数多の衝撃
「大国アンドルクセン王国から来た勇者一行にそなたを加えたい。上手く便宜を図り、我が国に貢献せよ」
三度目のご説明と、横合いからの「目を覚ませ」という怒気を孕んだ小声での注意に、やっとこさ俺の意識が戻ってくる
そうだ、勇者だ。勇者がどうたらという話だったな。えっと? 勇者が隣国で召喚されてこの国にも来たからその一行に加われって話ね? ふんふん、なるほどなるほど…
「では、そろそろお暇させて頂きます」
「待て待て落ち着けジェード一等兵。いいから戻りたまえ…君なかなか面白い特技持っとるな」
膝を突き頭を下げたままの高速後退りで逃げようとした俺は扉の先で待ち受けていた近衛兵に取り押さえられ、王の目配せで元の位置に戻される
チクショウ、ワンチャン逃げられるかも知れなかったのに!
俺は再び高速後退りしようとするが、それも騎士に取り押さえられる
「まあ、ジェード殿も急にここまで突飛な話をされては混乱するばかりでしょう。ひとまずは、事の経緯だけでもお聞き願いますか?」
その隙に王の傍に控えていた宰相らしき老人がこの勇者事件の経緯を説明しだした
まず、今では御伽噺でしかない魔王討伐伝説だが、これはおよそ500年前実際に起きた事実だと言う。その当時魔王の軍勢に押されに押された人類は最後の手段として、時の最高位魔術師総出の研究成果である【召喚装置】を用い、異世界より現れた人物を勇者とし、見事魔王の討伐に成功したという
ここまでは過去の正史で、問題はこの後だ
ここ数十年、魔物や怪物の目撃談や襲撃被害が全国的に急増しているのだと言う
生まれた時から魔物は身近な脅威として認識していたからそんな実感はなかったが、そもそも20年前まではこの国でも魔物被害など殆どなかったのだと言う。そう考えると、北方戦線だけでもほぼ毎日魔物と戦っている今の魔物情勢は確かに異常だ
本来去る者は追わずのコカトリスのあの異常行動も、魔王がなんかしたって考えればまあ辻褄は合わなくはない
で、「これはヤバいんじゃね?」「もしかして魔王みたいなのまた出ちゃったんじゃね?」となった国々15ヶ国は非公式の会談の席を設けるようになり、各国総出の特別捜査の結果、ある恐ろしい兆候を共有することになった
かつての魔王勢力地…現在では立ち込めた濃厚な魔力の海と残存した不特定数の魔物の存在から【忌地】として封鎖している最前線古城付近で【魔族】らしき存在が村人により目撃されていたのだ
目撃された村での家畜、人的被害の詳細と目撃者の証言からそれは古の種族【ヴァンパイア】である可能性が浮上し、更に各国の不安は増えた
太古の血族【吸血鬼】
人や家畜の生き血を啜り、被害者を眷属として使役する魔族
古の戦いでは魔王にも人間にも付かず中立を貫き種族を保ってきたが、戦争終結後に敵対関係となり、現在の【バルト連合】【アンドルクセン王国】【アム自治領】と戦争をした今は無き種族だ。吸血鬼伝説については、勇者伝説の延長戦で今も吟遊詩人により語り継がれているので俺も少しは知っている
だが、その戦争での被害は当時人間側が考えていたものより遥かに多く、残っている文献では人類側12万の戦力に対し、総人口1万未満の吸血鬼を制圧するのに1年以上戦いが長引き、その5割近くが犠牲になったらしい。これは、魔王との決戦にて失われた人的被害の10倍近いの被害であり、人口の払底したアム公国は国家運営そのものが難しくなり、今ではアンドルクセン王国の傘下に落ちぶれた
日に日に増していく魔物被害に、かつての大強敵の復活の兆しに各国は慌てたが、特に慌てたのが大国アンドルクセン王国だったという。発展著しいかの王国は自国1強体制の経済圏拡張の最中であり、この問題の早期解決をすることで揺らぎそうな属国間の信頼を取り戻しその権威を更に強固なものにしようとしたらしい。俺が難しいことは分からないと結構際どいことまで話してくれたが、生憎8割は理解出来ちゃったんだなこれが
