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床の悦び

「それでですね! 勇者様!」


「ご主人様こっち向いて」


「お腹が空いたのです、ご主人様」


「あんたらマサヨシから離れなさいよ!」


やあ皆さんおはようこんにちはこんばんは

俺は今王都をひょこひょこお散歩中だ。両手には大量の花束を抱え、肩にはジャラジャラと音のする袋を積載しながらな


前方に見えるは我が愛しのパーティー(笑)一同だ

勇者以外ものの見事に女子しかいない構成員は当然の如く皆勇者にゾッコンで、白昼堂々奴にベタベタと体をくっ付けてその腕を引っ張り合っている


「金貨が重い……」


対して俺はその後を少し間を置いて付いていく【荷物持ち】と化していた

勇者に認められてからすぐ城を出た俺と勇者はまず勇者の仲間達とやらに会わされたのだが…


「アンドルクセン王国第2王女【リリーラ・ベル・アンドルクセン】と申します」


「奴隷のミミだよ!」


「同じくミカンなのです!」


「……私はツー、汚いモノは嫌いだから話掛けないで」


いやー、初対面では驚いたね。メンバー全員16.7の成人迎えたばっかの小娘のみってことも驚きだし、4人中3人が奴隷の首輪してるのも驚愕ものだ

特に最後の奴はマジムカついたぞ。今まで生きてきて自己紹介でここまでボロクソ言われたのは初めてで泣きたくなったのは内緒だ


それからすぐに王の差し金で勇者の大々発表とパレードが行われ、大量の花束が贈られた。うん、今手に持ってる奴だな

「ごめんトイレ行くから持ってて」と勇者が1度俺に渡せば、全員が俺に託してくるもんだから参ってしまうよ。出会ったばかりでこの信頼には泣けてきたね


で、トイレから帰ってきて俺の晴れやかな姿を見た勇者はトチ狂ったか「じゃあついでにこれもお願い」と金貨がパンパンに詰まった袋を押し付けてきた

それで怒れば泣き虫のミカンが「なんで鎧さん怒るなのですー!」と泣き出し引かれる始末


優しい騎士団長ラインハントにあそこまで嫌われている時点で薄々感づいてはいたが、アイツ性格がよろしくなさそうだ


「はあ、辞めたい……」


俺は早くもこの仕事の限界が見えてきていたのであった

とはいえ辞めるなんて今更言い出しても国が許してくれる筈がないし、逃げて勇者御付きの王女様に捜索願いなんて出されたら最早俺は国際指名手配犯だ。どこか安住の地があるわけでもないし、諦める他ない


