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よく慣れた危険な襲撃

「さあ、いざ出発だー!」


「「「おぉー!!」」」


「おー」


翌日昼前、俺達はか・な・り出遅れた旅の門出を迎えていた

それと言うのも、本当なら朝方出発する筈で手配していた馬車があったんだが、勇者が「まだ起きれてない子が居るから無理に起こせない」とか言い出して遅れに遅れてしまったのだ

まあ、その分空いた時間で色々と入用な物を充実させることが出来たからいいんだが、この区間で野宿するのは嫌なんだよな…


「なあ、え~と、ジェードだっけ? オルムントにはどれくらいだ?」


「昨日も言っただろ。この時間からじゃ途中で夜になる。野営する覚悟をしておけ」


「はあ? ダル…」


「野宿ですか!? 楽しみなのです!」


「ああ、いい経験になりそうだな」キリッ


次に向かうはここから徒歩半日程掛かる城塞都市【オルムント】

近年全国で魔物の被害が多発する中、その被害があまり増えていない希少な都市で、駆け出し冒険者の集う街として未だに活気がある良い場所だと聞く

なんでも噂では、最近は妙なことばかりする魔女が巣食っているとかなんとか…


「ところで城塞都市には何か用があるのか? ていうかそもそも魔族の詳しい居場所さえ分かってないんだろ?」


馬の手綱から意識を離さないようにしながら勇者に問う

勇者は「なのです」じゃないほうのロリッ子を撫でながらため息を吐いた


「その謎を突き止めるのも俺達の仕事だろう。城塞都市は基本的には中継地点だけど、可能な限り情報収集はする。町の平和を乱す輩が居るなら助けるし、怪しい情報があるなら立ち寄る。それだけだ」


「そうか…」


俺はこの話を聞いたことを大いに後悔した。要は完全ノープランって奴じゃないか

【忌地】に差し掛かる地域に行くだけでも数か月掛かるんだ。あれこれ寄り道しながらフラフラ行ってたらそれこそ1年掛かっちまう。その間ずっと荷馬車の馭者兼荷物運びってのは勘弁願いたいところだ

ああ、それとどっかの誰かさんが”町の平和を乱さないよう”注意するのも入ってたな


「それよりこの大量の薬とくっさい肉は何よ? こんなのと一緒に荷物みたいに運ばれるのは勘弁して欲しいわ」


「おいよせ蹴るな蹴るな。お前らの危機を救うかも知れない命綱だぞ? もっと丁重に且つ感謝しながら恋人のように扱え」


「何よ雑用のくせに偉そうに! このっこのっ!」


丁度俺の背中辺りにあるポーション入り木箱を蹴るクソツン女の足を掴んで止める

俺のことは幾ら蹴っても我慢するが、ポーションと干し肉はダメだ。絶対に死守する

もしあらぬ怪我をしたり食料が得られなかったりしたらどうするつもりなのか。俺はこの最強の組み合わせで雪に埋まった観測所内を2週間耐え抜いたんだぞ。最早この二つは神だ、直接救いの手を指し伸ばしてくださる来訪神だ。些細な感情一つコントロール出来ない下賤の輩が軽々しく犯していい領域ではないのだ


「それよりお前、その首輪は外さなくていいのか?」


「は? どういうこと?」


それでもあんまり蹴られるのも鬱陶しいので俺は昨日から疑問に思っていたことを聞いてみた

彼女達の首に付いている【奴隷の首輪】は基本的には主人の命令を遵守させる為だけのもので、奴隷に恨まれるような扱いをしている主人が寝首を掻かれたり脱走されるのを防ぐ為に付けるものだ