話は戻るが、その結果アンドルクセンが選んだ選択というのが、件の勇者召喚とのことだ
古の条約である主要15か国による満場一致での可決を条件にする約束こそ破られたものの、勇者による解決は最も手頃で被害も少なくどの国も強くは反対しない。だが、このままでは手柄をアンドルクセンに総取りされ、自国の経済圏さえ危ぶまれると危惧した各国は勇者を護衛する一行に自国の者を入れようと虎視眈々と機会を伺っていて、それは我が祖国も変わらないという話で……
要は「君ちょっと勇者パーティーとして手柄立てておくれよ。そしたら英雄として好待遇するから」っていう事だ。成程、それは確かに考えようによっては悪くない出世話だ
よし、逃げよう。伝家の宝刀【高速後退り】を用いてこの場からの脱出を図る
「まあやるとは思ってたよ」
「何ぃ!?」
しかし失敗! 扉の先にはやはり近衛兵二人が待ち構えていた
跪く姿勢のまま運ばれ、元に戻される。チクショウ、エスケープならず!
「勇者に従い世界を救う英雄になるのがそんなに嫌かね?」
「陛下! お言葉ですがそのような大役私には勤まりません! 私より適任はこの国ではごまんと人材が居る筈です! 寧ろこんな一介の歩兵である私に何故そんな大事を話されるのか疑問だらけです!!」
嘘です。本当はそんなのと関わったらどんな目に遭うか分からないほうが怖いです
だってこういう召喚勇者パーティーに男が一人混入するって大体地雷しかないですもの!
いや、俺より強いのがごまんと居るってのは連然たる事実ではあるが
それこそそこに居る騎士集団の隊長とか連れて行けばいい話だ
気配り云々、俺よりずっといい仕事をするに違いない
「そなたの言いたいことは分かるし、共感も感じる。だが、もうそなたに頼むしかないのだ」
「何故ですか? 局部戦線の下っ端にしか出来ない魔族討伐などないでしょう」
「それについては私がお答えしましょう」
王に引継ぎ前に出たのはまた、例の宰相だ。宰相は懐から記録簿のようなものを取り出し俺を見据える
「勇者来訪の知らせを受けた我が国はすぐに彼等を招き、旅の門出を祝うと共に我が国一の腕利きを護衛として参加させようとしたのですが、勇者殿はこれを拒否したのです。ああ、因みにその者はそこの男です」
「太陽騎士団一番隊隊長【アブソルト・ラインハント】と申します。以後お見知りおきを」
宰相に施されて前に出て名乗ったラインハントという明らか強そうな男は、白銀に太陽のシンボルが彫られた芸術品のような防具に身を包んだ、その装備に全く遜色ないとんでもない美形男だった
ていうか太陽騎士団ってこの国の最高戦力じゃねえか。それの隊長ってどんな化物だよ
「ほ、北方方面軍アルベルト遊撃中隊ジェードであります。太陽騎士団のお噂はかねがねお聞きします」
「それは嬉しく思いまする。騎士団というものは、軍からは嫌悪されがちですから」
「いやいや、そんなことはありません。私達歩兵の間では待望の存在です」
「…ありがとう、その言葉だけで、私は誇りを捨てずにいられる」
滅茶苦茶綺麗な顔で白い歯を軽く見せて笑みを向けてくる
それはとにかく様になっていて、正に”騎士”であるというか、男でも惚れる漢とはこのことかという位のイケメン度だ。対応まで一々紳士で、自分との差が際立って危うく舌打ちしそうだ
「でも、何故騎士団殿が拒否されなければなかったのですか?」
「そんなことは分かり切っている! あの男は見た目だけ取り繕った下衆だ! あの男は私が彼女達を「よさんか、ラインハント!」…くっ」