「お花……」


「ん?」


視線を感じて下を見ると、少しよれた洋服の小さな少女がキラキラとした目で此方を……いや、俺の持つ花束を見上げていた


「……お前、これが欲しいのか?」


「え、あ……」


一瞬パアッと花咲くような笑顔を見した後、すぐに顔を曇らせて何度も首を横に振る。欲しいけど、貰えないという感じだな

まあ俺もこれ渡せばアイツらに何言われるか分からないし、渡して利益が起こることもない。正直ここは無視して通り過ぎるのも間違いではないんだがな


「……おい、そんな目で見たって何もしてやれねえぞ」


俺がそう言うと少女は目に見えて落ち込む

だがそんな顔したって俺は……



「…ほら、持ってけ嬢ちゃん」


「…くれるの?」


「実は手が塞がって参ってたんだ。大事にするってんなら持っていってくれよ」


適当に選んだ花束を押し付けるように2つ程差し出すと、少女の顔が途端に明るくなる


「ありがとう騎士様!! 大切にするね!」


「俺は騎士じゃねえよ。じゃあな嬢ちゃん、あと子供は我儘言ってなんぼだぞ」


単純な思考回路で抱き着いて来ようとする少女をやんわりと止めてその場を後にする

別に幼女趣味がある訳でもないが、子供に泣かれて素通りするのも夢見が悪いからな。それにあいつらも俺に全部任せている時点でそこまで思い入れのあるものじゃないだろう


「おっといけねえ、アイツ等もうあんなところに居る」


重い装備に重い袋でヒイコラ言いながら後を追う

幸いなことに奴等は手頃な酒場を見つけるとそこへ入っていった


「よし、これで少しは休める…うおっ!?」


後を追いかけて酒場の扉を開けた俺の視界に、小太りな男の背中が迫っていた

急なことで一瞬怯むが、こういう状況は戦場では時たま起こり得る

避けるのもアリアリだが、このままケツから落下して大怪我ってのも気の毒なので腰を落として飛んできた男を受け止めてやる


「いてててて…え!? 憲兵…いや、騎士さんか!?」


男は俺の姿を見るなりすぐさま離れ敬礼する。意外に元気そうで少し安心した

ていうか俺は騎士じゃないんだが


「どうした? 何か揉め事か?」


「そ、それが…」


「ぐはああああ!!」


小太りの男が何か言う前に、似たような感じで違う男が吹き飛んできた

今度は入口から少し逸れた商品棚に激突し、中に入っていた酒類が四散する


「おいおい大惨事じゃねえか、一体何事だ」


割れた酒瓶で頭から血を噴き出している男を救出し、常備品のポーションをぶっかけてやる

男は衝撃でプルプルと震えながらも、ある一点を指さした


「あ、あの男がいきなりキレやがったんでさあ! 憲兵さん!」


「ああ?」


男の示すほうを見れば、まさかの勇者が酒場の男達と大乱闘を繰り広げていた

入り口に近い机は軒並み大破し、床には飲食料が無残にも散らばっている…うん、なんだこのカオス


「おい、店長かお前? 一体これはどういう騒ぎだ?」


「あ、ああ…お客様…憲兵様ですか? はい、店長で御座います…」


取り敢えずそこらへんで倒れて頭からパスタを被った店長らしき男を抱き起す

まだ立っている奴に聞いてもいいんだが、公平性を考慮すると店の人間に託すのが一番確実だと思ったのだ


「いえ、勇者様がご来店なさったのですが、ここに居らすお客様の大半は情勢に疎い者達ばかりでして、勇者様が奴隷に煽情を煽る服装をさせて連れているのを目にして…」


「ついいつもの調子で煽ったら逆鱗に触れたって奴か?」


「お、おっしゃる通りで御座います……ひぃぃっ!?」


大きな音と共に、近くに木片が降り注ぐ。次なる犠牲者が机に激突し破壊したようだ

それを見た店長は俺の鎧を強く掴んだ


「お、お願いで御座います! 勇者様をお鎮め下さい! 無茶とは承知ですが、このままでは店が潰れてしまいます!!」


「…よし、分かったなんとかしよう。勇者は俺が止めてやる」


この状況で、実は勇者の関係者ですなんて暴露したらどうなるんだろう。口が裂けてもそれは言えないが、確かにあの荒ぶる勇者を野放しにしとくのはかなりヤバいな


「おい、落ち着け。店が潰れちまう」


「オオオオオオオッ!!」


「ゴハッ!」


止めようと肩に置いた手を掴まれ、俺の額に右ストレートが飛ぶ

幸い頭部は使い古したアーメットで覆われていたので大したダメージはなかったが、あの野郎殴るときに拳を魔法で強化してやがった

軽いダメージとは裏腹に体は大きく吹き飛び、このままでは俺も商品棚戦犯の仲間入りをしてしまう

勿論そんなことは許されないので、空中で態勢を整え商品棚の角で停止させ、すぐにそこから飛び降りる


「よっと…おい、危ねえな! おい勇者おい!」


焦っていた俺は今度は客を殴りつける勇者を後ろから羽交い絞めにして拘束した

勇者は尚も抵抗し肘を打ち付けてくるが生憎こっちは完全防備だ。このクッソ重いアーマーも使える時は使えるな。生身とはいえ勇者の攻撃にこのカット力は脱帽だ


「(ガキンッ)待て、(ゴキッ)落ち着け。俺だよ(ガアンッ)俺、今日仲間になった奴だよ!」


「……なんだ、お前か」


10回近く俺を殴りつけたところで、勇者はやっと俺の存在に気が付いた

取り敢えず勇者が動きを止めたことでこれ幸いと殴ろうとしてくる男達を手と怒号で制して場を収めておく


「一体何が起きたんだ。勇者がここまで短気だとは流石に予想出来てなかったぞ」


「あいつ等、彼女達を性奴隷呼ばわりしやがったんだ! 彼女達は俺が守る!!」


「性奴隷…」


俺はいつの間にか店の出入り口に避難していた連中の服装を改めて見て納得した

なるほど、やけに胸元が強調された服に少し動けば下着が見えること間違いなしのミニマムスカート、それに加えてあの目立つ首輪だもんな。言われて見れば確かにあれはエロ過ぎる。全員すんごい体してるし、いいとこの売春商品だと思われてもここじゃ全く違和感ないな