世間体も悪いし、外そうと思えばその手の職業の者にやらせればどこでも外せる簡単なものを、この勇者ぞっこん連中が付けている意味が分からない


俺の質問にクソツン女はしばらく面食らったように黙り込むが、やがて顔を真っ赤にして蹲ってしまった


「だ、だってこれは……あたしとマサヨシを繋ぐ証なんだもん//////」


「…あ…そうっスか…」


頭から湯気を出してこっ恥ずかしいセリフを垂れ流すクソツンから、俺はゆっくり顔を逸らした

なんか、理由がふざけすぎててちょっと本気で解呪してやろうかとか考えてた俺が馬鹿みたいだ


「周囲の目はんなこと関係なしなんだけどなあ……」


「ん、今何か言ったか?」


「いいや、なんでも」


俺は諦めにも近い感情を抱きながら、馬のケツを鞭で引っ叩いた

こんな旅、有無を言わさずはよ終わってしまえ


……


背後で突発的に生じるイチャイチャタイムを無視し続けること数時間、気付けば日が暮れ空が赤く染まっていた。手綱の先に見える地面もだいぶ見え辛くなり、これ以上操作するのは危険を伴いそうだ

俺は馬車を道の端に充分寄せてから、馬が驚かないようゆっくり手綱を手前に引き馬車を停車させた


「ん? もう着いたのか?」


勇者が目を擦りながらそんなふざけたことをのたまう


「寝ぼけるな、野営の準備をするぞ。全員叩き起こせ」


「野営!? 聞いてないぞ!?」


「言っただろうが! いいから薪になるものを集めてこい! それと枯草をひと掴みと、デモルドの木があればその枝も叩き切ってこい」


「お前…ちょっと調子乗ってないか?」


指図をされたのが気に障ったのか、勇者はその殺気を俺に向ける。相変わらず喧嘩っ早い男だ

だが生憎と俺は天下の勇者様と喧嘩する程強くはないし馬鹿じゃない。さっきの大声で起きてきたロリッ子二人をひょいっと摘み上げ勇者に向けると気持ちいいまでに素早く抱き着いて動きを止めてくれた

子供とは言え人間二人は流石に重かったので有り難い限りだ


「うみゅ…ミミ眠いの…」


「眠いのです…」


「お、おいお前まだ話が…」

「よし、2人はコイツに付いていって薪集めを手伝ってやれ。それと、デモルドベビーがあったらそれも集めてくれ」


因みにデモルドの木とは地球で言う松のことだ。デモルドベビーは安直に訳して松ぼっくりとなり、これらが良い着火剤と燃料になる

子供が松ぼっくり大好きなのはこの世界でもそう変わらないらしく、二人は面白いくらい笑顔になってくれた


「デモベビ集め? やるー!」


「早く行きましょうなのです!!」


「お、おい!」


勇者はロリッ子二人に連れられ暁の林へと消えていく……うむ、悪は去った


「さて、俺は俺で準備してるか…」


勇者が薪と着火剤を集めている間に、俺も自分がやるべきことを準備する

まずは暗くなる前に持ち物点検…うん、無くしたものはないし、火打石もあった

暗くなったら手元が見えないからな。太陽が沈み切らないうちに必要なものは必要な場所に並べておく


最初に使うのは携行用のコテだ。これで地面に手頃な穴を空け、火種が風に脅かされないような空間を作る

そろそろ勇者も戻ってくる頃かな


「おーい、持ってきてやったぞ!」


「おー、ありがとさん……って、生木じゃねえか!?」


しかし俺は勇者が持ってきたそれを見た瞬間叫んで捨てた。だって仕方ないじゃん、この子ったら「薪集めてきて」言ったらタダの生木持ってくるんだもん


「乾いた枯れ木を持ってきてくれりゃそれでいいんだよ! 生木は燃えにくいし、煙ばっか出るからな」


「そう言うことは先に言えよ」


「アンドルクセンからこっちまで来てるんならそれくらい経験してると思うよそりゃ! この寒い中よく一晩過ごせたな!」


「あの時は、皆で暖め合って過ごしたなのです///」


「あー、ほーかいほーかいそりゃ素敵な一夜だこと!」


どうやら勇者が冒険経験のある人材を条件に加えていた理由はここにあったらしい。てっきりそれは足手まといにならぬようにっていう選別かと思っていたんだが、ただ単にパーティー内に野外生活知識のある人間が一人も居なかったというオチか


