入ったのは宿屋の看板。かなり値が張るが、何かと豪遊しまくる勇者様達にはこれぐらいじゃないと文句を言われそうだ
「なあ、先にあの店にチェックインしてくるぞ」
「気が早いぞ馬鹿。もう少し楽しんでからでもいいだろ」
「良い宿は先に取られちまうんだよ。藁の布団と隙間壁で、ネズミ一家の存在が身近に感じられるアットホームな宿がいいなら構わないが」
「行ってこい」
しめしめ、俺は勇者から金貨数枚をせしめることに成功した
実際には高い宿でも一部屋銀貨2枚~5枚つまり2000~5000Gで借りれるんだよ勇者様? 金銭感覚が荒いのは致命的なんだが、あの大金が尽きたときのアテはあるのだろうか……ないだろうな彼は
「いらっしゃい。えーと、衛兵さんかな?」
「よく言われるがただの要人警護だ。部屋を借りたい」
宿の受付に居たのは見た目14~5の若い娘だった。どんな客が寄るか分からない宿屋にこんな若い少女を置くのは珍しいことだ
店主が娘にやらせているんだろうが、巷じゃそうしていた民宿の受付が冒険者に連れ拐われ行方不明になる事件もあるそうなので、本来こんな若い少女に店を任せるのは不味い気もするのだがな。それに胸すんごいし
まあ逆に言えばこの辺りはそこまで治安がいいってことか。そうでなきゃこの子もこんな落ち着いた物腰で喋れないだろう
「ウチは高いけど金はあるのかい? 2人部屋かな?」
「二組だ。片方は多少狭くても豪華な部屋で、片方は一番安いのでいい」
俺はそう言って金貨を一枚差し出す。宿屋は基本的に御釣りが出ないので少し無駄になってしまうが、これから皆々様に掛ける迷惑を考えたら妥当な投資と言えなくもない
「また面白い注文だ。成金の護衛でもしてるのかい」
彼女が不思議がるのもしょうがない。何せその一部屋に泊まるのは伝説の勇者と複数人の女性で、少し変わった趣向の連中だからな。忘れもしない初日の夜、奴等は借りた部屋で乱……健全な心を忘れずに言えば、複数人で営まれる愛と情熱と肉欲の儀式をするような連中だと知れたからな
何せ決して近い部屋でもない俺の耳まで「ギシギシ」と軋みを上げる木の悲鳴と色気たっぷりの声が届くような激しさであるから、知りたくもないことばかり知れてしまったんだ
あの普段フワッフワしたロリッ子が「ンアーーー! ○○○○○○! ○○○○○ぉぉぉぉ!!」とか叫んでんだぜ? 引くよなやっぱ
とにかく俺は奴等には適当に営みの場を設けておいて、自分は離れた部屋を借りることにした
「後、我が護衛対象は女性を誑かすことに定評のあるお方だからな。ゆめゆめ泣かされないように気を付けてな」
「肝に銘じておくよ」
去り際にあの絶論魔人について釘を刺しておくと少女は愉快そうに笑ってくれた。あの様子ならそう簡単に陥落されるようなことはないだろうと少し安心する。現地妻なんて作られちゃ後々どんな弱みになるか分かったもんじゃねえからな
「さて…」
宿屋を出た俺は少し街中をフラフラと彷徨うことにした。大した意味はないが、どこに何があるかぐらいは覚えておきたいからな。それと数件ある鍛冶屋に置いてある装備を見比べてどの店に入るかも考える
「あの店かな」
選んだ店は今のご時世珍しいドワーフの鍛冶屋だ。俺は店の横で研磨機と格闘している店主に少し間を設けて話しかける。仕事の邪魔にならない程度にだ。間違っても【作業】ではない、ドワーフは気が難しいんだ
「少しいいか?」
「装備の修理と、武器をくれってんだろ。少し待ってやがれ」
俺はちょっと…いやかなり面食らってしまった。顔も向かずに望みを言い当てられてしまったんだから当然だ。今まで2人ドワーフの鍛冶屋とは話したが、こんな芸当をされたのは初めてだ
「よく分かるな…長年の勘って奴か」
「馬鹿こけ、勘なんかに頼ってて鍛冶屋が勤まるかよ。全部目と耳と皮膚から来る刺激と情報から考えるんだ。戦士だって、勘で剣を振るってんじゃないだろう」
此方を一切振り返らずドワーフの親父はそう言ってのける。確かにそうだが、何気に剣士だってことまで読まれていると、ちょっと背筋寒いものを感じるな
「そのガシャガシャとうるさい音を聞けば斥候や弓使い(アーチャー)じゃないってことぐらい分かる。そんでもって、無駄に良い体の防具に不釣り合いなボロ兜に拳型の凹みがあるってこともな」
つらつらと俺の状態を言い当てていくドワーフの腕は確かなものらしい。店に並ぶものはどれも地味だが一級品の装備であるし、今だってボロボロだった盾があっという間に新品同様の姿に変わっていているのだ