「なんだよ? お前までそう言うのか?」


おっと殺気がヤバい。ここは適当に濁しておこう

ここいらで御伽噺と同じ聖剣なんて抜かれたら衝撃波だけで首が飛ぶ


「いや、そうじゃないが、周りを見ろ」


俺に施され、勇者は軽く周囲を見回す。机と椅子は壊れまくり、上手い酒や料理まで床に散乱しているのが目に移った筈だ


「これ以上やると店が潰れる。それに、お前の大事な仲間達に与える影響だって良くないだろ」


「…っ! 離しやがれ!」


売春婦擬きもとい仲間の女達について触れた瞬間、勇者は俺を押し除ける


「もう飯はいい…皆、怖がらせてごめんね?」


「いえ、そんな…私達は守られてばかりで…」


「ご主人様、格好良かった」


「なのです!」


店の前でひとしきり見せつけた後、勇者は何事もなかったかのように去っていった

店に居た連中の大半は伸びているが、生き残った奴は唖然として立ち尽くす


「……」


取り敢えず、この状況でトンズラってのはヤバいよな…?

俺は丁度店先に放置していた花束を中身の紛失した店の花瓶にザクッと詰め込み、袋から金貨を数枚取り出す。…うん、こんな大金手にしたことないから分からないけど、絶対損害額に釣り合わねえ


「邪魔したな。駄賃だ」


金貨数枚をカウンターに乗せておき、我に返って土下座をしようとする店長から逃げるように立ち去った

幸い、誰も追いかけては来ない。しつこく付いてくるのは、己の罪悪感だけだ


「おーい、待てそこの~! お~い!」


俺に出来ることは、前方の色ボケ集団にギリ聞かれない絶妙な声量で「犯人追ってますよ」のアピールをしながら逃げることだけだった

因みに、次に違う店に入るときは、俺が最初に入ってからにした。案の定また奴隷三姉妹(勝手に命名)がちょっかいを仕掛けられ勇者がキレそうになったので「うるさいお縄に掛けるぞ」と男達を脅してその場を収めることに成功した。なんかもう、個人的に憲兵隊の方が向いてると思った瞬間だった


「あー、疲れた……」


食事を済ませ風呂場でもう一悶着起こして、ようやく俺は安住の時間を手にしていた

日もだいぶ暮れたので、勇者一行は皆宿屋に入ってしまったのだ。田舎武者の俺は見た事すらない超豪華な一級宿だ


「あー、兵隊さんだー」


「こ、コラよしなさい! す、すみません!」


「いえいえお構いなく、マダム」


一方俺はその宿の店先を借りて装備を広げていた

別に一人「君の分払うの勿体ないから野宿ね」なんて言われた訳じゃない。彼等とは別の一番安い部屋だが、ちゃんと用意されている


ただ俺にはやるべきことが残っている。そう、装備の微調整と点検だ

兜の緒は交換する頃合いだし、新しく手に入った鎧は今まで手にしたことのなかったフルメタルプレートだ。気に入らないところは手直ししたいし、そもそもこの無駄に輝く光沢は不利益でしかない

それに、腰に常備している雑嚢の中身も心配だ。特にポーションは今日だけで全部使いきってしまったので、また買い直さないといけない。やるべきことは山積みだ


「この時間じゃ、店は閉まってるか…」


しかし大概の店は日が山に半身を隠した辺りでもう閉じてしまうし、運良くやっていたとしても良い顔はされない。そもそもあの袋はここに来ると同時に勇者が部屋に持って行ってしまったから、今の俺はほぼほぼ無一文だ。諦めて防具の点検修理だけで終わらせよう


「殴られたところに若干の凹みがあるな」


一応オリハルコンとミスリルの合金なのに、恐ろしい威力だ。これは普段のハードレザー恋しさに装備を売らないで正解だった。市販の装備だったら今頃俺のあばらに鎧が食い込んでいたことだろう