これはなかなか……想定外だ


「仕方ない……」


俺は勇者に頼むのも諦めて薪を探しに出掛けた

必要な素材はここいらでは思ったより豊富で、すぐに集めることが出来た


「おーい火を起こすぞ……ってなんだこのゴンズイ玉!?」


集めて戻ってくると、勇者一行は馬車の影で風を凌ぎながら塊になっていた。成る程、ここに来るまではそうやって凌いでいたんだな


「え~、火打ち石、火打ち石は……あれ?」 


俺も寒いので早く火を起こそうとしたんだが、いつの間にか手に火打ち石がない。ああそうだ、薪を探しに行くとき近くに置いてったんだ

しかしこの暗さだと探すのは困難……


「……う~ん、誰か火の魔法使えないか?」


「あ、あたし少しは使えるけど……」


名乗りを上げたのはクソツン女だった

成る程確かに火が使えそうな性格と赤髪ツインだ、これは盲点だった


俺は集めてきた枯れ草とのデモルドの樹皮を穴に投入してからクソツンを呼び出す


「これに軽~く火を灯してくれ」


「これに~? 微調整は苦手なんだけど……えっと、我が母星を巡る紅蓮の血潮よ、古の契約に従い顕現せよ【フレア】!」


クソツンの杖から放たれた小さな火の玉は、ヨレヨレと空中を漂った後穴の外に落下した


「うーん惜しい! もうちょい左!」


「我が母星を巡る紅蓮の血潮よ……」 


次の火の玉は穴の縁に当たり弾かれる

いや、これに関しては別にダメだしすることはないよ。魔法ってそういうもんよ、細かい微調整なんて高級魔術師さえ難しいって言うもの。元奴隷の小娘が上手く使えないのも仕方のないことだ


「我が母星を巡る……」


次は魔術構成が荒かったらしく発射前に消失


「我が母星を……」


そして4回目にして遂に成功した

火の玉は穴の枯れ草に引火し、チリチリと急速に勢いを増していく


「おお、思ったより勢いが凄い……あ、それくれや」


火種が着けば次にやることは燃料の追加だ。ロリッ子が遊んでいたデモベビを一つかっさらうと、穴にぶちこむ

勇者とロリッ子がなんか喚いているのはスルーで。今は時間が惜しい


枯れ草とデモベビを入れたが、それだけでは当然ダメなので、次に小さな枯れ木を乱雑に入れて息を軽く吹き掛け続ける。そうしていると火は大きくなりやがて周囲の寒さを和らげる規模になっていた


「よし、これでいい」


更に太い枯れ木を穴の外まで組んで行けば完了だ

追加しないと朝までは持たないが、暫くは大丈夫だろう


「あ、火打ち石見っけ」


ついでに火打ち石も見つかったので万々歳だ。アホ面を晒す勇者にどや顔を決めてから、俺は干し肉を一かじりする……うん、塩辛い


ていうか皆なんでそんな目で俺を見るんだよ。そんなにこの干し肉が欲しいのか? 仕方ねえ奴等だ


「ほれ、腹減ってるんだろ? 数はあるから食っていいぞ」


「い、いやあたしは……」


「そうか? ああ、ならお姫さまどうぞ。味は悪いですが力が付きますぞ」


「わ、私もそれは……」


「ロリッ子?」


「いらなーい」


「なのです」


「…………」


なんだ皆少食だなぁ。これじゃ干し肉買ったのが無駄になっちまうじゃねえか。いや、まだ一人居たな


「勇者クン?」


「」ビクリッ


「前衛で働く剣士は疲れるよなー? 昼夜飯抜きなんてやったら体に悪いぜ。な?」


「い、いや俺は……腹空いてない」


干し肉を頑なに受け取ろうとしない勇者の腹が盛大に鳴る

なんだコイツ腹減ってるじゃねえか。全く偏食はいけませんぜ勇者様


俺は勇者の腕を逆に掴み、口に干し肉を持っていこうとする。勇者の力は魔法と聖剣があってこそのものらしく、生身の力は酷く虚弱に感じる

ハハハハハ、いいぞその顔だ! イケメンの小綺麗な顔が歪むのは実に甘美なものよなぁ!