激高するラインハントを宰相が制する。何があったかは知る由もないが、何やら不穏な様子だ
宰相はオホンと咳払いをして場を落ち着けると、話を再開させた
「勇者様が彼のどの部分が気に入らなかったかはこの際置いておくとして、我が評議会はこれを勇者様の”個人的感情”が伴う行動であると判断致しました」
「個人的感情?」
「それはっ…!!」
感情を露わにするラインハントを手で制し、宰相は毅然とした態度で続ける
「詳細はさておき、評議会は少なくとも見た目と立場の良い男では駄目だという結論に至りましたが、これがなかなかに難儀な課題でした
王城直属の戦士は皆採用段階で生まれや顔立ちの良さを求められますから、必然的に王城勤務者以外の者から選出する必要性に駆られました」
なるほど、王城守護の騎士団、近衛兵辺りは手練ればかりなのにと思っていたが、それをしなかったのはそういう理由か
「条件が合う者は少尉~一等兵で18人見つかりましたが、その全てが拒否されました」
「18人全て…?」
どうやらこのふざけた行為は俺以外にもかなりの人物が犠牲になっていたようだ
「勇者殿は彼らが冒険経験の乏しいことを理由に拒否されましたから、次に求められる条件は【強くてレンジャー知識も豊富だが、家柄若しくは顔立ちは思わしくない者】ということで探し始めました」
聞けば聞くほど馬鹿らしい条件だ
そも兵士になるような奴は基本冒険者になんてならないし、家柄と顔立ちにそこまで反応するのも理解出来ない
しかしそうなると俺ってやっぱおかしくないか? 確かに冒険経験はあるし家柄も雑魚と言って差し支えないが、俺は別に強い訳ではないだろ
魔法の適正は皆無で魔力も微々たるものだし、何か特別な【スキル】を持っている訳でもない
ああ、スキルって言うのはこっちだと1000人に1人くらいの割合で付いてくる変な能力のことだ
でもそれは別にあれば有力なんてこともなく、あれば芸の足しになる程度のものばかりだ
例えば【血液を水にろ過して手から出す能力】とか【興奮すると視力が1.7倍になる能力】といった程度で、あれば戦闘に有力なんてものもない
因みに俺のスキル【後ろ逃げ足】は後ろ向きに逃げてる間速度が1.8倍になるという奴だ。さっきこの場から逃げようとしたのがそれで、回避には適用されないからネタにしか使えない
とにかく、ここまで特殊な条件を揃えたところで選出の矛先が俺に向けられる理由が見当たらない
少ないとはいえ、尉官辺りにはレンジャー訓練をした奴等もいる筈だからな
「それでも自分が選ばれたのは納得いきません」
「そう言うな。私はそなたについての報告を盗み聞いた時、これは天啓だとさえ思ったぞ」
「私についての報告?」
不審に思う俺を笑いながら、王はその理由を口にする
「昨日の日暮れ頃か。情報部の者がそなたの上司からの報告に困った声を上げていてな」
**********************
意味深なことを呟いて何度も報告書とにらめっこをしている姿に、私は下品と知りつつもつい興味が湧いてしまい、その者に尋ねていた
「一体どうしたのだ?」
「こ、これは陛下!? いえ、陛下がお気に召すことなどは……」
当然職業柄そう断る男に半ば無理矢理聞き出すと、その者は面白いことを言い出した
どうやら北部前線の中隊長からの報告らしいのだが、その内容がどうも要領を得ないという
「それが、今日北部前線の一角で大型の魔物との交戦があり、その第一級功労者の報告と昇進推薦なのですが……」
「何かおかしなことでも?」
「その者を自分の副官にと言うのです」
「ううん?」
話がよく理解出来なかった私は無意識に報告書を取り読み上げていた。そして驚いた