正直言って並大抵の鍛冶屋じゃない…この店を選んで正解だった
「ほれ、終わったぞ。貸して見ろ」
「あ、ああ」
気付けば盾の修理が終わったドワーフが目の前に来ていた。俺は装備を全て外してドワーフに託す
「ふん、実に良い防具だな。どこで手に入れたものだ?」
「ちょっとあり得ない事態が重なって、成り行きでな」
下手に勇者の事をいうのが不安だったので濁して言う。このドワーフには「隠し事がある」ってことは見透かされたみたいだが、別に深く追求するつもりはないようだ。「フン」と鼻息を出すと目を防具に移しまじまじと見る
「オリハルコンのミスリル合金か…なかなかお目にかかれるもんじゃねえが、状態は悪くないからやるのは掃除と微調整だけだな。だが手入れに癖がある。こんないいもんを無理に汚してるときた」
ドワーフの親父はそう言って胸当て部分の装甲をピンと弾いた。そして、次に兜を手にしてくるくると回しながら観察する
「粗鉄の屑だな。愛着があるなら直してやるが、そうでないなら新しいのを買っていけ。丁度いいもんが出来てるんだ」
「おお、これは…」
大型のロッカーに仕舞ってあった兜をホイと手渡される。それは今使っているものと見た目をそう変わらないがずっと軽い見事な兜だった
「飛竜種の魔石結晶で出来たアーメットだ。おまえさんは装備に実用性しか求めてないようだから後で軽く濁しといてやるよ。ただし要求額は2000Gな」
「お、おう」
2000G…兜としては結構高い部類に入る値段だ。しかし、それを差し引いてもこの兜は良いものだ。俺はすぐに購入を決定した
「しかし、この兜の凹みは誰にやられたんだ? 拳の大きさから見て身長は170前後、細身で肉付きが優れているとは思えないが、この一番硬い部分をここまで破壊するような力とは…何と戦ったんだこれは…」
「それは…さっきのあり得ない事態に起因する人物により…ね?」
「成程、分からん」
不審人物を見るような目で俺を見るドワーフは、しばらく考えたようだが見当が付かなかったらしく、俺を店の奥にと案内した。そこには大小種類様々な武器が並んであり、世の中学生一同に見せれば発狂すること間違いなしの光景だった
「何はともあれ、優秀な戦士には優秀な武器を用意するのが俺の流儀だ。どんなものがいい?」
よくは分からんが、俺は優秀な戦士のカテゴリに入れて貰えたらしい。褒められたことなんてそんなないから少し恥ずかしい気持ちになるが、喜んで選ばせてもらおう
「両刃の剣が欲しい。長さはそこまで長くないオーソドックスなタイプだ」
「それならこの辺りだろう。どうせすぐ使えなくなるだろうが、それでも他のとこの奴よりずっと長持ちするぞ」
俺は数ある剣の中から幾つか選び、最終的にしっくりきた一本を選んだ。今まで使っていた剣より重量がある筈だが、不思議と軽く感じる
「それと、盾も取り換えた方がいいな。兜同様粗鉄の屑だ。良いのを作ってやるから防具と一緒に後で取りに来い」
「あんまり値段増やさないようにしてくれよ?」
「馬鹿、装備に妥協をするな。良い装備に慣れればもっと良い戦士になれるんだぞ」
「…ウッス」
普段着に剣一本下げた姿で店を後にする。クソ、結局金貨一枚近く吹き飛んでしまった…
だがこれは後々へ向けた投資となる。あの店にある装備はかなり高水準のものであるんだから、ここで買えたのは素晴らしいことだ。そう言い聞かせて俺は再び街へと繰り出す
次に向かうのは裏路地近くの酒場だ。こういう店には大抵良いメニューと、良い”情報”がある
「……」
店の中は、見るからにゴロツキな連中がたむろする異常空間と化していた。だが、俺はこういう雰囲気の店は何度か経験があるから対処法は知ってる。要はすぐに”取引相手”の元に向かえばいいんだ
俺は店内を見回すと、ハット帽を被った紳士風の男を見つけてその前の席に押し入る
「何か御用で?」
俺は先に手元に金を並べる。銅貨5枚…500Gだ
「大したことじゃないが、この辺りのことを知りたい。有名な戦士や魔術師が居るならそれについても」
俺は一目でこの男があらゆる情報に精通した所謂【情報屋】であると分かった。情報屋は大抵こういう”表と裏どちらでも”足を運びやすい酒場に目立つ格好で居座り、情報を売り買いして稼いでいる人種なのだ