「しょっぱっ!?」


「グエッ!!」


初干し肉の洗礼を受けた勇者の拳が俺の顔面を捉える

魔力も籠ってて数メートル吹っ飛んだものの、目立った外傷は無し。付けててよかった鉄兜

だが食いかけだった干し肉が浮かせていたベンテール(面)に勢いよく挟まれどっかに飛んでいってしまったのは頂けない。おのれ勇者許すまじ


「こんなものを彼女達に食わせようとしていたのか!? こんなの人の食べ物じゃない!」


そういって勇者は手に持った干し肉を投げ捨てた。なんて勿体ないことをする男だ。少なくともこの辺りの人間の生命線を捨てたのだ、流石の俺も拳に力が入る

だが、ここで殴ってはマズい…俺は勇者を至近距離で睨みつける


「この国の中流以下の人間全員に対する非礼は目を瞑っておいてやる…だが、肉は投げるな。いいな」


「…ペッ! 皆、こんな男のことは気にせず休め。頭がおかしい」


「失礼なこと平気で言うなよ」


吐き捨てるような早口で俺を罵った後、勇者と女衆は焚火の回りを占拠して寝てしまった

怒りたいのはこっちなんだが、ここは精神年齢最高齢の俺がキレる訳にもいかない。だが、勇者さん貴方何か大事なこと忘れてません?


「お前が寝たら見張りは誰がやるんだよ…」


女連中に「気にせず休め」と言った本人が寝たら示しも付かないだろとは思うんだが、もう寝てしまったものは仕方ない。俺はさっき見つけたデモルドの木から樹脂を採取して手頃な木の棒に布を括りつけたものに塗りたくり、それを松明とした

この辺りは【ゴブリン】【レッサーオーク】といった女性の天敵代表がよく縄張り争いをしている地点なので、こうした灯は必須アイテムとなる。更に言うと極稀に表れる【アラネア種】は火があるだけで近寄って来ないので本当に大事だ。こんな暗い中であんなの相手にしたら冗談抜きに死んじまう


「ほら、邪魔するよっと」


松明は焚火の火で容易に引火してプスプスと小さな火を起こし続ける。全く以て不本意だが、寝ずの番をしてやろうじゃないか


「ブルルル…」


「おうよしよし、お前も寝てていいんだぞ?」


繋いである馬の一頭が兜を齧ってきたので額を撫でてやる。馬は賢い生き物で俺が無理をしているのが分かるらしく、この暗いのに寝ようともせず俺に視線を向けている

尤も、草食動物は睡眠時間が短いから、そこまでおかしなことはしていないのかも知れない

雑食である俺とて短時間睡眠はお手の物だし、一番危険な今の時間帯を抜けたら少し寝るか。安全をとってあの星が山に隠れる辺りで寝始めれば、日が昇るまで1時間半は寝れる筈だ

そう、何もなければの話だが、悲しいことにそういう訳にもいかないみたいだ


「……」


焚火の向こう側の茂みが僅かに揺れるのに気付いたのは偶然だったが、気付いてしまえば後のことは骨身に染みついている。まずは一旦馬車に戻り、固定してある武器を持ってくる。いつもの剣と盾、そして弓矢だ。次に狼狽える馬を落ち着かせ暴れないようにしておく

そして一度呼吸を止め、ゆっくりと接近してくる相手が何か考える。草むらを掻き分ける音の軽さと、火を手にした俺を見ても吠えずに近づいてくる様子からもうかなり選択肢は限られてくるので、特定するのは想像よりずっと楽だと思う


「ギギッ」


星の光で薄らと浮かぶシンボルに松明を投げつけると、その正体が闇から引き吊り出される

人間の子供程度の小さな体躯に、程度の大きく垂れ下がった鼻と耳が特徴的な、緑色の肌を持つ醜い魔物…そう、天下御免の大悪党ゴブリン様の登場だ


「ギャッギャッギャ! ギャッギャッギャ!」


ゴブリンは投げつけられた松明に最初こそビビっていたが、すぐに顔をニタリと歪ませると松明を拾い上げてバカ騒ぎを始めた。愉快そうに、見せつけるように、小馬鹿にするように笑いながら振り回す

人間の言葉に訳すなら「馬鹿な奴だ、俺はこんなもの怖くもなんともないぞ」とでもいったところだな。アイツらはどこに行っても厄介を掛けるからニュアンスだけでも意味が理解できてしまうのだ