[―前略―
その者の現場判断力の高さ、対魔物戦闘における知識量は一介の兵士の力量を超えており、このまま一等兵の位に置いておくことは我が軍にとって損失であると判断せざるを得ない。ここに至って私は、上記分隊構成員ジェード一等兵を我が副長官に据えるよう推薦する次第である。
北部アルベルト遊撃中隊隊長 アルベルト・パイク]
私は頭に衝撃が走るのが分かった。今まで報告を受けてきたどの者とも違う”素質”というものを、私はその一枚の報告書から感じ取っってしまった
私は失念していたのだ。実際に世界を回り魔物と戦う勇者殿は、貴族のような扱いにして貴族に非ず、現場の人間であるのだ。その勇者様のお供として相応しきは、私のような現場からは遠い人間の耳には本来届かない、現場の人間であるべきだったと、その時私は漸く理解した
そして、実際に見てみようと思った
同じ現場で働く上官に、こうまで言わせる者とはどういう存在であるのか、と
そこには、最早些細な”書類の不備”など消し飛んでしまうような秘めたる力が必ずあると私は確信したのだ
今までは全て駄目だった。しかし、この者なら或いは…もう私に迷いはなかった
****************
「…と、いう事だ。あの衝撃は今でも忘れられぬ」
「……」
俺は何も言わず、身じろぎ1つせず話を聞いていた
正確には、出来ないでいた。その証拠に俺の額には脂汗が滴り、顔は全く上げられる気がしない
あのクソ中隊長何馬鹿正直にいきなりんなことやってんだもっと段階踏んでやれとも思ったが、それ以上にヤバい事実にもうそれについて文句を言う事さえ俺はもう出来ない
ああ、なんで俺はこんな勘違いをしていたんだ。なんであの隊長は最後の最後までそれを理解出来なかったんだ。今となっては何もかも遅いが、少なくとも今俺がここでこんな恥ずかしい気持ちにさせられることはなかったんだ
何せ、何せ…
「アルベルト殿は自分が大隊長とでも勘違いしていたのかな? ハッハッハッハ!!」
中隊に【副官】なんて高尚なものあるわけないんだからなあ!
なんでこんなこと俺忘れてたんだろう? 冷静に考えてみれば確かにおかしな話だもんな。会社の係長に秘書官が配属されるなんてないのにな!
「いや…それは彼に言うのは酷と言うもの…プフッ」
フォローを入れようとしたラインハルトまで堪えきれず噴き出す始末だ
もういい皆笑えよ! 気を使われた挙句笑われるんならいっそ全力で馬鹿話にして盛大に笑って下さいよコンチクショー!!
中隊長も中隊長だ。あんた自分の周囲なんも見てないんですか? なんで貴方は会ったこともない自分の副官に人を推薦して違和感感じなかったんですか?
もうやだこんなの生き恥だ。もういっそ死にたい…
「はははは、悪かった悪かった。そう落ち込まんでくれ」
「お気遣いなく…うっ!?」
その時、俺はここ数年で一番驚いたかも知れない
なんと王が玉座を離れ、俺の肩に手を置いたのだ。バッと首を持ち上げ見たその顔は、一国の主にしては眩しすぎるような笑みを俺に向けている
「だが、私はそなたをここへ呼んだことをを後悔などしていないぞ。召喚に応じ私の前に膝を突いたそなたは、これが本当に一介の兵士かと疑ってしまうような気品に満ちていた。確かに不安は多かろうが、私は私の全責任を以てそなたを推薦したいと改めて思ったのだ
勿論、無理強いはせん。それでも自分では駄目だと思うなら、元の居場所で国家に貢献するのもよかろう。そして、もし私の願いに答えてくれるというのなら…この手を、取ってくれんか」
「陛下…」
眼前に差し出された皺の目立つ手を見据えながら俺は小さな笑みを隠せなかった
(そんな言い方されたら、もう逃げ道ないじゃないっすか…!!)