情報屋は置かれた金に少し目を向けると、安い酒を注文した。奢れってことだ
「特に聞きたいことは?」
「稼ぎになりそうな話だな。といっても、そこまで荒稼ぎをするつもりはない。それと、俺はある程度戦える」
俺が欲しい主たるものがこれだ。今は勇者におもねることで簡単に金貨が手に入るが、アイツが今持ってる大金が尽きればそれも出来なくなるし、恐らくそれは思ったよりすぐ訪れるだろう。なら金がある今のうちに出来るだけ金を貯えていきたいって腹積もりだ。といっても、現状では食料や寝床の確保に必要な資金さえあれば充分だから「この貴族を殺せ」とか「この男から借金を取り立ててこい」みたいな”裏”の仕事は求めていないことも間接的に伝える
すると男は良いネタがあったのかニヤニヤとしながら語り出した
「稼ぎねえ…それならいい話がある。あんた戦えるんだろ?」
「まあそこそこにはな」
「あそこに居るビクビクした男を見な」
「…あれか」
情報屋の言うほうを見ると、このデンジャラスゾーンには似つかわしくない気の弱そうな恰幅の良いデブ…いやさ、恰幅の良い男と目が合った。俺と目が合ったそいつは跳び上がるように前を向いたが、やがてチラチラとこちらを伺う様子を見せる
「随分と俺達が気になるみたいだな」
「気にしてんのはあんたのことだよ、剣士さん」
「どういうことだよ?」
意味深な発言に俺は情報屋のほうに向き直る。情報屋の男は「ニヒヒ」と茶色い歯を見せて笑いヒラヒラとビク男に手を振って見せた
「あの男は【オリバー】って言う成金でな。魔物商売で上手い事稼いだ金で一等地に家を建てたところ、その家にある日大量の鼠が湧くようになったんだよ」
「鼠なら業者に頼めばいいじゃないか」
俺は不思議に思いそう指摘する。この世界にも蜂だの鼠だの専門の業者が存在している筈だ
だが、男は「それがな」と首を振る。普通の被害じゃないのか?
「増えるんだよ、殺せば殺すほどにな…」
「殺すと増える?」
「そこから先は、私がお話しします…」
その時、今まで遠目でチラチラ見ていただけの男が横に来た。俺は通路側の席に男を着席するよう施し、話を聞くことにした
「最初は、ほんの数匹の鼠だったのです。しかし、それを駆除すれば翌日には10匹近くになり、業者に頼んで駆除したら次はその倍以上! それも駆除したと思ったら、数え切れない数の鼠が出て来て業者の男を……もうあの家には近づけなくなってしまったのです!」
「…人間を殺すほどの鼠か…」
俺は必死に考えうるケースを思い返してみる。大量の鼠の異常な集団行動だけで考えれば一応それに似たことをするのは居るには居るが…
「普通の鼠を指揮して狩りをする魔物は居るが…多分これはそれとは違うな。何かそれ以外に変わったことはないか?」
「ひ、引き受けて下さるんですか!?」
人の話を聞かずに男が顔を近付けてくる。よっぽど参っている様子だ
「で、相談なんだが、分け前を何割かくれないか?」
情報屋は情報屋で抜け目がない男だ。情報料に加えて分け前まで要求してくるとは。だがこういう人種に旨い思いをさせておくのは予想以上に役に立つ。そしてそれ以上に敵に回すのが恐い
「おい、もし原因を突き止め対処出来たら幾ら出す?」
「か、金なら沢山ある! そうだ、金貨20枚でどうだ!?」
お、凄い数字がポンと出てきたぞ。だがまだだ、この手の輩はもっと出せるに違いない。さて、どのくらい絞ってやろうか
「おいおいオリバーちゃん。桁が違うんじゃありませんかねえ?」
「えぇ!?」
だが俺が言う前にもっとがめつい男が吹っ掛けた。人間考えることはそう変わらないらしい
「いやいや、それは可哀想というもんだ。どれ、もし成功したら金貨50枚でどうだ?」
優しい俺は「桁が違う」なんて酷いことは言わない。もう少しだけ現実的な金額で逃げ道を作ってやる
すると男は渋い顔で悩んだ末、観念したのかガクリと首を落とした
「わ、分かりました……もし、成功して奴等が居なくなったら……50金貨を約束しましょう」
「よしきた! 兄貴、分け前はどのくらい?」
情報屋の男はそれを聞くや否や胡麻すりをしながら俺に熱視線を送ってきた。交渉が成立した途端この変わりようである
「2割だ。情報代に加えてこれなら、旨すぎるぐらいだろ?」
「勿論でさぁ」
「その替わりこれからは格安で情報貰うからな。今日の不足分もそれでチャラにしてやる」
「当然ですよ。ぐひひひひ!」