「ギャッギャッギャ! イヒヒーィ!」


それにしても愉快そうにするなこの個体は。だがそろそろ女衆の匂いに気が付く筈だ。充分油断させたし、さっくり仕留めてしまおう

俺は短弓を引き絞り、よく狙って矢を放った。矢は暗闇の中を走り、清々しい邪悪な笑顔を披露するその顔を物理的に歪ませた


「ギャババァ!?」


顔に矢が直撃したゴブリンは即死するが、大事なのはこれからだ。コイツは装備も服も来ていない弱小だがゴブリンが単体で居ると思うのは馬鹿の思考回路だ

すぐに次の矢を番えて周囲を確認する


「ギャギャ!」


「ギャハハハー!」


「ギャアアアア!!」


期待を裏切らず左右の草むらから小さな影が飛び出す。幸いにも右側の二体は松明と焚火の灯りで姿が見えるので適度に矢で応戦する


「ギャギャギャ!」


「ギャッギャッ!」


だが、暗闇の中をちょこまかと動き回る小さな目標はなかなか矢に当たらず、四足歩行に切り替えたその足は勇者面々のほうへ向かう…女の臭いに気が付いたか


「ギャハハハー! ギィッ!?」


女衆に気を取られて足を止めたゴブリンの肩を矢が射貫く。そして俺は剣と盾を取りもう片方のゴブリンに向かう


「ギイイイイイイ!!」


左側からゴブリンが飛び出してくるのを盾でいなし、そのまま地面に叩き付ける


「ギギ…ガアアアア!」


「うるせえよ」


当然すぐに起き上がろうとしてくるのでその頭を何度も踏み付ける。短い悲鳴がこだまして、隙を見計らってクソツン女に抱き着こうとしていたゴブリンが足を竦ませる


「おら、立て」


「ギ…ギギ…」


それを確認してから踏み付けていたゴブリンを無理矢理立ち上がらせて無事なゴブリンのほうに向ける

そして、その口を全力で引き裂いた。鮮血がクソツン女とゴブリンに降り注ぐ


「ギ…ギェェェェェェェェェェェェェ!!」


「ギャギャアアアアアアアアア!!」


痛みに悲鳴を上げるゴブリンと、目の前の惨劇に恐慌状態に陥るゴブリン

他の連中はゴブリンがただのちょっと賢いだけの動物だと言うが、俺はそうは思っていない。彼等は獰猛で残忍で好色で、そして豊かな情緒を有した厄介な敵対種族なんだ。当然仲間が目の前で二人もやられて、口を引き裂かれるところなんて見たら恐怖する

勿論これには個体差があって、激怒して向かってくる奴も居るんだが、コイツはそうではないようだ。ガクガクと膝を震わせて動揺し、恐怖に立ち竦んでいる


「ギギイイ!」


「おっと危ねえ」


その時足元で悶えていたゴブリンが小さなナイフで斬り付けてきた。取り敢えず半死のゴブリンを上から落として、諸共滅多刺しにしてやる


「ギエエエエエエエエエエエエエ!!」


これを見たゴブリンは小便を垂れ流しにしながら逃げ出していった。うん、賢明な判断だ。女と食料を目の前にして逃げれるゴブリンは非常に危険だ。今すぐ殺そう


「アアイ!」


ゴブリンは逃げる時は基本まっすぐにしか逃げない。振りかぶって剣を投げてやると、草むらの先で良い音が響いた


「うし、戦闘員は全滅だな」


俺は左側のゴブリンが出てきたほうに何げなく近づくと、一気に距離を詰めて木の陰に手を突っ込んだ


「ギイイイイイイ!?」


出てきたのはさっきの奴等より大柄で、胸に垂れ下がった乳房のある個体、つまりはメスだ

あのゴブリン達はまだ若い上に服も着ていなく、要は群れが弱小である可能性が濃厚だった

すると近くには高確率で母親が”狩り”の様子を見に来ており、冒険者間では「マッパのゴブリンが4か6体で現れたら近くに親玉が居る」というのは常識中の常識だ。ゴブリンは奇数でしか行動しないからな