「…御意に」
溢れそうになる涙を堪えて、俺はその手をそっと掴んだ
これでもう、俺に逃げ場はなくなった
「感謝するぞ、ジェード一等兵…いや、戦士ジェード殿。私の名において、貴殿の名誉を期待する」
「は、はあ…」
王はこれ幸いとばかりに、満面の笑みで俺の手を上下に振りまくる
何が感謝ですかい。退路を塞いで地引網漁仕掛けてきたようなものを…
コンコンコン
俺が絶望に打ちひしがれていると、唐突に背後の方で軽快な連続音が聞こえてきた
効き慣れぬが、さっきも効いたような独特な音は、この部屋の扉のノック音だ
セバスチャン擬きの話では、三回ノックは身近な者の証だから、これは王の親族か
「早速だが勇者殿がもう来ている。今ここへ呼ぶ故頼むぞ」
「えっ? そのような話は…」
「うむ、入れ」
俺の予想は真っ向から打ち砕かれた。王は勇者が来たと言う。え、だって三回ノックは親族だって話が…
しかし、幾ら混乱し狼狽えようとも、現実は俺の事情など知らんぷりで突き進むのみ
謁見の間の扉は、無情にも素早く開け放たれた
「王様! 旅の仲間は集まりましたか!?」
例もなく扉を開け放った男の姿を見るなり、俺は自分の中に確信じみた納得の感情が入り込んでくるのを感じた
サラサラとした明るい金髪を靡かせ、此方を見る目は太陽ように、ギラギラとした光を湛えている
顔のパーツはしっかり整い、白い歯と肌、そして細身なその体がその若さと健康さを物語っている
更にその身に着ける装備も奴の見た目に違わず絢爛そのもの。腰に下げた長剣は銀と金のコントラストに、中央に用途不明の宝石がはめ込まれていて、立派な金色の鎧は今にも自ら光り出しそうに輝いている
見た瞬間理解した。(ああ、コイツ本物なんだな)と、俺の本能と経験が語ったのだ
そして、同時に俺の本能は何故か言い知れぬ身の危険を警告してきた
(アイツは危険だ。警戒しろ)
「突然申し訳ありません。兜をお貸し下さいませんか!?」
「あ、ああ。それは構わぬが…」
「有り難う御座います!!」
反射的に近くの騎士に兜を借りると、それをすぐに頭に被る。それだけで、不思議と気持ちは落ち着き、腹が座ってくる気がする
多くの戦いを経験してきた俺にとって兜は命を守る大事な鎧であり、それがあるだけで未知の魔物と戦う時も逃げ出さずにいられた。この場合の未知なる魔物は、今ズカズカと接見の間を進む勇者だ
それに、三下感出せば「何コイツいらね」される可能性も上がりそうな気がするし
「よく戻られた勇者殿。我が国の観光もなかなか捨てたものではないだろう」
「王様、俺はすぐにここを発ちたいんだ。使える仲間が居ないなら長居をしてても意味がない」
「はははは、まあ落ち着いて話を聞いてくれたまえ」
話から推測するに、あの勇者はこの国に留まる気はそんなにないようだな。だけどこっちはなんとか自国の人間を勇者一行に加えたいから引き留めるのに一生懸命ってところか
しかしそれにしても他国のトップ相手にあの態度は如何なものか。ずっと昔に読んだ勇者系の物語でも国の偉い人でも構わずため口使う主人公は多かったが、勇者は皆目上の人間に偉そうにする縛りでもあるのだろうか
思った通りというかイメージを裏切らないと言うか、やっぱ苦手だなああいうタイプは
「魔王に苦しめられている人は今も居る。こんなところで俺は…!」
「はははは…そこでなんだが、我らもまた違ったタイプの人材を呼んでみたのだが、検討しては貰えんか?」
「違ったタイプ……その人はどこに?」
「もうおるよ」
お。どうやら矛先がこっち来るみたいだな
もう一度兜の緒を締め直し気合を入れる
「紹介しよう。北部戦線の雄、戦士ジェードだ!」
ビシィ!とでも効果音が付きそうな勢いで紹介されるもので、職業柄思わず姿勢が直され敬礼してしまう
勇者は俺を見るなり「は?」みたいな顔をして、かと思えば不審人物を見るような目で俺をじっくりと見る
「君が俺の仲間になりたいって奴か…う~ん」
誰がなりたいもんか。呼び出されて地引網引かれなきゃとっくに逃げ出してるところだ。いいからさっさと断って帰れ! そうでなきゃすぐに逝ね! ゴブリンに頭殴られて逝ね!