ひたすら不快な顔でニタニタと男は笑う。まあ所詮は取らぬ狸のなんとやらなんだが、夢を見る権利は人類皆平等の筈だ
「とにかく現場を見ないことには話が始まらない。案内してくれ」
「は、はい! 此方です!」
俺は状況を見るため男と共に店を出る。今情報屋のテーブルに置かれた酒代は、まあ自分で払うだろう
「こっち……こっちです!」
「慌てるな、鼠は逃げやしねえよ」
「だから困ってるんです!」
男は焦っているのか急ぎ足だ。走りに適した体でもないのに、汗をダラダラ流しながら前を進んでいく
そして10分程男の後に付いていくと、レンガ造りの屋敷が見えてきた
「立派な屋敷だ。こりゃ盗られたら凹むだろな」
「凹むじゃすみませんよ……まだ新築なのに、鼠に支配されてからは近くで寝ることも出来ないんです」
「だろうな」
俺は2階の窓からチロチロと見え隠れする鼠を見ながら呟いた
外から見えるような所にまで居るんじゃ、一体中はどうなっているのだろうか
俺は雑嚢に手を伸ばし解毒のポーションを頭から被る。グール程ではないが、鼠にもある程度の効果があるからな、これ
「ど、どうするんですか……?」
「取り敢えず中を見ないと何も言えない。土足で入るけどいいか?」
「か、構いません……」
一応土足で入る許可を貰っておく。鼠だらけの屋敷に靴下で踏み込むのは嫌だし、危険だからな
「お邪魔しまーす」
「お、お気をつけて……」
重苦しい扉を開けた先に出迎えたのは、中央に途中で左右に分岐する階段を設けた大ホールであった。下に敷かれたカーペットも見事なもので、この屋敷にどれだけの金が積まれているのかが嫌でも想像できた
しかし、だからこそ、これはおかしい。異常な光景だ
「数えきれない程の鼠が居る割には、綺麗だな」
そう、中は不思議な程綺麗な状態を保っていたのだ。人間を殺せる量の鼠が居るならこんなに綺麗なのは違和感がある。俺は鼠の専門職じゃないから彼等の詳しい生態は知らないが、こんなことがあるのだろうか。とにかく、もう少し様子を見なければならなそうだ。俺は暗がりや家具の隙間に気をつけながら大ホールをグルリと一周した
「大ホールは特に問題ないな……あ、退路確認」
大ホールを調べ終わると、何時もの癖で入口を開け閉めしてみる。万が一何かの罠だったら笑えないからな
「あ、あのこれ……」
入口の扉が開いたと思えば、依頼主の男が何かの羊皮紙を渡してきた。何かと思えば、この屋敷の見取図ではないか。これがあればかなり楽になるだろう
「助かる。危ないからあんたは外に出てな」
「は、はい!」
男が外に出るのを見送ってから俺はもう一度見取図を見る
端的に言えば1階は大ホールを中心に左右に食堂、居間、休憩所があり、2階は細かな部屋が左右均等に並んでいる造りだ
すると、一番怪しいのは食堂だろう。鼠が繁殖するなら、食い物と水気が豊富な場所が一番良いに決まっている。俺は右手にある食堂に足を向けた
「チュチュ……」
「お、居たな」
食堂に入るや否や鼠が数匹奥へ走っていった。そしてむせ返るような異臭が鼻を突き、思わず顔をしかめる
腐った残飯が蝿とカビと……それから違う何かに荒らされ凄いことになっていた
「……最早毒ガスだな」
俺は腰に丸めて引っ掛けていた手拭いを口元に巻いた。それでも臭いが、ないより百倍マシだろう
「チュチュ……」
「チュチュチュ」
鼠はあちこちから姿を表し、そして逃げていく
確かに数は凄いものがあるが、その反応は正しく鼠であり、とても人を殺せそうな程ではない
「あの男、繁殖した鼠駆除の為に嘘付いてんじゃないのか?」
食堂を出て、他の部屋も調べながらそんな考えが浮かんでくる
確かにそう考えれば問題はないように思われるが、それならあんな金出してまで俺に頼まないよな。やっぱ、何かあるんだろう
「取り敢えず、古き良き先人の知恵を試してみよう」
考えに考えたが、納得するような答えは出てこない
ならばどうするか。答えは「普通に駆除してみる」だ
本当に殺して増えるなら、その様子を見てみようって話だ
俺は一先ず屋敷を出る。新鮮な空気が素晴らしい
「どうでしたか!? 鼠はどうです!」
俺は慌てる男を嗜める。気持ちは分かるがもう少し気長になれないかなコイツは
「確かにかなりの数が居るからな、1度従来のやり方で試してみようと思う。装備と材料を纏めてまた来るな」
不安そうな表情のまま固定されてる男を置いて、俺は1度帰路に着く。明日は多分、波乱になるな