「ギィ! ギィィィィ!」


「おら暴れるなボケ」


掴みかかってくるゴブリンを思い切りぶん殴り、動きが止まったところをもう一度だけぶん殴る

ゴブリン相手に大事なことは、いかに自分のほうが”上位者”であるか教え込むことだ。「コイツに関わったら酷い目に遭う」ってことを理解させてやればゴブリンはもう似たような人間を襲わなくなるものだ。特にゴブリンのメスを【マザー】とした群れではな



そもそもゴブリンは何故人間の女を襲うのか。それは簡単に言ってしまえば能率がいいからである

ゴブリンのメスは1回に1体のゴブリンしか産めないのに対して、人間の女を孕ませれば1回で3~5体の人員が手に入る。更にその女は子供の為の保存食にも、成長した後の苗床にも転用できる

ゴブリンのメスは子供とは交尾しないし、そもそも交尾自体そこまでしないから群れは拡大しない。でもゴブリンのメスからはメスが生まれる可能性も多く、絶滅はしないので人間を襲う必要性は薄れ結果的に【ゴブリンマザー】を中核にした群れはあまり被害をもたらさないようになる

一方そうでないゴブリンの群れはメスが居ないので本能的に狂暴になり人間の女を攫って繁殖する必要性に駆られる故に被害も多くなるしなかなか根絶が出来ない


俺はもう一度ゴブリンマザーを見る。ここで上手く思い知らせて教育しておけば、もうこの傘下の群れは無害な珍獣と化すだろう。もう一度蹴り倒して馬車に戻り、干し肉をひと掴みして投げつける


「今なら手土産付きで逃がしてやる。来るならもう一回ぶん殴ってやる」


「…ギ…」


ゴブリンマザーは黙って投げられた干し肉を見つめる。ただ突っ立ってひたすら見つめる

だが、やがてその呼吸が荒くなってくる。肩を上下して、うめき声のような声が混ざる

俺はそれに敢えて近づく。この後の行動は読めたから、後は実行するのみだ


「アアアア…」


「……」


「アアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


下を向いたままゴブリンマザーは絶叫する。そして涙が溜まった目で俺を見ると、足に力を入れる


「まあ、当然子供を殺した相手にお情け貰ったら怒るよな…」


叫びながら飛びかかってきたそれを、俺は全力で蹴り飛ばす

今更綺麗事を言う気はない。ただ力の差を分からす、それだけだ


「ギャギャアアアアア!!」


また飛び出す前に押さえつけ、死なない程度に痛めつけていく。完全に無抵抗になったらもう一度殴って終了だ


「ギイイイイイイイイ…」


「もう顔見せんなよ」


這う這うの体で逃げていく背中を見送れば、本日の襲撃はもうおしまいだ。あんな弱小が元気にうろついている時点で他のゴブリン勢力は近くにないだろうし、オークだってそうだろう

ただ腐肉喰い(グール)が来るのは怖いから死体は下に投げ捨てて、解毒のポーションを軽く撒いておく。解毒薬に使われる薬草は魔物にとっては嫌なものらしく、こうすれば血の臭いがしても一々近寄ってはこないのだ

そして俺には労いの回復ポーション。うん、この渋い苦みに安心する


「ふああああ…滅茶苦茶疲れたぞ…」


しっかしあれだけ騒いで誰も起きなかったのが驚きだ。慣れない野宿で疲れたのは分かるが、戦い慣れしてないってレベルじゃねえぞこれ。俺的には戦闘中誰か起きてきて「お前俺達の為に一人で…」ってなる展開を期待していたんだがこれじゃ骨折り損じゃねえか。武勲も誇れん交代も出来んじゃ割に合わんよ


「ブルルル…」


「…お前に任せるよ」


とは言っても徹夜をするのは馬鹿のやることだ。どうせ明日もこいつ等の無茶ぶりに振り回されるんだろうし、働かない頭で起きていたらそれこそ命に係わる

幸いこっちには馬が居る。危険を察知する能力も、それを知らせる能力も勇者より遥かに優れているんだ。俺は夜の番を馬2頭に任せて、その日は眠りについた

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