…って言いたいけど、実際に言ったら殺されるんだろうなあ……
「そうかあ。でも頼りなさげだなあ。女の子…ていう訳じゃないな。その背は」
(なわけねえだろスカポンタン! 女だったらどうだってんだアアン!?)
首元まで出掛かった罵声をなんとか呑み込み、小馬鹿にした言葉と目線をひたすら耐える
騎士団長のラインハントだってそこで耐えてるんだ。俺が耐えねばどうするよ
それに、態度からして勇者は俺を気に入ってはいないようだ。俺もコイツは気に入ってないが、お断りされるならこれに超したことはない
だがその時、横合いから余計なフォローが飛んできた
「この者は元一級冒険者な上、軍で厳しい規律の基生活している為冒険経験、戦闘経験共に申し分なく、つい最近も怪鶏コカトリスを討伐せしめた武人です。ただ、何分小さな村の出であるのでお連れの”女性達への配慮や気遣いなどは疎い”ところがあるとは思いますが、魔物の知識や戦闘ノウハウは間違いありませんのできっと道中お役に立てると思います」
余計なことを行ったのは宰相のおっさんだ。しかし悪いところもちゃんと出してくれたのでまあセーフか
正直女の扱い方なんて俺知らないしな。こっち来てからは女との付き合いすらない
寧ろ勇者の仲間はやっぱ女が多いんだなと今更ながら思った。確かに、戦場において個々の意思疏通が上手く行かないのは致命的だ。これで勇者が諦めてくれれば御の字だ
だが、何を思ったのか勇者が俺を見る目が変わった
さっきまで厄介なものを見る目だったのが、興味が湧いたような目で見てくるようになる
「君、スキルは持ってる?」
遂に話しかけてきた。スキルか…みっともなくて話したくないけどここは恥を惜しんで…!
「一応…」
「どんな?」
「後ろ向きに逃げると速くなる…」
「は? 何それ面白!」
勇者は俺のスキル内容に腹を抱えて爆笑する
ちっ、馬鹿にしくさって…だけどいいさ。元々俺は特別な存在じゃない
軍隊の片隅でデカい顔をする程度の力はあっても、伝説の怪物と対峙すれば吹いて飛ばされるような弱々しい存在だ
勇者一行に付いていったとて、俺に出来ることは何もない。俺は、英雄じゃないんだから…
「じゃあ魔法は?」
「からっきし……」
「へぇ……」
勇者はニヤニヤと不敵な笑みを浮かべて俺を見る
なんて顔してやがる。およそ苦楽を共にする仲間を見る目じゃない。どちらかと言うと子供が新しい玩具を見つけた時のそれと似ている
いや、そんな可愛らしいもんじゃねえな。経験からしてこんな顔、厨房の頃思春期と反抗期で不安定になっていた友人が近所の女子高生をじっと見つめて後日警察の御厄介になった時以来見たことないわ
しかし、俺の不安と警戒を嘲笑うかのように勇者は俺の肩に手を置きニンマリと笑みを作ってみせる
「いいよ、ようこそ勇者パーティーへ。俺は君を歓迎する」
「……は?」
俺の頭上に、原子力爆弾が投下された気がした
灰塵と化した街(死んだ思考回路)から再び頭を出してから、尚も俺は言う
「は?」
その日、俺は人類を救う英雄の一柱となったが、不思議なことに嬉しいといった感情は、欠片も湧いてこなかった