小さな凹みは黒ずみを生み、やがて鎧の関節部分でその動きを阻害するようになり非常に危険だ。引っ掛かって破損しやすくもなるし、放っておく手は無い


「……」


細かい凹みは砥石で入念に磨くことで対処できる。1時間も続ければ胴体部分の凹みは粗方御終いだ

しかし、そうすれば鎧がテカテカと輝いて非常に鬱陶しい。そこで使うはこの【キシナカセ】だ

キシナカセは民家の近くにもよく自生しているありふれた植物で、彼等は虫を寄せ付けない為刺激を受けると特殊な分泌液を出す。その分泌液は人体には全く影響がないが、鉄やオリハルコン鉱石を変色させる力を持っている

遠征が終わった兵士の防具が下半身を中心に異常なまでにくすんでしまうのはこのせいで、見た目を気にする騎士団には滅茶苦茶嫌われた植物だ(因みにこの国の騎士団では【ゴブリンフラワー】と言われてるらしい)。そして、この植物の葉から抽出したエキスを水で希釈して雑巾に染み込ませ、防具を擦ると……これこの通り、みるみる色がくすんでいくのだ


目立つ格好は命取り。遠征で無駄に豪華な服を着込んで前線に立つ”誇り高き高級魔導士”とかいうのが真っ先にレッサーオークの群れに集られて後日巣穴から救出するための追加作戦を兵士達にご提供するハメになるのも、それが分からない愚か者だったからだ。少なくとも、ただ生き残り、武勲を上げたいっていうだけなら、目立つ服装は悪手だと俺は思っている

そんな理由で、俺はどんな高価な防具だろうが全部このキシナカセで汚していくのだ。魔物の目に合わせて白と赤の塗料で塗りたくってしまう方法もあるが、ワイバーンやコカトリスとかには却って目立つので、やはりこの方法が一番安定する


「あの、お客様…申し訳ありませんが、そろそろ明かりを消してしまいたいのですが…」


「おお、悪かったな。今片付けるよ」


気付けば辺りは真っ暗で、店先のランプの真下に移動していた俺は気が付かなかった

店としても貴重な燃料を浪費したくはない筈なので、急いでバラした防具を組み立てると、すぐに部屋へ向かう


「う~ん、見間違うほどに貧相になったな…素晴らしい」


自らの仕事の出来栄えに自画自賛しながらドアノブに手を掛ける


「この! 変態ーーーー!!///」


「誤解だあああああああ!!」


今しがた騒々しい叫び声とともに視界の端で階段落ちしていった男が居た気がするがきっと気のせいだ

明らか木製の何かが壊れる「バキ」とかいう音なんて俺は全く聞いていない。聞いてないったらない


「どうしました!?」


「賊徒ですか!?」


何人かの足音が下の階から近づいてくるのを感じながら、俺は黙って部屋の扉を閉め、ついでに鍵を掛けた

そして……


「広っっっっっ!!」


そのあまりの広さに顎が外れそうになった

入ってすぐ広がるのはリビング兼寝室で、およそ畳4畳程もある。右手には洗面台とトイレがあって、まるで当然と言わんばかりにう〇こが浮いていない! ほとんど黄ばんですらいない!

そして、何より……何よりも、布団が藁じゃないっ!!


「ヤッホォォォォォォォイ!!」


綺麗に畳まれた白きエデンの園を目の当たりにして、我慢など出来ようものか

俺は華麗なるルパンジャンプ(本家には高さは届かなかった)を決めて布団に飛び込み、そのあまりの極落さに感極まって涙が溢れてくる


「うぇっ、うぇっ…も゛う゛二度ど味わ゛え゛な゛い゛がど思っ゛た゛!」


柔らかい枕に顔を思い切り埋め、これまでに溜まったものを含めて感情を爆発させる

そして最後に大号泣。野〇村議員とタメを張れるレベルの声量で泣きわめくと、お隣から壁ドンをお見舞いされた


「うるせえぞ!!」


「す、すいません…」


声の主は怒っていたが、流石に直接殴りこんではこないようだ

うん、でも調子に乗りすぎたことは反省しよう。ここは兵舎じゃないし、夜騒いだらそりゃ迷惑よな。迂闊だった。


とにかく、今日はもう休もう。明日もどうせ忙しい

俺は部屋に備え付いていた循環式魔力光源のスイッチを切ると、念願の綿の布団に包まった


「俺、やっていけるのかな……」


不安は尽きねど眠くはなるし日も登る

俺はそれ以上考えるのを止めて、瞳を閉じた


せめて明日は、今日よりかはいい日になるといいな

窓の外で夜鳴き鳥が、子守唄を歌っていた

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